夫婦 ―家族の幸せ味クッキー
ハーツとなった魔王の生活と、最期のシーンです。後半、ラナ視点になります。
5/1 最後に加筆して、タイトルを変えました。
ハーツとして生まれ変わった。
それは、不思議な感覚だ。
嬉しいがそう呼ばれるのに慣れない。
魔王と呼ばれ続けて、300年。魔王以外で、呼ばれた名前は”旦那様”だけだ。
そういえば、ずいぶん前からラナは俺を旦那様と呼んでいるような気がする。いつからだ? その頃から、俺に気があったということだろうか? ……それなら、嬉しい。と、いうことで、口を割らせてみることにした。
「え? いつから、旦那様呼びになったかですか?」
ホープを抱っこしていたラナに声をかけた。寝ているホープをゆっくりとベビーベッドに下ろして、ラナが俺を見てじっと考え込む。思い出したのか、ポンと手を叩く。
俺は正直、期待してた。俺はラナを出会った頃から意識はしていたし、ラナもそうであればいいと思っていたんだ。
だが。
「頭突きをした時ですね!」
ラナはどこまでもラナだった。
なんて色気のない答えなんだ、と言いたい。ラナに色恋の甘い雰囲気を求めるのは間違っていると俺はわかってはいたが、やはり残念な気持ちになる。
「なんで、頭突きした時なんだ?」
呆れながら言うと、ラナは気にもせず笑う。
「確か、喧嘩したんですよね、あの時……それで旦那様が抱きしめてくれて、旦那様の事情を聞いて、あぁ、この人に生きてほしいって心底思ったんですよ。魔王としてじゃなく、私の旦那様として」
ふふっと笑いながら言われて照れた。照れたというか、思いが込み上がってきそうだ。
――全く。俺は可愛い妻に翻弄されっぱなしだ。どれだけ好きにさせれば気がすむんだ……
「それならいい……というか、また戻ってるぞ?」
「え?」
悔しいから。もっと俺を好きになれと、念を込めて言葉を口にする。
「名前を呼ぶんだろ? ラナが言わないと意味がない」
それに、ラナははっとして、もじもじと顔を赤くさせる。
「ハーツ……様」
っ。なんで、様呼びなんだ。くそっ。可愛すぎるだろう。
「様はいらない」
「旦那様と呼んでいたので、様をつけないと口が慣れなくて……」
照れ出すラナに俺の理性は擦り切れる。なんだ……この可愛い生き物は…… 囲って食べればいいのか? って、まだ、昼か……
「ダメだ。ちゃんと、呼んでくれ。名付けした時は叫んでくれただろ?」
にやりと笑って、つい意地の悪いことを言ってしまう。……ガキか、俺は。
「それはそうですけど……」
「キス、一回」
「は?」
「名前を呼ばないとキスをする。いいな?」
「え!? そんな、横暴な!」
横暴とは心外だな。キスしたくないのか? 俺はいつでもしたいのに。
「横暴でも決定だ。じゃないと、呼ばないだろ?」
ラナはムムムッと考え込む。そして、顔を赤くさせて、上目使いで口を開いた。
「ハーツ……!」
どうだ!と息巻いている。まずい……可愛すぎる。
俺はラナの頬に左手を添えると、そのまま顔を近づけた。
「っ!?」
そのまま唇を塞ぐ。ラナは変な声を絶対出すので素早く塞ぐのがコツだ。長い口づけに酔いしれて解放すると、案の定、怒られた。
「ぷはっ! ……言ったらキスしないと!」
「そうは言ってない」
揚げ足を取ってる自覚はある。だが、ラナは確かに……と言い出して、腑に落ちないような顔をした。それに笑うと、むくれられた。こんな子供じみたことを簡単に許してくれるラナが愛しくなる。
許せ、ラナ。俺は幸せすぎて頭がバカになっているんだ。
◇◇◇
ラナとホープとの生活は穏やかだった。
森が嗤うのをやめた。それもあるだろう。それよりも、こうして子供がいるという生活が新鮮だったんだ。
――本当なら、スケルにも抱かせてやりたかったんだが……
って、アイツめ。最期の最期に”親友”なんて書きやがって。俺だって……っ。くそ。
しかも、アイツときたら俺だけ素直に手紙を書かないで宝探しなんてことをしやがって……
夫婦で探せ、と手紙には書いてあったが、ラナが「旦那様だけで探してください。その方がスケルが喜ぶと思います」なんて言うので、俺だけで探した。
いつの間に俺の部屋に入ったんだ?と思ったが、アイツの嬉々とした表情がこの部屋に潜んでいるような気がして……ムカついた。
宝探しは簡単だった。俺の部屋には本しかないから、暗号のタイトルを探せばいい。だ、い、す、き……四文字だから、四冊の本にでも仕込んであるのだろう。
だのつく、タイトルの本を開いてみると、案の定あった。一枚の紙を緊張しながら開く。アイツの本心が書かれているかと思うと、心がざわついた。
“だ――ダメですねぇ。子供の抱きかたがなってませんよ? あんだけ練習したのに。不器用すぎません?”
「…………」
……俺はバカだ。アイツが俺に本心など打ち明けるはずないだろっ!
イライラしながら、次のを探す。
“い――いい加減、ラナ様とラブラブちゅっちゅっするの夜だけにしませんか? まさか子供の前でしてませんよね?”
「…………」
“す――好きでした。とか書いてあるとでも思いましたか? そんなこと想像する旦那様って、案外可愛いんですね。カラカラ。じゃあ、書いておきましょうかね。……やっぱりやめときます。”
……そろそろキレていいか?
全く、なんでこうも突っかかるような事ばかり言うんだ!
どうせ最後もバカにしたようなものだろう!
俺はイラつきながら、最後の手紙を読んだ。
“き――今日は、あなた様と最後の挨拶をした日です。不覚にもあの後、泣いてしまいました。泣くの嫌いなんですけどね……やっぱり、お別れをきちんと言うべきでした。男同士が抱き合って涙を流すなんてキモいと思いましたが、やっておくべきでした。えぇ、本当に……。
旦那様、私はあなた様の従者になれてよかったです。どうか、末永くお元気で。”
「っ……」
……バカ野郎が。
最後にこんなものを遺すやつがあるか……くそっ。お前はいつも、いつも、いつもっ――!!
チェストから乱暴にグラスを取り出す。
二本グラスを出して、酒をついだ。チンと、グラスを鳴らして一気に煽る。
「お前は友で、最高の勇者だったよ……」
また酒をついで、グラスを鳴らす。
酒が減らないグラスを見つめながら、俺は酒を煽り続けた。
◇◇◇
スケルとの別れという痛みはあったが、それでも前には進んでいった。
ラナがいたし、何よりホープの成長が悲しみを癒してくれた。
子供というのはすごい存在だ。あっという間に大きくなる。この前なんか座ったと思ったら、突然、動き出して驚いた。そして、しばらくしたら、喋ったんだ。
「まぁーま」
ラナに向かってそう言い出した。
「ママと言ったのか? ホープ、パパは? パーパ」
「まぁーま」
「パパ」
「まぁーまっ! うわああああっ!」
泣かせてしまった……
「ハーツ。ママじゃなくて、まんまと言ってるんですよ。お腹が減ったんでしょう」
えびぞって泣くホープを抱きしめて、ラナが胸を出す。そうすると、ものすごい勢いで飲み出した。
「あらまぁ、大変です。すぐにミルクの準備をしませんと。ほら、ハーツ様、ぼやっとしてないで」
……そうだった。ホープは、ラナの乳を吸い尽くすほどの食欲がある。ミルクを用意しないと、泣きわめく。
ミャーミャがミルクを用意してくれて、すぐさま空っぽになる。ボーッとしていたお詫びにゲップを出させる。
――げぼーっ!
勢いよく飲みすぎたのだろう。口から噴水のようにミルクを吐き出す。おかげでミルクまみれだ。
キョトンとしているホープと目が合う。
「すっきりしたか?」
そう言うと、ホープはキャッキャッと笑いだした。それに目を細めた。
……幸せすぎて目眩がしそうだった。
だが、同時に不安が常にあった。
俺の魔力は低い。モンスター化したままということは、寿命は長くないだろう。
ホープを抱き寄せる。
そのあたたかさを置いて、俺は逝くのか……
ラナが慌ててミルクを拭いてくれる。
「大丈夫ですか? 着替えましょう」
そう言って、俺の着替えを取りに行ってくれた。その背中を見つめながら、胸が痛む。
ラナ。
ラナ。
俺の花嫁……
ラナに与えられた命が惜しい。
永遠の命など捨てたはずなのに、今はそれが惜しくなる。本当にどうしようもない……
アイツは、手紙や遊具を遺してくれた。
俺は何が遺せるだろう……
片腕で、魔王の体で。
一体、何が……
ぎゅっと、左手を握りしめる。
俺に遺せるものは少ない。
だったら、かき集めて、形にするまでだ。
目に見えるものと、見えないものを。
この青い手のひらで作る。
着替えをした後、ラナは気分転換をしてくると言って、外にホープを連れ出した。ミャーミャは、洗濯してくると言って部屋を出て行った。
一人残された俺は電話の場所に行く、受話器を取ると、迷いなく電話をかけた。
「俺だ。キールか?」
『あなたから電話なんて、どうしたんですか? 真実でも教えてくれる気になったんですか?』
クスクスと笑う声に、笑みを深めた。
「あぁ、教えてやる。だから、俺の頼みをまた、聞いてくれ――」
◇◇◇
「え? アッシャーさんと、キールさんが森に来るんですか?」
電話でコンタクトを取った俺は二人が来ることをラナに伝えた。ラナは眉間にシワを寄せて、複雑そうな顔をする。
「森に入るってことは、自分たちの姿も見るってことですよね?」
「そうだな」
「それに、旦那様の姿を見たら、事情を聞きたがると思いますよ?」
すべてを話す気なんですか? と瞳が訴えている。安心させるようにラナの頭を撫でた。
「それでもいい。アイツには、知っててほしいとも思うしな」
「ハーツがそれでいいなら……」
まだ不安そうな茶色い瞳に微笑む。
「アイツらは勇気ある者だからな。受け入れてくれるだろう。それに、アッシャーはラナの友人だろ? 友人を家を招くなんて、普通のことだ」
そう言うと、ラナは笑いだす。それもそうですね、と言って。
しばらくして、アッシャーとキールが森に来た。出迎えは家族でした。
「あら! あなたがアッシャーちゃんね! ラナちゃんと、ハーツちゃんから聞いるわよ! ラナちゃんのお友達になってくれてありがとう! 私はチアよ! ラナあちゃんのお母さんで、ホープちゃんのおばあちゃんよ!」
「え? おばあちゃん?」
森の外に出ると、アッシャーがお母さんに捕まっていた。目を丸くして完全に言葉を失っている。それに笑ってしまった。
ラナがホープを抱えて、二人に近づく。
「お久しぶりです。アッシャーさん、キールさん」
「ラナさん…… え? その子は……」
「ふふっ。私とハーツの子供のホープです」
「……ハーツ?」
アッシャーと目が合う。その瞳が大きく見開いた。それに、ふっと笑う。
「久しぶりだな、アッシャー」
アッシャーは肩を震わせて、俺を指差した。
「魔王!? えっ!? なんでですか!」
久しぶりに言われた魔王に笑ってしまった。
アッシャーはすっかりパニックになっていた。森に入る時に自分の姿が妖精に変わって腰を抜かしていた。一方、キールは冷静に自分の姿を見ていた。
「本当にモンスターだ。ははっ。すごいな」
瞳が輝き出す。何が愉快なのか分からないが、奴の好奇心を大いに刺激したようだ。
アッシャーはまだパニックになっていて、意味不明なことを叫んでいる。あまりにも騒がしいので、ホープが泣き出した。
「あぁ! うるさかったよね。ごめんっ!」
アッシャーがやっと我に返って、今度はオロオロしだす。ラナが、たかーいたかーいとホープを持ち上げて、あやすと泣き止んだ。
「すごいや。さすが、お母さんですね」
「ふふっ。でも、腰が痛いです。ホープは重いので」
「え? じゃあ、僕が代わりに抱きましょうか? あぁ、でも泣いちゃうかな……」
「……よければ、抱っこしてください」
「え? ぜひ!」
アッシャーがおっかなびっくりでホープを抱っこする。
「ははっ。重いな。それっ! たかーい、たかーい!」
両手で高く持ち上げられたホープはキャッキャッと、騒ぎだした。
ほんの少しだけ胸が痛む。
俺はホープにたかーい、たかーいはできないから。
だが、目の前の幸せな光景を見て、俺の口元は自然に上がっていた。
屋敷の外のテラスにお茶が用意されていた。ミャーミャが準備をしておいてくれたらしい。ミャーミャはいつものように微笑んでキールにお辞儀をした。
「お久しぶりですね、先生」
「あなたは……ミャーミャさんですか?」
「えぇ、私は猫のモンスターなんですよ」
面食らったような顔をキールがして、面白かった。ホープはミャーミャに任せた。
「少し、森を歩いてきますね。ゆっくりしてください。さぁ、ホープ様、コモン公園に行きましょうね。ホープ様はあそこが好きですもんね」
気をつかったのだろう。それをありがたく思う。
「じゃあ、お茶にしましょう!ハーツと一緒にクッキーも焼いたんですよ。ぜひ、食べてくださいね」
満面の笑顔でラナが二人に進める。今朝、ラナと一緒に作ったものだ。え? クッキー?と俺を見つめる二人に笑う。
「妻と一緒にクッキーを作るなんて、普通のことだろ?」
そう言った時の二人の顔が面白くて、また笑ってしまった。
その後、俺は全ての真実を話した。”彼女”のこと。俺たちが解放された役目のことを。話終えて、アッシャーは怒りをあらわにしていた。
「そんな! 身勝手すぎます! ハーツさんたちの存在をオモチャみたいに扱って、許せないですよ!!」
そんなアッシャーの言葉は沁みた。ふ、と笑ってありがとうと伝える。
「”彼女”のことはどうでもいいって言ったら変だが……もう、何も感じない。バカみたいに幸せだと見せつけてやったからな」
軽く笑うが、アッシャーはまだ何か言いたそうだった。
「私も同じ意見です」
ラナがアッシャーを見つめる。
「正直いうと”彼女”を許せるかと言われると、複雑です。一時は頭突きをかましたいぐらいムカついてました」
「え? 頭突き??」
「でも! 頭突きよりも、幸せに笑っていた方が効果がありそうです」
そう言って、ラナはにかっと歯を見せて笑う。
「それに、頭突きよりも痛くないですし、お得です!」
そういうラナにアッシャーは面食らっていた。そんな中、キールがクスクス笑いだす。
「……どうやら、作者の意図を越えてキャラクターが育ったんだね」
キールは目を伏せて作家らしいことを言った。
「作者は時に都合のよいように物語やキャストを配置する。だけど、描かれるキャラクターはいつも作者の想像を越えるんだよ」
「どうやら、この世界のキャラクターは自我を持ちすぎたようだ」
キールは、どこか嬉しそうに言った。
「それで、頼みとは?」
「あぁ、それは……」
ラナの前だと話しにくいことだった。どうしようかと思案していると、空気を読んだホープが大声で泣きわめきながら帰ってきた。
「すみません。たっぷり遊んだら、眠くなったようで……」
「ううん。ありがとう。ほらほら、ホープ。ママだよー」
「うああああぁぁぁん!!」
「すみません、ホープを寝かしつけてきますね」
そう言ってラナとミャーミャは屋敷に戻って行った。それを見届けて、俺は二人に頼みごとをした。
「二人に頼みがある。ラナたちを見守ってほしい」
俺は頭を下げた。ガタリと椅子が動く音がした。それでも、俺は顔を上げなかった。
「俺は永くない。ラナたちを遺して死ぬだろう……ラナたちが困っている時は手をかしてやってほしい」
俺にできることは数少ないから。
かき集めて、こうやって形にするしかない。
「顔を上げてください」
アッシャーがどこまでも純粋な眼差しで俺を見つめる。森と外を飛び越えて来た時のように。
「僕は、二人の友人です。友人が困ったら駆けつけます! どんなに離れても、きっと!」
その言葉はまた沁みた。泣きそうなくらいに。
「アッシャー、ありがとう……」
そういうと、アッシャーが涙ぐんで乱暴に目元を擦った。
「私も協力するよ。手助けはする」
「ありがとう。ついでに、もう一つ頼んでもいいか?」
「何かな?」
「本を一冊、作ってくれないか」
そして、俺は365日、ラナに伝えたい言葉を綴った本をキールに頼んだ。
……本当なら。
ホープのことを思えば。
俺がいなくなった後、父親代わりになる奴がいる方がいいのかもしれない……
いや、それは言い訳だな。
俺はラナを独り占めしたい。
ラナを俺だけの花嫁にしたい。
俺が死んでも。
俺だけの花嫁に。
その思いは日に日に強くなっていった。
ラナはなんと言うだろう。
「ラナ……」
呼びかければ、微笑んでこっちを見てくれる。
「何ですか?」
その笑顔が愛しくて、苦しい。
だから、俺は左手で抱き寄せる。
「愛している」
惜しみ無い愛を捧げたくなる。
ラナは恥ずかしそうにするが、構わない。
俺だけの花嫁に惜しみない愛を与えたいから。
それに……
「私も愛してますよ」
与えた分以上に、愛情をくれるから。
俺は繰り返し愛を語った。
そして、ホープにも俺は毎日、好きと言い続けた。三歳を過ぎたあたりから、生意気にも「嫌い!」なんて、落ち込むことを言われたが、それでも俺は言い続けた。
泣きべそをかきながら、ツンとそっぽを向くホープの頭を撫でて「俺は好きだ。ホープが大好きだ」と言い続けた。
そして、ホープが四歳になった誕生日に俺は願いを託した。
「なんでだよ! なんでそんなこと言うんだよ!」
ホープは泣きながら怒ったが、俺はそれでもホープに託した。
「ホープは、俺たちの希望だからだ。だから、お母さんを助けるんだぞ。男同士の約束だ」
酷なことを言ったと思う。
だけど、俺は希望を信じた。
俺たちの子だ。
どんな困難も越える力があるだろうと。
そして、別れの日は、唐突にきた。
ラナとホープと俺はクッキーを作っていた。俺は一人、テラスで焼き上がるのを待っていた。
不意にまたあの違和感。
俺は目を見開き、駆け出した。
この足が動かなくなる前に会いたい。
この手がなくなる前に抱きしめたい。
この口が動かなくなる前に――――
『――私はお別れしたかったです。だから、後悔のないようにしてくださいね』
耳で友の声が聞こえたような気がした。
あぁ、わかってる。
お前に言われなくても。
俺は……
「ラナっ!」
「ハーツ……?」
声をかけると、キョトンとしたラナと目が合う。間に合ったことに喜んで、俺はラナをおもいっきり抱きしめた。
「ラナ、愛してる」
「……急にどうしたんです……」
照れた声が聞こえていたが、構わず何度も口にした。この口が動かなくなる前に。言いたいことがあったから。
「ラナ、愛してる。愛してる。愛してる」
「ハーツ……?」
異変に気づいて、ラナの俺を抱きしめる手が強まった。
「俺はラナに会えて幸せだ――」
笑うつもりだったのに、涙が溢れた。涙でぐしゃぐしゃになりながらも、ラナの顔を見つめる。その感触を覚え込ますように左手で触ると、サラサラと砂となって手が消えた。
ラナの瞳からも涙が零れる。それを見つめながら、残る口元で笑ってみせた。
「ありがとう……俺の花嫁。いつまでも愛してる……」
視界に見えたのは、涙で真っ赤になりながらも、大好きな笑顔だった。
「私もっ! 私もハーツに出会えて幸せです! 一生、愛してます!」
バカみたいに大きな声で言うラナに笑って、その唇にキスをした。
――――……
目を開けたらハーツはいなかった。
代わりに彼が着ていた服だけが手の中に残る。涙が止められなかった。
あぁ、いないんだ……
私の愛しい旦那様は……
どこにも……
ミャーミャと目が合った。声も出さず涙を流す瞳を見ていたら、たまらなくなって、すがりついて喚いた。
「ああああっ! いっちゃったよぉ! ミャーミャー!! うあああっ!」
子供のように泣いた。
それしか出来なかった。
ミャーミャは亡くしたぬくもりの代わりのように抱きしめてくれる。
「ママ!!」
ポープがおしりに抱きついてくる。
……そうだ。
ポープがいるんだ……
しっかりしないと……
しっかり……っ
っ……
ごめん、ホープ。
ママはしっかりしなくちゃいけないのに。
声が出ない……
せめて泣かないように口を手のひらで押さえた。
すると、私に向かって叫ぶように言う。
「ママ! パパはすごーい魔法を使ったんだ!」
「パパは、魔王だから、すごい魔法が使えるっていってたよ! 見えなくなる魔法だって! 見えないけど、いるんだって言ってた! 僕がおじいちゃんになったら、また見えるようになるって!」
「だから、ママ! 大丈夫だよ! パパは見えないだけで、ちゃんといるから! それに僕がママを守るよ!! 見えないパパの分まで!」
「だって! 男の約束だもん!!」
――ラナ……俺の花嫁……いつまでも、愛してる……
――ラナ様、いつまでも、あなた様が笑顔でありますように……
いってしまった二人の声が聞こえるように気がした。
私は涙を拭ってホープを抱きしめる。
「うん。ありがとう、ホープ。……ママは大丈夫よ。ホープがいるから、大丈夫よ」
手の中に希望があるから、私は何度だって立ち上がれるんだ。
泣きそうなホープを抱きしめて「クッキーを食べようか」と声をかける。そう言うと、ホープは肩を震わせてぎゅっと抱きついてきた。ふと、顔を上げると、曇天の空から一筋の光が見えた。私たちを受け入れ認めてくれたような光。それに目を細めた。そして、私たちは家の中に入っていった。
テーブルにはさっきまでハーツと作っていたクッキーがあった。
色んな形で作った幸せ味のクッキーだ。
私が小さい頃、色んな形のクッキーを作るのが何より楽しかった。
スケルと同盟を結んだ時も、クッキーがあった。
ハーツと本音を話せた時も。
ミャーミャから世界のことを聞いたときも。
そして、今も。
クッキーを作る度に私たちは家族になり、心をひとつにしてきた。だから、色んな形のクッキーが教えてくれているようだった。
私たちは幸せな家族なのだと。
涙を飲み込んでいだきますをする。
ホープは必死になにかを堪えていて、ミャーミャはポロポロ泣いていた。ホープは小さいながらも、ハーツがいないことを理解しているのだろう。悲しみを乗り越えてくれようとしてることが誇らしかった。
私は鼻をすすりながら、微笑んで、クッキーを口にする。
「美味しいね……ミャーミャ……ホープ」
二人は答えなかった。でも、泣きながら何度も頷いてくれた。
クッキーは幸せな味がした。
ちょっぴりしょっぱいけど。
幸せな家族の味がした。




