愚かで嘘つきな王様 side警備兵長
魔王たちの話が終わった後、王との密談を求めた。公式のものではない。モンスターの護送の報告をしている時と同じく二人きりの非公式のものだ。
魔王を消すというものを王は受け入れるだろうか……
その為に自分が悪役になることをあの方は――
前にあどけない少年のように笑った王の顔を思い出す。平和を維持するために、王は魔王という仕組みを利用していると言っていた。
人はモンスターになってしまえば、言葉を喋れない。モンスターになるほどの悪意に至った心理を理解されずに朽ちる。
犯罪心理を知らないことは、模倣する者がおらず、次の犯罪を抑制すると。
その仕組みは平和的だと言っていた。
それに私から見た王は皆が言うほど愚かではなかった。
あの方は適材適所が分かる方だと思っている。リーダーシップはないが、人を使うのが上手い。えらいこっちゃと言いながら、意見を出させている。それは、一つの理想的な王の姿だと思っている。
そして、何よりも平和を願っている。
純粋に。この国を愛している。
そんな人を悪役にするなど……魔王の花嫁の言葉ではないが、間違いな気がしてならない。
間違いだと思うのに、恐らくあの方は……すべてを飲み込んで穏やかに微笑むような気がした。
◇◇◇
「そうか……魔王様は消えることを望んでいるのか」
王との謁見を得た俺は、魔王たちと話したことを包み隠さず話した。ただ、王を悪役にすることは伏せた。王の率直な意見を聞きたかったからだ。
王は腕を組み、神妙な顔で考えた後、じっと俺を見た。
「え、えらいこっちゃ……どうしよう?」
妙に青ざめて言われて、ため息が出た。
「陛下。真面目に考えてください」
「……私はいつも真面目だよ?」
口を真一文字にする王に、またため息を吐く。
「グラン。君の意見を聞きたい。だから、教えて欲しい」
「……私の意見よりも陛下の意見を……」
「いや。君の意見を聞きたい」
俺の言葉を遮り、こちらを見つめる王の目はゾッとするほど鋭い。空気が張りつめる。意見を言えと命令され、それを拒否できる雰囲気ではなかった。
「……魔王が消えることに私は賛成です。それで安堵する者は多いでしょう」
「そうだね……君の言う通りだ。だが、それではモンスターになるという事実はどうする? 耐え難い苦しみを国民に背負わせるつもりかい?」
口籠る俺に王は畳み掛けるように言う。
「君がそんな非情なことをする男ではないと思っている。何か策があるんじゃないか?」
穏やかな声だというのに、なんだ……この押し潰されそうな感覚は……
額に汗がにじむ。この方はどこまで分かっているのだろうか。もしかして、全てを見通してしまっているのではないか……
「……魔王は国民にモンスターであることを公表するつもりはないと言っておりました。私も同意見です」
「なるほど。それはよかった。私も同じ気持ちだよ」
「それで、グラン。君は私に何を望む?」
王は穏やかな風のような笑顔を見せる。
それに胸を突かれた。
やはり、この方は……
予感が当たる気がした。
「……モンスターになることは奇病として新たに周知をしようと考えています」
「なるほど。病気か……それなら、まだ受け入れやすいだろうね。それで? 単に広めるだけではないだろう」
王は変わらぬ声で言う。
「隠された事実を公表するということは、信用問題に関わる話だ。なぜ、隠していたのか、国民に説明しなければならない。それに、責任をとらないといけないね」
「嘘つきの王様の下には、誰も居たくないだろうから」
「っ……」
どこまでも涼やかに笑う王に込み上げるものがあった。
「陛下! 私は陛下一人にすべてを押しつけて丸くおさめるのは間違っていると思ってます! あなた様がっ……」
陛下が言葉を遮るように、片手を上げた。
その顔はやはり笑っていた。
全てを受け入れている顔だ。
それに、やるせなさが込み上げる。
「グラン……私はね。この国が平和であれば他に何も望まないんだ」
少年のようなあどけなさで、王はどこまで晴れやかに笑う。
「――とっくの昔に、愚かで嘘つきの王様になる覚悟はできているんだよ」
その言葉に俺は跪き、頭を垂れた。
何もかける言葉は見つからない。
王の覚悟と国への思いに報いる言葉など見つからない。
代わりにあなたの意思を承ったことが分かるように跪くのみだ。
王は一歩前に近づいて、俺に視線を合わせるように床に膝を付いた。
「君たちの計画に乗る代わりに、一つ条件がある」
「条件ですか?」
顔を上げると、何かを企む子供のような笑顔を見せた。
「魔王の花嫁様を私の元に連れてきてほしい」
「――は?」
くすっと笑う王はやはり、無邪気な子供のようだった。
◇◇◇
王の密談を終えた俺は深く息を吐いた。
“――彼女にはきちんとお礼をしたいから”
そんなことを言っていたが、真意は不明だ。
悪いようにするつもりはないだろうが、いまいち掴み所のない方なので、やや不安になる。
ともかく俺は王の意思を伝えるために、彼らに接触をしなければ……
家に戻り、どう接触しようか考えていると電話が鳴った。
妙なタイミングで鳴る。
番号を見るとため息が出た。
どうしてコイツはいつもタイミングよく電話を鳴らすのだろうか。また一つ、ため息を吐いて受話器を取った。
「……なんだ?」
『どうだった? 話し合いは』
……話す日を教えていたか?
疑問が過るが、ひとまず置いておこう。
「……王はお前のストーリーに乗るそうだ」
『……そう』
神妙な声を出すな……
首を差し出せばいいとか言っていた奴なのに。
「ただし、一つ条件があるそうだ」
『条件?』
「魔王の花嫁をあの方の前に呼んでほしいそうだ」
『……これは意外な条件だ。彼女を引きずりだして、何をするつもりだい?』
「お礼をしたいそうだ」
『お礼? なぜ?』
「……わからん」
そう言うと、ため息をつかれる。
『わからんでは、彼女も困ると思うよ?』
「悪いようにはしないはずだ」
『悪いようにはしないね……』
確かにコイツの懸念は最もだ。王の空気に飲まれて詳しく聞かなかった俺が悪い。
『まぁ、お礼というぐらいだから、大丈夫だろう。私からラナさんには伝えておくよ』
「……伝えられるのか?」
平然と言われて驚いた。
『ミャーミャさんの電話番号は知っているからね。そこに電話する』
そうだ。彼女とコイツは本の出版という繋がりがあったか。だが……あまりに簡単な方法に拍子抜けする。
アッシャーがあんな思いをしてまでやったことが簡単にやられると、なんとも言えないな……
「わかった。任せる」
『はいはい。あ、そうだ。グラン、一つ頼みがあるんだ』
「……なんだ?」
また妙なことを言い出すのではないかと気が気でない。
『陛下に一度、私もお会いしたい。物語を書くためにね』
「物語?」
電話越しに妙に穏やかな声が響いた。
『悪役のいない物語をひとつ、書こうと思っているんだ』
その言葉に俺は首を傾げた。
グランと王の関係は余聞「ある警備兵長の告白」の後半で書かれてあります。
次はラナ視点に戻ります。




