両親―愛する者を信じた人たち
余聞「ある警備兵と、ある小説家の渇望」で一瞬だけでてきたラナ両親の話です。視点はラナの父親です。
「ちょっ、ちょっと! フォルト! これを見て!」
バタバタと駆け足で妻のチアが駆け寄ってくる。あの急ぎ方だと……転ぶだろうなと、ぼんやり思った。
ドタンっ!
うん。見事にこけたね。
「チア、大丈夫かい?」
チアは額を真っ赤にさせながら、むくりと起き上がる。
「私のことはどうでもいいのよ! それよりもこれを見て! ラナちゃんが! ラナちゃんが!」
「え? ラナ?」
「ラナちゃんが新聞に載ってるのよぉぉぉ!」
チアの絶叫を聞きながら、新聞を広げて驚いた。そこには確かにラナの写真が載っていたから。
「さすが自慢の娘だわ! 聖女様なんて言われて……ちゃんと、魔王にも愛されているようだし、幸せそうでよかったわ。ぐすん。……はっ。でも、死期が迫っているってことは、ラナは未亡人になるの? え?!? やだ! それは、ダメよ! 絶対、ダメ! 今すぐ会いに行かないと! ラナをひとりぼっちになんて、させられないわ! フォルト! 出かける準備して!!」
チアにガクガク揺さぶられながら、僕は食い入るように新聞を見ていた。確かにラナだ……ははっ。本当に、ラナだ。
「チア」
「なに! 鞄はクローゼットの中よ!」
「ラナは幸せそうなんだね……」
目頭が熱くなる。魔王に嫁ぐなんて心配でならなかった。心配で、心配で、ラナが嫁いでから、いつも可愛い一人娘のことを思っていた。
ラナはモンスターを見慣れているが、相手はあの魔王だ。どんな仕打ちをされるのか心配でならなかった。それが、こんな形で幸せそうな姿を見れるなんて胸が詰まる。
「ラナ……元気そうだ」
無表情で王様と並ぶ姿はどこかのお姫様みたいに綺麗だったけど、僕らの家を出た時の表情のままだ。それに嬉しさが込み上げる。
「そうね。元気そうだわ。魔王に嫁ぐなんて殺されてしまう! と心配で心配で心配していたけど……さすがラナちゃんだわ! あの子はしっかり者だもの! ……って、そんなのこと言っている場合じゃないのよ! ラナちゃんが孤独になるわ! フォルト! 今すぐ出かけるわよ!」
バタバタと駆け出すチアを見送る。うーん、またこけそう。
どてんっ!
やっぱり、ころんだね。
「チア、大丈夫かい?」
「私のことはいいのよ! それよりもっ!」
「うん。分かっている。ラナの所に行くんだろう?」
「そうよ!」
「でも……急に押し掛けたら、向こうもびっくりしてしまうだろうから、電話とか手紙とか……」
「電話! そうね、電話よ!」
またバタバタと走り出す。そして、チアは受話器を持って、そのまま固まった。そして青ざめてこっちを向く。
「フォルト! 大変だわ!」
「なんだい?」
「電話番号が分からないわ!」
あぁ、そういえば。
「どうしよう……嫁ぎ先の番号を知らないなんて、なんてうっかりなの……ううっ。これじゃあ、ラナちゃんの様子が分からないじゃない……」
顔をおおい、体を屈めて丸くなるチアに、僕も屈んで背中をさする。
「チア」
半泣きの彼女に声をかける。彼女は顔を上げて、こちらを向いた。
「しょうがないよ。魔王に嫁ぐということは、簡単に連絡が取れるものじゃない。それは、ラナが嫁ぐときに覚悟したじゃないか」
「そうだけど……」
「こうして、元気な顔が見れただけで、満足しないと」
しゅんとするチアに慰めの言葉をかけて、手を差し出した。チアは手を取って立ち上がる。
「おでこ、大丈夫?」
「そういえば、痛いわ」
「じゃあ、薬を塗らないと」
彼女の手を取って椅子に座らせ、薬を塗った。
魔王の死期が近くラナがどうなってしまうのかとても心配だけど、こちらからは連絡を取る手段がない。
ただ、愛しい我が子の幸せを祈る日々だ。
ラナの無事な姿を新聞で見れたことは大きな喜びだったけど、それ以外でも予想外のことが起きた。
「ラナちゃん、あの魔王と王様との仲を取り持ったんですってね! 大したものだわ!」
「本当に。聖女だなんて……あの子は昔から、人とは違うことをする事をする子だって思っていたのよ~」
村の人々が手のひらを返して僕らに話しかけてきたのだ。ラナは目のせいで人間関係が上手くいかず、村には馴染めなかった。それを変な娘とレッテルを貼って村の人間は距離をおいた。
僕らは周辺に誰も居ない村から離れた森の近くに家を構え、自給自足の生活を始める。ラナが嫁いでからは、村の人は更に冷たくなった。
「お金のために娘を売った。そんな奴に買わせるものはない」
そう言われ、買い物もままならなくなった。チアは人間のそんな悪意に疎く、気にしなかったが、僕はとても嫌な気持ちになったものだ。
だから、ラナが魔王に嫁いだ時に頂いたお金は家の修繕にあてて、細々とした暮らしをしていた。家の修繕はラナが雨漏りのする屋根は直してと強く言っていたからだ。
家の裏には井戸はあるし、森に入れば川がある。畑で作物を作り、チアと二人でゆったりと暮らしていた。
それなのに……
家の周りにはおしゃべりな村人が集まっている。娯楽の少ない村でラナの話題は格好の餌なのだろう。
苦い思いでそれを見ていると、チアは頬を薔薇色にして、話し出した。
「そうなんですよ! ラナちゃんは、気が利いて、優しくて、賢くて、私の最高の娘です! お料理も上手ですし、畑仕事も完璧で、おうちまで直してくれたことあるんですよ! 釣りも上手ですし、あ、狩りをしたいって言ったときは、さすがに止めましたけど。だって、女の子ですものね。さすがに、槍や弓を射るのはちょっと……その分、フォルトがやってくれるんですよ。 ふふっ。フォルトは狩りが本当に上手で……あ! 奥様。ちょうど、昨日、フォルトが仕留めた鹿がありますから、持って帰ります?」
ニコニコと群がる村人をお得意の口を挟ませない会話で一蹴してしまう。群がった人々はチアの話についていけずに、尻尾を巻いてそそくさと去っていく。それをキョトンと見つめながら、彼女は笑った。
「ふふっ。ラナちゃんがすごい子なんて、最初っからなのにね」
変な人たちねと、太陽の笑顔でチアは笑う。彼女のそんな笑顔を見ていると、自分の嫌な気持ちなどいつも吹き飛んでいってしまう。
だが、時折、チアは計算してやっているのか? と思うときもある。あれは、彼女なりの彼らの追い払い方なのかもしれない。
「そうだね。ラナは僕らの自慢の娘だ」
そう言うと、また彼女は太陽のように笑う。
村の人々はあの新聞を見て以来、態度が軟化して、買い物なども来てくれと言われるようになった。
聖女が産まれた村と銘打って、村おこしをしようとまで言い出す人がいた。僕はラナを面白おかしく商品にはされたくかったので、断り続けている。
しばらくはそんな感じで、周辺が騒がしかったが、僕もチアも変わらない。村から離れた家にひっそりと住んでいる。これからもずっと。
そんなある日、またチアがバタバタと走りながら慌ててやってきた。
「大変よ、フォルト!」
「どうしたの? チア」
「ラナちゃんから手紙がきたのよぉぉぉぉ!!」
「え?」
ラナから手紙?
転びそうになったチアを支えながら、封筒を震える手であける。
「ははっ……」
「なんて書いてあったの!?」
嬉しくて、チアをぎゅっと抱きしめた。
「近いうちにラナがここにくるって……」
「えっ……」
体を離すとチアの大きな瞳がさらに大きくなっていた。それにクスリと笑う。
「魔王と一緒に今度、うちに来るそうだよ」
「本当に!? やだ! どうしよう!? え? ここに!? 魔王と!? 彼、死なないの!?」
「うーん……どうだろう?」
「大変! 今から準備しないと! お布団カバーだってボロボロだし……はっ。ラナちゃんの部屋、ホコリだらけだわ! やだ! お掃除、お掃除!」
またバタバタと走り出した彼女の背中に向かって声をかける。たぶん、聞こえないと思うけど。
「来るのは二週間後だよー。掃除の前に手紙を書いたら?」
やはり聞いてなくて、僕は肩をすくめて手紙を書くために便箋を探した。
「あぁ、いい天気だ」
ふと、窓の外を見ると雲ひとつない青空があった。それに微笑む。
どったーん!
遠くで物音が聞こえた。たぶん、チアが転んだのだろう。
「チア、大丈夫かい?」
今度はどこを怪我したのか心配しつつ、彼女の元へ向かった。
ラナ母は、ラナが心で考えていることを全て口に出してしまうタイプの人です。
次はクッションとして登場人物まとめを挟みます。
その後の挿し話は、二話同時アップになります。前編は胸くそ展開があり、読み飛ばし可能な話です。更新は土曜日になります。




