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異能の目を持つので魔王に嫁ぎました  作者: りすこ
第五章 旅行

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あたたかい場所 side魔王

 ラナの故郷へ向かう。


 途中、ラナが可愛すぎて理性を擦りきらせていたが、それも暫し自重しなければ。両親の前でにやけた顔をしては、色々と問題があるヤツと思われてしまう。それでなくても、俺は問題がありすぎる結婚相手だからな。


 どんな人たちなのだろうと、ラナに来る前に尋ねたことがあった。


 “えっと、お母さんは可愛くて元気で、少しおっちょこちょいです。お父さんは穏やかです”


 そうは言っていたが、想像が全くつかなかった。前に新聞で、金目当てに娘を売ったなどと書かれてあったため、二人のことが気になっていた。ラナも彼らもそんなつもりではなかっただろうと思うが、世間ではそう見られてもおかしくないだろう。


 俺のせいで不遇の境地に立たされてなければよいが……それが気がかりだった。


 だが……


「もしかして、魔王ちゃん!?」


 ラナの母親と思われる人にちゃん付けされて指をさされている。この状況は一体……?


「ラナちゃん、ラナちゃん! この人が手紙で書いていた魔王ちゃんよね!」

「そうよ、お母さん。私の旦那様」


 母親が取り乱しているがラナは微笑んで会話している。なるほど、ラナの変なところは母親譲りか。


「初めまして」


 頭を下げると声にならない叫び声を上げられた。


「うそっ! ちょっと、ちょっと、ラナちゃん! すっごいイイ男じゃない! 魔王なんてエゲつない容姿をしてると思ったけど、これなら全然、イケるわ! さすがラナちゃんね。見る目あるわ! 私は母親のチアよ。これから、よろしくね、魔王ちゃん」


 手を繋がれ、振り回される。俺はすっかり迫力負けをしていた。


「チア、魔王君が困っているよ。そろそろ手を離したら?」


 後ろから穏やかな声が聞こえた。それを合図に手を離される。


「フォルト! ねぇ! ラナちゃんと、魔王ちゃんが来たのよ! うちに、うちに!」

「うん。そうだね。遠いところへようこそ」


 すっと手を差しのばされる。それに驚いた。少し白髪が混じった髪がさらりと風になびく。穏やかな声色とは違って差し出された手は武骨でしっかりしていた。


 なんの躊躇もなく握手を求められたのは初めてだ。それに照れ臭くなる。


「初めまして」


 しっかりと握られた手は思ったよりもずっと力強かった。



「チア。せっかく来てくれたのだから、二人に中に入ってもらおう」

「まぁ、そうね! 私ったら、すっかり興奮しちゃったわ。あぁ! ラナちゃんの好物のシチューを火を止めたかしら!? 大変っ!」


 母親はバタバタと中に入っていく。大丈夫か? と心配になる慌てかただ。だが、ラナも父親も平然とそれを見送っている。恐らく、これが彼らの日常なのだろう。


「さぁ、どうぞ」


 父親に促されて、ラナを見る。ラナは興奮していた。頬をリンゴのように赤くして目が輝いている。


「行きましょう、旦那様」


 心からの笑顔を見て、俺は改めてここへ来てよかったと思った。



 ラナの実家はなんというか、ボロかった。


 まず、玄関ドアが開きづらい。


「ははっ。おかしいな。よいしょっ」


 穏やかな声で父親は言ったが、妙に錆びついた音を立てて、玄関ドアは開いた。


「お父さん、蝶番が痛んでる。替えがある?」

「え? ううん。どうだろう」

「後で、油をさすから」

「うん。油ならあるよ」


 そんな会話をして、二人は中に入った。中に入ると焦げた匂いが充満している。なんだ、これは……

 眉をひそめていると、何かにつまづく。なんだ? 床板が剥がれかかっている。


「これでは、お母さんが転ぶじゃない。ちゃんと、直さないと」

「ごめん。とーさん、大工仕事はダメで。これでもチアが転ぶ回数は減ったんだよ」

「……これも後で直すわ」


「ラナちゃーん!! お鍋が焦げたの!!」

「火をつけたままだったんでしょ? ……これじゃ、食べれないわね」

「ううっ……ごめんなさいっ」

「大丈夫よ、お母さん。一緒に作ろう。せっかくだから、私はお母さんと作りたい」

「ラナちゃん!! 大好きっ!!」


 ぎゅうぎゅうに母親がラナを抱きしめている。会話を聞いている限りではどちらが親で子なのかわからない。


 だが……皆、笑顔だ。


 ここは、いい。

 纏う空気が優しい。


 ここで、ラナが生まれ育ったのだと思うのと納得する。それぐらいここの空気は明るく優しいかった。


「旦那様、ちょっと座っててください。お母さんとご飯の用意をするので」

「あ、あぁ……」


 ラナもハツラツとしている。すごく幸せそうだ。それに目を細めて、ダイニングテーブルの椅子に座った。



 トントントン。

 カチャカチャ。


 包丁で切る音。調理道具があたる音。

 蛇口がひねられ水が出る音。


 いつも、ラナが料理をしている時に奏でられる音がする。森では野菜が叫んでいるから、よくは聞こえなかったが、こんなに心地よいものなんだな。


 日当たりのよい位置にある椅子に座っていると、背中が温かい。視界の先には微笑むとラナと真剣な顔の母親がいる。それに目を細める。


 ――あぁ、いいな。


 幸せは、こんな日常の中にあるんだな。


 きっと。




「魔王君」


 父親に声をかけられる。手には見たことのない道具があった。いや……本で読んだことがある。あれは……


「君、釣りしたことあるかい?」


 両手に釣竿を持って、ニコニコと笑う父親に俺は目を丸くした。



 ◇◇◇



 ラナの実家がある家の裏手には森があった。その中によく釣れる川があるという。


「晩御飯を釣りに行こう」


 そう誘われ俺は父親に連れだって外へ出た。


 森は人が足を踏み入れた形跡があまりなく、静かだった。鬱蒼(うっそう)としているが、俺の住む森とは雰囲気が違う。それは、木々の隙間から見える晴れ間と、遠くで聞こえる鳥の声のせいだろう。生き物の気配がする。それが、心を安定させた。つくづく、あの森は異様だったのだなと思い知る。


「着いた。ここで釣ろうか」


 岩がある箇所をポイントとし、俺は父親の隣に座った。


「魔王君、釣りの経験は?」

「ありません。本で見たことがあるくらいで」

「そう。初釣りだね。ははっ。息子と釣りができるなんて嬉しいな」


 息子……またなんの躊躇(ちゅうちょ)もなくこの人はそう口にする。あぁ、そうか。この人はやっぱり、ラナの父親だ。俺を俺として見る。魔王という肩書きではなく、俺自身を。そして、すんなり、ごく自然に家族として扱う。空気が優しい。


「俺も……あなたと釣りができて嬉しいです」


 自然とそう口にすると、目の前の人はラナにそっくりな笑顔を見せた。



 練り餌を付け、見よう見まねで釣竿をなげる。ちゃぽんと、小さな水音をさせて浮きが川に漂う。それを見つめながら、静かな時間が流れた。


「魔王君」

「はい」

「君の死期が近いって本当?」


 隣に座っている人は変わらぬ穏やかさで聞いてきた。直球の言葉に声が詰まる。どう話すべきか考えを巡らせていると、彼は静かに笑った。


「ごめんね。言いづらかったら言わなくてもいいよ」


 聞きたいだろうに、そんなことを言う。俺は動かない釣竿を見つめながら、口を開いた。


「死期が近いのは本当です。ただ、それは俺の中の魔王が死ぬという意味が正しいです」


 そう口にして、俺はなるべくシンプルに今の事情を話した。この人には伝えておこうと思った。


「ラナに子供を産むという辛い選択をさせたのは俺です。彼女はただ、俺を救いたかっただけです。魔王という呪縛から」


 頭を下げた。俺は彼の大切な娘の未来を明るくはできないから。


「彼女を不遇な道に引きずり込んだのは俺です。彼女に責はありません」


 頭を下げると、しばらくしてその頭を撫でる感触がした。はっとして顔を上げるとやはり穏やかな表情が見えた。木漏れ日に照らされ、一層柔らかく見える。


「君は優しい人だね」


 それに声が詰まる。


「そして、少しだけ寂しい人だ」


 寂しい……初めて言われた。そんなこと。


「君がラナを思ってくれているのは伝わった。そして、ラナを庇っていることも。だけどね。娘が不遇の道を歩んでいるかは君が決めることじゃないよ」


 穏やかだけど、厳しい言葉だ。


「負い目があるのは分かる。だけどね。後ろ向きに考えずに堂々としていればいい。君と娘が歩んだ道は、僕から見たら立派で実に誇らしい」


「よく、頑張ったね」


 偉い偉いとまた頭を撫でられる。その触りかたは、ラナそっくりだった。ふと、鼻の奥がツンとした。それを誤魔化すように笑う。


「ラナがいたからです。彼女がいなければ、俺はあなたと会うことも、幸せを幸せと感じることもできませんでした」


 そう言うと、彼はははっと笑う。


「僕の自慢の娘だからね」


 それに同じように笑った時、ポチャリと浮きが沈んだ。


 俺のじゃない彼の釣竿だ。彼は手早くリールを回すと、大物を釣り上げた。手慣れた処理をして、また釣竿を投げる。


「今の話、チアには僕から話しておくよ」


 それでは……と思うが、次の彼の言葉に妙に納得した。


「チアに今の話を納得するまで話したら、何時間……何日かかるか分からないからね」




 ◇◇◇


 釣りの結果は……まぁ、聞くな。俺は一匹だけは釣れた。手のひらサイズの魚だが。魚いっぱいになったバケツの一番上に俺の戦利品が泳いでいる。その下には大物が二匹。まぁ、初心者なんてそんなものだろう。悔しくは……ない。悔しくは。


「ははっ。僕は毎日のように釣ってるからね。経験の差だよ」


 父親はそんなことを言って笑ったが、俺は返事ができなかった。何度も言うが悔しくは……ない。


「ただいま。魔王君と釣ってきたよ」


 家に戻るとラナが床板を剥がして修繕していた。それにやや驚く。


「お帰りなさい、お父さん、旦那様」


 エプロンの汚れを払い、ラナが微笑む。

 お帰りなさい……か。初めて言われた言葉だ。いつもは、ラナが買い物にでかけて言う側だったから。なんだか、妙に照れる。


「ただいま、ラナ」


 そう言うとラナはふわりと花咲ように微笑んだ。




「釣りに行ってきたのですね。すごい。これを旦那様が?」

「いや、それは違う」

「じゃあ、これですか?」

「……それも違う」

「では、これが……」


 居たたまれなくなる。しょうがないだろう。初心者なのだから。


「旦那様」

「……なんだ?」

「旦那様の戦利品、美味しいですよ。ありがとうございます」


 微笑まれ、照れる。どうにも調子が狂う。柔らかい言葉は俺から嫌な気持ちを消す。ここは居心地が良すぎて困る。


「美味しく作ってくれ」


 そっけなく言うとラナは、またくすりと笑った。



 ◇◇◇



 ラナの実家での暮らしは平穏に過ぎていった。ラナは家の修繕を完了させるまでは帰れないと木材とトンカチを手にテキパキと働いている。屋根まで直してる。器用なものだ。屋根はさすがに危ないと止めたが「これでは雨漏りがし始めるのは時間の問題です」と凄まれた。だから俺も屋根に登って手伝いをしている。


 その時、ラナに父親に俺たちの事情を話したことを話した。ラナは表情を緩め、呟くように言った。


「お父さんらしい……」


 その声はあたたかく、どこかほろ苦い。父親にされたようにラナの頭を撫でた。


「ラナの両親は、あたたかいな。ラナに似て」


 パッと頬が赤く高揚する。


「はい。自慢の両親です」


 そう言った彼女の顔は父親そっくりで、親子だなと感じた。



 ◇◇◇



「そう言えば、家の前にあった”聖女村反対”って何?」


 修繕を終えた昼にラナが両親に尋ねた。


「あぁ、あれかい。なんか、聖女の生まれ故郷にするために村の名前を変えようってはっちゃけているんだよ」


 父親は苦笑いで言ったが、俺は眉根を潜めた。村に来たときに感じた嫌なものを思い出す。


「そんな……大したことしていないのよ? 私は……」


 ラナが動揺して同じように眉根を潜める。その不安を払拭するように父親が口を開く。


「大丈夫だよ、ラナが心配するようなことにはさせないから」

「でも……」


 ラナの不安は俺にも分かった。村人と対立することで、彼らの立場が悪くするのではないという懸念があった。


「大丈夫よ、ラナちゃん!」


 明るい声が不穏な空気を弾き飛ばす。


「ラナちゃんは聖女なんて言われているけど、ラナちゃんはラナちゃんだもの! 私たちの可愛い可愛い娘に変わらないわ。もちろん、聖女になるなんて当然だけど思うけど、ラナちゃんの凄さに一つ冠がついただけでしょ? みんな大袈裟に騒いでるだけよね。ふふっ。もう、何をそんなに大騒ぎしているしているのかしらね。ラナちゃんがすごい子だなんて昔からなのにね。あ! でも、皆がラナちゃんの凄さに気づいたのはいいことだと思うわ! 自慢のしがいがあるじゃない? ふふっ。それにね……」


 すごい早さで口が動く。それを唖然と見つめ続けた。

 結局、母親はいかにラナが凄いかということをその後、一時間以上話続けた。


「だからね、大丈夫! ラナちゃんの心配になるようなことにはならないわ。私とフォルトがさせないから!」

「そうだよ、ラナ。ラナは魔王君との時間を過ごしてほしい」


 二人は太陽のように微笑んだ。


「僕らの願いは君たちが手を取り合って笑っていることだよ」


 これが親の愛というものなのだろうか。

 深い。深い、愛だ。


 ラナはそれ以上、何も言えずにいた。俺も同じだった。


 だが、俺はこの優しい人たちが悪意に踏みにじられるのは我慢ができなかった。



 家の修繕が終わり、ここを出る前、俺は彼らにこっそりある提案をした。ラナには内緒で。その提案に彼らは驚いていた。


「しかし、それは……いいのかい? 僕ら別に」


 戸惑う彼らに俺は目を細める。


「家族は近くにいる方がいいと俺は思ってます。だから、考えてみてください」

「しかし、ラナは承知しているのかい?」


 首を振った。そして、口元に人差し指を立てた。


「妻には内緒で。俺は彼女が驚いて、喜ぶ顔が何より好きなんです」



 ◇◇◇



 そして、俺たちは両親の元を旅立った。両親は俺たちが見えなくなるまでは手を振り続けていた。母親は号泣している。


「また、今度ねぇぇぇぇぇ!!」


 それにラナの目頭に涙が溜まる。それを俺は指ですくい上げた。そして、しっかり手を握りしめた。


「また、会える。俺たちは、もうどこにだって行けるからな」


 そう言うと、ラナは目を赤くして太陽のように笑う。



 彼らと同じように、俺の一番好きな顔で、笑っていた。


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