4話 大声は慎重に
電車で声出ちゃう時、あるよね
はずかしい
安宿に戻り、質屋についての一件を思い出す。
「あぁぁぁ……」
「どうしたのだ、頭を抱えて?」
安宿の埃臭く固いベッドの上でうずくまる俺に魔剣が声をかける。
もちろんその原因は魔剣だ。
とにかく、質屋に行って重大な二つの事が分かった。
一つは恐らく高値で魔剣を売ることは出来ないという事。
早くコイツを手放したいところだが、こんだけ迷惑かけられて1000オンスは割に合わない
「なあ、なんで質屋の店長はお前を『売れない剣』なんて言ったんだ?」
「さあ、アイツの目が節穴を通り越して、虚無か何かだったのだろう」
「忌々しい」と、魔剣の刀身が怒りに震えている。質屋を離れてずいぶん経つがまだ怒りが収まらないらしい。
まあそんな事より、だ。
俺がさっきまで頭を抱えていた最大の理由、
魔剣の声が俺以外に聞こえていない問題についてだ!
質屋の「声なんて聞こえない」という言葉、その言葉が意味している事……それは……!
俺と魔剣との言い合いが俺の独り言に聞こえているということだッ
はっッッッずかしい!
思い返せば、この街に帰って来るときの馬車の中でも相当言い合いしていた。
頼み込んで乗せてもらった馬車で、大声で独り言を喋った奴、馬車の運転手はそんな風に認識しただろう。
それだけじゃない、この街に来てからも何度か魔剣と言い合いになった。
あの時感じた視線、あれは「喋る魔剣とその持ち主」に向けられていたのではなく、
「大声で喋りもしない剣に怒鳴っている奴」に向けられたモノだったという事だ。
どうしよう、死にたい。いっそのこと魔剣を使って本当に逝ってしまおうか
「どうした? なんか悩み事でもあるのか? 話してみたらどうだ?」
過去の汚点の元凶が俺に優しく語りかけてくる。
「………」
本来なら「元凶が何言ってんだ」なんて風に怒っているトコロだが、
魔剣の声が人には聞こえないと知った今、もう恥ずかしくて大きな声は出ない。
「それでだ、話は変わるが、」
俺が黙っていると唐突に魔剣が喋り始めた。
「あの店主はいつ暗殺しに行く?」
物騒だな、おい
魔剣は「どこで待ち合わせする?」なんて言う風に、店長の暗殺について相談してくる。
「やだよ、俺が実行犯になるんだろ?」
「むぅ、だがそれでは私の怒りが収まらん」
ぶぅぶぅと魔剣が口を尖らせている。
「よっぽどアタマに来たんだな?」
「それはそうだ、人間で言えばアレは人格批判の様なものだ」
まあ、魔剣がどう感じたかは割とどうでもいいが、俺にはどうも質屋がまるっきり違う事を言っているようにも思えない。
「なあ、試して見てもいいか?」
そう言ってリンゴを取りだす。さっき質屋の帰りに昼飯用に買ったものだ。
魔剣を握り、リンゴに刃を向ける。
「おい、何度も言うが私の扱いを間違えるなよ?
私は魔剣、フルーツナイフなどでは……お、おいっ 話を聞けっ」
魔剣を無視してリンゴに刃を突き立てる。
あれ、思ったよりも刃が入って行かない。それこそ安物のフルーツナイフ程度の切れ味だ。
「なあ、本当にお前の切れ味が悪いんじゃないか? アイアンワームの時はなんだったんだ?」
「たかが果物にこの私が力を使うと思うか? アイアンワームの時はあの鉄の外殻で必要以上に刀身が傷つくのを嫌っただけだ」
「へっ? お前、俺の生命力が無くてもアイアンワームを切れるのかよ?」
なんだか話が違くないか? 俺の生命力を使って魔物を切るって話じゃなかったのか?
「あの時はお前の手から離れていたからな、その前に吸い取った生命力で代用しただけだ。それに不足分は昨日の夜にもお前から抜き取ったしな」
確かに昨日の夜、魔剣に生命力を抜かれた時は最初に抜かれた時よりもさらに力が抜けた気がする。
「それじゃ、いつも寝る前にお前が俺の生命力を抜き取れば、普段振る時にも抜き取られないんじゃないか!?」
そうすれば俺も冒険者として魔物が倒せるかもしれない!
「いや、それは無理だ。そもそも私は魔剣、溜めて置ける生命力などたかが知れている、それこそあの咄嗟の突き刺さりで使い果たす位にな。魔剣は下僕ありきの物だ」
つまり魔剣投げなら、コイツに有無を言わせずにアイアンワームの外殻を穿つような攻撃を一発撃てる訳か?
………なら、良い事を考えた。
俺の考えが成功すれば、それなりの収入を得ることが出来るハズだ。
「魔剣、手を組もう」
…
……
………
交易の街エンドル、今日も近くにある複数のダンジョンから得られた鉱石や薬草、そして魔物から剥ぎ取られた素材が集まり、世界中へと売られていく。必然的にこの街に金が集まり、それに人が集まる。町全体が活気づき、そんな風にしてエンドルは今日まで発展した。
この街はダンジョンを生活の糧とする冒険者に取っても絶好の拠点であり、冒険者ギルドも連日大勢の冒険者で賑わいを見せている。
その冒険者ギルドに俺の姿はあった。
「それではギルドへの入会金、3000オンスです!」
受付嬢に、にこやかにそう言われ俺の体が固まる。
ギルドに入るのにお金がかかるなんて聞いてない。
しかも3000オンス、今の俺の全財産の半分以上だ。だが仕方ない、これも未来の利益のためだ
泣く泣く3000オンスを支払ってギルドの会員証を発行して貰う。
「それではお名前お願いします!」
「えーと、『ジン』です」
そんな受付嬢との会話のさなか、俺の背中で布にくるまれた魔剣が「ははは、お前にも名前があったのか。『ジン』何ともお前らしい名前じゃないか」とかほざいている。自分の事を「名称不詳」とか名乗ってしまうどっかの名無しの剣には何も言われたくない。
「それでは仮会員証、確かに発行しました!」
魔剣に気を逸らしている間に、受付嬢は俺の前に白い陶器製のプレートを置いた。
「仮会員証?」
思わずオウム返しになる。確か、ダンジョン労働者だった時にダンジョンで見た冒険者の会員証は金属製だったはずだ。
「ええ、昇級試験を受けて貰って初めて本会員です。 ご存じありませんでしたか?」
はい、ご存じありませんでした。
それこそギルドに入るのにお金がかかるなんて知らない程に。だって一昨日まで労働者だったんだもん。
「仮会員までは受ける事のできるクエストが大幅に制限されます。 まずは恒常クエストを受けて実績を得ていきましょう!」
受付嬢ににこやかに送り出されて受付を離れる。
思わぬ出費だったがこの際はいい。それよりだ、
(おい、めぼしい奴はいたか?)
周りに声が聞こえないように声を抑えて魔剣に話しかける。
(いや、どいつもこいつも有象無象だな、私にしてみればお前と変わらん)
俺に釣られてか、声を抑える必要のないはずの魔剣もひそひそと俺に返答した。
そう俺は今、魔剣の新しい下僕を見つける為にギルドに入会したのだった。
冒険者なら『金を持っていて、魔剣が求めるような強者』という好条件の人物がみつかると思ったからだった。
冒険者ギルドの会員になったのは、同じ冒険者の方が話しかけ易いと考えたからだ。
そしてもう一つ、冒険者登録をした理由、それは知っての通り資金不足。
今、生活できるだけの収入を早急に得る必要がある。
「くっ、やはり安いか……」
恒常クエストが張り出された掲示板をみてそう唸る。
薬草一束10オンス。ラージラットの駆除三匹で20オンス。
宿泊代を150オンス、食事代を3食パンのみとして60オンス、計210オンスとすると薬草なら21束ラージラットなら33匹だ。現実的なのは薬草採取だが、運搬も考えると今の俺には300オンス稼げれば御の字だ。
駆け出し冒険者の収入は安い安いとは聞いていた。だが、こんなに安いとは。
ちなみに、労働者の時は朝昼の飯と寮は無料で賃金が一日大体300オンス程だった。あの時もいい暮らしでは無かったが今に比べれば良かった方だ。
だが俺には考えがある。
ターゲットはワイルドボア、恒常クエストでは破格の一匹500オンス!
俺はコイツを魔剣で仕留めようと思っている。
魔剣との協力、それは新しい下僕を俺が探す代わりに狩りを手伝わせるというものだった。
さっそく俺はワイルドボアの生息地に向かう事にした。