1話 転機と異動は突然に 1/2
冬も中頃
魔剣の季節ですね
ピンチだ。 間違いなくピンチだ!
今、俺に向けられている二つの怒りだった。
一つは目の前で痛みに暴れる鉱蟲アイアンワームのものだ。
深く突き刺さった剣をなんとか抜こうと暴れまわっている。
ダメだ。逃げようにもこの洞窟の出口はアイアンワームの向こう側だ。
考えを巡らせるんだ俺っ!ここから生還するにはどうしたらいい!?
「おいっ! この私の扱いを間違えるなよ!」
思考を邪魔するのは俺に向けられたもう一つの怒り。
あれにかまっている暇などない。今はとにかく助かる方法を考えなければ。
チャンスはアイアンワームの気が突き刺さっている剣に向いている今だけだ。
「おいっ! 聞こえているのか!」
なにか方法はないか?
「おいっ! 無視するな! 聞こえているのは分かっているんだぞっ!」
「私を怒らせればどうなるか分かっているのか!」
「お前など私にかかれば一太刀だぞ!」
………
「おい貴様ぁ!きこえt「うっさぁぁぁいっ!!」
集中が削がれる!
俺に向けられたもう一つの怒りの主、アイアンワームに突き刺さった剣を睨みける。
「なんだ聞こえているんじゃないか。 私を何故投げた! はやくコイツから抜くんだ!」
俺はうるさい剣に向かって息を吸うと叫んだ
「『取り寄せ』」
…
……
………
「うへぇー、つっかれたー」
今日もそう言ってベットにダイブする。たいして綿が入っていないベッドはほとんど衝撃を吸収せず、顔面にもろに衝撃がはしる。
「ぐえぇ………」
痛みで言葉にならない様なうめき声が出たが、痛がる気力もない。
『ダンジョン労働者』それが俺の職業だ。
冒険者が探索し、安全と認定されたダンジョンから鉱石だのを採掘するのが仕事。
だが労働者なんて待遇は奴隷より少しマシ程度だ。
俺には『ジン』という立派な名前があるが現場監督には「オイ」だとか「オマエ」としか呼ばれない、労働者なんてそんな扱いなのだ。
「くそぉ、俺に力さえあれば……」
そう言いながら、なけなしの金で買ったリンゴを取り出す。
「俺に力さえあれば食べ物にも困らないのにな」
なんとなく寝っ転がりながらリンゴを宙に投げる。落下して自分の手に収まったリンゴは軽い。中がスカスカな粗悪品の証拠だ。俺達労働者はこんなものしか食えない。
世の中は不平等だ。
生まれ持った才能『特殊技能』で人生が決まってしまう。
かの勇者リュークはあらゆる分野で際限なく成長できる特殊技能の
『天元突破』を持っているらしいし、
大聖女ユナは周囲の人を常に回復し続ける特殊技能、
『安息領域』を持っているらしい。
もちろん特殊技能を持たずに活躍している人も多くいるが、
生まれ持った頑丈な身体であったり優秀な頭脳を持っている。
特殊技能を持っていてもそれ自体に恵まれていな人間もいる。それが俺だ。
ゴンッ イテッ!
力加減を間違えたかリンゴが天井へ当たり、俺の鼻へと思わぬ速度で跳ね返ってきた。俺の鼻に鈍い痛みと血の臭いをのこしてコロコロと、このクソ狭い部屋の隅にリンゴは転がっていった。
「イタタタ、はぁ……『取り寄せ』」
リンゴよりも鼻血の心配をする俺の手元にリンゴが宙を飛び戻って来る。『取り寄せ』それが俺の特殊技能だ。対象物を自分の手に引き寄せる事が出来る。
考えてみて欲しい。これがどうして役に立つだろうか。今の状況、皆ならどうするだろうか?
そう、「歩いてリンゴを取りに行く」だ。
俺の特殊技能は「歩いて取りに行く」で代用できてしまうのだ。
それに条件もある。一度触ったことがある物、それでいて他人の持ち物では無い物。
生物は取り寄せ出来ず、範囲も10m以内だ。
盗みに使うこともできないし、狩人をしようにも弓なら矢を複数持っていけばいいし、
そもそも10m以内に標的が来ることなんてそう無い。
………これでどうしろっていうんだ!そりゃリンゴを強く投げたくもなるさ
俺はリンゴを食って、ふて寝をする事にした。今日は直ぐに寝れそうだ。
疲れで意識が薄れる中、全く甘くなかったリンゴの酸味だけが口の中に残った。
…
……
………
次の朝、事務所へ行くといきなり辞令が下った。
「お前、隣町の近くに新しく見つかったダンジョン知ってるか。そこの人員が足りないらしい」
「嫌です」なんて言えない。上司に「行け」と言われたら行く。
それがこの世の理だ。
それに新しいダンジョンは人手不足で賃金が高いらしい。
お金が足りない俺には願ったりかなったりだ。
隣町への乗合馬車に乗りながら渡されたダンジョンマニュアルを読む。
新しく見つかったダンジョンは『ゴブリンの廃坑』というらしい。
ダンジョン勤務ではこのダンジョンマニュアルを読むことが自分の命を助ける。
いくら冒険者が安全だと認定しても危険がゼロとは限らない。
ふむふむ、これから行くダンジョンには獰猛な魔物は居ないらしい。
「気をつけるのはアイアンワームだけか」
アイアンワーム。普段は大人しく危害は加えてこない魔物だ。
鉄鉱石に付いた微生物を食べ、鉄鉱石はそのままアイアンワームの鎧となる。その鎧は生半可な剣では傷一つ付けられないが、確かアイアンワームの脱皮殻は良質な防具の素材となったはずだ。
そんなこんなで馬車に揺られること2時間、隣町エンドルに到着。そこから組合の馬車に乗り換えて30分、やっとゴブリンの廃坑へと到着した。
ダンジョンの入口近くに小屋が建っている。あれが事務所だろうか、前の所と比べるとやけに小さい。
そいうえば前に労働者仲間に聞いたが、新しくダンジョンが見つかると利権確保の為にとりあえず簡単な事務所を建ててしまうらしい。
「紹介されてきました、ジンです」
受付にそう話すと奥へと案内された。小さな事務所の中で一際大きな机、そこで神経質そうな痩せ型の中年が書類を見ていた。
「ああ、あなたが隣のダンジョンからの。話は聞いています。私はダンジョン開拓課から派遣されてきた………いえ、それは時間の無駄ですね。どうせ直ぐ正式な責任者が配属されるので自己紹介等はそちらの方としてください」
時間の無駄ね。俺みたいな労働者には自己紹介すら必要ないらしい。コイツも例に漏れず労働者をかなり下に見ているようだ。だが、俺は嫌な顔は見せない。反感を買われたくないからだ。クビまでいかないにしろ減給されたらたまったもんじゃない。
「ここのダンジョンマニュアルは読みましたか?では早速働いてもらいます。ダンジョン内での労働経験はあるそうなのでF-4区域に行ってください。受付で作業用具等は貸し出しています」
そう言うと目の前の中年は「もう行くように」と手を振って、手元の書類に目を戻した。もう俺には興味すらないらしい。
それにしてもF-4区域か。ここのダンジョンでも深い区域に配属されてしまった。ダンジョン労働者でも深い場所ほど経験豊富なベテランがやるものだ。それだけ人手が足りないらしい。
受付でツルハシと作業用兜を借りてダンジョンに入る。
「快適とは言えないな………」
ダンジョン内はマッピングされているから迷子になることは無い。十数分で目的地に着いた。
現場監督らしき人物がそこにいた。もう他の労働者は働き始めている様で、そこらの横穴からガンガンガンとツルハシで岩壁を叩く作業音が聞こえる。
「オマエは……ああ、新しいヤツか。マニュアルにも書いてあるが、ここはゴブリンが掘った坑道だ。ヤツらは頭が悪いから鉄を少し掘って廃坑にしちまったようだが、鉄以外の鉱石もここには眠っている。それを掘り出してこい」
そう言うと現場監督は「オマエはあそこだ」と横穴の一つを指さした。
正直言ってこの仕事は最悪だ。低賃金のくせにやっている事が鉱夫となんら変わらない。
渋々横穴を少し進むと行き止まった。はぁ…ここを掘れと。
気持ちが乗らないまま力任せにツルハシを岩壁に振り下ろした時だった。
ガキンッ
「なんだぁ!?」
ツルハシが何か固い物に当たった。衝撃で手がじんじんと痛い。ピッケルの先端でその周りを削ると、姿を現したのはなんの変哲もない剣だった。
「なんだこれ? 剣?」
剣が埋まっている。もしかした冒険者が忘れていったのかもしれない。だがなんで壁に埋まってた?
そんな事を考えながら剣を引き抜こうと柄を掴んだ時だった。
「………ッ!?」
なんだ!?急に力が抜けた?
俺が混乱しているさなか、もっと混乱するような出来事が起こった。
「……おい、痛かったぞ」
………今、剣が喋った?