従者と結成。黒幕には頭突き同盟(仮)
1/29 修正しました。話の筋は変わっていません。
子供を産むと魔王(旦那)が死んでしまうという危機的状況は理解した。だが、やっぱり情報が足りなさすぎる。
魔王に聞いても「消滅を避ける方法はない」の一点張り。こんちくしょう。
あなたのことですよ? 嫁が頑張っているのにそっけなさすぎる。
なんとか、口を割らせる方法はないものか…私はクッキーを焼くことにした。
甘いものは人を幸せにする力がある。その甘さに心惹かれ、匂いにつられ、一口食べれば笑みがこぼれる。
二口目にいこうとする手を阻止し、欲しければ口を割れと脅す。完璧だ。
私はふふふっと怪しい笑い声を出しながらせっせと、クッキーを作っていった。
チーン。
オーブンを開けると香ばしい匂いがした。うん。我ながらいい出来だ。
さて、餌の準備は整った。
ターゲットはどこだ? あれ? いない…
「スケル。魔王様は?」
「はて? どこ行ったんでしょうね。居ませんね」
なぬ。餌があっても蒔く相手がいなければ無駄骨…残念。
「あの、花嫁様。それはなんですか?
何やら美味しそうな匂いがしますよ」
じゅるりとヨダレを垂らしてスケルが私の顔を覗きこむ。近い近い。ガイコツのゼロ距離は怖い。
「食べる? その代わり玉ねぎの収穫を手伝ってくれる?」
「なんなりと!」
餌はお仕事のご褒美にすり替えた。無駄にならなくて良かった。
それにスケルからも話を聞きたかったしね。餌も無駄にならず、玉ねぎも収穫できて、話も聞ける。わーお。すごい得した気分だ。
スケルと共に畑へと向かった。
ヒャーハッハッハッ!
爆笑中の玉ねぎを掘り起こし、土を払って箱の中に入れる。黙々とその作業を続けた。
なんて切り出そうか。
まぁ、ここは直球勝負だ。
「ねぇ、スケル。子供を作ったら魔王様は消滅するって知ってた?」
「えぇ!? そうなんですか!?」
スケルが驚きのあまり玉ねぎを地面に落とす。あ、爆笑が止まった。落ちたらショックなのね。
ショックで黙る玉ねぎを拾い、スケルを見つめる。骨フリーズ中。この様子だと有力な情報はないかも。
「知らなかったのね」
「……全くもって存じ上げませんでした。なんたること…従者失格です」
体操座りで落ち込むスケルによしよしと背中をさする。
「子供が生まれたら魔王交代で魔力を吸いとられるらしいよ。そしてこなごな」
「骨も残らないんですか? 私みたいに」
「残らないみたい。残ったらスケルにみたいにできるかもとも思ったけど…そうもいかないのよね」
でも例えスケルみたいにできても、母人間、父骨だったら子供がどういうこと? え、骨?とか理解不能なんだけど、とか言ってグレて親子関係にヒビが入っても困る…うーん。
「スケルはなんでモンスターになったの? っていうかモンスターになる前のことって覚えているものなの?」
「あぁ、覚えてますよ。私は国一番の剣の使い手と言われていましてね。”勇者”だとか言われて、チヤホヤされて、調子に乗って魔王を倒すぞ! とか思っちゃったんですよね」
はっはっはっと、笑い声と共に言われたが…いや、勇者ってどういうこと?
勇者が骨。つまり…
「スケルは魔王様に倒されたの?」
「いえ、たぶん。この森に殺されたのです」
スケルの真っ黒な目の穴が淡々と語った。
「花嫁様もご存じだとは思いますが、あの方は人を殺しません。私は森に入ったとたんに心臓が止まるような圧迫を感じました。その後にしばらくしたら、意識が戻って、骨だけになってました」
「魔王様は私のことを”スケル”と呼びました」
カタカタと骨を鳴らしながら言われたことに絶句した。
え? 森に入ったら死ぬって…
どういうこと?
「私は死ななかったよ? っていうか死んでないよね? え? 私、大丈夫?」
「骨ではないので、大丈夫なんじゃないですか?」
生きている基準が骨か骨じゃないか。
なんか正しいような、間違っているような。
「スケルが森に入る時に呪文でも唱えたんじゃないの? 花嫁を通したまえ~とか」
「呪文ですか? いいえ、全く」
「じゃあ、なんで…」
思いあたってブルリと震えた。
「ねぇ、スケル。あなたって人間だった頃、人がモンスターに見えてたりしてないわよね?」
「はい? なんですか、そのビックリ人間」
うん。そのビックリ人間、目の前にいるから。
「私がそうなの。私って人がモンスターに見えてしまってね。魔王様は確か、真実の目だと言ってた」
「真実の目ですか…」
「うん」
玉ねぎの収穫をやめて、ごろんと草の上に寝そべった。爆笑する玉ねぎに、叫ぶ木。鈍い色の空。視界に見えた世界はヘンテコで奇妙なのに、草の上で寝そべる心地よさは変わらない。
「もしかしたらだけど、花嫁はみんなこの目を持つ人なのかもね」
「え?じゃあ…ここに来るのは決まっていたことなんですか?」
「そうかもね」
ふわりと風が頬を掠めた。
そう考えると色々と合点がいく。
まだ分からないけど。
ごろりとスケルが同じように草の上に寝る。二人で、視線を交わすことなく泣きそうな空を見上げる。
「…悔しくないんですか?」
その言葉にスケルの方を向いた。白い骨格からは表情は伺えない。だけど、声からスケルが何かを噛み殺しているようだと感じた。
「もしかしたら、自分が選んできたと思ってやってきたことが、誰かの思惑だとしたら」
「知らずに世界の歯車の一つになっていたとしたら…悔しくありません?」
その静かな問いかけは、心の中で反響しながら、落ちていった。
「まぁ、悔しくないっていたら、嘘だけど…ぶっちゃけ、だからなんだ?と思うよ」
スケルがこっちを見る。
なんとなく、瞳が悲しそうだ。
だから、頑張って笑顔を作る。
「私は私の意思でここまで来たんだもの。例え誰かの思惑通りだとしても、自分で選んだこと自体を卑下することはないんじゃないかな」
スケルの黒い目が大きくなる。
「選んで後悔するのも、選んで喜ぶのも私だけの特権だもの。取り上げるなって言いたい」
今度は鼻息荒く言う。フンガーの効果音が出そうなくらい。
そう言うと、スケルはフリーズした。
ずっと動かないから、もしもーしと声をかける。それでも動かない。
おかしい…まさか寝たの? まぶたがないから目を閉じているのか開いているのか分からない。寝てるなら、イビキかいて!
「おーい。スケル! 大丈夫? 寝たの? こんなとこで寝たら、風邪引くよ? あれ? でもガイコツだから風邪は引かないの?? いや、でも雨とか降ってきたら濡れちゃうし、起きてー!」
ゆさゆさとスケルを揺り動かす。
すると、スケルの体がカタカタと動き出した。しかも、全身。
ええ!? ひきつけ起こしてる!?
ヤバいヤバい!
医者を!
って…モンスターを診られる医者ってどこにいる!?
考えてる暇なんかない!
魔王はどこだ!?
ほんと、どこ行った!?
「ふふっ…」
「え? スケル?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」
ギャー! 怖い!
スケルが玉ねぎと森の木みたいになった!
「ははははははははっ!」
爆笑しだしたスケル。
同じく爆笑し続ける玉ねぎと森の木。
そして、笑えない私。
カオスだ…
なんだ? 私も笑った方がいいのか。
「ははっ。いやぁ、久々にこんなに笑いました。ははっ。笑うって、こんなスッキリするもんなんですね」
そ、そっか。それはよかったよ。
はぁと大きく息を吐き出したスケルはこちらを見つめ、落ち着いた声で語りかけてきた。
「少し私の話をしてもいいですか?」
それに頷いた。
「私、勇者とか言われてここに来たことを後悔してたんですね。ずっと。なんてバカなことをしたんだろうと」
「正直、最初の頃は魔王様に殺されたと思ってましたし、魔王様も”気に入らなかったらいつでも殺していい”なんて、挑発するようなことを言うもんですから…隙あらば、殺そうとしてましたよ」
え…なに、その殺伐とした関係!?
マジですか…?
のほほんとした空気を出しているから分からなかったよ。
「だから、恨んでたんですけど…まぁ、その…色々とありましてね」
辛そうな声にスケルの手を握った。
硬い角ばった掌を優しく握る。
それにスケルは驚きつつ、握り返してくれて、また語り出してくれた。
「魔王様のことを見ていたら、何も悪いこと、してないんですよね。魔王は悪なんて、本当に嘘ばっかです。だから、いつしか恨みは無くなったのですが、後悔に苛まれるようになりましてね…してもどうしようもないのに」
「そして、いつしか私はただ、この世界の歯車の一つになるために勇者となったのではないかと思うようになりましてね。誰かの思惑に導かれて、ここまで来てしまったのではないかと」
「もしそうだとしたら、堪らなくて…」
優しかった手の力を少しだけ強める。
スケルは少しだけ真っ黒な瞳を細めた。
「でも、花嫁様に言われて、折り合いがつきました。そうですよね。私の人生ですからね。いや、骨生ですかね」
ははっと、スケルの声が弾む。
その声色でスケルが前を見ているのがわかってホッとした。
「そうだよ! 勇者だよ? 普通になれるものじゃないよ。すごいことなんだよ! スケルがやってきたことは!」
すごいすごいと、バカみたいに繰り返した。語彙力の無さを嘆きたくなったが、せめてこの胸に込み上げる思いだけは伝えようと必死だった。
「ありがとうございます、花嫁様」
ちょっと照れたような声で言われて、私も笑顔になる。
なんだか、スケルとの距離が縮まったみたいだ。あ、そうだ。ついでにもうちょっと縮めてみよう。
「ありがとうのお礼にお願いをしてもいい?」
「なんですか?」
「花嫁様と呼ばれるのが、しっくりこなくて。名前を呼んでほしいな。ラナって」
へへっと、今度は私が照れながら言うとスケルは二三度、瞬きをした後、キリッとした声で言う。
「では、ラナ様で」
「いや、様づけはいらないんだけど」
「いいえ! これは従者としての最低限のマナーです! 主を差し置いて夫人を呼び捨てにするなど言語道断です!」
ええ!?
従者魂語るの、そこで!?
さっきまで殺してやるとか物騒なこと言ってなかったっけ?
よく分かんないな…スケルの思考も。
まぁ、でも名前で呼ばれるならそれでもいいか。
「じゃあ、ラナ様で…」
「畏まりました、ラナ様」
うっ…こっぱずかしいわ、様付けなんて。
そのうち羞恥心で身悶えしそう。
心でため息をつきながら、私たちは玉ねぎ収穫を再開した。
「…一ついいですか?」
「なに?」
「もしも、私たちをここに呼んだ黒幕が本当にいたらどうします?」
それは勿論、決まってる。
「頭掴んで、頭突きする」
「は?」
「散々、苦労したから、私の青春を返せと言いたい。そして頭突き。私、人を傷つけるなら自分も傷つくようにって思ってるから」
痛いんだよね。頭突きって。
頭、かち割れると思うぐらい。
「ははっ。いいですね、頭突き。私も参加したいです」
「え? 参加して。二人で頭突きしようよ」
「そうですね。そうしましょう、ラナ様」
おふ。やっぱり恥ずかしい…そう呼ばれるのは。
こうして私たちは爆笑玉ねぎを収穫しつつ、黒幕がいたら頭突き同盟(仮)を結成した。