暖かな寝床
吾輩の名前はハチ・ルドルフ・クロ、高貴なフェリス属の一匹猫である。見た目は黒と白でヒューマン共の呼び名ではハチワレという見た目らしい。
吾輩は背の低いヒューマン共が多い島国に住み奴らの都会に潜みながら一帯を治めている。
弱い他の猫共のために餌場を探し方を教えてやったり、他の土地から来た猫に居場所を盗られることの無いように毎日見回りをしている。
他にも脅威というのはある。例えば今居るのはヒューマン共が多く住んでいる正しく敵の本拠地のような場所である。
餌に毒を混ぜてばらまかれていることもあるし、更には傷ついた仲間たちを連れ去ってそのまま消えていった者も他の地域ではあるらしく、年一回ある議会での頭痛の種である。
しかし吾輩の治める地域では吾輩が直々に見回りをしているし猫達と話をよくするため事前に防げているのが現状だ。
そんなある日、いつものように見回りをしていて公園まで来た時だった。
もうすっかり日は沈み、空は夜の帳が下りている。そんな暗がりの中で公園にある数個しかない光源に照らされてベンチに座っている女のヒューマンが見られる。背は低いがよく朝方に見られる謎の素材で作られた『スーツ』というものを来ているようだ。
いつもならば異常なしとスルーするのだが吾輩のジェントルマンな部分があの女を放っておけないと感じ、気になって低木の影に隠れて観察した。
どうやらあの女は泣いているらしく何度も噦り上げていたが、吾輩には何匹も他の猫がいる為ここでヒューマンと接触するのは躊躇われていた。その日は見回りを終えた。
その後もちょくちょく泣いている姿が見られた。
十数日後、あの女があまり見られなくなった為最近は安心していたのだが、いつも通り見回りしているとあの公園であの女がいた。
今日は入口に居てもハッキリと聞こえるくらい以前よりも強く泣いていた。
吾輩もいつも通り影から見ていようかと思ったのだが流石に抑えきれずに近づいてしまった。
すぐ後ろまで来たがまだ気づかれていなかったためベンチの隣に飛び乗った。
さすがに飛び乗った音によって気が付いたのか少しばかり驚いたようにこちらを見てきた。
吾輩は隣に寄り添うように近づいて丸まって座った。
女はこちらを嬉しそうに赤く腫れた目で見ながら手を頭に載せてきた。吾輩は高貴なため頭を撫でられるのは嫌いなのだが女の手は少し暖かくてしばしの時間撫でられていた。
少し経って女は元気が出たのか笑顔を浮かべてこちらに手を振りながら去っていった。
吾輩もなんだか心が暖かくなったような感じを覚えつつ、いつもの冷えた寝床に向かった。
その後も女は公園に来ることはあったが、何処と無く振り切れたような前向きになったような雰囲気を纏い、偶に暗い顔をしている時に吾輩が近くまで寄ってやるとすぐに嬉しそうな顔をして吾輩を撫でて去っていった。
ある日、見回りをしている途中傷ついた猫を発見した。驚いた吾輩は急いで近くまでより傷を見たがどうやらそこまで深くはなく、威嚇に近いもののように感じて聞いてみることにした
「にゃにゃーにゃにゃーにゃ!(その傷一体どこで誰にやられたんだ!)」
「にゃーにゃにゃーにゃーにゃーにゃ…(わたしよりもおおきくて額に傷跡のある猫にやられたんです…)」
「にゃにゃ!(場所は!)」
「にゃにゃにゃーにゃーにゃ(餌場から西に六百メートルほどです)」
「にゃにゃにゃ、にゃーにゃ(ありがとう、ゆっくり休め吾輩が何とかしよう)」
そう言い残して聞いた場所へと周りに注意しながら走る。こういう時に焦って周りを見ずに走ると大抵あのヒューマン共に蹴られたり、運が悪いと鉄の箱に轢かれてしまうこともある。
そして吾輩はこの辺りにでは聞き覚えのない猫の鳴き声を聞いた。
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私の名前は城下結、社会人一年目の女の子です。
そこそこいい大学を卒業して東京のある会社に無事入社することが出来ました。
しかしそんな喜びも束の間、求人ではアットホームな雰囲気で部下に優しい上司揃いだという謳い文句だったのに、いざ入社するとまだ仕事を完全に理解しきれていないのに上司から仕事を増やされるし、取引先に私が謝りに行って新人だからどうのこうのと言われる。
更にオフィスに帰っても帰るのが遅いと言われサービス残業も当たり前のようにするようになっていました。
私は押しに弱く、人に弱音を吐くこともしないのでそれが溜まっていき最近では帰り道に公園に寄ってベンチに座り、一人泣くようになってしまいました。
そんなある日いつものようにベンチで泣いている私は猫が隣に座っていることに気付きました。
その猫は泣いている私を気遣うように隣に座って頭を撫でさせてくれました。
その猫を撫でているとなんだか嫌なことを忘れられてまた明日も頑張ろうと思えました。
そんな猫と出会って少し経ったある日、いつものように公園のベンチに座っているとあの猫が入口から入ってくるのが見えました。
いつものようにその猫を座って待っていると少し動きが鈍く感じられて、不思議に思っていると丁度蛍光灯の光が当たる場所に来たその猫の姿にとても驚きました。
身体のあちこちを怪我していて血も出ている様な明らかに重症であろう姿だったのです。
私は急いで近くにある動物病院をスマホで検索して猫を両手で抱えて病院まで走りました。
病院まで送り届けた所、やはりあの傷はそこそこ重症だったようで命に別状は無いが危ない状態だったらしいです。
しかし今は処置も行われていて一週間ほどで治るそうで安心しました。
その後獣医さんから私にもう一つ話をされました。一応今回は私が連れてきたので治療費を私が払ったのですが、これからこの猫を保護するのかどうかということです。
これに対して私はとても迷いました。なんせ私は一度も動物を飼ったことはないというのと、まだ社会人になったばかりで安定していないからです。
そして悩んだ末に私が出し返事は………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
吾輩が目を覚ました時には狭いケースのような場所に入っていた。
吾輩は結局激闘の末に外部からの猫を追いやることに成功し、怪我はしたが勝利は出来た。
その後いつものようにあの女にあうために公園に向かったところまでは覚えている。
しかし記憶を思い出しても現状は変わらないし、定期的に餌は配給されているため傷もあることなので大人しく過ごすことにした。
そして一週間ちょっとした頃、ケースから出され、吾輩が丁度入るくらいの鞄のようなものに入れられて何処かに連れられた。
ついた場所で鞄から出て最初に見たのはあの女だった。よく良く考えれば結構深い傷だったのでこの女に助けられたのだろうか。
なんだか吾輩が以前側で撫でさせてやったことが今になって帰ってきたかのようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして今この女の家に住み始めて一年が経とうとしている。吾輩は女が家にいない間は窓を開けていつものように見回りをしている。
ただ、見回りをして汚れて帰って来ると怒られて熱い水で洗われるためそこには気をつけなければならない。
しかし吾輩は高貴な故ヒューマンの家に居るのはあまり外聞が良くない。猫は耳がいいからな。
「ただいまーハチー」
「にゃにゃー(帰ってきたか)」
「今日も仕事疲れたー撫でさせてー」
「にゃー…にゃーにゃ(はあ…全くしょうがない奴だ)」
頭を撫でられながらこの生活もいいかもしれない、と思うのだった。