15話 いきなりツヴァイ伯爵!
「【ツヴァイ】伯爵様、【ドロップ】姫様をお連れいたしました」
【ドロップ】一行が連れてこられたのは、港町セカドンに構えられた巨大な屋敷……この辺り一帯を治める領主である【ツヴァイ】伯爵の屋敷である。
その応接間に入ったところで、姿勢を正して直立していたのは中年太りした男であった。
体型こそ肥満傾向にあるが、格好はその地位に相応しくこれ以上ないほど整えられたものとなっており、一国の姫である【ドロップ】を歓待するために不足はないと言えるであろう。
ただ、顔に張りつけたような笑顔に違和感を持つものもいるだろう。
端的に言ってしまうのであれば胡散臭いのである。
そんな【ツヴァイ】伯爵が従者である【メドン】の報告を受けて口を開いた。
「【メドン】か?
ご苦労、下がって良いぞ」
「かしこまりました。
では、騎士様も私めと一緒に庭園でも回りましょうか。
【ツヴァイ】伯爵様ご自慢の水魔薔薇は、この大陸一の出来栄えですよ」
「……承知した。
【ドロップ】姫様、何かあれば俺をお呼びください」
【メドン】の役割は終わったと言わんばかりに【ツヴァイ】伯爵は退席を促した。
そして、【ドロップ】の騎士である【ペンネドラゴ】も連れられるようにして退室する流れとなった。
【ペンネドラゴ】はこの【ツヴァイ】伯爵の笑顔を不気味に思ったのか、この部屋に一人残されるであろう【ドロップ】に念を押して注意喚起をしながら部屋を出ていく。
「あら、ワタクシのことがそんなに頼りなく思えておりまして?
愚問ですわ、このような日常的状況でワタクシを憚るようではワタクシの騎士失格でしてよ!
精々、反省しながら庭園でも眺めてくるといいでしょう」
(いやいやいや、そうは言ったけど物凄く心細いんだけど!?
今すぐ【ペンネドラゴ】さんを呼び戻したいよ~!?)
【ドロップ】はご自慢のポーカーフェイスで目尻と口角を上げながら【ペンネドラゴ】へと高飛車に言葉を投げかけたが、内心では心臓が張り裂けそうな想いを抱いていた。
そもそも【ドロップ】と【ツヴァイ】伯爵では年齢も、交渉の場というテーブルへの経験も共に明らかな隔たりがある。
これが本物の【お姫様】であればまた話は変わってきたであろうが、【ドロップ】は現実世界ではただのお転婆な少女であるのだ。
この場の雰囲気に押し潰されないようにするには、明らかに場数が足りていない。
だが、そんな【ドロップ】を悠長に待ってくれるわけもなく、【ツヴァイ】伯爵は【ドロップ】をわざわざここに呼び寄せたことについて話し始めた。
「それでは改めまして、私はこの港町セカドン及びその周辺地域一帯を治める【ツヴァイ】と申します。
以後お見知りおきを……
それで今回【ドロップ】姫様をお呼びした理由についてですが、近々他の大陸の国の【お姫様】が集まる晩餐会が開かれることとなっておりまして、そちらにまず我が国の【お姫様】である【ドロップ】姫様をお招きせねばと思い今回こちらにお越しいただきました」
「あら、随分急な話ではなくって?
自国の姫に話を通してからそのような催しを開催するのが道理でしてよ!
愛国心と、ワタクシへの敬意が足りていませんのでして?
それに、他国の姫を集めるということは警備も厳重にする必要がありますわ。
この港町セカドンでそれほどの警備が出来るとは思えませんでしてよ?
ワタクシも冒険者たちを引き連れなければこの港町セカドンに来れないほど、周辺にモンスターが跋扈しておりましたからこの町の戦力も程度が知れていますわ!」
(ええっ!?
そんなの聞いてないよ!?
晩餐会なんて行ったら私のボロが絶対出ちゃうし!
とりあえず、ここに来るのに大変だったからそれだけは言っておこうかな……
うぅ、怖いよぉ……)
【ツヴァイ】伯爵の用件に対して、【ドロップ】はすぐさま切り返していく。
【ドロップ】は心臓が高鳴っているからか、食い気味に【ツヴァイ】伯爵に返答をした形となった。
焦っている様子を出している状態でそれをしたのであれば【ツヴァイ】伯爵は【ドロップ】の評価を一段階落としていたであろう。
だが、【ドロップ】はポーカーフェイスを保ったまま……つまり、あくまでも余裕があるように振る舞った上ですぐさま返答をした形になっている。
それがどのように作用するのかというと……
「……驚きました!
失礼ながら【わがまま姫様】と呼ばれておいででしたのでどのような器量なのかと見定めさせてもらおうと思っておりましたが……
可憐なご尊顔に反して豪胆な切り返し……これが真に【わがまま姫様】と呼ばれる由縁でしたか。
お見それしました」
この少しの問答だけで【ツヴァイ】伯爵は【ドロップ】への評価を見直したようである。
元々の評価が伝聞のものと、【ペンネドラゴ】への高飛車な言葉だけであったのでそのギャップでより効果的に反論が活きた形となったのだ。
【ツヴァイ】伯爵は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに張りつけたような笑顔に戻した。
【ドロップ】のポーカーフェイスには勝らないものの、この切り替えの早さは才能と言えるであろう。
内心と表情を完全に切り離せる【ドロップ】が異様なだけである。
ちなみに【わがまま姫様】という呼び名は、本来キャラクター設定上悪役令嬢のような立ち位置にいたからであって、このような評価を受けるからつけられたものではないという点を補足する。
「それで、その晩餐会はいつ開催で、どの国が参加されるのでして?
せめて情報を事前に渡してくださいませんと準備するものも出来ませんわよ」
(せめて前準備で驚かないようにしたいよね……
知ってたら今度こそ私でも上手く立ち回れるはずっ!
私も【アルタルソース】さんや【ペンネドラゴ】さんみたいに格好よくならなきゃ!)
「かしこまりました【ドロップ】姫様。
ただちに纏めた資料をお持ち致しますので暫しお待ちを……」
そうして、この後【ドロップ】は【ツヴァイ】伯爵から必要な情報を聞き出していったのであった……