嘘つきな王様の企み
「へ? 私が王様に会う?」
ミャーミャから聞かされた話に思わず変な声が出た。だって、びっくりだ。王様に会うなんて、嫁いだ日、以来?
「一体、ラナになんの用があるんだ?」
旦那様が怪訝そうに言うと、ミャーミャもさぁ?と小首を傾げる。
「お礼をしたいそうですよ」
「「お礼?」」
おっと。つい旦那様と声がハモってしまった。しかし、お礼?? 私、なんかしたか? 心当たりが何もない。
「ラナを変なことに巻き込むつもりじゃないだろうな」
「お礼ですから、そのようなことはないと思いますよ」
「だが、ラナだけを行かせるのは……」
旦那様は心配そうにブツブツ言っているが、これはよい機会かもしれない。王様は自分が悪役になることを受け入れたらしいが、直接それで本当にいいのか聞いてみたい。本当に受け入れているのなら、お礼も言いたいし。うん。よし。
「旦那様、大丈夫ですよ。とって食われはしません。むしろ、王様にお礼を言うチャンスです」
「お礼か?」
「王様は私たちに協力してくれようとしています。なので、お礼を言いたいです」
もし、王様が協力してくれなかったら、また一からあれこれ考えなくてはならない。だから、お礼を言いたい。
「……ラナがそう言うなら。むしろ、感謝を述べるのは俺の方だな」
会えないのは歯がゆいな、と旦那様が言う。それに、私は胸を叩いた。
「お任せください! 私が旦那様の分まできっちりお礼を言ってきます」
そう言うと旦那様が頼むと、言って笑った。
そして、王様に会う当日、私はミャーミャによってドレスアップされた。
いつの間に揃えたんだ? と、言いたくなるほど、真新しいドレスに靴にカバンだ。
ドレスは旦那様の肌色と同じくブルー。なんというか、ふわっとしている。スカートの部分が、こう……ふわっと。薄いレースを何枚も重ねてあり、外側のレースはよく見ると細やかな刺繍がほどこされている。見るからに高そう。胸から腰までは体のラインが見えるタイトなもので、胸のなさが泣けてくる。
普段は大雑把に紐で結んである髪は、自分じゃ絶対できない結い上げ方でアップになっている。と、まぁ……全体的に畑仕事が似合う小娘が、誰お前? みたいな状態だ。実際、鏡で見たとき、私がそう思った。
「まぁ、ラナ様、素敵すぎますわ!」
「そ、そう?」
「えぇ、本当にお可愛らしい。ふふっ。魔王様も惚れ直しますよ」
旦那様が惚れ直す……
それは……デレデレ状態が加速するということなのか? ……え? それは、困る。
「ふふっ。さぁ、見せに行きましょうね」
胸をドキドキさせ、歩きだした。
玄関ホールに行くと、旦那様とスケルがいた。スケルが私を見るなり、口笛を吹いて近づいてきた。
「ラナ様。実に美しいです。こんな綺麗なあなた様を送迎できるなんて、光栄の極みです」
丁寧にお辞儀をしたスケルに、恥ずかしくなり「どうも……」とだけしか言えなかった。
スケルの後ろにいた旦那様と目が合う。似合うとか言ってくれるかなー?と、ちょっぴり期待したが、盛大にため息をつかれて、その場にしゃがみこんでしまった。
ええっ!? ちょっと。
胸のなさに絶望したの!?
近づいて声をかけると、下を向いたまま旦那様が呟くように言った。
「……本当にその格好で行くのか?」
「え? はい。着替えをしていたら間に合いませんし」
「…………」
「旦那様?」
旦那様が顔を上げる。
え? なにその顔。
仄かに赤くて、ムスッとしていて。
可愛いんですけど!
そんな表情は見たことがなくて、自然とドキドキしてしまう。旦那様はスカートを指で摘まんで、視線を逸らした。
「……早く帰ってこい。色々、心配だ」
いじけたような声にちょっとキュンときた。
言葉もなく旦那様を見ていると、スケルが口を挟む。
「もぉ、魔王様ったら、素直に言ったらどうですか?」
スケルが姿勢を正して、やたら凛々しい声を出す。
「そんな格好、他の奴に見せるな。見せるなら俺だけの前にしろ。帰ってきたら覚悟しろよ。そのドレスを剥ぎとっ……」
「――やめろ。俺の口調を真似するな」
旦那様がスケルを睨む。
あぁ、なるほど。旦那様のモノマネか。
「50点」
「「は?」」
「え? 旦那様の真似でしょ? 50点かな?」
「えぇ~。辛口すぎませんか?」
「そう? 妥当な評価だよ」
「……はぁ」
旦那様のモノマネという変わったお見送りで、私は屋敷を後にした。
◇◇◇
王宮に付くと、なんていうか、盛大に出迎えられた。馬車から降りるとファンファーレが鳴り出すし……なんだこの魔王を倒して帰還した勇者のような感じは……不安しかない。
そもそも魔王の花嫁って、そんな歓迎されるものなのか? やはり、不安しかない……
びくびくしながら、王様のいる謁見室に通された。
「魔王の花嫁様、ようこそお越し下さいました」
穏やかな声が聞こえて、頭を下げる。声色からしてニコニコとしていそうだ。表情はよくわからない。なんせ、ハエだから。王様は赤い絨毯をブンブン飛んできた。いや、たぶん、歩いてはいるんだろうけど、私の目には飛んで見えるのだ。
そして、私の前で止まった。見上げる形で飛んでいる。ここが王様の目線ということだろうか。近づくと、わりと愛嬌のある顔だった。ニコッと微笑まれる。
「花嫁様。お会いできた記念に写真を撮ってもいいでしょうか?」
「え? あ、はい」
するとどこからか出てきた巨大卵がコロコロ転がりながらこちらに近づいている。首にはカメラがかかっている。
おい、卵さん。どうやってシャッターを押すのだ。あなたは見事なまでにツルツルですよ。
疑問に思っている間に、パシャリ。シャッターがきられた。
「ありがとうございます」
「あ、いえ……」
カメラ浮いてなかったか? どういう仕組みだ? そんな疑問が尽きなく、私は茫然と転がり去る卵を見送った。
「お茶を用意をしてあります。庭に案内しますよ」
促されるままに私は歩き出した。
◇◇◇
「あのー……王様」
「はい。なんでしょうか?」
「王族の人々は、こんな風に木の下でお茶を楽しむものなんですか?」
王宮から奥まった森の木の下で、ピクニック用のシートをひいて、お茶とお菓子を頂いている。
「嫌ですか?」
「嫌ではないのですが……ちょっとイメージと違うなと思いまして……」
王宮のお茶会といえば美しい庭園の見えるテラスで白い椅子なんかに座ったりして、優雅なティーパーティーをしそうだ。ピクニックまがいのことなどしなそうだ。
「それは失礼しました。ここは、私の一番、好きな場所でしてね。花嫁様とご一緒したかったのです」
そうなんだ。好きな場所に誘われるというのは悪い気分ではない。それに、ここはとても気持ちいい。見上げると大きな木があり、葉の隙間からは木漏れ日が差し込んでいる。キラキラ。風に揺れ形を変えて光るそれは、心を穏やかにする。
「……いい場所ですね。連れて来てくれてありがとうございます」
そう言うと王様は一瞬だけ羽根音を止め、そしてまた嬉しそうに羽尾音を立てた。
「グランから聞きました。あなたが居たから魔王様が変わったと。そして、この国を思ってくれていることも」
黙って聞いていると、王様は穏やかな声を不意に冷たくした。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「はい」
「花嫁様は、魔王様の死を望んでいますか?」
その質問は予想していなかったので、声につまった。
「国の平和を維持してきたあの方の死をあなたは望んでいますか?」
冷たい声の中に怒りが見えた気がした。
しかし、それに対して私の感情は荒れなかった。だって、旦那様の死を怒っているということだから。
「はい」
静かに言うと、風が舞い、木が揺れる。
「随分、素直に認めるのですね……それは、魔王の花嫁という役割に絶望してですか?」
「いいえ。あの人が好きだからです」
真っ直ぐ伝わるように言葉を出す。
「詳しくは言えませんが、魔王をこの世界から消したいと望んだのは私からです。私はあの人を魔王を枷から解放したいのです」
最初に会った頃、旦那様は自分の存在を否定していた。諦めて、世界の歯車の一つだと言っていた。それが前を向いて、最後まで前を向いてくれてると言ってくれた。だから、私は最初の誓いのままに、魔王が消えることを望む。
「魔王が消えるということは、世界のルールを変えるものだと思ってます。だから、私はみなさんの力を借りて、王様の前にいます。だから、王様」
「どうか、私に力を貸してください」
頭を下げる。
「王様に悪役を押し付けたいわけじゃないんです。ただ、この国に魔王がいなくなってもいいように協力してほしいのです」
お願いしますと、頭を下げた。それぐらいしか私にはできないから。
「ラナ……さんでしたっけ? お名前は」
名前を呼ばれて思わず顔を上げる。そこには愛嬌のある顔がニコニコと笑っているように見えた。
「私はあなたに協力します。そして、悪役になることも構いません」
「……っ……どうして?……どうして、そんな晴れやかに言えるのですか……?」
悪役なんて誰もが進んで行きたい道ではない。なのに王様は……とても自然にそれを受け入れているような気がした。
「どうしてですか……そうですね……」
そう言うと王様は木を仰いだ。
「ちょっと昔話をしてもいいですか?」
頷くと、優しい声で王様は話出した。
「私には兄がいましてね……優秀な兄で王になるのは、兄だと誰もが思ってました。しかし、兄は魔王様や花嫁制度に否定的で、それを父に進言し王位継承権を外されました。そして、死にました。最期はモンスターの姿になって」
苦しくて眉間にしわが寄ってしまう。
「その時、私は誓ったのです。
人がモンスターであることを隠し続ける
愚かで嘘つきの王様になろうと」
穏やかな声が余計に沁みた。
この人は優しい人だ。
とっても、とっても。
痛みを飲み込んで共に進んでくれる。
こんな優しい人を悪役なんかにしなければならないなんて……やるせない。
「そのお話を聞くと、ますます王様を悪役なんかにさせられなくなります」
何かないのだろうか……王様が悪役にならない方法は……
「ラナさん」
穏やかな声がする。
「私は、あなたに感謝しています」
感謝?
「誰もが魔王の花嫁になりたがらない中、あなたは進んで手を上げてくれた。それだけで、私を含め多くの者が安堵したはずです。そして、あなたは魔王様と仲睦まじくされ、花嫁という役割以上のことをしてくださってます。本当にありがとう」
大袈裟に頭を下げられ、首を振る。
「感謝のしるしといってはなんですが、あなた方のストーリーに一つ、付け加えさせて頂きたいのです」
少しはしゃいだような声。
それにキョトンとしていると、王様は意外すぎる言葉を口にした。
「ラナさん、あなたには”聖女”になって頂きたいのです」
……はい?
聖女?
聖女って世界を平和に導いたとかいう乙女のことですか?
誰がなるって?
え?
私が、聖女??
王様の兄の話は余聞「ある王の告白」にあります。彼の優しさはあの話に詰まってます。




