戻ってきた新しい日常に
ラナ視点のライトな雰囲気に戻ります。
おなかに赤ちゃんができた。名前はホープ。男の子っぽい名前だけど、女の子だったらどうするんだろう? と、いうことで、旦那様に聞いてみたら、悩み込んでしまった。どうやら、男の子だと思い込んでいたらしい。
「そうか……女という場合もあるんだな。男だとばかり思っていた」
旦那様がそう思うのも無理はないかも。この子はそうならないけど、世界のルール的には魔王候補なわけで。そうなると、男の子だろう。
「じゃあ、女の子だったら名前をどうするか考えてくださいね」
「俺が付けていいのか?」
譲ってくれるのだろうか。名前付けたいのかと思った。名前はホープ!とか断言していたし。
「私が付けてもいいんですか?」
そう言うと、ぐぐぐっと悩まれた。
「いや、俺が付ける」
それに笑ってしまった。
「パパの最初のお仕事ですね」
そう言うと旦那様が照れ顔で笑う。
「そうだな。任せておけ」
そう言って、抱き寄せられた。すると、ツナギを着たスケルがやってくる。
「ラブいですね~。いーですよ、いーですよ。どんどんイチャ付いてください」
口笛を吹きながら、通り過ぎて行く。旦那様がムスッとしだした。照れているのだろう。旦那様に抱きしめられながら、ふとあることに気づく。それは、筋肉むき出しの服装だ。
「旦那様、体調の変化はないですか?」
子供が生まれるまでの間は旦那様に死期が迫るわけだ。ミャーミャの話だと妊娠中は大丈夫っぽいが、心配だ。
「お腹を出したらダメですよ。他に服はないんですか? なかったら、買いに行きましょう。あと、毎日、体温計ってくださいね。念のために。激しい運動は控えて、ゆっくり過ごしてくださいね」
そう言うと、通り過ぎたスケルがカラカラ笑う。
「どっちが妊娠しているかわかりませんね」
確かに……でも、心配なものは心配なんだもの。しょうがない。
「わかった。俺のことよりも、ラナこそ平気なのか? 妊娠初期は体調を崩しやすいと本に書いてあったぞ」
あぁ、そうなんだ。
え? めちゃくちゃ、元気ですけど。
「大丈夫ですよ? これから畑に行こうと思ってますし」
首を傾げると、大袈裟にやめろと言われた。
「俺がやるから、ラナは座っていろ」
焦って言われたが、冷静に言う。
「旦那様は畑仕事を覚えきれてないじゃないですか?」
そう言うと旦那様は声を詰まらせる。ふいっと視線を逸らされ、ため息混じりに言われる。
「わかった。外に出て教えてくれ。……ただ、ラナが心配なだけだ」
頼むからと弱々しく言われた言葉に照れる。旦那様が私のことをよく思ってくれてたのが分かって嬉しくなる。
「旦那様、ありがとうございます」
にこっと笑うと、旦那様が微笑む。ほんわかした空気が漂うと、なにやら視線が……
「いやぁ、過保護ですね、魔王様」
「あら、いいじゃないですか。妻を思いやるなんて、夫としては満点ですよ。優しい人に育ってくださって、嬉しいですわ」
いつの間にかミャーミャまでいる。妙にあたたかい目で見つめられて、恥ずかしい。
こほんと咳払いをして、スケルに尋ねた。森に帰ってから気になっていたことだが、スケルの服装が作業員みたいになっている。前はシルクハットと、黒スーツで従者っぽかったのに。どうしたんだろう?
「スケル。その格好って何か作っているの?」
そう言うとガイコツの顔がにんまり不気味に笑う。
「作ってますけど、内緒です。完成したらお見せしますよ」
ウインクされて、スケルは行ってしまう。なんだろう? 楽しそうだから、楽しみに待っておくか。
しかし、スケルが忙しいとなると、買い物はどうしよう。誰が馬車を引くのだ。
もしや、旦那様が?
「旦那様って、馬を操れたりしますか?」
「いや」
「ですよね……はぁ。買い物どうしよう」
旅行に行っていたので冷蔵庫がすっからかんだ。ご飯を作れない。
「買い物なら私が行ってきますよ」
ミャーミャがそう言ってくれる。
「でも、馬車を使わなかったら、遠いよ? 荷物もあるし……」
「ラナ様」
ミャーミャの瞳がすっと細まる。こ、この顔は……ブラックミャーミャ降臨!
「この私めにお任せくださいますね?」
「あ、うん……」
「ふふっ。では、さっそく行って参りますね」
そう言うとミャーミャも行ってしまう。
ミャーミャ……どうやって行くんだろう。
はっ。まさか、空を飛ぶとか ? うわー! 見たい! 空飛ぶ猫! こうしてはいられない。後をつけねば。
ミャーミャの後を付けようとしたら、旦那様に手を掴まれた。
「ラナは畑だろ?」
そのままズルズルと連れ去られる。
あー……ミャーミャのナゾが一つ解明できるのに!
畑に出た私は、切り株に腰かけながら、むくれていた。旦那様は作業着に着替えてきて、私に声をかける。
「……何を怒っている?」
「……ちょっと、ミャーミャのナゾを知りたかっただけです」
そう言うと、旦那様がため息をついて私の横に座る。切り株分、私の方が背が高くなった。旦那様もこの体勢が珍しいのか、私を見上げて笑う。
「ミャーミャのことはいいだろ。せっかく二人っきりになったのに」
そう言って、こてんと頭を私の膝にのせた。ベタベタしてくる気だな。慣れたとはいえ、まだ照れがある。
「畑仕事しなくていいんですか?」
「少し、このままでいいだろ。畑は逃げない」
それはそうだが……
肩で息をして周りを見渡す。
ギャーッハッハッハッ!
嗤う森に、曇天の空。シュールなあべこべの世界では、甘いムードになんかなれやしない。はぁ、と息を吐いて、旦那様の頭を撫でる。
「畑仕事をしてから、またのんびりしましょう?」
「家にいると、アイツらがいて落ち着かん」
いや、私はこの光景の方が落ち着かない。
……どうしよう。
なんというか、旦那様はスキンシップ過剰だ。すぐベタベタ触りたがる。触れていないと落ち着かないカンジで、すぐ触りたがる。優しくて落ち着くこともあるけど、大抵は恥ずかしくて落ち着かない。
いや、この際だからハッキリ言おう。
二人っきりの時の旦那様は色気がヤバいのだ。
旦那様は角もあるし、銀髪だし、筋肉ムキムキの青ボディだけど、顔はなかなかのイケメンである。そんな人にアイラブユービームを送られてみなさいって。燃え尽きる。しかも、旦那様はさすが魔王というべきか、流し目をよくする。そんな顔をされたら、イチコロだ。コロコロ転がる。そのまま穴があったら、入りたい。
慣れるわけはない。
慣れたらスゴいと思う。
悪女にでもなれそう。
はっ。そうか。悪女になればいいんだよ! 悪女といえば、流し目。妖艶な流し目! そして、豊満なボディ! ……って、この平たい胸じゃダメじゃん。でも流し目はできるか? こう? え? こう?
「変な顔をしてどうした?」
渾身の流し目は変らしい。私に悪女スキルはないな。
「恥ずかしいので、旦那様の真似をしていました」
「は?」
「旦那様って、こう……流し目をよくしますよね。あと、不敵に笑うとか。あれを見ると、動悸が激しくて」
素直に言うと、ほぉー……と目を細められる。ほら、また。その顔をやめてと言ったのに。
「俺が笑うとドキドキするのか?」
「え? あ、そうですね?」
なんだか嫌な予感……
「この顔か?」
「は、はい……そうですよぉ?」
声が裏返った! だから、ドキドキすると、言っているのに! この人は!
「ドキドキするか?」
「しますよ!」
恥ずかしさが急上昇して、叫ぶように言うと、旦那様が体を起こす。体を反転させて顔を覗き込まれた。
「じゃあ、これは?」
吐息がかかりそうなほどの距離。ドキドキ。いや、バクバクする。
「しますって……」
「そうか」
妙に嬉しそうな旦那様。ちょっとムッとして睨んだ。
「ドキドキするから控えてくださいって」
「断る」
は?
「妻をドキドキさせるのは夫の務めだろう?」
だからっ! っくぅ!
からかっているな!
私は怒りました!
旦那様のほっぺを両手で挟む。そして、唇にちゅっとした。
目を開けると、キョトンとした旦那様と目が合う。
「ドキドキしましたか?」
口角を上げて、笑ってみせた。渾身の悪女笑いだ。ふふっ。からかったおかえし……だ……よ?
あれ?
「ドキドキした、もっとしてくれ」
渾身の魔王笑いで返される。絶対、逃さないと手の拘束付きで。
まずい……この笑顔は……気絶案件だ!
「いえっ……あのっ……」
「ドキドキさせて俺をどうする気だ? 俺の花嫁」
ひぃぃぃぃ! 危険危険! デンジャラス!
近づいた顔に冷や汗を垂らしながら、心の中でホープに謝った。
ごめん。ママは今から酸欠になります。
文句はパパに言ってください、と。
腰砕けにされて、ぐったりした。目の前には鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な旦那様。ムカつくが、これ以上、ホープに迷惑をかけても嫌なので、黙っておく。こんちくしょう。
それにしても、暇だ。
暇すぎる。
妊婦だとはいえ、体は絶好調。
本当に妊娠初期は具合が悪くなるのかな? ……こんな時、お母さんが居れば聞けるんだけど。
はっ。そうだ! お母さんに電話をして聞いてみよう! 帰ったよという報告もまだだし! じゃあ、さっそく。
「旦那様、お母さんに電話をしてきてもいいですか?」
「あぁ。宜しく伝えてくれ」
「分かりました」
私は家に戻って電話をかけることにした。
家に着くと、さっそく受話器を持って、ダイヤル式の電話を回していく。呼び出しコール中に、赤ちゃんのことをなんて、言おうかなと考えた。孫を抱かせて上げられそうだと言ったら、お母さん、喜ぶかな。元々、そう言って出てきたし。ふふっ。お母さん、びっくりするだろうな。
プルルル……プルルル……
でも、受話器からはいつまで経ってもお母さんの喜ぶ声は聞こえなかった。
◇◇◇
おかしい……
なんで、電話に出ないんだろう……
畑にでも出てるのかな……
でも……
嫌な予感がする。
脳裏に聖女村反対の立て札と、村人たちの姿が過る。
私は時間を置いて、何度も電話をしたけど、やはりお母さんは電話にでなかった。
「ラナ? どうした?」
受話器を持って固まっていると、畑から帰ってきた旦那様が声をかけてくれた。
私は呆然と振り返り、旦那様を見る。私の顔は青ざめていたのか、旦那様が駆け寄ってきてくれた。
「どうした! 何かあったのか?」
旦那様が肩を掴む。私はうつむいて、呟くように言った。
「お母さんたちが、電話にでなくて……」
私の不安が伝わったらしい。頭の上で喉が詰まったような音がした。旦那様は私から、受話器をとって、元の場所に置いてくれる。そのまま、私の手を引いて椅子に座らせられた。自分は座らず、床に膝をついて、私の顔を見上げる体勢になる。
「ラナ……息をしろ。酷い顔色だ」
心配そうな顔を見下ろして、私ははっと息を吐き出す。そう、ゆっくりと、と言いながら、旦那様が私に合わせて自分も息を吸ったり、吐いたりする。何度か繰り返すと、心が落ち着いてきた。
「お母さんが電話にでないのか?」
こくり、うなずく。
「もしかしたら、村の人たちに何かされたんじゃ……」
不安を吐き出すと、旦那様が私の手を握る。
「まだそうと決まってない。ミャーミャの帰りを待とう」
え? ミャーミャ?
「ミャーミャは水晶玉で俺たちを見ていたと言っていた。もしかしたら、お母さん達の居場所もわかるかもしれない。むやみに探しに行くよりもその方が、早く見つかる」
「だけど……」
旦那様がふと、笑う。
「二人は大丈夫と言ったんだ。信じよう」
それにまた、こくりとうなずいた。
しばらくして、スケルが帰って来た。深刻そうな顔をした私たちに状況を察してくれ、すぐ服を着替えてきた。
「居場所がわかったら、お迎えにいけるように馬車を用意しますね。なに、魔王は悪いものではなくなったんです。骨が魔王馬車を引いて爆走してても、誰も何も言わないでしょう」
そう言われて、少しだけ笑った。
しばらくして、ミャーミャが戻ってきた。すぐに事情を察してくれて、自分の部屋から大きな水晶玉を持ってきてくれた。
「壊そうと思ったのですが、壊さなくてよかったです」
そんなことを言いながら、水晶玉のホコリを払って青く光らせる。
中を覗きこむと、お母さんとお父さんの姿が見えた。
「お母さん! お父さん!」
二人とも元気そうに歩いている。よかった……
「おや? この風景って」
スケルがそう言って、お母さんたちの風景を指でさす。すると、お母さんが元気な声が聞こえてきた。
『あ! 見て見て、フォルト! 魔王ちゃんの森が見えてきたわ!』
その言葉に覗いていた全員、水晶玉みたいに目を丸くした。
最終章になります。ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。最後までお付き合いくださると嬉しいです。
水晶玉は、彼女が世界を見ていたり、ミャーミャが狂気にのまれていた時にラナと魔王を見ていた時のものです。え? あったっけ?みたいな存在だと思うので補足まで。
次の更新は日曜日になります。
あと、誤字報告をありがとうございます。細かいところまで見つけてくださり、助かります。ありがとうございます。




