第一話 時計って、今を確認するものだろ?
「なろうラジオ大賞3」に短編として応募していましたが、チャレンジしたい賞ができたため、続編として執筆していた作品の第1話に置き換えました。
「ねえ、時間を巻き戻したい時ってある? アナログ時計の針をさぁ、こう反対向きに進めたら過去に戻れるとか夢があるよねぇ」
半同棲中の彼女が視線も合わせず、独り言のように問いかけてきた。
何をいきなり、と彼女の顔を見るがやはり視線は合わない。
「百科事典かよ」と、ツッコミたくなるような結婚情報誌を無表情でめくり続けている。
明日の会議資料を確認している途中だった俺も「そうかな?」と軽く返事をして、パソコンの画面に視線を戻した。
モコモコしたショートパンツとハイソックスのようなルームウェアでラグに座り、ソファを背もたれにして寛ぐ彼女は、今日も泊まっていくらしい。
バリキャリだった彼女は現在、体調を崩して休職している。
本人は復職するつもりでいるが、まだ目処は立っていない。
この部屋でも何かと家事をしてくれているが、週の三分の一ほどは実家に帰り、やはり掃除に洗濯、料理をこなしているらしい。
彼女の現在の立場を、世間では「家事手伝い」と呼ぶのかもしれない。人それぞれ、色々な事情があるのだから、別にそれを悪いとは思わない。
結婚すれば専業主婦という職業になるのだし。アンケートの職業欄にも「専業主婦」という項目があるくらいだ。
しかし、彼女自身は現状に強い不満を抱いていた。
少しでも彼女の気が楽になれば、と結婚の提案をしたが「馬鹿にしてるの?」と、それもお気に召さなかったらしい。
この頃はずっとピリピリした雰囲気が続いている。
はぁ……
居心地の悪さに思わずため息を吐いてしまう。
「フィクションでもないかぎり、一秒一秒を自分の足で進まないといけないのが現実じゃないか」
彼女はローテーブルに、ドンッと結婚情報誌を叩きつけた。
飲みかけのコーヒーが入ったカップが一瞬浮き上がり、慌ててノートPCを持ち上げる。
「今日は実家に帰る!」
早着替えのようにブラウス、スカート、ストッキングを身に着けた彼女はバッグを手にして玄関へと向かい、カツカツとヒール音を響かせていく。
(相変わらず、足速いな)
飛び出した彼女をすぐに追いかけない、薄情な男だと思われただろうか。
でも、ここ数ヶ月でこんなやり取りは何度目か分からないんだ。
念の為、彼女の実家には連絡しておこう。
ふと水音に気付く。
テーブルを伝ったコーヒーが、時間を刻むように一定のリズムで、ラグへと染み込んでいた。
「これが良い!」と彼女が選んだラグの色は、アイボリー。
「巻き戻したい、かもしれない」
お読みくださり、ありがとうございました。