2話
シャンティラは自室に戻るとスーレイや他の侍女に手伝われながら装飾品や略装を外したり脱いだ。
お化粧も落としてくつろいだ私服に着替えた。髪は緩く束ねておく。スーレイが気を利かせて冷たいお茶を用意してくれる。長椅子に座ってそれを手渡された。受け取って一口飲んだ。
「……ふう。父上はああ見えてなかなかの曲者ねえ」
「そうですね。陛下は見かけは穏やかそうですが。なかなかに頭の切れる方ですよ」
「そうなのよねえ。おかげで緊張したわ」
シャンティラはそう言ってまたお茶を飲んだ。スーレイも苦笑する。父のアメンハドは穏やかそうに見えて本当に曲者だった。意外と頭が切れるし老獪さがある。それは二人とも昔からよく知っていた。アメンハドは当年取って五十歳になる。
「シャンティラ様。とりあえず、嫁ぐのは決まったわけですし。今からでも準備をしておきましょう」
「そうね。じゃあ。荷物をまとめて。後は花嫁衣装の手配とかしないといけないわ」
「衣装の手配は王妃様がしてくださると思います。でもシャンティラ様ご自身でも心づもりはしないといけないでしょうね」
シャンティラはそうだわと頷いた。その後、スーレイと今後のことで話し合ったのだった。
あれから五日が経った。王妃である母が色々と差配をしてくれたおかげでシャンティラも花嫁衣装の支度などに集中できた。花嫁衣装の刺繍はシャンティラがスーレイやお裁縫が得意な侍女達と行った。ベールもレース編みが得意な姉のスーリに教えてもらいながら作ったのだが。婚姻式用の宝飾品や衣装に使う布地、糸にベール用の材料を親切にも皇太子が贈ってきている。シャンティラ宛の手紙もあり「嫁ぐその日が待ち遠しい」と綴ってあった。これには母や姉は「羨ましいわ」とはしゃいでいた。
「……シャンティラ。今日もレース編みをしましょう」
「ええ。もう半分は出来上がったの」
シャンティラが自分で編んだレース状のベールを見せると姉のスーリは微笑んだ。
「あら。本当ね。ティラは昔から器用だったものね」
「ふふっ。姉上程ではないけど」
二人して笑いながらレース編みを再開する。スーリに教えてもらいながら少しずつ仕上げていく。かぎ編棒を器用に動かす。スーリは母の王妃譲りの白銀の髪に淡い翠の瞳、褐色の肌の超がつく美女だ。が、性格はシャンティラ以上に気が強く活発な感じである。婚約者がいて名をシェンクといった。シェンクは将来の義妹であるシャンティラに対しても親切に接してくれている。スーリとも仲が良くて婚姻式も間近になっていた。ただ、妹の方が先に嫁ぐ事になって彼女は戸惑っていた。
「ティラ。あなたがいきなり嫁ぐ事になって驚いているのよ。私より早いわ」
「……そうかしら。姉上も後三カ月もしたらシェンク様と結婚するのでしょう?」
「それはそうだけど。私はもう二十歳だからいいけど。ティラはまだ十七歳じゃない。やっぱり早すぎるわ」
スーリはレース編みの手を止めると長椅子から立ち上がる。シャンティラの側まで行くとそっと抱きしめてきた。ふんわりとスーリからジャスという花の香りがする。彼女が好んで使う香油の香りだった。
「……ティラ。隣国にあなたが嫁いだら。滅多に会えなくなるわね」
「大丈夫よ。嫁いだとしても姉上の事は忘れないわ」
「それでも寂しいわ。ティラは私にとってたった一人の妹なのに」
スーリは涙ぐみながらシャンティラの頭を撫でる。姉の温もりに不思議と緊張が解けていくのがわかった。
「……姉上。わたくし。嫁いだら毎日手紙を出すわ。後、皇太子殿下にお願いして年に一度はこちらに帰ってくる。それだったらいいでしょう?」
「手紙で十分よ。年に一度も帰っていたら殿下が嫌がらないかしら」
「それはそうね。帰るのは諦めるわ」
シャンティラが言うとスーリは泣き笑いの表情になった。
「ふふっ。ティラはしっかりしているわね。これだったら心配はいらないかしら」
「ええ。姉上もわたくしがいないからってシェンク様を心配させないでね」
シャンティラは努めて明るく言った。スーリは体を離す。二人でまた笑い合った。その後、レース編みを再び始めたのだった。