旦那様と初めての共同作業
玉ねぎを収穫し終えた私は、再度、クッキー作りに取りかかった。
スケルにあげてしまったので、魔王の口を割らせる餌がなくなってしまったのだ。だから、再度、餌をしこむ。
今度は星型やハート型などの形までワクワクするものだ。ノーマルなタイプもいいが、形が違うだけで楽しみは倍増になる。子供の頃は、母が作るクッキーがおやつの定番だった。
私も父も手伝い、へったくそでも、色々な形に作っていた。懐かしい。
チーン。
よし、できた!
ふふふっ。完璧だ。
これで、魔王もナニコレ、素敵!と思う
………………………か?
いやまて、落ち着け私。
相手はあの魔王、こんな子供騙しにひっかかるか? ひっかかったら、イメージが台無しじゃないか?
なんか、方向性を間違ったかも。
「人間!」
「いっでぇ!」
クッキーを見つめて固まっていたら黒い物体が顔面にぶつかってきた。
この子供のような声はコモツンか。
「腹減った! それよこせ!」
べりっと顔面の黒いものを剥がして視界を確保すると、不機嫌な目のコモツンがいた。首根っこをもたれるのが嫌なのか、じたばたされる。
「よこせはないでしょ? くださいでしょ? く・だ・さ・い」
しつけのなってない子には容赦しない。
言葉は大事。礼儀はもっと大事!
ガブッ!
「いっでぇ!」
こ、こやつ噛みやがった!
しかも、あっかんべーまでしてる。
悪ガキめ! 勘弁ならん!
尻をだせ!尻を!
お尻ペンペンの刑にしてやる!
「こら! 尻をかせ!」
「ばーか! ばーか! 何が尻だ! 下品人間!」
ええい、ちょこまかと!
大人しく捕まれ!!
って…あ―――――!!
「モシャモシャ…げっぷ」
こやつ! クッキー全部、食べやがった!
「ばーか! ばーか! ざまぁみろ、人間!」
こらー! 食い逃げするなー!
………行っちゃった。
なんたる不覚。思わず膝をつく。
いや、これは私の甘さが招いた失態だ。
やつらの食に対する意識は尋常じゃない。たかがクッキーを渡すだけでも、すんなりいくはずない。ここは普通じゃない場所だ。気を引き締めなければ。
私は投網を作ることにした。
漁師が使うアレだ。
網を投げて魚を捕まえるものだ。
簡易的なものだが、これさえあれば、飛んでるヤツも捕縛できる。
そして、ダミーの不味いクッキーも用意する。
私は投網初心者だ。
万が一、しくじってクッキーを食べられた時でも、ダミーに食いつけば不味いとジタバタしている間に本物は死守できる。完璧だ。
準備を整わせた私の背後に何かが近づく。さっそく来たか! 望むところだ。
えいやっと、網を投げる。
フォームは完璧だ。手応えもあった。
しかし、掛かった相手がまずかった。
「お前は一体、何がしたいんだ」
「えっと…あははは」
魔王の捕縛成功。
笑えません。
魔王が網から抜け出している間に正座して色々と言い訳を考えたが、ここは素直に謝る。
「ごめんなさい」
「………………………はぁ」
うぁぁぁ…
謝りに対して、長い間とため息の返事が一番、キツイ。
その長い間に絶対、なんでコイツが嫁なんだ…が含まれている気がする。
そして、諦めのため息。
新婚早々、嫁の株を下げてどうする。
クッキーで口を割らせるとか考えている場合ではなかった。
「ごめんなさい…」
こんな嫁で。
項垂れていると、思ったよりも優しい声が聞こえた。
「いつまで床に座っている気だ」
顔を上げると、腰を屈めて手を伸ばしてくれる旦那の姿があった。それに、じぃんときてしまった。
「ありがとうございます」
そう言っても返事はないけど、変わりに手を伸ばすと強い力で引き寄せられた。
「それで、何をしてたんだ?」
「…えっと、話せば長くなるので省略しますが、クッキーを食べながら、この世界のことを話したいと思ったのです」
「今のままじゃ、具体的にどう動けばいいか分からないので、情報を集めようと思って」
「…クッキーとやらは、これか?」
「あ、それはダミーでまずいやつなので、本物は今から作ります」
うわっ。無言の圧がすごい。
お前、本当に何やってんだ…というのがビシバシ分かる。
これは、お怒りになられる前にクッキーに取りかかった方がいいかも。
そう思いつつ、ピコンとあることを思い付く。
「一緒に作りましょう」
「…なんで、俺が」
「私、両親と一緒に色んなクッキーを作ったんです。それがすっごく楽しくて今でも楽しい思い出の一つです。だから、子供が生まれたら、一緒にクッキーを作りたいんです」
お願いしますと頭を下げた。
きっと嫌がるだろうから、懇切丁寧に頭を下げる。
すると、深いため息が聞こえ、魔王が近づく気配がした。
「何をすればいい」
その一言に顔を上げる。
よかった…受け入れてくれた。
嬉しい。とっても嬉しい!
「じゃあ、まずバターを湯煎で溶かしましょう。お湯を沸かして、この器の中でバターを溶かすんですよ」
ウキウキと説明しながら、魔王とお菓子作りを始めた。
魔王は料理が初めてというわりには、とっても上手だった。手先が器用なのか私が説明すると簡単にそれをしていく。
爪長いのに、器用だな。
そういえばこの人、ナイフもフォークも器用に使うもんな。
あ、でも次はさすがに無理かも。
「次は生地をこねるんですけど、これは私がやりますね。その爪では、生地が爪の中に入って、気持ち悪いと思うので」
「…では、お前がやれ」
器を渡され、こねこね開始。
生地をこねたら、型抜きをしてもいいし、棒状にして円にカットしてもいい。
「魔王様は色々な形のクッキーと、シンプルな形とどっちがいいですか? ほら、型抜きすれば、星でもハートでも何でも作れますよ」
なるべく好みに合わせて作りたい。
ハート好きなの! とか言われても構わない。
イメージがた落ちだけど、構わない。
人の好みをとやかくいうつもりはない。
「どっちでもいい」
「はい、却下」
「は?」
「どっちでもいいは無しです。
自分で選んでください。さっ」
「なら、お前が選べ」
「はい、却下」
「………」
「私はあなたに聞いているんです。
私は夫であるあなたの好みが知りたいんです」
どうだ。ここまで言えば選ぶだろう。
妻の頼みなら聞いてくださいよ、旦那様。
さぁ、あなたの好みをどんと吐いちゃって!
「好みなどない」
ズルッ…このブレない無欲男め。
「お前はどっちがいいんだ?」
「私の好みは聞いてないと…」
「妻の好みを聞いているだけだ」
くっ…卑怯だ。その返しは。
「こんな時ばっか、妻扱いしないでください」
「先に夫扱いしたのはお前だ」
確かに…
むむむむむっ。
なかなか、手強いな。
クッキーの形さえ教えないとは、さすが魔王というべきか。
しかし、私は諦めない。
絶対に吐かせる!
「私は星形とか色んな形にした方がいいです。楽しいですし。さぁ、私は言いましたよ! 魔王様の好みは!」
まず自分のことを教え、言わせやすくする。言っちゃったもんがちだ。
ほら、ほら。あなたの好みを教えなさーい。
って、なんで無言。
しかも、型抜き開始。
あら、お上手。
って、おーい!!
「何で型抜いてるんですか!?」
「色々な形があった方がいいんだろ?」
「私はですけどね!」
「なら問題ないだろ」
ふっと魔王が笑う。
「妻の好みに合わせるのも夫の務めじゃないのか?」
くっ……
なんだ、その優しさ。
不覚にもドキドキした。
完敗だ。
「負けました…さすが魔王様です」
「お前は何と戦っているんだ」
呆れ顔の旦那様と、型抜きを終えた。
チーン。
いい匂いだ。
負けたけど、この匂いをかげば、悔しさなんて吹き飛ぶ。初めての共同作業。
とってもよくできました。
「さ。食べましょう」
お茶を用意して食べ始める。
うーん。頑張った後のお菓子、最高!
「どうですか?」
「甘い…」
「あれ? 甘いの嫌いですか?」
「いや…そんなことはない。ただ…」
黙ってしまった魔王をじっと見つめた。
美味しくなかったかな…と思ったけど、
目が穏やかだから、たぶん、大丈夫。
「料理とは不思議なものだな。
あの食べ物から違う食べ物ができるのだから」
知らなかったことを知ったような。
ちょっとワクワクしている気持ちがその表情から伝わってきた。
それに胸があたたかくなる。
「そうですよ。料理は奥深いんです。
美味しくできれば最高です」
この胸のあたたかさをどう伝えようか。
目の前のこの人に。
あなたは気づいてないかもしれないけど、興味をもつってすごく大事。生きてく上で。
生きようとする原動力の一つだと私は思っている。
「まだまだ、美味しいものはたくさんありますからね。じゃんじゃん作って食べましょう」
「だから長生きしてくださいね、旦那様」
笑顔で言うと、一瞬だけ神妙な顔をされた。
でも、次の瞬間はまた穏やかな表情になる。
「やっぱり、お前は変わってる」
「変わってます。だから、観念して付き合ってくださいね」
ぽいっと口に入れたお菓子は幸せの味がした。