花嫁というより料理人
魔王城から一番近い町はこじんまりとしていたけど港町だからか活気があった。
良いお魚もありそうね。魚か……やっぱ、干すかな。塩を塗って干したら日持ちもするし。
まぁ、ともかく調味料だ。
私は近くのお店に入った。
うわー……
なぜ、みんな魚頭。
しばらく特定の人たちばかり見ていたから他のモンスターは久しぶりだ。しかも魚頭ばかり。ギョロっとした目があちらこちらに。怖いわ。
久々に感じた悪寒に身震いをして、ちゃっちゃと買い物を済ます。
「お嬢さん、見ない顔だね」
お会計の時に店主と思わしき魚頭に話しかけられる。この魚はなんだ? サーモンか。
「引っ越ししてきたばかりなんです。それでは」
頭だけは丁寧に下げて、すばやく去る。ごめんなさい。無礼だと分かっているが話し込んでいると、コイツなんか変じゃない? みたいになるので会話は必要最低限と決めている。
大量の調味料を抱えて店を出る。
さて次は肉と魚だ。
……と、その前にちょっとだけ屋台でつまみ食い。だって、腹がへったら目が食べたくなって買いすぎてしまう。必要経費だ。
もしゃもしゃと屋台の肉串を三本たいらげて私はお店に向かった。
「はいよー。らっしゃい」
魚屋の店主は魚頭じゃなく全身イカだった。
なにゆえ軟体動物……まぁ、いい。
この世界にツッコミは厳禁だ。
ここでも塩漬けにしやすい魚を見繕ってもらい、店を出る。
「……いらっしゃい」
無愛想な声の肉屋の店主は豚だった。
豚! これだけ魚頭にもかかわらず豚!
そのブレない肉屋魂に感激した。
きっとこの肉屋は信用できる!
私は多めに肉を買った。
よいしょっと……ちょっと買いすぎた。
袋が多すぎて前が見えない。
こっちでいいはずだけど……
道、合ってるかな。
「花嫁様!」
カタカタと骨の音がして、荷物がひょいひょいと手から無くなる。おぉ。スケルって力持ちなんだ。
「花嫁様……よかった。ちゃんとお帰りになられて!」
えぇ!? 泣いてる!?
なんで? え? ちょっとどうした!?
っていうか、その涙どこから出てる?
空洞の目から? え? どういう仕組みなの?
疑問をたくさん並べながら無言でいると、馬車にのせられる。荷物ごと。
おーいおいっと、効果音がつきそうなほどスケルはずっと号泣していた。
馬車から降りて帰ってくると、ミャーミャがわっと泣き出した。
「花嫁様! よくぞ、お戻りくださいました!」
えぇ!? ちょっと、買い物に出掛けただけだよ? なんでそんなクライマックスな雰囲気になっているの? どうした、皆。
はっ。そうか。
美味しいものを食べたいのか。
そうよね。腹が減ってたら泣きたくなるものね!
「ごめんね。つまみ食いなんかして。ちゃんと美味しいものを作るから! ね、だからそんな泣かないで!」
ミャーミャとスケルの背中をさすりながら私は急いでキッチンへと向かった。
大急ぎで食事を作らなければ!
二人ともお腹をすかせている!
そう思って買ってきた材料を整理しつつ、魚を焼こうと準備をする。
「お前……」
ぬっと近づいてきたのは魔王。
「うわぁぁ! 泣かないでください! 今すぐ作りますから!」
魔王まで泣かれたら収拾がつかなくなる。手早く魚を下ろすと、怪訝そうな声が聞こえた。
「なんの話だ」
「いや、だから、お腹が減って、みんな泣いてるんでしょ? 今、作りますから待っててくださいね!」
手だけは動かしつつ早口で言うと、またも怪訝そうな声。
「いや、腹は減ってない。言ったはずだ。食事は必要ないと」
は? じゃあ、なんで泣いて……
フリーズした私に魔王も固まっている。
「……変なやつだな。逃げようと思わなかったのか?」
「逃げるってどこへ?」
「………………………」
うわ、なんですか。
お前、頭大丈夫?みたいな目は。失礼な。
「だから、せっかく人間の世界に戻れたのに帰ろうとは思わなかったのか?」
ポンと膝をつく。
なるほど! その手があった。
「じゃあ、今度からそうします」
そう言うと眉間にシワを寄せられる。
「冗談です。私は花嫁になるために来たんですよ? 逃げるなんて無責任なことしません」
笑いながら言うとちょうど魚が焼けた。
うーん、香ばしい匂い。
新鮮な魚を焼くといいわね。
バターも買ってきてよかった。
「ご飯にしましょう。美味しいですよ」
綺麗に盛り付けてサーモンのバターソテーを差し出す。
すると、魔王は初めて笑った。
「変なやつ」
「その変なやつの料理を食べて悶絶してください」
笑った顔が思いの外、優しくて。ちょっとだけ可愛げのないことを言ってしまった。
サーモンのバターソテーは好評だった。
私がひくほど。
「うほっ。なんですか! 美味しすぎますよ、花嫁様!」
相変わらず骨なのにどこに食べ物がいくのか不明なスケル。ブラックホールでもその体に仕込んであるのか?
「ミャー! ニャニャニャニャニャ!」
うん。猫だね。猫。ミャーミャは猫だ。
口が裂けるくらい開いて怖いけど。
「おい、人間! これ、固いぞ!」
「それ、皿だから。魚、もう食べてるから」
ツンデレコウモリまでいる。
その細い一本指でナイフとフォークをよく使えるな。
「…………………………」
一人、無表情で食べているのは魔王。
口に合わなかったかな?
「美味しくないですか?」
そう尋ねると魔王は憮然とした表情で言う。
「まずいなら食べない」
ソースも残ってないピカピカの皿を見せられる。
そっか。この人もツンデレってやつなのね。
「美味しかったならよかったです」
「別に、美味しいとは言ってない」
「はいはい。お皿、下げますね」
聞き流してお皿に手をかけた。
がしっとその手を掴まれる。なんだ?
「おい、もっとないのか?」
「………………は?」
「もっと! もっとだ人間!」
「ミャー! ニャニャニャン!」
「花嫁様! ほどこしを! ほどこしを!」
えぇ~……
食事はしなくてもいいって言ったじゃん。
なにその手のひら返し。
「えっと……違うものでもよければ作るけど」
そう言うと一同、目を輝かせた。
結局、買ってきた食材は一日で食い尽くされ、次の日はまた魚頭の町へと行くはめになった。
料理は好きだし、苦にならないし、やることがあった方が気が紛れていい。
しかし、ふと思う。
私、何しに来たんだっけ??
疑問を抱えつつ、料理人としての日々が続いた。
◇◇◇
「はい。スケルはそこ耕して」
「わかりました。せいや!」
「ミャーミャはそこを耕して」
「はーい」
「あ、魔王様。肥料、撒いてください」
「………………」
「コモツンは種蒔いて」
「我はコモツンではないぞ! コモンベルク・サルツペック・アルドレランだ!」
「そんな長い名前めんどい。略してコモツンでいいじゃない。早く、種蒔いて」
「キー! 横暴人間!」
私たちは今、畑を耕している。
骨と猫とコウモリと魔王がせっせと畑作りをしている。シュールな光景だ。
なぜこんなことをしているかというと、コイツらが食べ過ぎなのだ。
金なら腐るほどあるらしいが、こんな食事をしていたらいつか無くなる。
お金のありがたみは身に染みてわかっているため、私は考えた。自給自足できるものは作ろうと。
スケルによくよく話を聞くと、ニンジンや芋は種を買ってきてここで育てたものらしい。なので、野菜は育つということだ。だが、なぜかここで育つ野菜は声を出す野菜となってしまう。育ちは早いのだが。
シクシクシク……
私はさめざめと泣くジャガイモを収穫しながら、なんとも言えない気分になっていた。
ごめん。美味しいポタージュスープにするから。心でお祈りをして、私はジャガイモたちを剥くのであった。
グツグツグツ……
うーん。いい匂いー。
鳴き声はアレだけど、味は抜群なのよね。なんで泣いたり叫んだりしてるんだろ。不思議だ。
「あれ? 魔王様は?」
ポタージュスープをテーブルに置いてふと気がついた。いつもキチンとテーブルについて座っている魔王がいない。
「魔王様ならお仕事で外にいますよ」
スケルが飄々とした声で言うとミャーミャが渋い声を出した。
「スケル……」
地を這うような低い声に部屋の温度が低くなる。なんだ? そんなにヤバい仕事なのか?
魔王の仕事……はっ。世界征服か!
そうよね。よく本にあるじゃない。
魔王はその膨大な魔力をもってモンスターを進行させて国を滅ぼすとか、姫をかっさらうとか!
いい人っぽくて忘れてたけど魔王だ。
それくらいやりかねない。
いかん、我が国が滅びる!
「それはダメ! お仕事反対!」
「花嫁様?」
ミャーミャの戸惑う声を振り切り、私は急いで走った。夫が悪事に手を染めようというのなら、妻なら止めなきゃいかん。
でも、世界征服したいとか言われたらどうしよう。ポタージュでつるか? そんなのでつれるとは思えないが、魔王は食い意地が張っているので案外いけるかもしれない。よし、その作戦でいこう。
私は足を早めた。
◇◇◇
森を切り抜けていくと、魔王の背中が見えた。あと、モンスターの姿も! やばい四体もいる。前に王宮で見た目しかないぬとぬとのやつもいる! 人の形をとっていないヤバいやつしかいない。 あれ、四天王とかそういう系のやつなんじゃない!?
あれ? でも、変だ。なんで警備兵までいるんだ?
あ、そうか。もう戦いは始まっているんだ! そうだよね。国の危機だ。防衛のために先手を打つのはいい戦法だ。
そのわりには警備兵は四人しかいないけど……ビクビクしているけど……馬車に乗り込んで帰って行っちゃうけど……
って、おおい! 逃げるの!?
国のために働きなさいよ!
なんのために税金払っていると思ってる!
……行っちゃった。
仕方ない。給料泥棒はほっとく。
ここは私一人でもなんとか食い止めなければ……
敵の出方を伺うため、こっそり様子を見る。太めの棒を持って奇襲がかけられるように準備をしておく。
魔王はモンスター四体に向かってなにかを呟いている。
あれは強化魔法とかじゃない?
本格的にヤバい……
やはり背後からやるしか……!
そう思って足を前に進めた。
「魔王覚悟!」
気分だけはすっかり勇者になりきっていた。しかし、棒は降り下げられることなく私の腕は固まった。
目の前の光景に驚いたからだ。
魔王が口を閉じるとモンスターは青い光の玉となる。四つの光が煌々と光ったかと思うと魔王城の方へ飛んでいった。
あれ? 四天王は帰ったの??
棒を振り下ろすタイミングを逃した私は固まったまま、魔王の背中を見つめる。
魔王は一つ息を吐き出すと心底めんどくさそうな顔をして振り返った。
そして、何も言わずに歩き出す。
城へ帰るの、かな?
私は握りしめていた木を見つめ思う。
あとで薪にでもしようと。
魔王に続いて歩き出した。
歩き出したはいいが、魔王は黙ったたまで話しかけんなオーラをビシビシと感じる。
色々と聞きたいことはあるけど、聞いちゃダメってことかな。
同じように無言で歩いた。
「なぜ、何も聞かない?」
意外にも魔王の方から沈黙を破った。
「え? 話してくれるんですか?」
「聞きたいことがあるんじゃないのか」
「そりゃ、聞きたいですけど……なんか見てはいけないものを見た気がするので、トップシークレットならこの胸におさめます」
そう言うと、魔王はふっと笑った。
あ、久しぶりの笑顔だ。
「話してやる。お前のその目にも関係することだからな」
え? この目??
「すごく聞きたくなりました。私の目のこと知ってたんですか?」
「あぁ……お前の目は真実の目だな」
「真実……」
なにそれ。むちゃくちゃカッコいいネーミングではないか。俄然、聞きたくなってきた。
「いつ教えてくれるんですか?」
「飯の後だ。腹が減った」
お腹を満たしてからか……
果たしてポタージュは残っているかな。
三人に食い尽くされてそう。
食い尽くされていた場合の算段を立てつつ、ふと前から疑問だったことを聞いてみる。
「前から思ってたんですけど、食事は必要ないとか言ってましたよね?」
「……………………」
「言ってましたよね?」
詰め寄るとそっぽを向かれた。
あら、可愛くない態度。
まぁ、魔王に可愛さを求めるのもおかしいけど、ちょっとぐらい素直に言ったらいいのに。
「お前が言ったんだろ。子作りには食事が必要だと」
「あぁ、言いましたね。そんなこと。ってか、子作りのこと頭にあったんですね。それっぽい雰囲気を少しも感じなかったので、忘れているかと思いました」
今の私のポジションは新婚ほやほやの花嫁ではなく料理人だ。いや、家政婦? 三人の子供を食べさせる母親だろうか。
ともかく艶っぽさは皆無だ。
「忘れてはない。そのためにお前を娶ったのだから。だがな……」
魔王が私の頭から足先まで見つめる。
なんだそのコレじゃあな的な目は……
ええ、そりゃあ、いき遅れの22歳ですから、肌は10代の子には劣りましょうよ。
グラマラスとは無縁な体型をしてますけど、あからさまに残念がらないでくださいよ。
「私に魅力がないのは分かってますが、代わりはいませんので我慢してください」
好きだの惚れたのだので夫婦になったのではない。打算があってここにいるのだ。
なんだろ。モヤモヤする。
お腹がすいたのか?
「魅力がないとは言ってない」
ポツリと言われたことに顔を上げる。
おや? いつもと違う反応。
「まぁ、お前は変だがな」
淡々と言われたことにガクッとくる。
あぁ、そうですね。
この人がそんな艶っぽく私を見るなんてないだろう。
ちょっと憎たらしいので手を繋いでみた。冷たそうな青い手は意外にもあたたかかった。
「なんだ、これは?」
「手繋ぎです」
「行為の名称を聞いているのではない。なぜするのかと聞いている」
「手を繋ぐ理由なんていりますか?」
私は魔王と暮らして日が浅いが彼の扱い方は少しだがわかっていた。彼はゴリ押しに弱い。たぶん、根は優しいのだろう。こちらがすることなすこと何か言いたげだが容認してくれる。
だから、きっと。
「迷われると困るからな」
ほら、そんな言葉を言いつつもしっかりと握り返してくれる。
迷うわけないのに。
ここまですんなり来られた。
「そうですね。手を繋いでてください。迷わないように」
表情筋を動かして笑みを作る。
それを不気味そうに見られながら、私たちの手は離れることはなかった。
これからどんなことを知らされるかわからないけど、たぶん、大丈夫だ。
きっと、手を繋げば迷わない。