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あなたの記憶に幸福あれ ~とある記憶管理士の日常~  作者: 緑青ケンジ
第二章 記憶に挟んだ日常の栞と共に
11/22

File2-1 あくる日の記憶、もしくは


 罰ゲームにでも使われそうな大きさのタライに業務用の特大氷を放り込み、そこで西瓜(すいか)を冷やす、そんな風景を夏の風物詩として楽しむ家庭は今となっては珍しい。


 そんな中、泉記憶管理事務所では、地域貢献と称して広い敷地の一画を解放し、かき氷の販売や水風船掴みを二日間にわたって開催していた。


 事務所の敷地内は記憶管理事業所として使用されるオフィス区画と、居住区画とに分かれている。


 オフィスは最新の流行を取り入れ、白を基調とした無機質な印象的なデザインの建築がされていた。触れ込みとしては――人間工学に基づいた建築技法を用いている――との事であったが、その無機質さにデザイナーが悪戯にこのオフィスの主人である泉真人(いずみまさと)という人間の人と成りをこの建物で表現したのではないかと、新城真弓(しんじょうまゆみ)は疑っている旨をニイナへと愚痴のように語っていたが、本当のところは分からなかった。


 一方でオフィスとは対照的に居住区画は古風な日本家屋をモチーフにした家が建てられており、昔ながらの田舎らしい光景が見て取れる。今現在、庭先で開かれている小さな催しにはかなりの人数が訪れ、賑わいを見せていた。


 その催しの最終日、カンカン照りの夏空の下で売り子担当として泉ニイナは椅子に腰掛けながら淡々と受付をこなしていた。


 夏を演出する為か、彼女をすっぽりと覆い隠すやたらカラフルなビーチパラソルが悪目立ちしているのはご愛嬌(あいきょう)と言える。


 ニイナの姿はノースリーブの薄い青と白を基調としたシックなワンピースをラフに着ており、麦わら帽子を被された姿は、これもまた夏らしさの演出として真弓が見繕ったものであった。


「悪く無いわね」


 ぽつりとその様子を窺っていた新城真弓はつぶやいた。


 夏祭を模したこの催しはそれなりの賑わいがあり、受付や庭先に設置された子供用プールには夏休みに入ったばかりの小学校の低学年生や、ニイナに声を掛けることを目的とした中高生が顔を出しては互いに様子を窺っている姿が散見されている。


「うん、悪く無いわ」


 遠目からそれを見ていた新城真弓は改めて頷くとともに何やら小さくガッツポーズを決めると、冷房の効いた室内へと鼻歌混じりに戻っていった。


 そんな真弓の視線に気づきつつもニイナは仕事の一環として引き続き子供達への対応をおこなっていた。


 三時間もすれば人だかりも消え、いつの間にか客足も途絶えていた。真昼の陽射しは強さを増すばかりで、気温の上昇も激しくなっている。


「……暑いです」


 じわり、と髪に隠れたうなじに汗が滲むのを感じ、ニイナは思わず呟いていた。ニイナはサマーサンダルを脱ぎ捨てて庭先の池で足先を冷やしたい衝動に駆られるが、何とか思いとどまり、ぬるくなったお茶で喉を潤していた。


 ニイナは夏が好きだった。それは学校が無い自由な時間だとか、そう言った俗な考えではなく、こうした茹だるような陽気が故に、四季の中でも特に、だらりとしたような、ゆったりとしたような独特な時間が流れるように感じていたからであった。


 それは施設にいた頃には得ることがなかった感覚であると、ニイナは自分の中で生まれた感情に驚いていた。実のところニイナは泉真人が後見人となってから生活が一変したのは確かであった。ニイナは両親の死後、施設で引き取られてからは常に恐怖と戦っていた。しかしそれがどの様なものであったか……今はその頃の経験はニイナの記憶には残されていない。


彼女の欠落した記憶は記憶は泉真人が握っている。


「……」


 ニイナはおもむろにかき氷を自分で作り出し、苺味のシロップを掛けると躊躇いなく頬張り出した。

 しゃりしゃりとした食感と、感覚を麻痺させるほどの冷たさが喉を通るたびにニイナの体温を下げ始め、先ほどまで熱さの為に眉間に皺が寄っていたニイナの表情も、徐々にではあるがほぐれ始めているのが傍から見ても分かる。


「あの……?」


 無心になってニイナが黙々とかき氷を頬張っている合間に、一人の涼し気な麻製の夏用ハットを被った女の子が申し訳なさそうにニイナへ声を掛けてきた。


 ニイナは突然の声かけに驚きつつも、口に入れたかき氷を確りと咀嚼しつつ、声を出すことなく、どうにかきりっとした表情を作りながら、要件を窺うようにメニューを少女に手渡した。


「あ、いえ。真弓さんから言われて、ニイナさんを呼んできて欲しいって言われたので」


 ニイナは(ようや)く、自分の目の前にいる少女を確りと認識し、まじまじと見つめた。金色の大きな縁と、その大きさの割に薄いレンズが特徴な丸眼鏡の奥に垣間見える瞳には若干の緊張が見て取れることにニイナは気づいていた。


 事務所の人間ではないことと、年齢も恐らくは同年代と見える相貌から、ニイナはこの少女が何者であるか推測が付かずに怪訝(けげん)な顔を見せた。


「ああ、すみません。私は楠木茉莉香(くすのきまりか)です。今日から暫くこちらでお世話になることになりました。よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします」


 茉莉香の挨拶に反射的にニイナは応えたが、理解が追い付かずにニイナは更なる怪訝な顔を浮べることとなった。ニイナは茉莉香が客ではないということは理解したようで、とりあえず残りのかき氷を無言で頬張ることとした。

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