後編 side主人公
時間軸は四章の終わりです。魔王が子供を作ろうと言った後になります。
「おい、ニンゲン! でっかい、ケーキを作れ!」
そうコモツンに急に言われた。
妙に久しぶりに顔を合わせる気がする。
食事の時はいたような気がするけど、バタついていて、あまり覚えていない。
世界から魔王を消したいという目標に向かって、みんなの協力を得てようやくそれが実現しようとしている。そして、旦那様には子供を作ろうと言われた。
……覚悟はできているつもりだった。
でも、それは本当に”つもり”だった。
旦那様に子作りのことを言われて、初めて心の底から恐怖が沸いてきた。子供を作ったら、この人は……っ
今さら足がすくむなんて、情けない。
せっかくここまで来たのに、私はバカだ。
明るい気持ちで「うん」とは言えずに、私は返事を保留にしたままだった。
旦那様は私の心を察しているのか、その話題に触れない。かといって、私たちの関係が悪化しているということもない。
優しくされている。”ゆっくり考えろ”と言われているようだ。それに心苦しくなって、あの日以来、旦那様の部屋に行けていない。
……だから、コモツンのお願いはびっくりしたけど、ありがたかった。
「でっかいって……どのくらい? 二段ケーキとか?」
そう言うと、コモツンは目を輝かせる。
「二段ケーキなんて作れるのか!?」
「え? あ、うん。時間かかるけど」
「作れ、ニンゲン!」
なんだか変なコモツンだ。こうやってリクエストをされるのも初めてだし。ま、いっか。いっちょ、やりますか。
私はケーキの材料を取り出した。ケーキを作るなんて久しぶりだ。昔は、よく作ったな。お母さんやお父さんの誕生日とかに作ってたっけ。懐かしい。
それにふと、気づく。
「もしかして、コモツン、誕生日なの?」
コモツンはとっても驚いた顔をして、へへっと笑う。
「おう! 誕生日だ。だから、ごーかなのを作れ!」
そっか。誕生日なんだ。それなら張り切って作らないとね。笑ったコモツンに微笑んで私は手を動かした。
果物はないけど、ドライフルーツがあったから、それでパウンドケーキを作る。どっしりと食べごたえがあるもの。コモツンは食欲モンスターだから、食べごたえがある方がいいだろう。
あとは、粉砂糖をふって……あ、そうだ。いいこと思い付いた。
クッキングシートを取り出して、ハサミで文字を切っていく。
「何してんだ?」
「誕生日なんでしょ? だから、ね」
首を傾げるコモツンに微笑みながら、切った文字を慎重に並べていく。その上から粉砂糖を振れば、あら、不思議。文字の部分は粉砂糖がないから、メッセージが現れる。
「完成」
一仕事終えた。達成感がハンパない。
「はい。誕生日、おめでとう」
笑顔で二段ケーキを渡す。ケーキの表面には、”誕生日おめでとう、コモツン”のメッセージ入り。喜んでくれるかな? と期待して見たけど……あれ? なんか、様子が……
「バカ、ニンゲン……俺の名前はコモンベルク・サルツペック・アルドレランって言ってんだろ……」
笑ってそんなことを言っているのに、コモツンがなんだか泣きそうに見えた。
「コモツン?」
「へへっ! このケーキは全部、俺のだからな! 誰にもやんねーよ!」
コモツンはケーキを抱えて飛んで行ってしまう。そんな慌てていかなくても。全部、食べていいのに。
飛んでいく背中が妙に気になって後を追いかけた。
ケーキを持っているせいか普段はすばしっこいコモツンの動きが遅い。遅い……というかヨロヨロしてる? なんか、ケーキを落っことしそう。
ぐらっと、傾くコモツンの体。
偏るケーキ。
走る私。
「っ!?」
セーフ……はぁ、危ない。
「なんだよ、ニンゲン! ケーキはやらないぞ!」
ムカッ。ギリギリの所でケーキを支えた私に向かってその言いぐさはなかろう。
「食べないから。どこかへ運ぶんでしょ? 支えてあげるから」
「フン、だ」
むかー。可愛くない。泣きそうな顔してたのは見間違えか? ツンとすましたコモツンと歩調を合わせて足を進めた。
「うっわー……」
思わず声が出た。コモツンと歩いてきた場所はオレンジ色の花が咲き乱れた綺麗な場所だったからだ。森にこんな場所があるなんて知らなかった。
コモツンは、早く歩けと言いたげに顎で合図する。それに従って、花畑の真ん中まで歩いた。
不思議な場所だった。オレンジ色の花畑の真ん中は、丸くぽっかり空いていて、そこに座るとお花に囲まれる。花の一部になったみたいだ。
オレンジ色の花。それで思い出すことがあった。前に熱を出した時に、お見舞いで飾ってあったのは、この花だ。もしかして、コモツンが花を持ってきてくれたのかな?
「コモツンがお花のお見舞いをくれたの?」
そう声をかけたが、コモツンはふいっとそっぽ向いて答えない。どことなく照れている気がした。それに微笑む。私の視線に耐えられないのか、コモツンは、あーんと口を開いてさっさとケーキを食べようとした。
「待った!」
「なんだよ」
「誕生日なんでしょ? 歌を歌わないと」
「――はぁ?」
誕生日といえば、ケーキ。そして、歌だ。ロウソクは……忘れたが、歌はなんの準備もいらない。こほん、では。
「おめでとう、おめでとう♪」
「っ!? やめろ!!」
怒号に遮られ、一回、中断。
「どうして? 誕生日なんでしょ?」
「っ! お前のヘタクソな歌なんかいらない!」
むっ。まぁ、おせいじにも美声ではないが、音程は正しいよ。
「なんでよ! 祝わせなさいよ!」
「ウルサイ! お前になんて祝われたくないやい!」
むっかー! ケーキまで作らせておいてその言いぐさはないだろう!
私はコモツンのほっぺをむぎゅっと両手で挟んだ。
「普通、大事な家族の誕生日なら祝うでしょ? 」
それにコモツンはビクッと体を震わせて黙る。よし、この隙に歌おう。なるべく笑顔で。
「おめでとう、おめでとう♪ 生まれてきてくれてありがとう♪」
「っ……」
「あなたのことが、好きだから♪ 今日のこの日が嬉しいよ♪ 」
「…………」
「おめでとう、おめでとう♪ 生まれてきてくれてありがとう♪」
パチパチと拍手を送る。コモツンはうつ向いてしまった。ちょっと、強引すぎたかな?
「……――――きたくなかった」
「え?」
コモツンの瞳から涙が零れる。
「俺は、生まれてきたくなんかなかった!! うああぁ! ああああん!」
心が引き裂かれるような泣き声。それに思わずコモツンを抱きしめた。
酷く傷つけたと思って。
でも、声をかけられなくて。
コモツンが泣き止むまで、ただ、抱きしめた。
しばらくして、落ち着いたコモツンが過去にあったことを教えてくれた。育ての親に裏切られて、大切な友達を守れなかったこと。友達はモンスターになってしまって助けられなかったこと。胸が絞めつけられるほど辛い過去だ。
「人間なんて、嫌いだ……」
私の膝の上でコモツンは吐き出すように話した。それに声をかけられなかった。何を言っても彼の慰めにならない気がした。代わりに背中を撫でた。痛みがちょっとでも和らぐように。
「……ケーキ、食べて」
「え?」
「食べたかったんでしょ? ケーキ」
そう言うとコモツンはあーんと口を開く。
「食べさせろ、ニンゲン」
それが甘えだとわかって、私は微笑んでケーキに手を伸ばした。
「手、汚れてるかもよ?」
「ウルサイ。あーん」
ケーキをちぎって、コモツンの口に運ぶ。小さな口はモグモグと動いて、コモツンは目を爛々とさせた。
「もっと!」
「はいはい」
コモツンに言われるがまま、私はケーキをちぎっては、口へ運んだ。
しばらくそれを繰り返していると、ふと違和感を感じた。軽い? なんか、コモツンの体重を感じていたのに、なんか……
はっとして、コモツンを見て気づいた。
コモツンの手が、さらさらとした砂に――
「コモツン!?」
慌てて声をかけるが、コモツンはあぁ、と平然と手を見た。
「タイムリミット……か」
え? なに? タイムリミットって?
心臓がいやに早くなる。
コモツンはこっちを見て、ふいっと視線を逸らした。
「人間は嫌いだ。クソみたいな世界も嫌いだ。だけど……」
視線が合わさる。ちょっと照れた顔。
「ケーキは旨かったよ、ラナ」
初めて呼ばれた名前。
それに目頭が熱くなる。
「ばか……泣くな」
「だって……っ ……だって」
おでこが、ぴとっとくっついた。
「ケーキ、残り食っていいから。旨いぞ」
「コモツンにあげたもの、でしょ?」
そう言うと、へへっとコモツンは笑った。
「ラナに、やる。あと……」
「歌、サンキュー。結構、嬉しかった」
ふと、おでこから熱が消える。
それに涙が零れた。
もういないから。
どこにも。
それが悲しくて、涙が止まらなかった。
しばらく泣いてボーッとしていた。
オレンジの花が綺麗だ。
空は灰色なのに、花だけは鮮やかな色を誇っている。それが妙に悲しくて、私は動けずにいた。
しばらくして、後ろでかさりと、葉を踏む音がした。
それに振り返る。
なんでだろう。
なんで、このタイミングなんだろう。
いっつも、いっつも。
私が弱っている時は、誰よりも先に見つけるんだろう。
ずるい。
ますます、好きになるじゃんか。
声も上げられずに飛び込んだ。
好きな彼の胸に。
◇◇◇
「……私、コモツンにもっと優しくすればよかったです」
旦那様に後ろから抱き締められながら、らしくない後悔を口にした。
「優しくして、話を聞いてあげればよかったです……」
もっと何かできたのではないかと思ってしまう。すると、旦那様が。
「……アイツは最後、どんな顔をしてた?」
「え?」
「泣いてたか? 怒ってたか?」
思い出す。コモツンは、最後、笑っていた。
「笑って、ました……」
それに優しく微笑まれた。
「じゃあ、満足してたってことだろう。アイツの笑い顔なんて、俺は見たことないからな」
見たこと……そういえばないかも。あんな満面の笑顔。初めて、見た。
「満足してくれたのでしょうか……?」
それなら、嬉しい。すごく。私にもしてあげられたことがあったんだなって思う。
ふと、食べかけのケーキが視界に入る。
それを手にとって口に含む。
美味しい。美味しく、できた。
涙がまた出てきて、また一口含む。
やっぱり、美味しい。
すると、後ろから手が伸びた。旦那様がケーキをむしって食べる。
「あっ……」
「旨いな」
笑ってまた手が伸びる。
「コモツンが私にくれたんですよ?」
そう言うとふっと笑われた。
「なら、余計に食べないとな」
「俺が食べて、キーキー怒っている方がアイツらしい」
その言葉は優しくて、それが旦那様なりの弔いかただと思った。
その後、二人では食べきれなくて、ミャーミャとスケルにも食べてもらった。二人とも事情を話すと、いつもはがっついて食べるのに、丁寧にゆっくり食べてくれた。
二段あったホールケーキはすっかり綺麗になくなった。
◇◇◇
その日の夜、私は久しぶりに旦那様の部屋を訪れた。旦那様は驚きつつ、迎え入れてくれた。やや、緊張しながら、部屋に入った。
私は伝えたいことがあった。
だから、ここにいる。
ソファーに並んで座る。深呼吸する。よし、大丈夫。
「旦那様、あの……子供のことなんですけど」
そう切り出すと、旦那様は息を深く吐き出す。
「辛かったらやめてもいい」
「え?」
旦那様が真剣な顔になる。
「ラナが笑っていることが、第一優先だ。もし、辛いなら俺はこのままで、もっ」
言わせたくなくて口を手で塞ぐ。旦那様は目を丸くして黙った。
「最後まで聞いてください。子供を産みたくないとかじゃないんです」
コモツンとのお別れで私は後悔した。
もっと思い出を作りたかったと。
笑った顔が見たかったと。
私はもう後悔したくない。
「旦那様ともっといっぱい思い出を作りたいんです。その……前にデートした時に言った旅行とか。両親にも合わせたいです……だから」
お願いをした。顔をみて、ちゃんと。
「子供はそれからでもいいですか?」
受け入れてくれればいいなという願いを込めて。
旦那様は私の顔を見た後、言葉を詰まらせた。ダメだということだろうか。
「っ……ばか。当たり前だろ」
ぎゅっと抱きしめられる。
「ラナのしたいことを全部しよう。俺もしたい」
あまりに強く抱きしめられたものだから、息苦しかった。でも、それが今は心地いい。
腕を回すとちゃんとあったかかった。
そんな当たり前のことが嬉しくて、私は笑顔になる。
「ありがとうございます。旦那様」
お礼を言うとより一層、息苦しくなった。




