表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

奇妙な眼鏡の男

「魅了、みりょう、ミリョウ……と。」アンバーは国立学園の図書室で魅了について調べていた。

 

 エルノーラが伯爵邸に滞在してから数日、それは目に見えない小さな変化から、徐々に始まっていたようだ。


 アンバーが気付いたときには、はっきりとした変化が見えだしてからだった。父の変化、使用人の変化を感じたアンバーはどうしてなのか考えた末に、世にも奇妙な女性が言った『魅了』という言葉を思い出し、アンバーは今図書室にいる。


 しかし魅了についての本などお伽話程度の書物はあっても、専門的に書かれている本など一つもない。

 

 現実とは世知辛いもの、とアンバーは知る一歩手前で足掻いていた。


 まぁ当然と言えば当然だけど、魅了など失われた古の魔法の一種で、魔法のない現代には、知識としてあったと知っていれば十分。それ以上は学者の領域。しかもジエネッタの話では、禁忌とされる魔法だったようだ。そんな魔法の詳細な書物など、学園内の図書室に間違ったって置いてあるはずがない。


 アンバーは読書スペースの一角で机に突っ伏して、この先どうしたらいいのか頭を抱えた。


 「何を悩んでいるのかしら?」


 軽やかにそれは楽しげな様子の声が、アンバーの頭の上から注がれる。

 

 頭を上げて振り返るとアンバーが思った通りの人(?)がそこにいた。

 

 世にも奇妙な女性の登場だ。


「学園に来てから探したんですよ。今まで何処にいたんですか?」

「ふふふ、早起きは苦手なの」

「早起きって……今放課後ですが」


 この世にも奇妙な女性、神出鬼没である。

 

 突然アンバーの目の前に現れるくせに、探すと見つからない。

 どうでもいいときに現れて、必要なときには現れない。


 何かを察知する触覚やら尻尾でもあるのではないかと、上から下まで舐め回すように眺めたが、それらしきものは見当たらなかった。


「おーっほほほっ。そんなにわたくしを必要としてらしたのかしら」


 静寂な図書室に、巷で有名な恋愛小説にでてくる(という)悪役令嬢さながらいの高笑いを、それは機嫌良さげに響かせた。

 でもアンバーにしか(多分)聞こえてない。


「いやもう家がなんだかヘンなことに」

「あらエルノーラの影響がもうでているのね」

「……やっぱりそうなんですかね?侍女も男の使用人もヘンで、挙句に父までヘンになりかけてるんですよ。」

  

 明らかに使用人の態度がおかしいとアンバーが感じたのは今日の朝からだ。

 母がいない伯爵家では女主人はアンバーになる。だから使用人とも良好な関係を心がけてきたし、事実良好な関係だった。

 

 それが、アンバーに対してよそよそしい態度をとるようになり、正面からは流石にないが怯えられたり、軽蔑する視線を投げかけられる。以前はそんなこと一度もなかった。

 

 変わらないのは執事のシャロームと侍女のミミルだけ。今のアンバーの救いになっている。


「あら、本当に影響がでているみたいね」


 コロコロと笑う。


「笑っている場合ではないんですよ。こっちとしては切実なんですから。教えてくださいよ。魅了って何なんですか?」

「うふふ。わたくしもはっきりとは言えませんが、魅了の影響下に置かれるとその魅了をかけている……この場合はエルノーラですけど、その人の言葉しか聞かなくなりますわ」

「エルノーラの言葉しか聞かなくなる?」

「ええ、簡単に言うと、黒いものを白とエルノーラが言えば白になりますの。」

「なんですかそれ?」

「そのうちエルノーラが願えば、叶えなければいけないと思うようですわよ?それがどんな願いであっても」

「え?」

「それで破産しようとも、法を犯していたとしても」


 世にも奇妙な女性はそれは愉快そうにアンバーを見て言った。

 

 アンバーは絶句して顔面を蒼白にする。

 

 それって怖すぎる。ある意味エルノーラ無双状態ではないか。

 伯爵邸が無法地帯になるなんて……そんな家で生活するなんてどんなサバイバルなの。アンバー、無人島でも生きられる術を、学んでおくべきだったとちょっと後悔。


「他にもまだ魅了の効果はあるのかも知れませんが、わたくしが気付いたのはそれだけでしたわ。専門家ではありませんから」


 ふふふっと、世にも奇妙な女性はそれは優雅に笑う。


 いやこのエルノーラの力だけでお腹いっぱい。それ以上に対応できる容量はありません。アンバー、それはぎこちなく笑う。


「……もう頭も下げます!土下座もします!お願いですから、一度家に来てくださいよ。それでエルノーラとちゃっちゃと対決しちゃってくださいよ!」


 できれば解決までお願いしたいアンバーだった。


「それは丁寧にお断りしましたわ」

「エルノーラとは同じ空気吸いたくありませんわ!……と一喝しましたよね。これのどこが丁寧なんですか?」

「おーっほほほ、わたくしが丁寧と言ったら丁寧なのですわ」


 この世にも奇妙な女性、高笑いが似合いすぎる。


 はぁっとアンバーは溜め息を吐く。すると、カツカツカツと静かな部屋に足音が響き、現れたのは眼鏡宰相の男――もといデイブ・ルイス侯爵令息だった。


「さっきから何度も高笑いをして、君には図書室では静かにするという常識がないのか!」


 デイブはアンバーへ向き合い、くいっと眼鏡を上げた。目が怒っている。

 だがアンバーは、デイブに怒られていることよりその言葉に興味をもった。


 ――あれ?高笑いって言ったよね?聞こえちゃったんだ。


 それはアンバーからしたら喜ばしいが、デイブからしたらお気の毒かもしれない。


「あら、わたくしを認識できる人が他にもいるのね。世の中は広いわね。」


 世にも奇妙な女性は、ぱさりっと扇を優雅に仰いだ。


 世にも奇妙な女性に気付いたデイブは驚愕した表情を浮かべ、世にも奇妙な女性を指差した。腕を微かに震えさせて。


「すっ透けている!」


 固まるデイブを、気の毒そうに冷めた目で見るアンバーだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ