■世界は変わり始める
その後、事態は思いもよらない方向へと動いた。
「なになに……魔王の花嫁となったラナさん(22)は魔王を深く愛し、国への侵略をやめてほしいと訴える。しかし、実は魔王は侵略などしてなく、モンスターは原因不明の病気であることを花嫁は知ることとなる。魔王を愛していた花嫁は、魔王の死期が近づき、王に進言した。真実を公開するように。彼が悪のまま死んでしまうのは、悲しいと。王はその真摯な態度に心を打たれ、隠されていた秘密を公表する決意をした」
「ええっと……魔王の花嫁となったラナさん(22)は、皆が恐れていた魔王を愛し、慈しんだ現代の”聖女”である、と。いやぁ、よく撮れてますね、この写真」
ケタケタと笑いながら、スケルが新聞を読み上げる。
私は掃除をしながら居たたまれない気持ちでいっぱいだった。
そう。王様の聖女になってほしいというお願いは私たちのストーリーに脚色するためだった。つまり、情報を公開するきっかけは私のせいであると、バラしたのだ。それも聖女なんてたいそうな冠まで付けて。
「私、たいしたことしてないのに……」
こんなに注目を浴びるほどの活躍をしていない。
「そんなご謙遜を。あの死にたがりの魔王様を矯正して、黒幕になりきっていたミャーミャさんを正気に戻して、アッシャーさんたちとの交流を持てたのもラナ様のおかげじゃないですか?」
「いや……でもさ……」
スケルはそう言うが、やはり謙遜してしまう。
「それはそうだぞ。ラナがこなければ、俺たちは変わることはなかった」
「そうですよ、ラナ様」
旦那様とミャーミャに言われて言葉をなくす。注目を浴びるのは得意じゃない。
「……私のことは置いておいて、モンスターになってしまう人は増えましたね」
ある程度、日を置いてきていたモンスターの数が多くなっている。
「代償だな。だが、想定よりも数が少ない。キールの本がいいクッションとなっているのだろうな」
少しだけ不満げに旦那様は言った。
モンスターは奇病と発表され王様は責任をとって、その職を辞した。王への不信感が高まったところに、キールさんの童話が出版された。
タイトルは”世界で一番、優しい嘘つき”
この話は世界の悲しみをマークンという一人の少年が悪者になることで、人々から悲しみに飲まれないようにした話である。
だが、マークンは人の悲しみを抱えきれなくなって、死んでしまう。そして、また世界が悲しみに染まる。そして、彼の親友であるミューが今度は、悪者になって世界から悲しみをなくしていく。
二人はずっと、順番に悪者になりながら、誰かの悲しみを抱えていくというものだ。
キールさんはあとがきに、”彼らは本当に悪者だろうか。よく考えてみてほしい。誰かが悲しむことを秘密にすることは、嘘つきなのだろうか? あなたがもし、彼らの立場ならどう行動したか、考えてみてほしい”と書いていた。
王と魔王の状況に酷似したこの童話は爆発的に広まった。
しかもこの本。絵はアッシャーさんのお母さんが描いたそうな。多彩な血筋に驚きを隠せない。アッシャーさん自身もそうした才能がありそうだ。
「キールさんの本って、やっぱり、ミャーミャが何かしたの?」
尋ねてもミャーミャは涼やかに微笑むのみだ。きっと、なんかしたんだろうなと、思っている。
でも、それはミャーミャがやってきた悲劇を作るものじゃない。とっても、優しい魔法だと思う。
「アッシャーさんたちは大丈夫かな……」
警備兵は根底が覆されたとあって、かなりの人が辞めたらしい。しかも、王の代理としてグランさんが就いたらしく、頭を抱えていると電話で話していた。
「――だが、俺は王の共犯者だからな。王が立てないのであれば、補佐するまでだ」
どこか吹っ切れたように言っていた。
でも、キールさんの話だと、内部はぐちゃぐちゃらしい。王様には子供がいなくて、王としての代理を勤めながら、瓦解寸前の警備兵の建て直しもしているとか。
「あれは、近いうちに過労死するだろうね」
とか言って笑っていたが、笑い事ではないと思う。心配だ。
アッシャーさんはなんか警備兵の建て直しの一員に選ばれたらしく忙しくしている。
「ははっ……もう3日、ベッドで寝てないですよ……はぁ……でも、僕は何一つ後悔してないですよ」
その言葉に電話越しにアッシャーさんの可愛らしい笑顔が見えた気がした。
「まぁ、頑張ってもらうしかない。それぐらいの覚悟はあるだろう」
旦那様は彼らの話を聞いて、そんなことを言っていたけど、本心では、みんなを心配をしていることは分かっていた。そして、できることがないもどかしさを感じていることも。
まだ混乱は続いているが、私が願った魔王が消えるという種まきはこうして終わった。気づけば半年以上が過ぎていた。
◇◇◇
その日、またいつものように旦那様の部屋でのんびりしていた。ソファーに座って、ここまで来たことを振り返る。
「旦那様」
「なんだ?」
「私、ずっとこの世界はヘンテコで優しくないと思っていたんです」
「理不尽で、普通のことがちっともできなくて、もどかしいなーってずっと感じてました」
それを壊したくて今まで走ってきた。
「世界は優しくないんですけど、出会った人々はみんな優しいんです」
旦那様は最初から優しかった。
スケルはいつも気にかけてくれて、相談に乗ってくれた。
ミャーミャは、いつも私たちの幸せを考えてくれた。
アッシャーさんは、世界をこっち側に飛び越えてきてくれた。
キールさんは、口は悪いけど、あの童話を見る限り、優しい心があるように思う。
グランさんは、混乱の中でも、突き進んでくれている。
王様は、笑って悪役を引き受けてくれた。
みんなの顔が浮かぶ。
おっと、コモツンを忘れちゃいけない。
コモツンは常にバトルをしているけど、普通の日々をくれる大事な人だ。
「みんな優しくて、みんなのことが好きって思えば思うほど……この世界がとっても愛しいものに思えるんです」
旦那様に微笑みかける。旦那様はいつものように微笑み返してくれた。
「それは……ラナがいたからだな」
「私ですか?」
首を傾げるとくすりと笑われた。
そして、旦那様の肩に乗るように頭を抱き寄せられる。
「ラナは言うなら灯台だな」
灯台?
「どんな暗闇でも煌々と灯っていて、迷ったときに、明かりをくれる。ホッとするような明かりだ。そして、行くべき道や自分自身のことを照らしてくれるんだ」
灯台か……うーん。
「私はただ、我を貫いて、突き進んできただけかと。みんな巻き込んで。台風の方がしっくりきますよ?」
そういうと、旦那様は子供のように笑う。
「確かにな。ラナは色々、変だったな」
久しぶりに言われた。変な人扱い。
「変な奴なのに……いつの間に、こんなに愛しく感じるようになったんだろうな……」
熱の籠った目で見られて、恥ずかしくなる。
旦那様は私の頭を撫でながら、呟くように語りだした。
「俺は、ラナに会う前は自分は世界の歯車の一つだと思っていた。ただ、機械的に役割をこなせばいいと思っていた」
最初の頃の無気力な旦那様を思い出す。
クッキー作ったり、デートしたりしたなーなんて思い出も鮮やかに蘇る。
「ラナが俺に人間らしい心をくれたんだ」
優しい手が頬に触れて、瞳と瞳が合わさる。
「ありがとう。俺はバカみたいに幸せだ」
その言葉に込み上げてくるものがあった。
ちゃんと旦那様は幸せにできているんだなと実感できて涙腺が緩む。
ずびっと鼻をすすって、こちらも笑顔になる。
「まだまだ、これからですよ! 幸せなんてたくさんあって、いいんですから!」
ちょっと声が大きすぎたが、嬉しいのだ。勘弁してほしい。
旦那様は「そうだな……」と、頬を撫でる。くすぐったくて、身を捩る。
「ラナ」
「はい。旦那様」
「子供を作ろうか」
その一言に目を見開いた。
ぎゅっと旦那様が抱きしめてくれる。
「俺の子を産んでほしい」
旦那様の声はあたたかくって、切なくって、やっぱり優しかった。
ポロっと涙が零れる。
私はぎゅっと旦那様を抱きしめた。
答えることはできなくて。
ただ、しがみつくように旦那様を抱きしめた。
これで第四章はおしまいです。
そして、第三章から続いていた「世界修正編」の本編がおしまいになります。お付き合いくださりありがとうございます。
次の余聞は森の外の人たちです。
キール→グラン→アッシャー→王様→ラナ両親と五話を続きます。その後は、まとめと、挿し話になります。




