幸せだから side魔王
やはりイチャイチャしてます。
俺はラナが可愛い。
大事にしたいと思ってる。
愛しているという感情も、愛されているという感情もラナに教えられた。他にも色々な感情を教えられた。
それは綺麗であたたかいものが多かったが、苦しいものもあった。特に旅行に来てからはそれが強まったような気がする。
二人きりという環境は幸せすぎて、俺は馬鹿になった。
理性のネジが緩んだ。緩みっぱなしで、ラナに怒られた。その後、両親と会うことや指輪を買うという目的があったから、なんとかそのネジを絞め直せていたんだ。
だが、それも終わって、後は帰るだけになった。
帰ればまたニヤニヤしながらスケルあたりが根掘り葉掘り聞いてくる。想像するだけで、むかつく。ミャーミャはそんなことしないだろうが、最近はずっとご機嫌だから、それが加速するだろう。
母親の前でベタベタはできない。
恥ずかしくてできるか。
なので、ラナと二人でこうして誰の目も気にせずベタベタするのももうすぐ終わりだ。それが名残惜しくて、ラナが照れ屋なのをわかって無茶なお願いをした。
「キスしてもいいか?」
それにラナは顔を赤くして、目を瞑って恥ずかしさを堪えるような顔をした。
たまらない。そんな顔をみたら自制心なんて抑えられるか、と訴えたい。
いつもなら、触れるだけのキスをもっと深めたいと思ってしまった。だが、この真一文字に閉じた口では侵入できそうにない。なので、俺はラナの強ばった体を緩めた。
「ふぇっ!?」
可愛い声を聞いて笑ってしまう。びっくりした瞳を見つめながら隙ができた口を塞いだ。
ラナは混乱してしがみついてきたが、その全てを無視した。無視……するしかできなかった。
俺はあの瞬間、我を忘れた。大事にしたいとかそんな柔い思いなんか捨てていた。頭の芯が痺れて夢中になった。もっと、欲しい。もっとだ……
真っ白になった頭がようやく理性を取り戻した時、腕の中でラナが酸欠を起こしていた。
肩で息をしている姿に罪悪感が募る。しかしそれも一瞬で、ラナの真っ赤で伏せられた表情と、「大丈夫です」強がりを聞いて、心臓が早まり出す。
このまま押し倒したい衝動を堪えながら呼吸を整えていると、余裕そうですね、なんて言われてムッとした。
どこが余裕だ。こんな簡単に理性を崩されて、大事にできていない俺のどこが。
「そんなことはない……余裕なんて……ラナの前ではいつもない」
吐き出すように晒した本音。カッコ悪い。案の定、笑われた。カッコ悪い……
自己嫌悪に陥っていると、ラナがすり寄ってきた。甘えるような態度にまた一層、呼吸が早まる。
「子供、作りましょうか」
ふっと、言われたことに呼吸が止まって、また早まる。ラナを抱きしめる手が無意識に強まる。いいのか?と問えば、思ってもみない答えが返ってきた。
「はい。幸せなので」
太陽のような笑みだ。それに言葉がつまった。苦しいほどの愛しさが込み上げる。
気がつけば、俺はラナを抱きかかえていた。
ベッドに押し倒したい時、理性はギリギリのとこまできていた。このまま口付けたい衝動を堪え、シーツを握り締める。呼吸をすれば熱い息が漏れた。
――欲しい。欲しい。欲しい。
盛った雄のようだ。自制心なんて今すぐ捨ててしまいたい。
かき集めた理性で再度、問いかけた。本当にいいのか、と。
「いいです」
そう言われて、かき集めた理性が飛散する。
なのに……
風呂を入ろうと言われた。
今、それを言うか? と文句を言いたかった。
高ぶったこの熱をどうしてくれるんだと訴えたかった。ブツブツ文句を言いそうになりながらも風呂に入る。入ると、落ち着いた。俺は何をやっているんだ……
バスローブに身を包み出てくると、そそくさとラナが風呂に入ってしまった。変な動きになっている。なんだ? と首を傾げたが、ラナの変な動きや行動は考えても仕方のないものなので、気にしないようにしている。
椅子に座って、ため息をつく。
落ち着かない……
ラナが風呂に入っているなどいつものことだ。こんなにソワソワしなかった。いつもはどうしていた? 確か本を読んだりして待っていたはずだ。パジャマに着替えた湯上がりのラナは目に毒だったが、じっと見つめるとまた照れてその顔が可愛く思っていた。想像して、自然に口元が緩んでしまう。
なら足りないのは本か……そう思って、何か読めるものを探して開いた。
「…………」
頭に入らない。
なぜだ? どうした?
なんでこんな落ち着かない……
心臓が早まって仕方ない。
一度、許可をもらえたからか?
ラナが出てきたらその時は……
考えたところでドアが開いた。
「お、お待たせしましたっ……」
ひょこっと出てきたラナはパジャマではなくバスローブだった。慌てて出てきたのか、髪の毛がまだ濡れている。早まる心臓を抑えながらラナに近づく。
「髪が濡れてる」
「え!? っ……ちょっと慌てて……」
バスローブの隙間から普段は隠された白い肌が見えた。剥ぎ取りたい。俺はケダモノか……
大きく息を吐き出して、浴室へラナの手をとる。
「乾かさないと風邪をひく」
タオルでラナの頭を拭いてやる。
「自分でできますよ」
「いいから、やらせろ」
そう言って、ラナの頭をできるだけ丁寧に拭いた。本当はギラつく目を見られたくなかっただけだ。
「……気持ちいいです。サービスをしてもらった気分ですね」
本当に気持ち良さそうな声が聞こえてきた。いつもなら、そうかとこっちまで嬉しくなるはずなのに、今の俺はどこかおかしい。余裕な声が面白くないなんて……
乾くとタオルをラナの顔からとった。
「ありがとうございます」
微笑まれて鏡越しにラナを見据える。
「旦那様?」
俺の様子がおかしいのを感じ取って、ラナから笑顔が消える。不思議そうに茶色い瞳がこちらを見ている。安心しきった顔。信頼している瞳。これからされることを想像していない……瞳。
理性の糸がチリチリ切れそうなくらい引っ張られる。
「旦那様?」
切れそうな理性のままにラナを抱きかかえた。
面白くなかったんだ。
俺ばかりが余裕がなくて。
俺ばかりがラナを好きなように感じて……
面白くなかったんだ。
ベッドに押し倒す。
優しくしたいのに、大事にしたいのに、俺の好きが彼女を傷つけようとする。
愛なのか、欲なのか。
どちらもあるのが普通なのか。
――よく分からない。
ただ、愛しいと欲しいが同時に込み上げて手に余った。
「旦那様……大丈夫ですか?」
ラナの手がシーツを握りしめていた手に重なる。それをされて俺は自分の手が震えていたことに気づいた。
「無理なら、やめましょう」
ぎゅっと、手を握られた。苦しかった時は、いつもそうしてくれたように。
「一回では、その……宿るとは限りませんが……でも、旦那様にとっては……」
そこでラナは言葉を切った。
あぁ、そうか。この行為は俺にとっては、自殺行為に等しい。それを怖がっていると勘違いしてるのだろう。
……ラナが欲しくて葛藤していたとは言えんな。
少しばかり冷静になった頭のおかげで、笑みを口元に作れた。
「無理はしていない。ラナこそ、無理してないか?」
「わたしはっ……どーんとこいです」
真っ赤になって宣言するような言葉に笑った。
手の震えがとまる。指の間に絡めるようにして、なるべく穏やかな声で言った。
「嫌だったらすぐ言え」
こくりと頷かれ、顔を近づけた。
ぐいっ。
……またか。
片方の手が俺を拒む。
そろそろ怒るぞ?
腹立たしく思いながら、その手を避ける。
「今度はなんだ?」
思ったより低い声が出た。
それにも構わずラナは顔を赤くしてもじもじしだす。
「旦那様、す、きです」
途切れながらも言われた愛の告白。
それに伸びきっていた理性の糸がブツンと切れた。
「なので、えっと……宜しくお願いします」
律儀に頭を下げるラナにぐっときた。
限界だ――
「うわっ!? ちょ、旦那様!?」
一回、手をほどき、バスローブの上半身を脱ぐ、そして、ラナのバスローブに手をかけた。ひえっと、変な声をする無視した。
するりと手を伸ばすとまた変な声を出された。それも無視する。
「ちょっ……いやなことはしないと」
「あぁ……そうだったな……」
すでに涙目なラナに平然と言った。
「あれは、忘れてくれ」
「は?」
口が勝手に笑う。
「可愛すぎる、ラナが悪い」
「っ!? ――――!?!?」
また変な声を出される前にその口を塞いだ。
その日の夜は馬鹿みたいに「好き」と「愛してる」を繰り返した夜だった。
たぶん、これで死んでも悔いはないだろう。
そんな幸せな夜だった。




