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5 アリシアの寝室

 私、役に立てた……よね?

 自問自答しながら、告解室の裏のドアから廊下へ出る。


 すると告解室と廊下との間の壁に、耳を押し当てていたヒューイとラウルの姿があった。何もそんな恰好をしなくても元々ドアが半開きになっているのだから、中の声は聞こえるはずだ。


 彼らは目を見張り、感心したように首をひねった。


「すごいね。彼女はさる大手の毛皮商人の奥方なんだけど、よく愚痴を吐きにここへくるんだよ」

「もう常連ですよね」

「そうそう。そのつど俺やラウルや他の修道士が話を聞くんだけど、なかなか満足してもらえなくてね。困ってたんだよ。いや、本当にすごいね。俺だったら『トドの親分』のあたりで脱落だな」

「僕は最初の口上を邪魔された時点で、聞く気をなくします」


 さすがに早過ぎる。


「いや、本当にすごいよ。彼女の満足した顔なんて初めて見た」

「僕もです。驚きました」


 彼らが感嘆した。そして、


「アリシアを雇ってよかったよ。適任だ。これからもよろしくね」


 話を聞いてただ頷いていただけだが、そう思ってもらえたならアリシアも嬉しい。

 安心して「こちらこそ」と大きく頭を下げた。


「本当に前の子とは全く違いますね」


 ラウルが安心したように頷いている。前の子、とはさっきの奥様が言っていた子のことだろう。


「あの、その子は――」

「じゃあアリシア、寝室へ案内するよ」


 ヒューイが笑顔で遮った。

 

 修道院の建物を出て東へ進むと、綺麗に手入れされた前庭の奥に、半二階建ての焦げ茶色の邸宅が建っていた。


 貴族が住むお屋敷みたいだわ。

 ほけーっと眺めていると、ヒューイとラウルはためらうことなく敷地の中へ入って行く。慌てて追いかけた。


「これは司祭専用の住居です。つまりヒューイ様専用です」


 ラウルの説明に驚いた。


「こんな大きな邸宅に……。すごいですね。ずっと住んでいるんですか?」

「司祭になってからね。つい半年前からだよ」


 ……そうよね。馬鹿な質問をしてしまったわ。

 恥ずかしくて視線をそらすアリシアに、ヒューイがおかしそうに笑う。


 前を向いていたラウルが何気ない調子で言った。


「半年前までは、その当時の司祭様が住んでいたんですよ」


 途端にヒューイの頬が一瞬こわばったのに、アリシアは気がついた。

 けれどヒューイはすぐに元の笑みを浮かべて、


「俺の助祭だからラウルの寝室もここにあるよ。あとはこの邸宅の掃除なんかをしてくれる使用人たちと、それにもう一人の女性の雇い人の寝室もね。だからアリシアもここに寝泊まりしてくれる?」

「はい」


 もう一人の子はどんな子なんだろう。仲良くできるといいけれど。そんなことを思いながら歩を進めた。


 あれ?

 近づいて行くと、邸宅の裏にある森の中に、ベージュの屋根が覗いていた。さらに奥に、もう一軒立派な邸宅があるようだ。


「あれはもう一人の司祭が使っている住居だよ。シャルド大聖堂には司祭が二人いるんだ」

「もう一人のモントル司祭様は厳格で真面目で、まさに司祭の見本といった方です。適当で不真面目で、そのせいで馬鹿に見えるヒューイ様とは全く違います」


 ラウルは可愛らしい顔立ちをしているのに、笑顔で毒を吐く。

 アリシアがびっくりする横で、ヒューイが顔をしかめた。


「お前さ、もうちょっと優しい言い方してくれない? 地味に傷つくんだけど」

「うわ、びっくり。僕、ものすごく優しい言い方をしているつもりですけど」

「えっ、じゃあ本音はもっときついの? そのことにびっくりだわ」


 司祭と助祭は互いに驚きながら邸宅の中へ入って行く。

 アリシアも足を踏み入れた。


 すごい。

 息を呑んだ。大理石の柱が並ぶホールだけでも豪華だ。一階部分だけで部屋数が二十はあるだろう。それが半地下から屋根裏まであるのだ。修道士たちは修道院内の宿舎に寝泊まりしているのに、やはり司祭ともなれば違う。


「司教様や大司祭様の住居はもっとすごいよ。まさに宮殿って感じだから」

「司教様なんて自分の教区内の聖堂や教会を回っているから、ここにいるのは短い間だけなんですよ。その間の、いわば宿泊所みたいなものなのに豪華すぎません?」

「留守の間に忍び込んで泊まりたいよな。全部の部屋のドアを順番に開けて回りたい」


「ああ、わかります。あと主寝室の大きなベッドに寝転がって葡萄酒なんか飲みたいですよね」

「わかる。クラッカーも遠慮なくかじっちゃったりね」

「こぼしたかけらや粉は、全部床に落とすんですよ」

「そうそう。それでさらにベッドの下に足で押し込む」

「あー、わかります」


 楽しそうに笑い合っている。

 聖職者なのにこんな罰当たりな会話で盛り上がっていいのか。

 そして仲がいいのか悪いのか、よくわからない。


「アリシアの寝室はここね。といっても食事なんかは俺もラウルも、もう一人の子も、修道院の食堂でとっているから、寝るだけっちゃ寝るだけだけど」


 階段を上ると、二階はちょうど真ん中をギャラリーで二つに仕切られている。その東側の一室に案内された。


 貴族の邸宅でいうとちょうど子供部屋にあたるのだろう。

 大きな窓の横に寝心地のよさそうなベッドが置かれている。それにドレッサーやテーブルなども上等なものである。驚いた。


「えっ、私の部屋なんですか?」


 風をしのげる場所と薄い毛布でもあれば充分だと思っていたのに、アリシアの住んでいた家よりよほど豪華だ。

 雇われ人なのにこのような待遇を受けられるなんて、逆に気が引ける。


「そうそう。隣はもう一人の子の寝室だから、わからないことがあったらなんでも教えてもらって」

「――まあ、彼女がちゃんと教えるかは疑問ですけどね」


 どういう意味なのか。

 それでもこんないい寝室まで用意してもらって、とてもありがたく感じた。


「あの、雇ってもらってありがとうございます。頑張ります」


 頭を下げると、ヒューイが微笑み、ラウルが照れたように頭をかいた。


「アリシアさんはいい人ですねえ」

「じゃあ。ゆっくり休んでね」


 二人が去っていく。

 アリシアは部屋に入り、旅行鞄を床に置いた。


 そっとベッドに上ると、布団も毛布もふかふかだった。疲れと緊張を吸い取ってくれるかのように太陽の匂いがする。それを思い切り吸い込んだ。

 最初はどうなることかと思った。でも――。


 とりあえずここで頑張ってみよう。

 目を閉じた瞬間、アリシアは眠りに引きこまれた。


 * * *


 二階の西側にある書斎で、ヒューイは手紙をしたためていた。

 その横でラウルがぶつぶつ言いながら、乱雑に積み上がった書類の整理をしている。


「アリシアさんはよさそうな人で安心しました」

「それはよかった」

「それにしても、雇ったのはまた名字が『ミルズ』さんなんですね」

「まあね」


 書き終えた手紙を渡す。


「出しておいてくれないか」

「わかりました」


 ラウルが勝手知ったる態度で封筒をひっくり返す。宛名を見て小さく目を見張った。


「――手紙を出す相手も『ミルズ』さんなんですか?」

「そう。頼んだよ」


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