奇妙な色香に迷った男
夕食後にアンバーは珍しく父の執務室に呼ばれた。
執務室へ行くと、部屋には父とエルノーラの姿が。しかも隣同士で座っていた。
まぁどうでもいいかとアンバーは一瞥して向かいへ座る。
大概、父から執務室へ呼び出されるときは、呼び出された理由にアンバーは思い当たる節があるが、今回に至っては全くない。
でもエルノーラがこの執務室にいるなら、あまりいい話ではないな……とちょっとアンバーは嫌になった。
しかも父は、もの凄く話しづらそうにしているし。
何度も口を開けては閉め、開けては閉めを繰り返す父を、アンバーは池の鯉のようだ……とまたどうでもいいことを考えていると、意を決した父が口を開いた。
父の腕にはエルノーラの腕が絡み、豊満な胸をぎゅうぎゅうと潰している状態で。
父よ……娘の前ではやめてくれないかな。
ちょっとアンバー涙目になる。
「実は、エルノーラを私の養女にしようと考えている」
「……養女ですか。はぁ、よろしいのでは。できるかどうかは分かりませんが」
背後に控える使用人から『できるかどうか分かりませんが』と発した瞬間からもの凄い圧を感じる。悪い意味での。
でもエルノーラは何故か実体化して、人間のように振る舞っていても、基本的には幽霊でややこしいが、目には見えていてもこの世に存在しない人なのだ。
彼女がこの世に存在している事実を、証明できるものは何一つない。それこそ戸籍一つない。それとも戸籍もないのに、養女ってできるのだろうか。
「お姉さまっ……酷いっ!」
若干慈悲の色を浮かべた(ような)ピンクの瞳から涙をぽろりと落とし、儚げに俯き庇護欲をそそる仕草を演出。
あざとい、あざとすぎる。
自分がどう行動したら他人にどう見えるのか、全て計算できているようだ。
若干アンバーが引いてると、父はエルノーラかわいそうに、とか言って抱きしめているし、使用人達はお可哀想にとか言って同情的な視線をエレオノーレに向けている。そしてアンバーには使用人から非難するような視線が向けられる。堂々とではなく、こっそりと向けられているのがまだ救い。
別にエルノーラが養女になることを、否定していないのに。ただ死んだ人間でも養女にできるのか疑問に思っただけなのに。
ただそれだけで部屋の雰囲気はエルノーラを擁護するような雰囲気になっている。今、この部屋には父とエルノーラの他に数人の使用人がいるが、全員がエルノーラの味方のような雰囲気でアンバーは孤立しているような奇妙な気分を味わっていた。
――あれ、これ完全に私、悪者なのでは?
アンバーはちょっと焦った。
「では早々に手続きをするから、アンバーもそのつもりで」
父は完全にエルノーラが元は幽霊だというのを忘れているようだ。色香に迷うとはこういうことなのか?怖すぎる。
父は決して女性好きな人ではない。母が亡くなってかなり経つのに、父の浮いた噂をアンバーは聞いたことはない。夜会でも未亡人などから声を掛けられているのはアンバーも目にしたが、やんわりと断るのが常だった。
その父がエルノーラにはこれだ。父の目が雄弁に語っている。エルノーラが愛しいと。
驚きを隠せずに、珍獣でも見るかの目つきでアンバーは父を見ていると、父の隣からの視線に気付いた。
目元は喜びに溢れ口元はにやりと弧をかき勝ち誇った顔で、エルノーラはアンバーを見ていた。
エルノーラよ!そんなに父の娘になれるのが嬉しいのか!よかったですね。祝福しますよ。だけど、娘は父の腕にぎゅうぎゅう自分の胸を押しつけたりしません。
でもいいのかな?父の養女にしたら、どんなにエルノーラが好きでも父はエルノーラと結婚とかできなくなるけど。まぁ世の中には養女と言う名の愛人もいるから、父からすると、そっち狙いなんだろうか。
そっとアンバーは溜め息を吐いた。
使用人達も口々に良かったですね、などと言って、涙まで浮かべている使用人までいる。
気が付けばアンバーにとって、非常に居心地の悪い空間になっていた。
――しかし、これが魅了の力……
その威力を目の当たりにして、ジョイを思い出す。
ジョイもこの力を使っているのか……エルノーラは伯爵家内だけで力を使っているから対外的にはさほど影響しないけど、ジョイは王太子を筆頭に高位貴族に使っている。
これってもしかしたら大変なことなのではないかと、アンバーは顔色を悪くする。
――ほっといたらまずいのかも……
その瞬間、アンバーは誰を道連れにするかで頭を巡らしていた。
――眼鏡宰相は確定よね。これも高笑いが聞こえてしまった自分を恨んでくれ
対外的には伯爵邸の件は大した問題ではなくても、アンバーには大問題。アンバーからしたら国の大事より伯爵家の大事のが大事。
でも国の大事をほってもおけないし……ここは第三者に頑張っていただこう。
アンバー、凄くいい案を思いつきちょっと気分が上がる。
自分だけ苦労するつもりはないのだ。
歓喜に包まれた部屋の中で、真剣な顔で第三者の選定に思案するアンバーは、もうエルノーラのことなどすっかり頭の中にはなかった。