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止まった流れ星は全ての願いを叶える

作者: 万年根太郎




 あるところに貧しい少年と気立ての良い少女がいた。



 少女は商家の生まれで、少年はそこで住み込みで働く召使い



 大人ばかりのそこで、身分違いではあるが年の近い二人はすぐに友となり、時をかけて親友となった。




 だがそこからは止まったまま


 少年は恋をしていた、同時にそれが叶わないことも知っていた。




 少年が大きくなるにつれ、少女は年々美しくなっていく




 100近くもの荒くれ者を束ねる騎士が言った。


「いかなる敵からもオマエを守ってやる」



 この町の中で100の店を持った貴族が言った。


「私は貴女に一生苦労はかけさせません」



 100もの小噺をそらんじられる牧師が言った。


「もし私と一緒にいれば退屈とは無縁だ」





 幾人もの男達が同時に結婚を申し込み、彼女を巡って争っているのは噂に疎い彼の耳にも入ってくる。


 彼らの中を割って入ることが彼にはできなかった。



 そしてそんなある日、彼の働く店の主人に呼ばれこういわれる。



「新しい店を出すことになった。お前さんにはそこで働いて欲しい」



 その場所とは山と谷をいくつも超えた先の遠い遠い、名も知らぬ国の名前だった。



 そのことを彼女に言い出せず、ようやく彼がなけなしの勇気を一欠けら集めた時


 その日は街を出る前日だった。


 少年はせめて彼女との最後の思い出を持って町から出たいと、星を見に行こうと彼女を誘う。



 この町の丘からは星が良く見える。


 もちろん二人で来た時もあった。


 彼にとって思い出の場所かと言えばそうだが、この町のどこだろうと彼女との思い出の場所である。




 二人で座り込み、空を見る。



 シュっと、光が尾を引いて目に焼き付く



 星が瞬く間に願い事を三回などと陳腐な言葉が頭に浮かぶ彼


 そんなことを考えている間に流れ星は消えてしまうものだ。



 だというのに




「あら」



 口に手を当てた少女は少年の腕を引いて指さす。




 そこには小さな粒から一直線に伸びた光の塊が止まっていた。



 その流れ星は消えずに尾を引いたまま空にうかび、あまつさえ音を響かせる。




「どんな願い事も三つ叶えてやろう、二人それぞれ三つだ」





 あまりにも突然のことだが少年はいてもたってもいられずに叫んだ。




「ひ弱な僕に健康で強い体を与えてください!」


「いいだろう、鉄のように頑強で、どのような嵐にも打ち勝つ肉体を与えよう」



 そう言い終わると、彼の体は二回り大きくなり、服が悲鳴をあげながら破れ、そこから力強いコブのついた肌が見える。



 彼は嬉しそうにその姿を少女に見せた。


 しかし彼女はいつもどおり




「外は冷えるわ、二人で使えるふわふわのブランケットを一つ頂戴」


「いいだろう、天上に広がる空のように縫い目のない布束を与えよう」



 次の瞬間、空から雲のようで温かいブランケットが彼女の手元に降り立った。




「貧乏な僕をお金持ちにしてください!」


「いいだろう、この世全てを集めても届かぬほどの富を与えよう」



 次の瞬間、空から彼らの周りへ雨のように黄金と宝玉が降り注ぐ。



 彼はそれを嬉しそうに彼女に見せた。


 しかし彼女はいつもどおり




「喉が渇いたわ、一番優しい味のするミルクがあればいいわね」



 彼女はいつの間に取り出した小さなポットからミルクを二つの木のカップに注いだ。





「おろかな僕により多くの知識を与えてください」


「いいだろう、千の夜を超えようと一の夜を忘れぬほどに冴える英知を与えよう」



 彼は嬉しそうな顔をしようとして、その後にぐしゃりと顔をゆがめた。




「綺麗な星空が見たいの、空の雲をどかしてくださらないかしら」


「いいだろう、宙にもとより曇りなし、その姿を見るがいい」



 ところどころかかっていた雲は消し飛び、二人は満点の夜空の下に照らされた。







「あぁ、そんな目で見ないでくれ」






 少年は見違えるほど立派になったその姿のまま小さく震えていた。


「ちがうんだ……」



 しかし彼女はいつも通り



「服が破れてるわ、寒いから二人でブランケットにつつまりましょう」





 少年は緊張でカラカラのノドがひっついてうまく話せない


「こういう風になりたかったわけじゃない、僕はただ君のことが……」



 しかし彼女はいつも通り



「一息つきましょう、冷めそうだけどミルクはどう」




 少年は自分の知恵で照らされた姿が情けなくてうつむくことしかできない


「君の……」


 そこから先を彼は言うことが出来ない



 しかし彼女はいつも通り



「夜空がキレイ、顔をあげなきゃ損よ」








「僕は君に思いを伝える勇気が何より欲しいんだ」






 やはり彼女はいつも通り



「ほんとうに大切な願い事はね、誰かに叶えてもらうものじゃないのよ」



 彼女は一枚のブランケットを彼に被せて二人で座った。


 その後に自分の手に持つミルク入りのカップを彼のカップの方に伸ばして乾杯する。




「飲まないと冷めちゃうわ、何でもかなう願いなんてこのブランケットぐらいがちょうどいいの」



 進められるがままに彼はカップに一口くちづける



「このミルクぐらいに? すごい、とっても優しい味がする」



「あらうれしい、このミルクは私が作ってきたの、願い事じゃないわ」





 少年は驚きで固まったまま彼女の顔を見る





「それじゃあ流れ星さん」



「最後の願いを言うがいい」





「流れ星さん、この人がした願いを全部取り消して」



「いいだろう、全くもってたやすいことだ」





 次の瞬間、もとどおりの彼といつもどおりの彼女




 彼女は彼にぴっとりとくっつくといつもの素敵な笑顔でこう言った







「……どう? 今なら勇気は出そう?」







 止まった流れ星は二人を最後まで見届けず、空へと瞬いて消えた。




















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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろかったです。 力と富と知恵……それよりも大切なものを彼女は知っていたんですね。 少年が一生彼女に頭が上がらない姿が想像できますね。幸せならいいですけど。
[一言] 勇気は出たかな? 無欲も時には大事ですね。
2021/12/29 17:54 退会済み
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