■魔王の役割。優しくない世界
ポタージュスープは予想通り食い尽くされていた。なので、代わりにパンを焼いて無言で怒る魔王の機嫌をとる。
そのパンも食い尽くされそうになったがすかさず確保。魔王の口に押し込んだ。
こうして食事を終わらせ、ミルクティを出しつつ話を聞くことになった。
「どうぞ。お話しください」
ドンと構えて魔王と対峙する。半ば呆れながら魔王はミルクティを口にした。
「お前は魔王というものがどんなモノだと思っている?」
え? いきなり質問ですか?
拍子抜けしたが、素直に答える。
「魔王っていえばモンスターの親玉で悪の権化というか。世界征服とか企んでいそうな嫌なやつですね」
魔王本人を前にして嫌なやつと言うのもなんだか微妙な気がするが、本音なので続ける。
「凶悪な魔法とかバンバン使って、部下には四天王とかいて、王宮の姫をかっさらって、勇者が助けに行って、死闘の果てに倒されるとか。まぁ、悪者のイメージです」
そう言うと、魔王は眉一つ動かさずにいつもの調子で淡々と言う。
「そうか。お前がそのイメージでいるのも無理はない。そういう風に情報操作されているのだからな」
情報操作?
「つまり正しくないってことですか?」
「そうだ。魔王というのはこの森の番をつとめる管理者の名前のことだ」
は? この森の管理者??
「俺自身にはなんの力もない。ただのニンゲンだからな」
人間? は? 人間って言いました?
この青い人が? 人を八つ裂きにしそうな爪を持つ人が、人間??
「人間って言いますけど、何百年も生きているんですよね?」
「あぁ、300年は生きている」
いや、それ人間の限界寿命をとっくに突破しているから。
「お前たちの定義する人間と、俺がいうニンゲンは違いがある。というか、お前たちが誤解をしているというのが正しい」
「あのー。話がさっぱり見えないので端的に言ってもらえますか?」
挙手して魔王先生に言う。
「お前の目は人間がそれ以外のモノにしか見えないだろ? つまりはそれが正しい世界だということだ」
「この世界はお前たちの言葉でいうなら、モンスターしかいないということだ」
は? はぁぁぁ?
突飛な話で理解が追い付かない。
「モンスターしかいないというなら、なんで人間の姿なんかしているんですか?」
「わからん」
ええ? わからないの?
「俺が知っているのは、人間は魔力が切れると元の姿に戻るということだけだ。なぜ、人間の姿に化けているのかまでは管轄外だ」
えぇ、そこわりと重要なとこでしょうよ!
と、ツッコミたいけど我慢する。
でも、知らないのなら仕方ない。
責めたって分かるわけじゃないし。
「つまり、本来はモンスターの姿をしているけど魔力が切れない限り人間の姿をしてるってことですね」
「あぁ」
「魔力はいわば人間でいるためのストッパーだ。寿命と言ってもいいかもしれない。だから、生きているうちに魔力が切れたものは、一度死を迎え、魂となってここで魔力の回復をする。お前も見ただろう。モンスターが青い光になるところを」
「あ、はい。四体のモンスターが光になったやつですよね?」
「そうだ。なんらかの理由で魔力が切れた者は理性を失う。大体は犯罪者といわれる者になる。だから、捕らえた者はこの森にくる手筈が整っている」
あぁ、だから、警備兵がいたのか。
あれは魔王の世界征服を阻止するためではなくモンスターを引き渡すためだったのか。
「でも、全ての犯罪者が捕まるとも思えないんですけど」
「そうだな。だが、その時はすでにモンスターになっている。人の目にはモンスターが暴れ回っているように見えるだろう」
あぁ、確かに…それなら目立つしすぐ捕まりそうだ。
「でも、モンスターはなんですぐ捕まるんですか? めっちゃ強そうじゃないですか」
「強くはない。魔力切れを起こした体は脆い。死に近いからな」
「え? じゃあ、死ぬとモンスターになるとかないですよね?」
「あぁ。なるだろうな。だが、その前に体が粉々になって何も残らないだろう」
えぇ!? 骨も残らないの?
なんか混乱してきた。
「…なんか、執拗にモンスターであることを隠そうとしているみたいですね。この世界って」
「確かにな。なぜ、人間の姿にこだわるのかは俺にはわからん」
人間になりたいモンスターが夢を理想にしたような世界だ。変な感じがする。
「俺…魔王の役割はモンスターになったやつを魂レベルに還元して森に放つ。それだけだ」
なんか、それって魔王というより…
「聖者みたいですね。魔王というよりも」
魔王がピクリと眉を動かす。
「だってそうじゃないですか? やっていることは正義というか、要はモンスターが暴れまくらないようにしてるわけですよね? それって世界の秩序を守ってるわけで。魔王というイメージとはだいぶ違うような」
なんでそんなに怖いネーミングなんだろう。聖人とかの方がよっぽどしっくりくる。
「別に俺はなんて呼ばれても構いはしない。どうせ、世界の歯車の一つだ」
「いやいや、イメージって大事ですよ。イメージアップしましょーよ、今からでも。そうしたら花嫁なんてすぐ見つかったと思いますよ?」
世界の平和を守ってる聖人って方がよほど嫁ぎたいと思うだろう。
「花嫁なら来ただろ。お前が」
「いやいや、もっと可愛い子が来たかもしれませんよ? ぷるるんおっぱいの子とか」
「別に。胸の大きさに好みはない」
「えー? じゃあ、肌がピチピチの子とか。ぱっちりお目めの子とか」
「興味ない」
淡々とミルクティを飲む魔王に不安になってくる。男として大丈夫か? こやつ。
「誰でもいいってことですか?」
「そうだな。俺は選べる権利なんてないからな」
「なんか、ものすごく可哀想になってきました。元気だしてください」
そう言うとじとっとした目で見られる。
「別に可哀想ではない。そういうものだと思っているだけだ」
本当に何も感じてないような言葉。
この人って無欲なんだな。
っていうか無欲にならざるを得なかったのかな。
森に閉じ込められてただモンスターを魂に還元する日々。淡々と代わり映えしない日々を300年。
うわっ。想像するだけで哀しくなってくる。悟りでも開かないとやってけない。
私は椅子から立ち上がり、手を伸ばした。魔王の頭をいいこ、いいこと撫でてやる。
「…なにをする」
「頑張ってきた子に、いいこいいこしてます」
「…別に頑張ってなどは」
「いいえ。魔王様は頑張ってます。偉いです。本当は世界中が褒めてもいいくらいです。でも、それが叶わないから、せめて私くらい褒めさせてください」
意外とさらさらな銀髪を思う存分、優しく撫でた。
「よく頑張ってますね。偉い偉い」
「…バカにしてないか?」
「失礼な。真面目にやってます。あ、なんならハグにします? この胸でよければいつでも貸しますよ」
どうぞ!と、両手を広げてみたが、うんざりした顔をされた。
「遠慮する」
うわっ。即行で断られた。
ハグすればよいのに。
恥ずかしくなんかないのに。
「バカなことを言ってないで話を戻すぞ。ここからがわりと大事なことだ」
バカと言われたのは悲しいが、大事なお話らしいので黙って聞くことにする。
「魔王が花嫁を娶るのは子供を産ませるためだ――次期魔王になるためのな」
カチャリと音を立ててカップがソーサに置かれる。その音がやけに響いた。
「子供…」
「…魔王の体は不死ではない。ただ森によって生かされているだけだ。魔王を絶やさないために。だから、魔王を継ぐ者が必要となる。それが子供だ」
感情もなく言われたことにシンと心が静まっていく。先に言われることがよくない結末だと本能が告げているかのようだった。
「子供が生まれたら魔王の力は全て子供に受け継がれる。だから、俺には子供を作る義務がある」
感情のない瞳。
全てを諦めた瞳。
彼がどうなるかはその瞳が物語っていた。
「あなたはどうなるんですか?」
覚悟を決めてまっすぐ彼を見つめた。
彼もまっすぐ私を見つめ返した。
「恐らく魔力が切れて粉々になるだろう」
「っ…」
覚悟していたとはいえあんまりな結末だ。
それをこの人は淡々と受け入れている。
腹が立った。猛烈に。
こんなに腹が立ったのは初めてかもしれない。
「じゃあ、私も子供を産んだら同じようになるんですか?」
「いや、お前は指輪をしているから簡単には死なない」
指輪?
そういえばここに来て意識が途切れた時に指輪とかって言っていたっけ?
でも…
両手を見てもそんなものは見当たらない。
ん? あれ?
左手の薬指になんかある。
赤いおでき?
いや、おできにしてはピカピカしているような…なんだ、これ?
「もしかして、この赤いのがそうですか?」
「そうだ。その中に俺の魔力が注がれている。100年分ぐらいはあるだろう。だから、お前は子供を育てられる時間はある。すでに同化しているから外すことはできない」
「本来なら子供を産んでから付けるものだ。なのに、お前は魔力が2だからな…やむを得ず、身につけさせている」
「…………」
魔力2…0でないことを喜ぶべき所か。
「色々と酷い状況なのは理解しました」
私は立ち上がり、空になったカップを下げる。そのままシンクに置いて洗い出した。
洗い終わったら、きゅっと、蛇口をひねりカップをピカピカに磨く。曇り一つ残さず。
何も言わずにいた魔王の前に立ち、淡々と告げた。
「理解はしましたが、じゃあ子供を作りましょうとはいきません」
「拒否はできないぞ」
まっすぐ射ぬかれたが、負けじと目を逸らさずに告げる。
「今のままでは、子供ができたらあなたは死ぬのでしょ? 私は未亡人になりたくはありません」
座っていた魔王の前にしゃがみこむ。そしてその両手を包み込むように手を添えた。
ビクッと魔王の手が震えた。
それでも構わず優しく手を握る。
この人は世界の歯車の一つだと自分を言っていた。それはそうなのかもしれない。
だけど、歯車でも私は彼の妻だ。
夫をみすみす死なせて自分も歯車になるつもりはない。
「私はあなたの妻です。夫になる人はいつまでも元気で生きていてほしいです。だから、諦めないでください」
手を握れば迷わない。
そう信じている。
「一緒に探してください」
「子供を産んでもあなたが生き残る方法を」
どんな酷い状況だろうと
世界が優しくなくても
私は守りたいものを守るだけだ。
握りしめた手がゆっくりと開かれる。
手のひらを返され、今度は私の手を握られた。
「お前は…ほんと、変なやつだな」
何度言われたか分からないその言葉。
でも、蔑む言葉じゃないことは分かった。
だって、表情が優しかったから。
「変なやつです。だから、諦めて一緒に生きてくださいね」
思いの外スムーズに動いた表情筋で私は笑顔を作ってみせた。
こうして、私は花嫁として魔王の生きる道を探しだしたのだった。
ここまでがプロローグになります。
二人が何を選んで何を無くすのか見守ってくださると嬉しいです。
次は余聞になります。
物語を深堀りする話たちですが、残酷描写も多いため前書きをよんで頂き、苦手でしたらスルーでお願いいたします。
読まなくても本編は分かるようになっています。