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あなたの記憶に幸福あれ ~とある記憶管理士の日常~  作者: 緑青ケンジ
第二章 記憶に挟んだ日常の栞と共に
22/22

File2-12 そして記憶は日常と共に


 記憶治療によって復元された記憶は今後のベース記憶として改めて記憶抽出を通して保管されることになる。ニイナはその為の記憶抽出を終えた茉莉香が支度を整えている様子を眺めていた。


「茉莉香ちゃんの記憶は多少の齟齬があったとしても問題のないレベルで安定している。これは珍しい事例ね」


 記憶抽出を終えた真弓は作業の終わりをニイナに告げ、白衣を脱いで椅子に無造作に掛けている。


「今回は記憶の鍵になるものがあったことと、正樹さんの記憶が上手く馴染んだことが功を奏したということでしょうか」


「そうね。そのどれもが欠けても茉莉香ちゃんの記憶は復元できなかったかもしれない。不思議なもので、記憶治療を渋っていた学さんも、茉莉香ちゃんの記憶の復元を聞いて泣いて喜んでいたわね……これはきっと、あなたの頑張りも無くてはならないものだったのよ」


 ニイナは学が茉莉香と抱き合う様を見て、不思議な気分になったことを思い出していた。親が必ずしも娘の幸せを願うとは限らない。けれど、学に関しては、父親として確りと娘と向き合うことを選んだということはニイナにとって上々の結果と言えた。


「その結果の要因に私もいる……うん。そうだと、少し嬉しいです」


 真弓はニイナの頬が僅かに緩んだのを微笑ましく眺めていた。


「他人の記憶に寄り添う事ができることこそが、記憶管理士として重要な資質だって、昔に真人が言っていたわね。あなたにはきっとその資質がある」


「記憶に寄り添う、ですか……」


 ニイナは自分の中に残る、茉莉香と正樹の記憶にその結びつきを強く感じていた。互いが互いを思い合う、それが人の結びつきであるとするならば、記憶に寄り添うということもまた、他人への結びつきに他ならないのではないかとニイナは考えていた。


 ニイナが考え込んでいる合間に準備を終えた茉莉香がニイナを呼んだ。


「ニイナ、お待たせ。それじゃ、行きましょうか?」


 そこでニイナは思考を放棄し、笑顔を見せる茉莉香に頷いて答えることを選んだ。考えるのはお風呂に入る時に十分に時間を掛ければいいとニイナはそう判断したのだった。今は茉莉香と共にいる時間を先ずは優先する、ニイナはそういった選択が出来るようになっていた。


「ええ、行きましょうか」


 今日は、正樹が主催でバスケットボールについてニイナと茉莉香は教えてもらう予定になっている。


 それは、ニイナがこれまで触れたことのない球技であることを知った正樹が気を利かせて誘ったものだった。


 実のところ正樹にとって年頃になってからはこれが初めて姉以外の女性を誘うという経験であり、茉莉香曰く、「断られるんじゃないかとニイナが了承するまでずっと落ち着かなかったんだよ」と、こっそりとニイナに伝えていたが、ニイナは「そうなの? よく分からない」と軽くそれを受け流していた。


 ニイナからしてみればこの夏の僅かな時間は正樹と茉莉香は二人で過ごすべきだと考えていたこともあり、優先順位で言えば未だに自分の主張が正しいと考えていた。しかし、その主張を茉莉香が一方的に却下したお陰で今回の集まりが実現したのが実態であり、ニイナは観念せざるを得なかった。


 茉莉香は正樹の誘いを微笑ましく眺め、それを好意と知らずに一度断るニイナもまた微笑ましく感じていた。姉として一肌脱ぐか、といった心持ちで強引にニイナを同伴させることにしたのだが、それと同時に、三人で遊ぶことも悪くないと感じていたのも事実であった。


 それは茉莉香にとって、ひと夏の思い出作りとも言えた。茉莉香は記憶管理が終わると、今の住まいへと戻る必要がある。健忘症の治療は継続した投薬治療に切り替わり、定期的な記憶状況の診断を泉記憶管理事務所で行う手筈となっている。それであれば、残された短い時間を使って新たな記憶を作ろうとするのは当然であるとも言える。


「相変わらず本当に暑いね……」


 茉莉香が手で影を作りながら空を見上げ、思わず呟いていた。


 事務所の外は、連日の快晴で陽射しの強い夏の世界が広がっていた。空に浮かぶ雲は白と灰色の陰影を作り出し、やけに立体的に見える。それも色の濃い青空によってより一層くっきりとした色味を付けられているかのようであった。


 強い陽射しに対して茉莉香は紫外線対策としてお気に入りの日傘を差している。ニイナは特に気にした風でもなく、その金灰色の髪を靡かせて颯爽と歩きだしていた。


 二人の影が地面を揺らしながら、止まることなく進んで行く。その先には正樹の通う、学校が遠くに見えており、そのすぐ側には市民体育館と運動場が並んでいた。


 ニイナと茉莉香は目的であった運動場の一角にあるバスケットコートに近付くと歩を緩めて周囲を確認し始める。コート内には既にバスケットボールを片手に準備を終えた正樹の姿があった。


「おはようございます」


 ニイナはコートの中に躊躇いなく入ると、正樹に挨拶をした。


「ニイナさん……! お、おはようございます!」


 威勢のいい挨拶に茉莉香は思わず吹き出しそうになるのを堪えながらその光景を脳裏に焼き付けていた。


 暫くの間、正樹との談笑をした後、正樹が先ずは手本とばかりに綺麗なフォームでボールを頭上に構えると、一呼吸の後にバスケットゴールへと向けて放ってみせた。放たれたボールは綺麗な回転と共に、頭上高く放物線を描くと、リングに掠ることもなく吸い込まれ、静かな音を立ててネットを揺らした。


「凄いです」


 ニイナの感嘆に正樹は少し照れたような様子を見せる。


 次はニイナの番と、ニイナは初めて触ったはずのボールを器用に弾ませると、見様見真似で構えを取ってみせた。その姿は思った以上に様になっており、茉莉香も正樹もまさか、という表情を浮べている。


 ニイナは屈めた膝を伸ばすと共に、姿勢を崩すことなく飛び上がり、空中でボールを放って見せる。ニイナの手元から放たれたスナップが効いたボールは、先ほど正樹が放った軌道と同じように空中で弧を描きそのままリングに吸い込まれて行く。


「ああ、なるほどですね」


 ニイナはあまりにも上手くいった原因が、自分の記憶に刻まれた正樹の記憶が影響をしていることに気づいたが、そのことに気づかない正樹と茉莉香は先ほど以上に驚きを見せ、正樹はこれ以上教える事は無いのではないかと少し肩を落としていた。


 そんな他愛のない日常の一コマ、しかし、いつか振り返れば掛け替えの無い時間、三人はそれぞれの時間を生き、自分の経験を記憶として蓄積して行く。


 願わくば、この先も彼らの記憶に変わりない繋がりがありますように。


第二章これに完結です。最後までご覧いただきありがとうございました!


ブックマーク、ご評価、感想は執筆の燃料になりますので、何卒燃料を投下頂ければ幸いです。

下段の★を5つほどぽちっと押していただければ、天狗のように鼻を伸ばして次回の更新へ邁進して参ります。


引き続き、何卒よろしくお願い申し上げます。

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