【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間
フレデリックの余計な一言
窓の外をみたエドガーが溜息を吐いた。
「何か仕出かすんじゃないかって心配しなくていいのはいいですけど。何も仕出かさないことを心配するってのも複雑です」
その言葉に、外をみたアレキサンダーの口からもため息が漏れた。
「お前の言う通りだな」
執務室から見える庭の一つにローズを連れたロバートがいた。何かあれば互いにわかる位置だ。アレキサンダーが窓越し呼んだときに対応するため、ロバートがあの場所を選んでいるのだろう。
今日も、二人仲良く庭に座り軽食を食べている。ローズがロバートの手から何かを食べたのが見えた。
「あー羨ましい。俺、いい女とああいうことしたい」
率直すぎるフレデリックにエドガーが笑い出す。
「もう少し何か、色気があってよい光景のはずなのですが」
エリックが首を傾げる。
「あぁ、エリック、お前も微笑ましいと思うか」
エドガーの言葉は、アレキサンダーの気持ちを代弁していた。
「全く。微笑ましすぎて止める気になれん」
アレキサンダーの言葉に、執務室内に静かな笑い声が響いた。
「羨ましい。羨ましすぎる。だいたい、ロバートはなんだよ。仕事こっちに押し付けやがって本人は」
「黙れ」
穏やかな雰囲気を消し去ったフレデリックの言葉を、低いエドガーの声が遮った。
「仕事を押し付けるもなにも、そもそもロバートが一人で抱えすぎだっただけだろうが」
エドガーが他人を叱る光景は珍しい。
エドガーは、奔放なふるまいをよくロバートに注意されているが、仕事はできる男だ。フレデリックへの指摘も的確だった。
「我々が不出来である故、御一人で多くを担っておられたのです。それに気づかないなど、愚か者ですか、あなたは」
ロバート以上に融通の利かないエリックの言葉は厳しかった。
「文句があるなら、自分に割り振られた分くらい片付けてから言え」
「ロバートのほうが、仕事の量も責任もあなたとは比べものにならないほど多くを担っています。それもわからないとは、その目は飾りものですか、愚か者」
従兄弟である二人は次々と手厳しい言葉をフレデリックに浴びせかけた。
「従兄弟なのに似ていないと思っていましたが、息が合うと、こうなるんですね」
トビアスが自分の担当する書類に目をおとした。フレデリックを見捨てることにしたようだ。
普段、ロバートの説教を止めるのはエドガーかエリックだ。エリックの説教はロバートか、エドガーが止める。エドガーを止めるものがいないことが判明した。
扉が叩かれた。
「戻りました」
ロバートが戻ってきた。秩序が戻ってきたと思ったのは、アレキサンダーだけではないだろう。
「何事ですか」
フレデリックに、エドガーとエリックが詰め寄るという珍しい光景にロバートが眉をひそめた。
「いや、大したことではない」
アレキサンダーの言葉に、各自は席に戻った。
自席に置かれた書類を見たロバートの眉が顰められた。
「恐れ入りますが、アレキサンダー様、これはどう見ても、手付かずの王太子領の書類です。なぜ、ここにあるのでしょうか」
ロバートの言葉に、全員が驚いて顔を上げた。今まで王太子領に関してはアレキサンダーが担い、ロバートが補佐していた。
「それは、私の手元に王領の書類があるからだ」
アレキサンダーは、手元の書類を軽くさばいて見せた。
「お手元の王領の書類は、アルフレッド様からと思ってよろしいですか」
「他に誰がこんなことができる」
「アルフレッド様は、いずれアレキサンダー様に王位継承される際のことを考慮しておられるのでしょう」
「そういうわけで、王太子領の書類がお前のほうにいくわけだ」
「随分と飛躍したお話ですね。目を通させてはいただきますが、最終的なご確認はお願いいたします」
「今更必要か」
アレキサンダーが王太子となったときから、ロバートは王太子領に関して補佐として関わってきた。名目上補佐であっただけで、領地に関しての経験は同等だ。
「アレキサンダー様、ご冗談を言っておられる場合ではありません。王太子領です。アレキサンダー様の御領地です」
「この王領の書類は、私に一任されている」
「アルフレッド国王陛下の、アレキサンダー王太子殿下への御信任が厚いようで何よりです。ですが、これとそれとは話が別です」
「王太子の乳兄弟への信認も十分に厚い。これから王領に関しての補佐も頼むくらいだからな」
「光栄ですが、王太子領に関しては、一任していただくわけにはまいりません。最終的なご確認はお願いいたします」
そういいながらも、ロバートの目は文字を追い、手は書類をめくっていく。
「わかっている」
執務室には秩序が戻った。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです