前編 side蝙蝠 ※胸糞注意
コウモリモンスターコモツンのバックグラウンドの話です。悲劇的で胸くそ展開がある話です。読み飛ばし可能です。背景としてコモツンの時代はグランも生まれていなく、王様も違います。
俺はコモンベルク・サルツペック・アルドレラン。へへっ、立派な名前だろう。そりゃそうさ、なんたって俺はえっらーい貴族なんだぞ。
え? なんで、貴族の息子がこんなオンボロの孤児院にいるんだって?
そりゃあ、アレだ…
えーっと、えーっと…
な、なんだよ。
悪いかよ、孤児院にいるのが!
俺の両親はちょっと訳ありなのさ。
だって、こんな立派な懐中時計を赤子の俺と共に置いていってくれたんだから!
ほら、見ろよ。
ちゃーんと、ここに俺の名前が掘ってあるだろう? これを見て、シスターが言っていたんだ。
『きっと、あなたは立派な家の出なんでしょうね。この名に恥じない立派な人になりましょうね』
シスターが優しい微笑みでそう言ってくれたから、俺はそれを信じているんだ。だって、立派な家ってことは貴族ってことだろ?
いつか必ず、俺の両親が迎えに来てくれるはずだ。貴族の俺に孤児院は似合わないもんね。
他の奴らとは俺は違うのさ!
あんな、下品で野蛮な連中……
俺が貴族だって言うのを笑うんだぜ?
あったまおっかしいてんの!
うわっ、ほら来た。あいつらだ!
「大嘘つき野郎がいたぞ!」
「みんな逃げろ!」
「嘘つきがうつるぞ! ギャハハハ!」
「うるせぇ! 俺は嘘つきじゃねぇ!」
ぼかっ、ばきっ。
「シスター! コモンがみんなと喧嘩してる!」
「コモン! よしなさい。人に手をあげるのは立派な人ではありませんよ?」
「…………」
いっつもこうだ。
アイツらは俺を嘘つきよばわりして、けなすんだ。シスターは手を上げるのが悪いって。立派な大人になれないって言うんだ。くそくそっ。
俺は貴族だ。
いつかこんなオンボロ孤児院なんか出て行ってやるんだ!
ムカつくばかりの孤児院だけど、2つだけいいことがあった。
ひとつは、誕生日になると小さいケーキを食べられること。ケーキってのは、甘くてフワフワしてすっげー旨いんだ。誕生日を迎えた奴しか食べられないから、すっげー特別だしな。きししっ。
もうひとつは、二歳年下のキルトがいたことだ。キルトはとっても綺麗な男の子だった。くりくりの髪の毛は純白で、アクアブルーの透き通る瞳を持っていた。ヘンな容姿って、他の奴らはバカにするけど、俺はキルトは綺麗だと思っていた。だから、そんなことを言う奴らは全員、グーでパンチした。
キルトは見た目のせいで、気弱で泣き虫ですぐ落ち込む。だから、余計、俺が守ってやる!って思ってたんだ。
俺が貴族で、えらーい人になってもキルトだけはお願いして連れて行ってもらうようにしようって考えていた。
えらいんだから、それぐらいできるだろ?
大丈夫さ!
こんなクソみたいな所は、いつか出れる。
いつか。
絶対。
…………。
っ……
俺は……っ
そう、信じてたんだっ
なのに……なのに……
なんでなんだよ……
なんで、シスターはそんな顔で、俺たちのことを話しているんだ……
その日は、キルトが眠れないって言うから、少し孤児院の中を歩いてた。ふと、シスターの部屋の明かりが見えた。しめたと思ったね。シスターにぎゅっとしてもらえれば、キルトも安心するって思った。
ドアが少しだけ開いていたんだ。
そこから、シスターが電話している声が聞こえた。
酷く興奮した声で、妙な感じがした。
「えぇ、そうですか! キルトは綺麗な子ですからね。きっと、あなた様のよき奴隷になるでしょう。従順ですからね。最初は怯えるでしょうけど……え? それが楽しみですか? ふふっ。悪い方ですね」
シスターの口元が悪魔のように歪む。
「まぁ、怯えている子供を屈服させる快感は私にも分かりますわ」
何を言ってるのか、分からなかった。
ただ、分かるのは、キルトが酷い目に合うということだけだ。
ドアが、音を立てて開く。
それにギロリと、シスターがこっちを見た。笑っている。見たことのない笑顔だ。
いや、こんなの笑顔じゃない。
「あらあら、いけない子達だわ」
シスターが俺たちを抱きしめる。それに呼吸が止まりそうだ。怖くて、恐ろしいのに、逃げ出せない。
「さぁ、もう遅いわよ。寝付くまで側にいてあげるから、寝ましょうね」
手をひかれる。
それが重い鎖のようだった。
キルトは青ざめて泣くことすらできていなかった。俺もきっと同じだ。
その日から、キルトは部屋から出ることを禁じられた。
部屋に籠ったキルトに付き添って、俺も部屋で過ごした。キルトは泣いていた。
「怖いっ……こわいよっ……僕、どうなっちゃうの……」
すすり泣くキルトに俺は言った。
「大丈夫だ、キルト。俺が守ってやる!」
こんなクソみたいなことがあってたまるか! 俺がキルトを守るんだ!
そう思った俺はキルトの食事が運ばれるタイミングを見計らって、脱走を試みた。
「走れ、キルト!」
キルトの手を引いて孤児院を走る。後ろから追いかける足音が聞こえた。
「あ、嘘つきと、変な見た目が来たぞ!」
「おい! どこへ行くんだよ!」
「うるせぇ! そこをどけ!」
いつもの奴らに絡まれて足止めを食らう。くそっ。
「どけってんだよ! じゃないとキルトが……!」
「まぁ、また喧嘩なの?」
優しい声に背筋が凍る。振り返った時に見たのは残酷な微笑みだった。
「いけない子ね。少々、反省してもらおうかしら?」
ふふっと笑ったシスターに手を引かれた。
「放せ! 嘘つきはお前だ! キルトを変な場所に行かせるな!!」
腕を引っ張られながら、俺は叫んだ。手首に爪を立てられ食い込む。ひどい痛みを感じながら、シスターは無言で、自分の部屋に連れて行った。
乱暴に放られ、床に尻餅をつく。後から、部屋に男が二人、入ってくる。
「悪い子にはお仕置きよ」
机の引き出しから鞭を取り出し、シスターは笑って、俺にそれをふるった。
「コモン!!!」
部屋に乱暴に放られる。キルトの声が聞こえたけど、返事もできない。それどころか指一本もあげられない。くそっ……くそっ……
「キルト。よく覚えておきなさい」
シスターがたしなめるような声で言う。
「お友達が大事なら、ここから出ちゃダメよ」
キルトは何も言わない。視界のすみに床が濡れるのが見えた。
シスターが出ていった後、キルトは泣いていた。
「ごめんっ! 僕のために……ごめん……」
俺は返事すらできない。
謝るのは俺の方だ。
キルトを守るって言ったのに……くそっ
なんで、ロクな奴がいないんだ。
大人なんて嫌いだ。
親切な顔をして、平気で裏切る。
キルト以外、全員、嫌いだ。
こんな優しくない世界なんて、だいっ嫌いだ。
悪態をつくも俺は結局、何もできないまま、キルトは姿を消した。
キルトがいなくなって、俺は抜け殻のようになる。夜は眠れなくて、孤児院を徘徊した。そして、シスターと男が話しているところを聞いた。
「まさか、モンスターになるなんてな」
「まぁ、いいじゃない。その方があの子は幸せなんじゃない?」
モンスター……? 誰が……?
ぼうっとする頭で二人の会話を聞いていた。
「あんな好色ジジイに好き勝手にされるより、モンスターになって捨てられる方がキルトも幾分か幸せでしょう?」
どくりと、心臓が大きく跳ねた。
ははっ……嘘だろ?
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
キルトが、モンスターになったなんて……
――嘘ばっかりだ!!
俺は夢中で駆け出していた。
そして、孤児院の塀を登る。
不思議なぐらい簡単にできた。
そして、キルトを探しに走った。
モンスターは警備兵に連れて行かれる。
そこに行けばキルトが見つかる。
いや、見つからない方がいい。
でも、でも、でも!!
「ちっくしょ――――!!」
俺は一人、吠えて夜の道を走った。
肋骨を折られた箇所がまだ痛む。
走りすぎて、傷口が開いたっぽい。
ちくしょう……
痛む体を引きずりながら、警備兵のいる場所まで行った。
「おら、さっさとしろ」
視界の先で、モンスターが馬車に乗る姿が見える。そこに真っ白できれいなモンスターがいた。
――キルト!!
直感的にキルトだと思った。俺がアイツをみまちがうわけない! あれは、キルトだ!!
力を振り絞って駆け寄る。
「おい、小僧! 何をしてる!」
警備兵に腕を掴まれ拘束される。
「放せよ! キルトがアイツがいるんだ!」
「キルト? 馬鹿かお前。ありゃ、どうみてもモンスターだろう?」
屈強な男にぶん投げられ、地面に叩きつけられる。その間にも、馬車は走り出した。俺は、すぐ起きられなくて、這いずるように顔を上げた。動かない体に嫌悪して、手だけは前に伸ばす。
「キルトっ……」
白いモンスターと一瞬だけ目が合った。
モンスターは笑っていた。
それに胸がつまった。
なんで、なんだでよっ……
お前は泣き虫で、守ってやらなきゃならないほど弱っちいのに……
なんで、そんなに幸せそうに笑うんだよっ……
「キルトっ……」
馬車が遠ざかる。
「キルっ……」
俺の守りたかったものを乗せて。
「っ……」
全て、奪っていく――……
「キルトオオオオオ! あああああ!!」
「あああああぁぁぁああぁ!!」
大人なんて大嫌いだ。
いや、キルトが人間じゃないのなら、人間なんて大嫌いだ。
こんなクソみたいな世界なんて、大嫌いだ。
全部が嫌いだ。
だいっ嫌いだ!!!!
――――……
一人吠えた俺は、そのあとすぐモンスターになった。
モンスターになった俺は警備兵にその場で取っ捕まった。そして、魔王の森に連れていかれた。逃げ出したかったのに、森に引き寄せられて、体が動かない。くそっ。
魔王は俺以外のモンスターを青い光にした。淡々と。淡々と。青い光は綺麗だった。キルトもそうなったんだろうか?
「おい、魔王。俺はどうなるんだ」
しゃべったことに魔王は驚いていた。だけど、それも一瞬で淡々と答えた。
「苦痛のない世界にいく」
苦痛のない世界? なんだそりゃ?
そう思ったけど、どーでもよくなった。
こんなクソみたいな世界を終わらせられるなら、なんでもよかった。
せいせいする。
中指立てて、あっかんべーして、二度とこんな世界に生まれてやるもんかと思った。
それなのに……
魔王というやつは使えなかった。
なぜか、俺だけ光にならなかったんだ。
それに無性に腹が立った。
「使えねぇ! ばーか! ばーか!!」
俺は心から悪態をついて、森に入った。
くそっ。どいつもこいつも、使えねぇ!
しかも、モンスターになっちまったおかげで、腹が減らない。くそっ。餓死して死ねねぇじゃん!
しかも、妙に丈夫な体になっちまった。
くそっ。遅せぇんだよ! 孤児院にいる時にしろってんだよ! ばーか!!
ばーか! ばーか!
あーあ、むしゃくしゃする!
森を飛び回っていた俺はある場所に辿り着く。そこは一面、オレンジ色の花が咲く場所だった。
悪くなかった。
少なくとも、外よりはマシだ。
俺はそこを根城にした。
ごろんと横になる。
早く死にたい。
そんなことを思いながら、何年も何十年もその場所にいた。
誰とも喋らないから口の動きがおかしくなる。声を出すとカタコトになっちまう。退屈すぎる時間を過ごしていると、一つ転機がきた。
なんか、魔王の嫁が来たらしい。
退屈すぎた俺は、ちょっかいをかけた。
「ぎゃあああああ!」
怖がらせるつもりで口を開いたのにそのニンゲンは、ぴくりとも顔を動かさなかった。つまんねぇー!
文句を言うと、ニンゲンはすまなそうに言った。
「ごめんね。私、表情筋が死んでいるからちょっとやそっとじゃ驚かないの」
なんだそれ。そんなしおらしくしたって騙されないぞ! ニンゲンはすぐ嘘をつくからな。
プイッとそっぽを向いて俺は飛び出した。
別に。ニンゲンのことなんて気になってねーし。からかってやろうと思ってただけだ。そうだよ! だって、アイツ、俺を見てもビビらないし。フン、だ。
ニンゲンはそのうち、うまそーな匂いをするもんを作り始めた。
……別に腹なんて減ってねぇよ。 食べることなんて必要ないんだ。匂いだ。匂い。
……アイツがうまそーな匂いなんてさせるから。気になっただけだ。くそっ。
その後もニンゲンはうまそーな匂いのものを作り続けた。他の奴らはそれを旨そうに食うから、笑顔なんかで食うから……ただ、邪魔したかっただけだ。
ニンゲンは変なやつだった。
俺を怖がらないし、やたら世話をやく。
手を洗えだの、口を拭けだの、口うるさく言う。悪ふざけしたら叱る。
なんでだよ、なんでそんなフツーなことすんだよ。
なんで、俺はニンゲンに触られるのが嫌じゃないんだよ。くそっ。自分がわけわかんねぇ。
人間なんて大嫌いだ。
こんなクソみたいな世界、大嫌いだ。
ニンゲンは……
っ……
嫌いだ。
ニンゲンは魔王と、他のやつらと仲よさそーにしていた。でも、俺は馴れ合うつもりなんてなかった。
あのあったかそーな輪になんか入ってやるもんかと思った。
俺は一人でいいんだ。
一人っきりだって、別に……
…………。
ある日、俺は唐突に自分が終わるって理解した。目が覚めて、ああ、死ぬんだなって、思った。
せいせいする。
こんなクソみたいな世界を終わらせるなんて、せいせいする。
せいせい……
…………。
……ニンゲンの邪魔するのも、おしまいか。
なら、そーだ。
最後にイタズラしてやろー。
無茶なことを言って困らせてやるんだ。
へへん。
俺は羽を動かして、ニンゲンの元に行った。
「おい、ニンゲン! でっかいケーキを作れ!」
誕生日に食べて旨かったケーキが無性に食べたかった。




