猫の涙 ―私が幸せにしたかった人
ラナのその後と、ラナとミャーミャのお別れと、さらにその後の話です。今までの前提を覆す、突飛な設定が入っています。余聞の中でも裏話の要素が強いです。
5/1クッキーの話を加筆しました。
ハーツ様が亡くなって、私は力が抜けたようでした。泣きじゃくるラナ様に声もかけられず、ただ茫然としてしまったのです。
最後の息子が逝ってしまった。
本人は幸せにそうに、満足そうにしていたというのに、私はダメな親です。
悲しくて、悲しくて、悲しくて。
どうしようもなかったのですから……
でも、ホープ様が勇気づけてくれて、本当に光が差し込んだようでした。ホープ様の周りだけキラキラ輝いているように見えたのです。涙でぼやけた視界では、幻想のように感じました。
しかし、幻想ではなかったのです。
本当に、曇天から一筋の光が差し込んでいました。
それを見て、ラナ様がおっしゃいました。
「きっと、希望の光だね」
目を真っ赤にされて、それでも笑うラナ様が愛しくてどうしようもありませんでした。
「えぇ……きっと、そうですね……」
三人で見上げた光は、本当に綺麗でした。
その空を見つめていると、ラナ様が家族で作ったクッキーを食べようと言い出しました。
ハーツ様が作った猫のクッキーが残ってました。
私が狂気から目覚め、後悔に身を焦がしたときも、ハーツ様は作ってくださいました。そのクッキーに優しかった息子の心が詰まっているように感じて、食べながら、また泣いてしまいました。
しばらくして、ラナ様たちはおうちを建てて、森から出て行きました。何度も、何度も。ラナ様とホープ様に一緒に暮らそうと言われましたが、私は断り続けました。
ラナ様たちには、女神だからと言いましたが、この森とお屋敷は思い出が多すぎるのです。
悲しみも、楽しみも。
息子たちと過ごした思い出の数々が。
だから、それを放置するなど私にはできませんでした。
それに……”彼女”のことも気になっていました。
自分のことを醜い化け物といい、悲劇を作り続けた”彼女”
その”彼女”が、嗤うのをやめたこと。
そして、空からの一筋の光。
“彼女”に変化があったことが引っ掛かってました。
ハーツ様は前に、森は変わりたがっているとおっしゃてました。
変わるとは……”彼女”はもう悲劇を欲しないということでしょうか?
私はもう一度、ゆっくりと考えようと思ったのです。
憎しみに染まらず、冷静に。
時間をかけて”彼女”と向き合うことにしたのです。
ラナ様は森を出ましたが、食事の時は私を呼んでくださいましたし、ほぼ変わらない生活をしていました。
ホープ様は森に入ると魔王の姿になりましたが、そんな自分を不思議に思わないようでした。
「だって、パパの子だもん! 俺は、パパみたいになるんだ! そんで、ママみたいなお嫁さんをもらうんだ!」
ラナ様のような太陽の笑顔でホープ様は言いました。
「あら、ママをお嫁さんにするんだって言ってませんでした?」
少し前にそんなことを言っていました。それでしばらくは、ハーツ様を目の敵にしていた時期もありました。クスクス笑いながら言うと、ぷぅと、ほっぺを膨らませてホープ様は言いました。
「ママは、パパの花嫁でしょ? それだけは絶対、ダメだってパパ言ってたし……」
ずるいやいっ!って言うホープ様が微笑ましくて、頭を撫でました。
「しょうがないですね。パパは、お母さんが大好きですからね」
小さい頃のハーツ様を思い出しながら、あの時は言えなかったことを伝えます。
「きっと、ホープ様にも素敵な花嫁様が来ますよ」
そう言うと、ホープ様はにかっと歯を見せて笑いました。それに切ない思いを感じながらも、微笑んで頭を撫でました。
ホープ様はやはりハーツ様がいなくなって寂しかったのでしょう。ラナ様とは毎日のようにケンカしていました。
「ホープ様?」
「…………」
「また、お母さんとケンカしたのですか?」
オレンジ色の花畑で縮こまっているホープ様を見つけて隣に座ります。ケンカすると、いつもホープ様はここにいらっしゃいました。かくれんぼ!と本人は言い張ってましたが、見つけてほしいことは分かってました。
私は何も言わずにそばにいて、頭をそっと撫でました。すると、ちょっと泣きそうな顔でホープ様は私をちらっと見ます。
「お母さんが……イチゴのジャムを作ってくれないんだ……今日は絶対、イチゴジャムって言ったのに……」
「まぁ」
「お母さんは俺のことがキライなんだ。だからっ……」
本当はそんなこと思っているわけないのは分かりました。私は答えない代わりに頭を撫でました。すると、ラナ様がやってきたのです。
「ホープ? あ、いたいた。もぉ……ご飯よ?」
「ふんっ」
「……ホープがイチゴを食べちゃったから、イチゴのジャムができなかったんでしょ?」
ラナ様が呆れたように言うと、ホープ様がプイッとそっぽを向き続けます。
「イチゴの収穫はまだだし……そうだ。今日、買いに行こうか? 町まで」
「え? ……いいの?」
ラナ様はキョトンとした後、ふふっと笑います。
「イチゴジャム作るから、買いに行こう」
だからほら、と手の差し伸ばします。それをホープ様はうつむきながらも、ポツリと言います。
「お母さん……俺のこと、好き?」
そう言うとラナ様は太陽のように笑って、ホープ様をぎゅっと抱きしめました。
「当たり前でしょ! ホープは私の希望なんだから!」
そう言うとホープ様にも笑顔が戻りました。
手を繋ぎながら、「いってきます」と手を振る二人を見送ります。
その「いってきます」の優しい響きが私はとても嬉しかったです。
ホープ様はその後もやんちゃぶりを発揮しながらもスクスク成長されました。
そして、ラナ様よりもずいぶんと、背が伸びた頃、こんな夢を語ってくれました。
「母さん、ミャーミャ、俺、保護官になる。アッシャー兄ちゃんみたいになりたい。それに……俺は父さんの子供だから」
その一言は、今も鮮明に覚えてます。泣いてしまいました。色んな気持ちが一気に体を駆け巡り、溢れでました。ラナ様も同じだったのようで、涙を拭いながら、ホープ様の手を握りました。
「私はホープが誇らしいわ。頑張ってね」
にかっと笑ったホープ様は、その後、保護官となり、色んな地方を回るお仕事に就かれました。
「あんなにちっちゃかったのに……もう、大人なのね……子供が巣立つって、寂しいね……」
ラナ様は出ていくホープ様の背中を見つめてそんなことを言っていました。
「本当に……」
私も同じように切なくほろ苦い思いで、ホープ様の背中を見つめ続けました。
その後、ホープ様は花嫁様を迎え、子供が二人できました。男の子と、女の子です。女の子の誕生に、私はようやく終わったような気がしました。
男の子はシャイン様、女の子はミラ様です。二人は自分の母よりも若いラナ様を見て、不思議そうにしていました。
「おばあちゃんって言うより、おねぇさんだね」
すると、ラナ様はふふっと弾むように笑って二人の頭を撫でました。
「おばあちゃんは魔王様の花嫁だったから、魔法が使えるの。二人と元気で遊べるように若いおねーさんの姿なのよ」
「え? 魔法?」
「しゅごーい! 遊んで!」
「ふふっ。いいわよ」
ラナ様は小さな孫たちと元気いっぱいに遊んでいました。
そうそう、森の周りですが、グランさんが一声だしたようで、随分整備されました。森と町をつなぐ道はポツリ、ポツリ家が並び、馬車の往来もしています。
恐れて誰も近寄らなかった一本道は、少ないながらも家が建ち、前に比べると明るくなりました。
ラナ様の思いが小さな芽を出して、ゆっくり育つように。町も育っていったのです。
森がこの国の人を受け入れるように。
この国の人が森を受け入れるように。
世界は元からひとつなのだと、世界に、”彼女”に教えるように。
しかし、やはり、別れというものは来てしまいうものでした。
ラナ様は花嫁の指輪の効果で100年分の寿命があります。
国王だったミューゼン様を見送り
チア様とフォルト様を見送り
グランさんを見送り
キールさんを見送り
アッシャーさんを見送り
そして、ホープ様も……
皆さんを見送る度に私とラナ様は抱き合って泣きました。何度も何度も泣いて、それでも、ラナ様は笑うのです。
何度も何度も。
痛みを抱えながらも、顔をあげて。
それは、最期まで変わることはありませんでした。
その日、ラナ様と私は森のテラスでお茶をしていました。
「すっかり静かになっちゃったね」
二人しかいない森を見つめながら、ラナ様はそう言って微笑みました。
「そうですね……寂しいですわ」
「そうだね……」
目を閉じれば小さい頃のホープ様の笑い声が聞こえてくるような気がしました。そこにはハーツ様がいて微笑んでいるのです。スケルも……いたら、笑い転げているでしょうね。コモツンは、ホープ様といたらケンカをしてそうです。
チア様とフォルト様が私たちの隣でやはりお茶をしていて……ひょっこり、アッシャーさんとキールさんが来て……皆さんでお庭でパーティーをするのです。
その光景を私はグランさんと、ミューゼン様に伝えて……今度は、お二人も来て下さいねって言って……二人は微笑むのです。
そんな……夢の光景がすぐ目の前にあるような気がしました。
でも、夢は夢です。
でも、夢だから、尊いのかもしれません。
「ミャーミャ」
ふと、夢から覚めるように……いいえ、夢が終わるようにラナ様に声をかけられました。顔を見ると、やはりラナ様は笑ってらっしゃいました。そして、両耳につけていたピアスを外しました。
それは右耳がハーツ様で、左耳がラナ様のもの。二人が夫婦だった証。それを私の手のひらにのせました。
「色々、考えたんだけどね……これが一番いいかなって思って」
そう言って、ラナ様ははにかむように笑いました。
「私たちが夫婦で、バカみたいに幸せだったって証。ミャーミャに遺そうかなって」
遺す……?
静まり返った心で見ていると、ラナ様はやはり微笑んで。私を見つめました。
「さっきね。”彼女”に会ったよ。……泣いてた」
「同じラナなのに、なんでそんなに幸せそうなんだって、なんで笑えるんだって、泣いてたよ」
――あ。
なぜ、忘れていたのでしょう。
こんな微笑みを見たことがなかったから?
いつも歪んで悲しそうで。
見ているだけで辛くて。
私は忘却することで、辛さから逃げていた。
でも、今、思い出す。
目の前のラナ様は、愛菜ちゃんにそっくりだということを。
……そして、私は愛菜ちゃんの初めてのお友達。
小さなぬいぐるみの、ミャーだということを……
「ラナ……ちゃん……?」
震える声で呼び掛けると、ラナ様は微笑みかけます。一筋の涙が零れました。
じゃあ、私は……
私が本当に幸せを願った人は……
「ラナ様!」
私は、ラナ様の幸せを願っていた。
息子の幸せも願っていた。
でも、一番は……
っ……愛菜ちゃんの幸せを願っていた……
「ラナ様! ラナ様! 私は……!」
あぁ、私はどこまでも間違えている。
こんなに優しい人に自分の願いを託して、押し付けて……
もう間違えないと思ったのに、私は最初から間違えていたのだ。
言葉にならずに声をつまらせていると、ラナ様が私の頭を撫でてくださいました。
サラサラと砂の音を立てながら。
「ミャーミャ……最後にね、聞きたいことがあるの」
ラナ様は目を赤くして、ポロっと涙を流しました。私は子供のように泣きじゃくりながら、ラナ様の言葉を聞きます。
「私が花嫁でよかった?
ミャーミャは、幸せ?」
――あぁ……
――なんで、あなた様は最期まで……
震えて思い通りに動かない唇を動かして、どうにか笑顔を作ります。不格好でも、なんでも……この方は、笑ってくださったから。
私も笑いたい。
心から。
「もちろんっ……です……」
「……っ……ラナさまは……最高の花嫁……さまでっ……わたしは……わたしは」
「あなた様がいて……幸せです!」
最後は叫ぶように言ってしまった。
思いが溢れてそれ以上は言葉になりません。
泣きじゃくる私をラナ様がコツンとおでこをくっつけます。最後のぬくもりを伝えるように。
「ミャーミャ、ありがとう」
「私を花嫁にしてくれて、ありがとう」
優しい言葉を遺して、ラナ様は消えていきました。
――あ……空が……
憂いが晴れたように、曇天が消えていきます。それを見てまた一人、泣きました。震える声で空に声をかけます。
「愛菜ちゃん……もう、悲しみは消えた?」
愛菜ちゃんは、いつも一人だった。
顔の傷を気にして、自分のことを醜い、醜いって、いつも泣いていた。
この世界に二人で来て。
最初は何もなかった。
悲しみも何もない。
ただ、あたたかい太陽が照らす世界。
何もない世界は、優しかった。
悪意も、悲劇も、絶望もなかったから。
でも、何もないから優しくなかった。
そこには、喜びはなかったから。
幸せも、希望も、愛も……
何もない世界。
愛菜ちゃんはいつしか、自分の悪意に飲まれてしまった。
彼女は絶望して命を絶とうとした。
だから、その思いに引きずられたのだろう。
何か声をかけたような気がする。
慰めを彼女にいった気がする。
でも、愛菜ちゃんは悪意に染まってしまった。
私はそんな彼女を見ていられなくて、ただのお人形に戻った。
彼女が命じるまま。
彼女が欲するままに。
でも、そんなの間違いだった。
そんなことを愛菜ちゃんは望んでない。
どこかで、本当は分かっていたのだろう。
だから、花嫁に託した。
“花嫁が幸せになりますように”
無意識のうちに彼女が幸せな姿を見たかったのかもしれない。
どんなに悲劇的な世界でも。
どんなに絶望しかない世界でも。
――小さな希望は生まれるのだと。
それを彼女に見せたかった。
でも、それは、私一人の力ではできなかった。
愛菜ちゃんが作った一人一人が意思を持って、痛みを抱えながらも前に進むことで、やっと、やっと、見せることができたのだ。
だから、私は見届けよう。
たとえ、一人でも。
ゆるり動き続ける優しい人が住むこの世界を。
二人で始めたこの世界を。
大丈夫。手のひらには希望が二つあるから。
私は顔をあげて、見届けよう――
―――――……
あれから何年の時を過ごしただろう。
もしかしたら、何十年。何百年。何千年かもしれない。
「女神さま!」
「あら、クラウス。また来たの?」
クラウスと呼んだ男の子は、木の剣を腰にさして、えっへんと胸を張る。
「なんたって、俺は勇者クラウス! 勇気を胸に悪いやつをやっつけるんだ!」
木の剣を高々と掲げる彼を見て、クスクス笑う。
「そう。悪いやつをやっつけるの? でも、悪い人なんている?」
「うっ……いないけどさ……でも、いつか出てくるかもしれないだろ? そうしたら、やっつけてやるんだ!」
ブンブンと剣を振り回すクラウスに微笑む。
「おーい! クラウス、遊ぼうぜ!」
後ろから声がする。クラウスの友達が来たようだ。
「女神さま、またあとでね!」
そう言って子供たちは森の中に入っていく。彼らは自分がモンスターの姿になっても気にせず、それが本来の姿だとも知っている。それでも、受け入れ、前に走り出す。
長い年月をかけて、優しい人々はモンスターの姿を受け入れた。
醜い姿な人は目を逸らすこともあるけど。
それは仕方ない。
全てがキレイに受け入れられるほど、世界は優しくはないから。
そんな残酷な面は残しつつも、受け入れられる人々が受け入れればいいと思う。
森の外をぐるり、囲むように家が建つ。
世界はひとつづきとなっていた。
これで完結となります。
ここまで読んでくださったことに感謝しかないです。
活動報告でと思いましたが、ここで彼女とラナのことを話そうと思います。ネタバレが過分に含まれますので、読まなくて言い方はお戻りください。
ラナはみんなの願いを背負って、でてきてくれた子でした。魔王、スケル、ミャーミャ、愛菜、そして書いてきた私自身も。ラナ自身は、自分のできることをしただけだと言うでしょうが、それでもみんなの願いを叶えてくれた子だと思います。
この話は、ラナ自身が幸せを掴む物語ですが、一方で、もう一人の愛菜を嘆きを止める話でもありました。
愛菜は現代の日本の子供です。額に傷があり、いじめを苦に自殺をしようとしたという暗い過去を持ちます。今、彼女は死んではないですが、病院で眠っているはずです。
ミャーミャは彼女の唯一の友達で猫のぬいぐるみです。本編でチアがぬいぐるみの猫ちゃんの話をしていますが、ラナと愛菜の環境は酷似させています。
この話は舞台はファンタジーですが、ラナたちがしゃべる言葉は現代ぽいです。あんまりファンタジー感がないのは、愛菜が日本人という背景があります。
この世界は結局のところと言うと、夢の世界で、パラレルワールドかな?と思ってます。ミャーミャは転生ですが、愛菜は違うので。定義が難しいです……
ラナ(良心)と愛菜(悪意)は、単独の人格を持ちますが、魂は一緒というか……二人で一つのイメージがありました。イメージが伝えるのが難しいですが……なので、ラナのモンスター姿は愛菜になります。チアが森にはいった時に、お風呂場でラナの額に傷に気づいていますが、ラナは鏡の中は人間の姿しか見えないのでスルーしています。
そんな突飛な設定がこの物語の裏にはありました。
本当に突飛なので、最初、彼女も出すのをやめようかな……と思いました。余聞、猫の涙もこの話も出すのを躊躇ったのですが、ええいっと!と出しました(-_-;)
残念に思われたのなら申しわけないです。
また活動報告であとがきを別にのせようと思ってます。
ここまで、読んでくださってありがとうございます。本当に、完結まで書けてよかったです。
りすこ




