希望が生まれる
作業着を着たビーバーが三匹。私の目の前にいる。
スケルは木が足りないとかで森に行ってしまったので、おうちの近くには、私一人だけだ。その間にこのビーバーがやってきたわけだ。
作業着の格好といい、お風呂やキッチンの発言といい、もしかして水回りの作業員の人?
「ん? なんだ? 下ばっかり見て、俺の靴になんかついているか?」
それではっとした。これは大きさが違うタイプのやつだ。どうしよう……鏡の前に立ってもらわないと、目線が合わない。
「ん? あんた、妊婦さんかい?」
「え? はい」
「そりゃあ、いけねぇや。気持ち悪くはないかい?」
「そこの木材にすわりなさいって」
「ほらほら早く」
ビーバー三匹に促されて、休憩用に置いてあった木材に腰かける。どうやら、とってもいい人たちのようだ。
「妊婦さんがこんな所で何してるんだい?」
「あ、えっと……家作りの手伝いをしてます」
「おなかが大きいのに?」
「そんなことをさせるヤツはどこのどいつでい」
キーキー怒りだすビーバーにどう説明しようか迷う。
「ありがとうございます。でも、好きでやっているので大丈夫ですよ」
「いけねぇ、いけねぇや」
「そうだよ、お帰りよ」
「命を育ててるんだ。ゆっくりしなよ」
そう言って、今度はワイワイ騒ぎだす。どうしたものか困っていると、スケルがやってきた。
「おや? その方々は?」
スケルの声に三匹のビーバーは殺気立つ。
「おめぇか! 妊婦さんを働かせているやつはっ! ……って、ホネェ!?」
「もし転んだらどうするんだっ! ……ってガイコツ!?」
「そうだ! そうだ!……って、モンスター!?」
スケルを見て一気にビビりだすビーバーたち。そんな様子をやっぱり気にすることなく、スケルはあぁ、と声を出す。
「もしかして、ミャーミャさんが言っていた業者様ですか?」
ビーバーたちは、スケルが話すたびに、ひぃぃっと声を出した。笑っちゃいけないと思うんだけど、全く同じ驚き方が可愛らしくてつい、クスリと笑いが零れた。でも、このまま怯えられたら、会話にならない。それはスケルも感じてくれたのか、「ミャーミャさんを連れてきますね」と言って、森に入っていった。
ホッと胸を撫で下ろすビーバーたち。額の汗を拭うしぐさまでまるっきり同じタイミングだ。
「妊婦さん、ありゃあ、なんだい?」
「なぜ、ガイコツがしゃべってるんだい?」
くるりとこちらを見たビーバーたちに、説明をする。
「あの人はスケルですよ。私の大事な家族で、このうちを作ったのもスケルなんですよ」
「えぇ? 家族だって?」
「家を作ったって?」
「……そりゃぁ、驚いてすまなかったなぁ」
一斉にペコリと謝るビーバーに首を振る。
「いいえ。こちらこそ、仕事に来てくださってありがとうございます。誰も引き受けてくれなくて、困っていたので」
そう言うと、ビーバーたちは首を振る。
「いいってことよ。家を作るのは俺らの仕事だしな」
「そうそう。風呂がないとか困るだろ?」
「うんうん。なんたって、ボインちゃんの頼みだしな」
んん?
今、下心が思いっきり見えたような。
「皆様、こんにちは。遠いところをわざわざありがとうございます」
ニコニコとやってきたミャーミャにビーバーたちの顔がデレッとだらしなくなる。彼らの視線の先にあるのは……胸元だ。
「いいってことよ。仕事だからな!
でへへ」
「そうだよ。わざわざ、足を運んでくれたのは、ミャーミャちゃんなんだからよ。むっふむっふ」
「今日も綺麗だね。あまり、そんな格好をしちゃいけないよ。悪い男に捕まっちゃうよ? ゲヘヘ」
「ふふっ。皆さんが来てくれるというので、張り切ってめかしこんで参りましたのよ」
ミャーミャがそう言うと、ビーバーから歓声が上がる。目がハートマークになってそうなほどの歓声だ。解せん。
やはり胸か。胸が好きか。私も好きだよ。自分にはないからね! こんちくしょう。
「ラナ様。ここは私にお任せください」
「あ、うん」
そう言うと、ミャーミャはすっと瞳を細め、小声で私に言う。
「大丈夫ですよ。あの方たち、ちょろいので」
ひぃぃ! 悪女だ! 本物の悪女がここにおる!!
冷や汗をたらし、固まる私にミャーミャは今度はにこっと愛らしく微笑む。そのギャップに言葉に失い、私は森の中へと入っていった。
手玉に取られまくっているビーバーたちは仕事はよくしてくれた。仕事が終わるとミャーミャに抱きしめられた、うっひょーい!と目をハートマークにしていた。
そんなこんなでお母さんたちのおうちができた。
そして、またも意外なことが起きた。
森の外で暮らすようになったお母さんが保護官にアプローチしてきたのだ。
「いつもご苦労様です! モンスターの捕縛なんて皆様、大変、勇気のある方なのですね! 尊敬しちゃいますわ! さぁさぁ、お疲れでしょうから、お茶をどうぞ! あ、クッキーもありますよ? 甘いものは好きですか? しょっぱいもの好きなら塩クッキーも作りますので、好みを教えてくださいね!」
と、いつものように息つく間もなく喋り倒していた。森の外に大きなテーブルを置いてティーパーティまで用意してある。保護官の人々は、なんだこの人は……と面食らい最初は断っていた。
しかし、お母さんはめげなかった。
「ふふっ。いつか皆さんとお茶できたらいーわー」
そんな風に笑うのだ。それを見て、感動すると共にちょっと落ち込んだ。
だって、私が色々、考えてもできなかったことをお母さんは易々とやってしまう。お母さんの行動力が羨ましく思えた。
お母さんみたいな人が、もしも旦那様の花嫁だったら……もっと明るく楽しい日々にできたのかなと、思ってしまう。私は社交的ではないし、愛想もない。
なんだろう。情緒不安定だ。おなかが大きくなってきて、身動きがとりづらいせいだろうか。ネガティブモードだ。うおおお。
そんな気持ちを気づいてくれたのは、やっぱり旦那様だった。夜、またもお呼びがかかった。つんのめりそうなおなかを抱えて、横で旦那様が歩いている。むすっとしている私に旦那様は手を繋ぎながら、覗き込んでくる。
「ラナ、どうした? 変な顔をしているぞ」
変な顔とは失礼な。
「……ちょっと物思いに耽っているだけです」
つい可愛げのない態度をとってしまった。ダメだな。甘えている。
「なぜ、物思いに耽る? 体調が悪いのか?」
本当に分からないという風に旦那様は聞いてくる。私は答えられなかった。だって、こんなの八つ当たりだ。嫌な感情を撒き散らすわけにはいかない。
ため息を吐かれて、歩き出す。そのまま、旦那様の部屋に着いて、ゆっくりソファーに座らされた。自分は座らず、床に膝をついて、顔を覗き込んでくる。両手を繋がれ、どうした?と優しい瞳が訴えかけてくる。気遣うような態度をされると弱る。モヤモヤを吐き出したくなるから。
私はふぅと、一息吐いてなるべく落ち着いて口を開いた。
「ちょっと、落ち込んでいました」
「落ち込む?」
「はい……お母さんみたいに、なんでも明るく楽しそうにできる人なら……旦那様も……」
そう言いかけて、言葉に詰まった。旦那様が見たことがないくらい怒った顔をしていたからだ。
「お母さんのような人が俺の花嫁ならよかったとでも言うのか……?」
うっ。なんか、どす黒いオーラを感じる……言葉にせずともなんか伝わってくる。――まだ、俺の好きが足りないのか?と。
はぅっ! なんか地雷を思いっきり踏んだ気がする。まずい、爆発する!
「いやっ……あのっ……ごめんなさい」
冷や汗をかきながら、とりあえず謝る。でも、地雷を踏んだ後でどうしようもない。すでに遅い。遅すぎた。
「ラナ」
「は、はいっ!」
びくりと震えると、意外にもため息を吐かれた。
「二度とそんなことを考えるな。俺の花嫁はラナだけだ。ラナじゃなきゃ、俺がダメだ。ダメになる。また絶望の淵に追いやられる。もう、ラナなしじゃ生きられない。わかってくれ」
強烈な愛の告白だった。ちっぽけな妬みを吹き飛ばすような強烈な……
「わかりました……」
顔が熱くて、はくはく息を吐きながら、どうにかそれだけ言うと、旦那様が幸せそうに笑った。
◇◇◇
ホープは順調に育っていった。すくすく、最近ではどんどこおなかを蹴るようになっていた。あとは、時々、ぐおっと、締め付けてくる。いたたっ。これがわりと苦しい。
十月十日。予定では、あと一ヶ月ほどで生まれる。
その間に、私はせっせと人形作りをしていた。ホープ用にと思ったのだが、これは私用だ。ごめんね、ホープ。
「できた……」
作り終えた人形に思わず微笑む。我ながらいい出来だ。
青いボディに、角が生えて、つり目の魔王人形。モデルはもちろん、旦那様だ。
それに向かって、私は名前を呟く。
何度も何度も、口が勝手に動くまで。
出産したら、旦那様は死に向かう。
意識がもうろうとしてても、ちゃんと言えるように私は練習を繰り返した。
そして、出産まで二週間という日数になった。
「念のために、お母様のおうちで出産をしましょうか」
ある日、ミャーミャがそんな提案をしてきた。
「もう、私が魔王様を作ろうとか思うとは思いませんし、悲劇も起こらないでしょう……しかし、”彼女”から少しでも離れた方がいいかもしれません」
元々、里帰り出産を希望していたし、お母さん達の家の方がいいかもしれない。
「そうだね」
そう言うと、スケルが声を出す。
「じゃあ、私はお留守番してますね。右往左往している魔王様にチョップをかます係でもいいですが、男手は必要なさそうですし」
スケルはカラカラ笑っていたが、まぁ、近くだしねということで、お留守番をしてもらうことにした。
陣痛がいつ起こるか分からないタイミングで、私と旦那様とミャーミャはお母さんの家に行くことになった。ミャーミャは子供を取り上げてきた経験者なので助産師さん代わりだ。
「じゃあ、スケル。行ってきます」
そう言うと、スケルは腰を折って、私のお腹を優しく撫でた。ぽこんと、返事をするようにホープがお腹をたたく。
「これは元気なお子さんだ。きっと、いい子に育ちますよ」
ははっと笑うスケルにぐっと力拳を作る。
「いい子だろうから、頑張って出してくる」
そう言うと、スケルは吹き出した。カラカラと骨がぶつかって響く。
「そうですね。出してきてくださいね」
その言葉に頷いた。次にスケルは旦那様の肩に腕をかけた。
「パパになって戻ってきてくださいよ。あの遊び場で家族で遊んでくださいね」
旦那様は重いと文句を言いつつ「わかってる」と言った。
じゃーねーと手を振って歩き出す。
途中、風がふわりと頬を撫でた。後ろ髪を引かれるような感じがして、振り返るとそこにスケルはいなかった。
もう、おうちに入っちゃったのかな?
そう考えると、ズキンと感じたことのない痛みがくる。思わず顔を歪めた。
「ラナ?」
旦那様の手をとる。
「陣痛がきたかもです……」
その言葉に抱っこされた。旦那様の腕の中で、ふぅふぅと息を吐き出す。痛みが周期的にくる。そして、そのまま、私は出産を迎えたのだった。
「ぎゃあ、うんぎゃあっ!」
遠のく意識の中で、元気な声がする。赤ちゃんの声だ。そんなに元気な声を出せるんだと、妙に感動してしまう。でも、私はフラフラだ。声もでない。
二十時間の悪戦苦闘の末、ホープが生まれてきてくれた。ぼんやりする視界で、タオルに包まれて泣き続けるホープを誰かか抱えている。
なんか危なっかしい手つきだ。
「ラナ……」
元気な声の中に優しい声。
「っ……男の子だぞ。よく……頑張ったな……」
今度は涙声。
感極まった声にこっちまで泣きたくなる。
そっか。よかったですね。
ホープって付けられますね。
そう言いたかったのに、口が動かない。
名前を付けないと……早く……
遠のく意識の中で、優しく頭を撫でられた。
「少し休め」
こんな時は甘やかしてほしくないのに……名前を言わないと……
手の心地よさを感じながら、私はそのまま意識を手放した。
あと二話で、本編が終わります。
次は魔王視点と後半にラナ視点です。
余聞の雰囲気があり、ダークさが混じってます。暗くはないですが、不快感を煽る言葉が出てきます。




