魔王の花嫁になったからできること
本編、最終話です。
結果として、名付けは中途半端になってしまった。
意識を途絶えさせてしまい、私の魔力は少量しかハーツにいかなかった。ハーツは命はとりとめたが、右腕を無くして、魔王の姿のままになってしまった。私から見たら、変わらないのだが、森の外に出てもその姿が変わらなくなってしまった。
魔力が低いからモンスターのままに。
その事実をミャーミャから聞かされた時、私は号泣した。泣きじゃくった。なんで意識を保てなかったんだ! 私のバカヤロー!って。子供みたいに泣いた。
だけど、ハーツはどこまでも優しくて。
左手で頭を撫でてくれた。
「なんで泣くんだ。俺は生きてる。魔王としてじゃなくて、ハーツとして生きられるんだ。これ以上の幸せはない」
そう言ってくれた。でも、やっぱり悔しくて泣いていると、物凄い勢いで扉が開いた。
「ラナちゃん、どうしたの!? って、ええ!? 魔王ちゃん!? え!? うそ!? なんで!? 腕ぇ!!!」
パニックになったお母さんを見て、涙がひっこんだ。
包帯ー!と叫ぶお母さんが出ていき、派手な音がした。入れ替わりで、お父さんが入ってきた。ハーツの姿を見て、息を飲んでいた。でも、ゆっくり近づいて、ハーツに声をかける。
「名付けをしたんだね……名前を教えてくれないかい?」
するとハーツは、照れながら自分の名前を言う。
「ハーツです」
「ハーツ……いい名前だ」
そう言うと、ぎゅっとハーツを抱きしめる。
「よかった。生きててくれて……」
肩を震わせたながらそう言って、私の肩も抱きしめる。
「頑張ったね……君たちは僕の自慢の子供たちだよ」
そうお父さんが涙声で言うから、もらい泣きしてしまった。涙を流していると、ドタドタと走る音がする。
「包帯あったわよ!! 魔王ちゃん!!」
お母さんが叫ぶと、眠っていたホープが起きて盛大に泣き出した。
それにみんなキョトンとして、クスリと笑ってしまった。
後悔は残るが、家族が増えて、私たちは幸せだった。
だけど……悲しいこともあった。
スケルがいなくなっていたのだ。
◇◇◇
屋敷に帰ってみつけたのは、窓際に脱ぎ捨てられた従者の服とシルクハット。そして、飲み干した跡があるティーセット。
あとは、私たちへの手紙だった。
三通あるそれは、風で飛ばされないように銀のドクロの重石がのせられていた。
突然のことにすっかりパニックになっていたが、ミャーミャは寿命がきたのかもしれません……と目を伏せて言っていた。
こうなることをスケルは予感していたらしい。でも、相談もなく、お別れの一つも言わせないないなんて……ひどいよ。
ハーツも同じ気持ちだったようで
「バカ野郎。最期まで格好つけやがって……!」
そう吐き捨てるように言っていた。手紙を読むと、スケルらしくなくて泣いてしまった。幸せになるよって、ちゃんと本人に言いたかった。
スケルは私たちが悲しむことを見越していたのだろう。ハーツへの手紙は変わっていた。謎解きみたいになっていた。
『――元魔王様の書庫に手紙をしこんでいますので、夫婦で協力して解いてくださいね。そして、大いに泣いてください。号泣はウェルカムですよ。では、また来世で。カラカラ』
そんな飄々とした文章から、スケルが笑っている姿を思い出して、つられて笑ってしまった。ほろ苦い別れ。でも、スケルは笑っていそうな気がしたから、なるべく笑おうと思う。
森にも変化があった。
木から嗤い声が消えたのだ。
相変わらず、空は曇天だけど、森は静かになった。
魔王も勇者も消えて、悲劇は起きなくて、”彼女”は諦めたのだろうか……
「きっと、俺たちがバカみたいに幸せそうだから嗤う気にならないんだろう」
ハーツはそんなことを言っていた。
そうかもしれないと、私も思う。
後はこの空が晴れてくれたらなーと思うが、静かになっただけ、だいぶマシだ。
私たちは静かになった森で新しい家族と過ごし始めた。
◇◇◇
ホープは私から見ると、ハーツそっくりだった。ミニ魔王。可愛い。見ているだけできゅんとくる。
ハーツは左腕しかなくて、抱っこに苦労していた。でも、首が据わって、お座りができるようになると、ホープにべったりだった。
ホープは活発な子で、一歳で歩き出したかと思えば、すぐ走ることを覚えた。だから、スケルの作ってくれたコモン公園はホープの大のお気に入りになった。
二歳で急にしゃべり出したかと思ったら、ハーツと口喧嘩することが多かった。
「子育ては難しいな……」
ハーツはそんなことをぼやいていた。それに和んでしまったのは、内緒だ。
ゆるりと家族と過ごす時間。
描いていた未来がそこにはあった。
でも、やっぱり、私の名付けは中途半端だった。
ハーツと過ごした時間は四年という長いようで短い時間だった。
◇◇◇
そして、ハーツが亡くなってしばらくして、私はホープと共に森を出ることにした。
いつか、ハーツが言っていた。
青天の下で、ホープを育てるために。
「ねぇ、ミャーミャ。本当に一緒に暮らさないの?」
「えぇ……私はここに残りますわ」
森の外と言っても、お母さんたちの隣に家を建てて暮らすだけだ。なので、ご近所さんになる。私はミャーミャも一緒に暮らそうと誘ったのだが、ミャーミャは頑なに首を振った。
「私は憂いのあるモンスターを導く女神様らしいので、ここに残ってそうなろうと思います」
それはスケルに言われたことらしい。
そっか。女神様か……うん。ミャーミャにぴったりだ。いつの間にかできていた女神様像を見つめ、またミャーミャを見る。
「いつでも遊びにくるからね。ホープはコモン公園が大好きだし」
そう言うと、ミャーミャは頬を薔薇色に染める。
「はい。いつでもお待ちしてますわ」
◇◇◇
森の外に出ると、空は晴天だった。その眩しさに目を細める。
「ママー!」
一足先におばあちゃんの家に行っていたホープが駆け寄ってくる。
「アッシャーお兄ちゃんと、キールさんが来てるよ!」
え? と思って、顔をあげると、久しぶりに見る妖精と悪魔がいた。
早く、早くと手を引かれて、二人の元に行く。
「ラナさん、お久しぶりです」
「久しぶり、ラナさん」
変わらない可愛い笑顔と、怖い悪魔笑い。それにクスッと笑ってしまう。
「お久しぶりです。元気そうで何よりです」
実はハーツが生きている間に二人には森に来てもらっていた。自分の姿にびっくりしたり、ハーツの魔王姿にアッシャーさんは腰を抜かしていたけど、受け入れてくれた。
「アッシャーお兄ちゃん! 肩車して!」
「ん? いいよ」
ホープは、アッシャーさんが大好きで、会うと必ず遊んでほしいとせがむ。アッシャーさんも面倒見がよくて、助かっている。
アッシャーさんがひょいとホープを肩車して、駆け出すとホープがきゃっきゃっ騒ぎ出す。
その光景に目を細めているとキールさんが何かを差し出してきた。
「ハーツくんに頼まれたもの。できたから持ってきたよ」
それは分厚い一冊の本だった。
中身を見て驚いた。
365日、1日ごとに愛の告白が綴られていたから。
黙って見つめている私に、キールさんが肩を竦めながら言う。
「最後のページをめくってごらん」
言われてめくると、メッセージが書かれていた。
“俺の花嫁へ
これからも365日、毎日、ラナに愛してるというから、俺だけの花嫁でいてくれ”
それは、ハーツらしい言葉だった。
ちょっと子供っぽくて、独占欲丸出しで、私のことが大好きな可愛い私の旦那様。
言われなくても、私の旦那様はあなただけなのに。
ちょっと涙ぐみながら、ありがとうございますとキールさんに言った。
「とんでもない。世界に一冊の本ができて私も嬉しいですよ」
そんなことを言って、キールさんは微笑んだ。
そこへ、アッシャーさんが汗だくになってやってくる。
「はぁ……ホープは、重くなったな」
そう言ってホープを下ろす。ホープは興奮がおさまらないのか、キャー!と叫びだして今度はおばあちゃんの元に行く。
「あ、そうだ。ラナさん。本気で町まで畑を作る気ですか?」
そう。私には新たな目標があるのだ。
それは、遠い町まで畑を作ること。森と町をくっつけるのが目標だ。
「本気ですよ? だって、私はずっと若いままですし。死ぬまで畑仕事ができるんですから」
そうなのだ。私は見た目が止まっている。花嫁の指輪の効果なのか、老いを知らない。これはラッキーなことだ。元気なままでずっといられるんだから。
「畑もいいけど、森と町をくっつけるなら、グランに頼んでインフラを整備した方がいいかもね」
そうキールさんがにやりと悪魔笑いをする。企んでいる顔だ。
グランさんは結局、そのまま国王代理を続けている。なんでも、リーダーシップがあるそうで、辞めるに辞められないらしい。だけど、本人は絶対に国王だけにはならないと言っているらしい。
だから、国王代理。でも、それでも、この国はうまく動いている。
「グランさんに怒られませんか?」
「いいんだよ。死ぬ寸前まで働かせておけば」
クスクス笑うとキールさんにグランさんの体が心配になる。
「馬車も定期的に通えるようにした方が便利じゃないかな?」
「まぁ、そうですね」
「そうなったら、私もここに家を建てようかな」
「えぇ!? 叔父さんも!? 僕もここに家を建てたいのに!」
「そうなのかい? アッシャーは、結婚する予定があったのかな?」
「……それはない、です、けど……」
そんな二人に笑って提案する。
「家を建てたいなら、いい人たちを紹介しますよ。 ビーバー三兄弟です」
そう言うと、二人は目を丸くして、声を揃えて言った。
「「ビーバー三兄弟?」」
それに笑って、あのビーバーたちのことを話した。
◇◇◇
種を撒こう。いつか、街まで届くように。森と町がくっつくように。
世界に線はなく、ひと続きなのだから。
いつかこの架け橋をモンスターたちが嘆くことなく、渡ればいい。
悪意も、悲劇も、絶望もある世界だけど。同じぐらい。ううん。それ以上に、幸福も、愛も、希望もあるのが世界だと思うから。
そっと種を蒔こう。
いつかひょこっと、小さな目が出るように。
それが魔王の花嫁となった私が今、できること。
「ママー!」
ホープが抱きついてくる。
その手をしっかりと握った。
大丈夫。
大切な人と手を繋げば、迷わない。
空いた手で右耳につけたイヤリングをそっと触る。
大事なものは全部、手のひらにある。
さぁ、これからも顔をしっかりあげて。
前を向いて歩いて行こう。
これで本編はおしまいになります。
ここまで書ききれたことに感無量です。
読んでくださってありがとうございます。
本編はおしまいですが、余聞があと三話続きます。
最後まで余聞かよ!と思われるかもしれませんが、ラナのその後を含めたお別れの話だからです。
スケル視点、魔王視点、ミャーミャ視点と続きます。
人によってはバッドエンド感を深めるかもという思いから余聞にしました。すみません。
悲劇的な話をどこまでハッピーに近づけるかということで書いてきましたが、設定がごちゃっとしたのは反省しているところです。わからないことや、もやっとしたことはどうぞ、コメントにでも残してください。彼女に関しては、最終話のあとがきにのせてあります。突飛な設定ですが、気になるかたはそちらへどうぞ。
スルーされがちな言葉やセリフを深めるのが好きなものでして、それを宝探しのように詰め込んだ話になりました(^_^;) もし、見つけてくださったら、嬉しいなと思ってます。
ここでお別れ方もいらっしゃると思いますので、こぼれ話を一つ。
この世界、外国というものがありません。
誰も外国を知らないので触れる機会がなかったのですが、この世界のイメージは飛び出す絵本です。とっても箱庭な世界です。
それでは、本編を読んでくださってありがとうございました。




