奇妙な魅了の力
学園の庭園に生徒達から薔薇園と比喩されている、多種類の薔薇が植えられている一角がある。
千差万別に咲き誇る薔薇園の薔薇は、競うように艶やかな姿を見せ、人々の目を楽しませている。今が見頃だ。
その薔薇園の近くにはいくつかのガゼボがあり、薔薇を見ながらお茶を嗜めると、人気のスポットになっていた。
そんなガゼボの一つでソコロはよくお茶会をしており、ガゼボをサロンに喩え、陰でソコロ様のサロンと呼ばれている。招待制だ。招待されるのは光栄なことと、女生徒には憧れの的となっている。
そのソコロ様のサロンの招待状が、アンバーに届いたのだ。どうして?とアンバー、盛大に首を傾げる。
断るという選択肢はない。学園は誰でも平等と謳ってはいるが、それは建前だ。
たかだかいち伯爵令嬢に、公爵令嬢のお誘いを断れるはずがない。
これはソコロ至上主義のジエネッタに自慢しようと、アンバーはほくそ笑み淡いピンクの封筒(いい香り付き)を鞄に仕舞った。
ソコロのお茶会当日は快晴だった。羨ましがるジエネッタと別れ、会場にやって来たアンバーは驚いた。ガゼボの四方がリバーレースで覆われており、風が時折りふわりとレースを浮かせている。薄手のレースなので中からは薔薇を愛でられるし、外からは目隠しの役目をしている。何とも優雅な茶会の席にガゼボは変身を遂げていた。
勿論ガゼボ内もふんだんにクッションが置かれていて、快適な空間を演出している。茶器も女性好みの逸品だ。
一つひとつにソコロのこだわりと、おもてなしの心を感じる。ソコロのサロンが女生徒の憧れなのを、アンバーは大いに納得するのだった。
アンバーがガゼボ内で座って待っていると、ソコロがやって来た。
「こちらがお招きしたのに、遅れてしまってごめんなさい」
麗しい鈴を転がすような声で言い座ると、ソコロは美しい所作でお茶を入れる。
一応侍女は控えているけど、女主人自らお茶を淹れてくれるだなんて、アンバー、ちょっと感激。
「突然のお誘いで驚かれたでしょう。実はデイブ様から図書室で面白い娘と会ったと聴きまして。その娘は失われた古の魔法を調べているようだった。しかも禁忌とされる魅了の魔法のと。」
デイブに図書室の机の上に、乱雑に積み上げてた本の題名を見られていたようだ。デイブ侮れないやつ。アンバーは少し怯んだ。
「ふふふ、そんなに警戒なさらないで、デイブ様が女性の話をされるのが珍しくって、それに魅了の魔法も気になりましたの。それについてもお話を伺えたらと、お誘いしましたのよ」
ソコロは浮かべていた聖母のような微笑みを消し、少し悲しげに目を伏せた。
「はぁ、魅了の力ですか」
アンバーは考えていた。ソコロを味方に引き入れるかどうかを。父の執務室で熟考を重ねていた、ジョイ魅了対策委員として活動をしてもらうリストの中には、ソコロの名前はなかったし、微塵もソコロに参加願うなど考えもしなかったけれど、ソコロはジョイの件の中心人物だよね。それなら委員会に誘うのも有りだけど、その場合はエルノーラの話、そして世にも奇妙な女性の話もしなくてはいけない。
うむむそれはなぁ……とアンバーは思案する。
リバーレース越しに薔薇を眺めていたソコロは、アンバーへ向き直るとしっかりとアンバーと目を合わせた。
「アンバー様も殿下のことはご存知ですわよね」
あまりに突然振られた話題に、アンバーは焦る。しかも答えようがない質問にアンバーは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「お恥ずかしいお話ですが、殿下がジョイ嬢と懇意にされるようになり、随分と変わってしまいましたの。ここのところは、わたくし話もしておりませんのよ」
ソコロの白く長い指が、ティーカップの縁をなぞる。
その姿は寂しくも見えるし、艶やかにも感じる。
「しかも殿下だけではなく、側近候補者たちもジョイ嬢に対して殿下と同じように夢中になっている……これって不思議ではなくて」
「不思議……ですか?」
「ええ、彼らは嫉妬しないのよ、殿下に対しては遠慮があるのでしょう。ですが側近達の誰かがジョイ嬢に愛を乞うて、どの程度かは分かりませんが、ジョイ嬢は応えている。なのに彼らはへらへら笑ってますの。普通は嫉妬しません?少なくともいい気分ではありませんわよね。笑ってられるものなのかしら?わたくしには異様に感じましたわ」
「ソコロ様は、それが魅了の力のせいだとお疑いなのですね」
「いえ、そこまでは。ただ違和感を感じていたタイミングで、魅了の話がでたものですから、ちょっと気になりましたの。それだけですわ」
鋭い人だなぁとアンバーは感心する。それともやはり公爵令嬢ともなると、これくらい鋭くないと務まらないのかしら。
「ジョイ嬢は魅了の力がある……とある人から忠告は受けています」
ソコロは目を見開き驚いている。
「ですが、防ぐ術は分かっておりません」
「……防ぐ術は分からない」
ソコロの顔が絶望の色を浮かべた。
「忠告をくれた人はこうも言ってました。『願えは叶えなくてはいけないと思う』らしいと。それが魅了の力らしいです。そしてそれは私も実感をしています」
「アンバー様も実感されてると?――『願えは叶えなくてはいけないと思う』ですか……」
「はい。例え破産しても、犯罪を犯してもと。」
「まぁ……それは凄いわね。ですが側近達の姿を見ているから否定できないわ。破産も犯罪もジョイ嬢の為にしそうですもの、あの方達」
くすりっとソコロは笑うと、何処か遠くを見るような目をした。
「あらごめんなさい。つい昔のことを。仲が良かったのですよ、わたくしと側近達」
ジョイが来るまでは、と続くのだろう。アンバーは切なくなって自然と俯いた。
「殿下が五歳、わたくしが四歳で婚約致しました。十三年ですわ……それがたった半年に負けるのです。現実って厳しいですわね」
王太子とソコロ公爵令嬢はアンバー達同年代からしたら憧れのカップルだった。王命の政略結婚だけど、二人は想い合っていてお似合いで、祝賀パレードでランドー馬車に王太子と乗り、手を振るソコロを誇りに思った日が懐かしい。
あの時はこんな日がくるなど、これっぽっちも思わなかった。
「どうにか打開策があればと思ったのに、八方塞がりのままね。もしかしたら更に悪くなったかもしれないわ。――でも禁忌の魔法が絡むのなら陛下や妃殿下に報告しなければ。――アンバー様の方にも事情がおありのようですわね。どうなさるおつもりですの?」
「静観したくはないけど、それしかできません。打つ手がないので」
目標は追い出すか成仏だけど、どちらも難しそうた。
「静観以外に何もできないなんて歯痒いですわね。わたくしも魅了について情報を集めます。……そうねまずは、古の魔法を研究されている方にでも接触してみますわ」
アンバー、謀らずともソコロを、ジョイ対策委員に抜擢できたようだ。これはもうデイブ対策委員長(勝手に任命)と仲良く対策をして欲しいと、ほくそ笑むアンバーだった。