悪役が必要な世界
王様がうってつけのキャスト?
旦那様の代わりに悪になる?
意味が分からず唖然としていると、グランさんが立ち上がった。
「キール……お前は王に悪をやれというのか!」
怒号が飛び出て驚いた。
グランさんは、今までは静かに場を見ていた気がしていたから。そんな怒る姿など想像できなかった。
キールさんは怒号にも態度を変えずにグランさんを見る。
「考えてもみなよ、グラン。魔王さんが悪にならないのなら、誰かを悪にするのが一番、納得がいく」
「王は魔王を利用していた。モンスターは奇病なのに、魔王という悪の侵略にみせていた。その方が病気をカモフラージュできるから。しかし、魔王は死期が近く、その悪役を保てなくなった。そのため公表する」
「一人、悪者にすれば、そんなストーリーが描けるんだよ」
「っ……」
「しかも都合がいいことに、国王はただのお飾り。王冠を被っているだけの人だ。えらいこっちゃ王様と言われているし、実務はほとんど、部下に任せっきりという噂まである。王がいなくても、国は回る」
「貴様っ!」
グランさんの拳がキールさんを殴った。倒れるキールさんをアッシャーさんが立ち上がり支える。グランさんは怒りを隠さず仁王立ちしていた。
「あの方の何を知る! あの方ほど、国の平和を願っている方はいないぞ!」
激しい声にキールさんは何事もなく、立ち上がり座った。
「平和を願うね……なら、その首一つ差し出しても構わないんじゃないのかい?」
「貴様っ!」
グランさんがキールさんの胸ぐらを掴む。
「グラン兵長! 落ち着いてください!」
アッシャーさんが止めに入ったところで、私も立ち上がった。このままじゃ、喧嘩になる! でも、どうやって止める?
お互いを頭突きさせるか? いや、それじゃあ……あぁ! もぉ! 喧嘩すんじゃなーい!!
「――やめろ」
私が手をこまねている間に、旦那様が立ち上がる。
「醜い争いなんぞ、見たくない。二人とも今すぐ、魂の還元をしてやろうか?」
口元に弧を描いて、片手を上げる姿はザ・魔王。
え? 森の近くじゃないと、魂の還元なんてできなくないですか?
――はっ。……はったりか!
ドキドキと様子を見守っていると、意外にも脅しがきいたのか、二人は争いをやめた。二人が座ったのを見届けて、私も席に座る。
「王を悪役にするのは、本人次第だろう。第三者がとやかくいう問題ではない」
旦那様の言うとおりだ。王様が嫌がったら、ストーリーは成り立たない。それに、王様一人に押し付けるのもなんか変だ……
「あの……自分がモンスターであるということは、不幸なんでしょうか……?」
恐る恐るアッシャーさんが声を出す。みんなの視線がアッシャーさんに集まった。
「いつかモンスターになるかもしれないと恐れるよりも、それが本来の自分であるという意識でいる方が精神的にいいというか……理想論かもしれませんが……」
弱々しくなった声に微笑んだ。
「私も、そちらの方が心が楽ですね」
そう言うと、アッシャーが力なく笑う。
「でも、アッシャーさん。それは、やっぱり今すぐは難しい気がします。これは、私の経験談ですが、自分が人間という意識が強いと、モンスターの姿は受け入れがたいのです」
「今もアッシャーさんはともかく、お二人の姿は怖いです。悪魔とオークなんて初めて見ましたし」
二人に視線を送る。そして、再びアッシャーさんを見た。
「モンスターだらけを見てきた私ですら恐怖は拭えません。きっと、普通の人ならそんな姿になったらパニックになっちゃいます。モンスターの姿は、普通じゃない。病気なんだと思う方がまだ受け入れやすいかと思います」
アッシャーさんは俯いて、複雑そうに顔を歪ませた。
「でも、アッシャーさん」
彼の思いは理想かもしれないけど、尊いものだと思うから、それが伝わるように言葉を紡いだ。
「今ではなくても、いつか。きっと、いつか。アッシャーさんの言うとおりにモンスターの姿を人々が受け入れられるようになれば、それは最高だと思います」
微笑んで言うと、アッシャーさんも少しだけ微笑んでくれた。
「そうだな。俺ら世代でそれを実現するのは難しいだろう。だが、種まきはできる。その為にやれることをするだけだ」
旦那様の言葉に頷く。その後、静寂が部屋を包んだ。みんなこの世界について考えているんだ。
なんか、ちょっとクルものがあるな……
初めて森に入った時、私は一人だった。
旦那様に消えてほしくなくて、一人でやる気になっていた。
私の手を最初にスケルがとってくれた。
次に旦那様自身が繋いでくれた。
そして、ミャーミャ。
今は三人がこうして同じ事を考えてくれている。
一人じゃないってすごいんだな……
しみじみ思い耽ってしまう。
そして、話題に出てきた王様のことを思った。
旦那様が悪になれないなら、王様が悪になればいい。なんとなく理屈は分かるけど、気分のいいものではない。
だって、二人とも悪いことをしていないから。理不尽に感じてしまう。
「王様を悪役にするしか方法がないのでしょうか……」
考えはなかった。だけど、口に出さずにはいられなかった。
「すみません。キールさんみたいに、はっきりとしたアイディアがあるわけじゃないないんですけど……とても理不尽に感じてしまって……」
世界が優しくなくて腹が立って、スカートをシワができるぐらい握りしめた。
「誰も悪くはないのに、悪役が必要なのが、腹立たしいです」
違う。世界に腹立たしいのではない。
なにもできない自分が腹立たしいのだ。
いつの間にか手は震えていたらしい。触れられて初めて気づいた。あたたかい手が重なっている。弱気になると、いつのまにか差し伸ばされる手だ。
きっと、顔を上げると優しい顔がある。
ほら、やっぱり。
優しい顔だ。
「俺も王に悪役を押し付けるのは、他に案がなければと思っている」
手が握られたまま、旦那様はみんなに言う。
「俺は悪役を降りたいわけではない」
「しかし、そうなると……どうしましょうね……」
キールさんが声を出してまた考え出す。
「王に……聞いてみましょうか」
黙っていたミャーミャが声を出した。大きな三つの瞳が切なさを孕んで揺れている。
「王は人がモンスターであることをご存知です」
その事実に三人が息を飲み込む。
「この国の王は、人がモンスターであるのを隠すために機能しています。……いえ、そうなるように私が舞台を整えたのです」
その告白にキールさんは訝しげにミャーミャを見る。
「ミャーミャさん、あなたは……」
「ふふっ。最初に申し上げたでしょう」
ミャーミャは爽やかに笑う。
「私は世界の意思を知る者。世界の意思のままに私は人の意識を変える権限を与えられているのですよ。その気になれば、みなさまの意思など無視して、こちら側に有利な舞台を作ることも容易です」
ふふっと少女のように笑うミャーミャに三人は唖然としている。
「ですが……私の力は使うなと言われています。ですから、グランさん」
呼びかけられてグランさんの体がビクッとなる。
「王に聞いてくださいませんか。あの方の意思を尊重したいので」
頭の下げたミャーミャにグランさんが大きく息を吐き出す。
「わかった。どちらにせよ、王にはこのことを報告するつもりだった」
グランさんの視線が逸れる。その横顔はどこか辛そうだ。
「……あの方なら、きっと」
ポツリと呟くように言って、目を伏せる。
「――いや、第三者の俺が言うことではないな」
グランさんの切ない呟きを最後に話し合いは終わった。
帰る前に私はキールさんにこの前の頭突きのことを謝った。彼は一瞬、目を丸くした後、くすくす笑った。
「いえ、いい一撃でしたよ」
そして、耳元で内緒話をし出した。
「ラナさん。魔王さんが大好きなんですね」
その言葉に思考停止。
「それに、魔王さんもラナさんが大好きに見えます。とてもお似合いですよ」
な、なななっ!
何を言い出すんだ、この悪魔は!?
私の動揺した姿に、また悪魔は笑った。
◇◇◇
話し合いが終わった夜、私はまたも旦那様の部屋に来ていた。話し合いが無事に終わって、よかったですねーとか、のんびり話そうと思ったのに……
「あの? 旦那様? なんか、怒ってますか?」
「……………」
なんか旦那様の様子がおかしい。ムスッとしている。なんというか、拗ねてる?
ちょいちょいと指で合図され、旦那様に近づく。すると、今度はソファーに座れと合図される。しゃべんなさいよ、と思いつつソファーに座った。
すると、旦那様が私を囲うように両手をソファーの背もたれについた。
ついた。
つい……ふぉっ!?
なんだこの状況!?
目の前には拗ねた旦那様の顔がある。
「キールと何を話していた」
は?
キールさん?
「あんな風に顔を赤くして、何を話していたんだ」
はっ。
あの内緒話のことか!
まずい。非常にまずい。
あのような恥ずかしいことを言えない。
「えっと……その……あはははっ」
笑って誤魔化してみるが、通じない。ますます不機嫌そうになるだけだ。
「言えないのか?」
「言えないというか……その……」
大好きなんですとか、こっぱずかしいだけなんですよ。
「ラナ」
「は、い?」
旦那様の右手が私の顎をとらえる。にやりと笑った顔はやはり怒っていた。
「言わないと気絶するまで、キスするぞ」
ふおぉぉぉぉぉ!?
やばい! この人、目が本気だ!!
顔に熱が集まって爆発のカウントダウンが始まっている。逃げられない。どうする!?
その間にも不機嫌な瞳が近づいてくる。
万事休す!
かくなる上は、防御に徹する!
そう思って両手を旦那様の口元に向けて差し出しそうとしたが……
あっさり両手を片手で拘束されてしまった。
ああああ!
「キスするのも嫌か?」
不機嫌な瞳が怒りの瞳に変わっている。
に、逃げられないっ!
見ていられなくて、私はぎゅっと目をつぶって、叫んだ。
「い、言いますから!」
離れてー! 死んでしまう!
すると、顎と手の拘束が解かれた。
恐る恐る目を開くとまだ不機嫌そうな顔をした旦那様がいた。だけど、顔を近づけることはなく、隣に座る。
「で? 何を言われたんだ?」
ほわっ!
そうだ。危機は去っていなかった。
でも、言わないとまたアレでは困る。
私は観念して、お願いをした。
「ちょっと耳を貸してください」
顔を見ながらなんて言えないから苦肉の策だ。旦那様は首を傾げながらも、耳をこっちに近づける。私は内緒話をするように小さな声で言った。
「私は旦那様が……その……、だ、だいっ、だいっ、すきぃ? なんですね……って言われたんです……」
ヤバい。緊張して声が裏返った。
旦那様の体がビクッとする。
よし、言えた! ミッション終了!
そう思っていたのに。
「……よく聞こえない。もう一回」
ほわぁっつ!?
いやいやいや、聞こえたでしょ!
内緒話ですよ!
耳に直接、声を出したじゃないですか!
「ラナ、もう一回。じゃないと、キスする」
ガーン! むむむっ。
そう言えばまた、言うと思っているな!
……ちっくしょう。バカにして。
言ってやる!
「私は、旦那様のことが、大好きなんですねって言われました!」
耳元なのに声を張り上げてしまった。
しかし、言い切ったぞ!
へへん! どうだ。
これで、聞こえる……は……ずぅ?
ん?
なんで、ソファーに寝ているんだ?
そして、目の前には嬉しそうな旦那様の顔。
あれ??
「俺も大好きだぞ」
頭を抱えられて、近づいた旦那様の顔。
塞がれる唇。
思考停止する私。
キスしないって言ったじゃん!
……いや、しないとは言ってないか?
ともかく!
思ってたのとちがーう!
そんな思考も飲み込まれて、私はノックダウンした。
キールは見せつけるように内緒話をしました。
次はグラン&王の話になります。




