3話 人生ドン底は魔剣と共に
新生活応援キャンペーン
「キミ、クビね」
そのたった五文字で俺の人生が終わった。
アイアンワームの大群から逃げ出し、生を勝ち取ったのもつかの間の事だった。
原因はもちろん今起きたダンジョン崩落事件。上司に俺がアイアンワームを怒らせたと伝わったのだ。
その伝わり方が悪かった。どうやら労働者の一人がアイアンワームの大群にちょっかいをかけて暴れ回らせたらしい、と事が間違って伝わったようだ。
そのが上司の怒る様は凄く、「いや、じつはこの魔剣が原因で」の『い』を言う猶予も無かった。
上司が怒るまでならまだ土下座でどうにかなる。だが『解雇』これだけは非常にマズい。
解雇とはここのダンジョンの労働から外されるだけでなく、ここの組合の系列のダンジョン全てに出禁になったという事を意味している。
もはやこうなっては俺の土下座は何の意味も無い。
それで今、俺はあのダンジョンの最寄りの街、エンドルへと戻ってきていた。
ここに戻るまでも苦労があった。来るときは組合の荷物運搬用の馬車に乗せてもらったが、組合を解雇になった俺は簡単には馬車に乗らせてもらえない。ダンジョンから少し離れたところで馬車を待ち伏せし、道に迷った旅人のフリをしてやっと乗せてもらえる事ができた。
今は街はずれの宿の前に来ていた。
馬車の運転手にこの街で一番安い宿を紹介してもらえたのだ。
「一泊150オンスね、食事は別料金だけど?」
宿に入ると、受付にいたやる気のない声で主人がそう言って手を出す。
確かに安い、が俺の全財産が5500オンスだから結構な出費だ。
食事は断り、財布代わりの革袋から大事な大事な150オンスを取り出す。
労働者は良かった。なんせ寮とメシは用意して貰えたからな。
「……はい、二階の角ね」
鍵を貰いそのまま二階へと上がる。
なけなしの金で安宿に泊まることは出来たが、これからどうした物か。
もはや働くアテは、この大きな街の求人に掛かっている。住み込みとかあると良いんだが。
それで、だ。
「なんて事してくれてんだぁぁぁ!」
「なんだっ いきなり! びっくりしたではないか」
魔剣は寝耳に水と言わんばかりの反応をしている。
「ずっと、無視しているかと思ったらいきなり叫ぶとは」
そう、ダンジョンからこの街まで魔剣が黙っていたわけではない。
というかこの魔剣が喋らない訳がない。
「いろいろありすぎて一杯いっぱいだっただけだ! よくも俺の職を奪いやがって!」
ずっとだ。ずっとうるさかった
それこそ馬車に必死に交渉している間も
「おい、戻らんのか? せっかく挑発した蟲共の怒りも収まってしまったぞ?」
とか、
「おいっ どこへ行く気だ!? ダンジョンへ戻れ! そして我が力を労働者共に見せつけろ!」
だとか、もう、ほんっとにうるさかった。
「あとっ、ずっとうるせえんだよお前はっ!」
ダンっ!
俺が叫んでいたら壁が向こう側から殴られた。安宿で壁が薄いらしい。
俺が魔剣を「ほらなお前のせいで怒られた」という目でみていると、魔剣が反論する
「今のは私のせいではないだろう! それにだな、この街に来てからは静かにしていただろう!」
確かにこの街に来てからやけに静かだった。
「一応聞くが、なんで静かだったんだ?」
コイツが静かになる方法があるのなら是非とも聞きたい。
「オマエから、悲しみの感情が流れてきたからな。声をかけずにいてやったのだ。下僕を思いやる主人の情けに感涙するがいい」
誰が主人だ、誰が。
「んっ? ちょっと待て、今感情がどうたらって……?」
「んっ? ああ、シュジュウ契約をしたんだ、それぐらいわかって当然だろう」
シュジュウけいやく? シュジュウってまさか「主従」の事か? コイツと俺が?
「ふざけんなっ! 俺とお前が主従契約だって!? 取り消せ! 今すぐ取り消せ!」
ダンっ!
俺の大声にまたもや隣の宿泊客の注意が入るが、今は構っていられない
ブンブンと振り回して魔剣に問い詰める
「そ、そんな簡単に契約は解消できないツ! 取り合えず振り回すのをヤメろ! 酔うだろうが!」
なに剣が振り回されたくらいで「酔う」とか言ってるんだ
「まず主従契約ってなんだよ? 俺はした覚えないぞ?」
「主従契約は主従契約だ。 それがなければお前が私を扱うことも出来ないし、お前の生命力を私が使うことも出来ないんだぞ?」
「そんなの願ったり叶ったりだ! どうすれば契約解消できる!?」
「ね、願ったり叶ったり……願ったり叶ったりって……」
いまさら魔剣がショックを受けている。
「しゅ、契約解消か、方法など知らん。お前が死ぬか他に下僕が見つかったらだろう」
「ふざけんな! だったら下僕とやらをいますぐ見つけろ! い・ま・す・ぐ!」
「うるさい うるさいっ! あの時はしかたなくお前と契約したが本来そう気軽に契約するものではないのだ!」
「ああ、そうだ、「生命力を使う」で思い出したが、アイアンワームに突き刺さった時にな、少し刀身が傷ついた。……お前の生命力を頂くぞ?」
魔剣の口ぶりは「そのお菓子一口ちょうだい?」とでも言うようだった
「えっ ちょっ!」
止める間もなく魔剣に生命力を取られる。ふわっっという浮遊感と共に体の力が一気に抜ける。
クソっ勝手に吸い取りやがって
薄れゆく意識の中で、俺はこう決意した。
「よし、コイツを売ろう」と。
…
……
………
次の日
俺の姿は質屋にあった。
目的はそう、この魔剣を売るためだ。
ただ、一つ想定外な事があった。
「だーかーらーっ! これは魔剣なんだって! ほら、ここの近くのゴブリンの廃坑で見つけたの!」
「おにぃさんもしつこいね~、これは魔剣なんかじゃないんだって」
質屋の店主が信じてくれないのだ。
「おいっ! まだ説明が終わっていないぞ!? なぜこの私を売ろうとしている!」
この通り魔剣が絶賛騒ぎ中にも関わらず、だ。
「こんな喋る剣、魔剣以外の何物でもないでしょうが!
それにほら、物好きの金持ちが買うかもしれないよ?」
「おい、売るのも許せんが『物好き』とはどういう意味だ!」
さっきからこんな風に三つ巴の言い合いが勃発しているのだ。
「……喋ってるぅ? さっきからそう言うけどね、いったいこの剣のどこが喋ってるんだ?」
……ちょっと待て、「この剣のどこが喋ってるんだ?」だぁ?
「はぁ、時々居るんだけどね、どこからか魔剣が喋るなんていう伝説を聞いて、
何の変哲もない剣を魔剣だなんていって高値で売ろうとする奴。
でもプロにはそんなの分かるから!」
「本当にこの魔剣が喋っているの聞こえないのか!?」
「はいはい、でたでた。見破られそうになると「自分にだけ聞こえている」とか言うやつ。
そんなんじゃ騙されないからね?」
この店主の反応、本当に魔剣の声が聞こえていないらしい。
「それにこの剣ね、普通に剣として査定してもそんな高値にならないよ?」
「そんなはずは無い、アイアンワームの外殻すら切ることが出来るハズだ!」
俺のその異議に店主の俺を見る目はどんどん冷ややかになっていく
「はあ、それとね、この剣の銘はなんていうの。良い剣には刀匠が銘をつけるものだけど」
銘か、確かに勇者剣『カリバーン』だとか大魔導杖『マグラ=マグナ』だとか剣に限らず名前の付いている武器をよく聞く。
「お前に銘なんてあるのかよ?」
いまだに「売るな敬え」とうるさい魔剣にそう尋ねる。
「ふふふ、銘か、そう簡単には教えぬさ。なんせ魔剣だからな!そうだな『名称不詳』とでも名乗っておこうか!」
「……『ナナシ』だそうです」
「はぁ、まだその設定でいくの?」
店主の顔も呆れが見えてきている。もうここで粘るのは止めにしようか?
「とにかく大した剣でも無いし、買いとるなら1000オンス、それ以上は無理だよ」
1000オンスだって、安宿に一週間も止まったら無くなってしまう
俺だってこんなヤツ100オンスでも買わないがそれでも安すぎる。
だが、その言葉に反応したのが魔剣だった
「なにぃ? この私が対した事ないだと? 面白い、それではこの私の切れ味、その身を持って体験させてやるわっ! おい下僕コイツを切れぃ!」
やだよ、お前それで俺の生命力もってくんだろ? それに殺人犯もゴメンだ。
「ほら見てよあの武器置き場、剣だってウチには一杯在庫があるんだ。こっちとしても売れるかも分からないそんな剣は良心で買い取るんだから」
店主の指さす方向には乱雑に武器が置かれた1本3000オンスコーナー
「な、なにぃ? 侮辱するだけに及ばず、あんな有象無象と一緒にするだと!?」
魔剣さんが見た事ないくらいキレている。あれが怒りのツボらしい
「それで売るの? 売らないの?」
「帰ります!」
魔剣が「店ごと切るッ!」とか言い出したので店を出る事にした。
どこに行ってもこの反応なら魔剣を売るのは難しいのだろうか?
取り合えず二度とこの店には来ない、そう俺は誓った。