同じテーブルに着く
「……この世界で初めて作られたモンスターとは?」
重苦しい沈黙を破ったのはキールさんだった。ひくりと顔をひきつらせながら尋ねると、ミャーミャはにこりと笑う。
「先生、焦らないでください。せっかくのお茶会ですよ? お茶を頂きながら、お話しいたしましょう」
ね?と首をかしげ、キールさんに座るように促す。キールさんは苦々しい顔をして、渋々、席に座る。それを合図に全員席に座った。
テーブルは丸くなっていて、旦那様をはさむ形で、左に私、右にミャーミャが座った。私の隣にはアッシャーさん。その隣にキールさんで、その隣に名前を知らない豚頭のオーク。
こうテーブルを囲むと変な感じがする。魔王、妖精に挟まれ、悪魔とオークと三つ目猫。うーん……なんだ、このシチュエーションは。有名モンスター大集合的な? ヘンテコだ。
ポカンとしていると、妖精アッシャーさんに話しかけられる。
「ラナさん。今日は来てくれてありがとうございます。そして、マークンさんと、ミャーミャさんも」
にこっと可愛らしい微笑みで言われて、デレッとしてしまいそうになるが、聞き捨てならない発言が混じっていた。
……やばっ。まーくんは、アダ名ですって言うの忘れてた。
ちらっと旦那様を見ると、超絶微妙そうな顔をしている。それに視線を逸らした。アッシャーさんと目が合い、キョトンとされ、苦笑いが出る。
「あら、魔王様。いつから、まーくんなんて可愛らしい名前になったんですか?」
なんとなく察しているような顔でミャーミャが笑う。それに、旦那様はため息をつく。
「ラナが言い出したんだ」
みんなの視線が私に集まる。ははっ……
「アッシャーさん。ごめんなさい」
「?」
「旦那様の名前、まーくんではないんです。まーくんは、アダ名です」
「へ?」
またもキョトンとされた。
「アダ名……魔王だからですか?」
「え? はい……」
うわぁぁぁっ。頼むから無言にならないで。咄嗟だったんですよ。センス0なのは分かってますよ!
「ぷっ。ははっ。やですわ、ラナ様ったら。私もまーくんとお呼びしようかしら」
「……やめろ」
笑いだしたミャーミャにすごい嫌そうな旦那様。それに、キョトンとしていたアッシャーが微笑む。
「そうだったんですね。じゃあ、僕もまーくんとお呼びした方がいいですか?」
「やめてくれ。魔王でいい。それが名前だからな」
ふぅと、一息吐き出して、仕切り直して旦那様が話し出した。
「まずは名乗っておく、初対面の者もいるからな」
オークを旦那様が一瞥する。オークはずっと難しい顔をして座っている。
「俺が魔王だ。お前らの間では森の管理者と呼ばれている。魔王の森に住んでいる」
そう言うと、次にミャーミャが話し出した。
「名前は先程、申し上げましたね。ミャーミャです。私は魔王様よりも長く生きているモンスターで、世界の全てを知る者です。出版者としてキールさんの『勇者クラウスの冒険』を世に広めたのも私です。どうぞ、お見知りおきを」
ミャーミャが私に目線でサインを送る。
「私の名前はラナです。……えっと、魔王の花嫁になった者です」
そう言うと、黙っていたキールさんが口を開く。悪魔らしい笑みを口元に浮かべて。
「ありがとうございます。みなさんと初対面の人がいるので、ご紹介します。グランです。彼は私の古い友人で、この国の警備兵長をしています」
「グランだ……宜しく頼む」
警備兵長! なんか偉そうな人だ!
「警備兵長……国の防衛のトップがなぜここにいる。お前は俺たちとは対極な立場にあるはずだ」
旦那様の質問にグランさんは難しい顔をしたまま黙ってしまう。代わりにキールさんが話し出した。
「私たちは昔からこの国に疑問を持っていたのです。モンスターについて。だから、彼は真実を知りたい人物の一人ですよ」
「キール」
黙っていたグランさんが口を開く。そして、睨むようにキールさんを見た。
「耳障りのいい言葉を並べるな」
厳しい声で言うと、グランさんはこちらを同じく鋭い眼差しで見つめる。
「俺はキールの言うとおり、この国に疑問を持っていた。だが、この二人のように純粋に真実を知りたくて、来ているわけではない。俺の目的は監視だ」
「ここで話されることは国の平和を揺るがすものだろう……俺は直感的にそう思っている。俺が優先するのは、真実が解き明かされることではない。国の平和だ。だから、こいつが変なことをしないように監視に来たんだ」
グランさんが顎でキールさんを指す。キールさんは笑っていた。それに、旦那様も同じように不敵に笑う。
「なるほどな。目的が分かった方が立ち位置が明確になる。グランの言うことは分かった。その姿勢を貫いてくれ」
旦那様がそう言うと、グランさんは意外そうに言葉を詰まらせた。
「俺も目的を話しておこう。その方が話が早い。俺の目的はこの世界から、魔王を消すことだ」
そう言うと、ガタッとアッシャーさんが立ち上がる。信じられないという目で旦那様を見ていた。他の二人も同じような顔をしている。当然だろうな……自分の死を宣言しているようなものだから……
「そんなっ……それでは、あなたは死にたいということですか?」
「そうだ」
「っ……」
アッシャーさんが項垂れて席に着く。旦那様は淡々と言葉を並べた。
「なぜ俺がそんなことを考えたのかは開示するつもりはない。これは、俺たちの問題だからな。ただ、俺が消えてもモンスターは消えない。だから、お前達に協力を仰ぎたい」
「モンスターが……消えない?」
アッシャーさんが驚き震えながら言うと、旦那様は真実を告げた。
「この世界に人間はいない。ここにいる全員が、モンスターだということだ」
◇◇◇
旦那様は、淡々と真実を告げた。モンスターしかいないこと。魔力によって人間に化けていること。魔力が切れたら、モンスターになってしまうということ。魔王の森はその魔力を回復するためのスポットで、警備兵達にモンスターを送らせていたのは魔力の回復作業をするためだということ。
魔王は侵略などしていなかったということを。
旦那様が話し終わると、三人は黙ってしまった。アッシャーさんは青ざめているし、キールさんとグランさんは難しい顔をしている。
当然だ。私も最初聞いた時は驚いたし。
いくら知りたかった真実とはいえ、根底をひっくり返されるというのは、色々、ショックだろうな。
「にわかに信じられない話ですね……」
キールさんがそう言うと、グランさんも深い息を吐き出す。
「だろうな」
「今の話は事実ですか?」
「そうだ。嘘はない。だから、言っただろう。絶望を伴うものだと」
旦那様がそう言うとまたキールさんは黙ってしまった。
「……だから、弱かったんだ……」
ポツリと呟くようにアッシャーさんが言う。うつむいたまま、確認するように言葉を口から落とす。
「モンスターがなぜ弱いのか分からなかったんです……でも、今の言葉を聞いて妙に納得して……」
「魔力切れを起こした人間は脆い。魔力は生命力みたいなものだろうからな」
アッシャーさんが、テーブルに肘をついて、頭を抱える。ぐしゃっと綺麗な髪が掴まれて乱れた。
「……彼らが絶望したのは、モンスターの姿になっていたからなのか……僕は人間を捕まえていたのか」
吐き出された言葉は、苦しさが混じっていた。泣きそうな顔をするアッシャーさんが見ていれなくて、思わず手を伸ばした。
ゆっくり、背中に手をおく。アッシャーさんがびくっとして、顔をこちらを見せた。私は構わず、背中をさすった。
「嫌だったら言ってください……つらそうだったので……」
アッシャーさんの辛さは私は推し量れない。でも、こうやって寄り添うことはできるだけから。ゆっくり、ゆっくり。大丈夫? 大丈夫? と言えない代わりに手を動かした。
「アッシャー、お前は恥じることはない」
旦那様が声をかける。アッシャーさんの瞳が大きく開かれた。
「お前にはお前の正義があって、それを貫いた。それだけだ。それに、周りの声に惑わされず、お前はここに来た。自分の意思で。俺はお前は勇気ある者だと思う」
ふっと旦那様が笑う。
「お前がいなければ、森の中と外は交わらなかった……ありがとう。飛び越えてきてくれて」
優しい声にアッシャーさんの目頭が赤くなる。そしてまたうつむいてしまった。
「そんな……僕はただ……あなたたちが悪い人に思えなくて……敵だというのがおかしくて……」
ゆっくりとアッシャーさんが顔をあげる。とても泣きそうで、でもどこか晴れやかな顔をする。
「……僕は、あなたたちと友人になりたかったんです。こうやって、お茶を気軽に飲めるような」
あぁ、この人は優しい人だ。とっても、とっても。
「なりましょう!」
感動した私は思わずアッシャーさんの手を取った。アッシャーさんが目をぱちくりしているが、構わず興奮して続ける。
「私もアッシャーさんと友人になれたら嬉しいです。今まで、友人はいなかったので、第一号になってください」
ふんと鼻息荒く言うと、アッシャーさんは若干、引いていた。だけど、へらっと嬉しそうに笑ってくれた。
「ラナさん。優しい人なのに……僕が第一号でいいんですか?」
くすくす笑われて、嬉しくてつい余計なことを話してしまった。
「ぜひぜひ、妖精の友人なんて素敵です」
「妖精?」
――しまった。これは言ってもいいのだろうか。ちらっと旦那様とミャーミャを見たら、二人とも頷いている。なのでオッケーとみて、私は手を離して姿勢を正した。
「実は、私は生まれつき、人がモンスターに見えてしまうのです」
は? みたいな顔をされる。
「え? モンスター??」
「はい。ちなみにアッシャーさんは妖精に見えます。緑色の髪に緑色の瞳をして、羽も生えてます。超絶、愛らしい姿をしています」
「え? えぇ?」
私はキールさんとグランさんを見て言った。
「キールさんは悪魔ですね。なので、スーパー怖いです。グランさんは、豚頭のオークです。がっしりして、目つきがヤバいです」
淡々と言うと、静まり返ってしまった。一呼吸置いて、アッシャーさんが口を開く。
「えええぇぇぇ!?」
今日、一番の驚き声だ。え? 私の話で?と思ってしまうが、いいんですか?
「妖精って……なんで、そんなっ」
「それは、私たちの本来の姿なのかな?」
キールさんが冷静な声を出す。
「そうです。ラナ様の目は真実を見る目です。それは……」
「ミャーミャ」
ミャーミャが理由を言おうとしてると思ったから、首を振った。ミャーミャは充分、辛い思いをした。わざわざ、傷口に塩を塗る必要はない。
「私がこうなっている理由は言えません。ごめんなさい」
ペコっと頭を下げてると、アッシャーさんは「いいえ」と言ってくれた。
「……なるほど、人がモンスターに見えるから花嫁になっても、馴染んでいるわけですね」
キールさんの言葉に旦那様が声を出す。
「それは違うな。ラナだったからだ。ラナは俺たちと向き合ってくれた。共に歩み、手を繋いでくれた」
テーブルの下で、そっと手が繋がれた。優しい甘い眼差し。
「ラナがいなければ、俺は今、ここに来ようとは考えなかっただろうな」
繋いだ手の力がちょっぴり強まった。
こんな人前で……と思うが、取り乱してはいけないと思い、耐える。
「なるほど……失礼しました。ラナさんは魔王さんにとって理想的な花嫁だったというわけですね」
キールさんが大きく息を吐く。
「そういえば、注文を忘れてましたね」
キールさんがニコッと笑い、意外な言葉を口にした。
「ここいらで、休憩がてら何か注文をしましょうか」
ありがたい申し出だった。
だって、今にも腹の虫が鳴りそうだったから。
◇◇◇
お茶を飲みつつ、ランチをとる。異様に食べる旦那様とミャーミャに三人はドン引きだ。私は平然とサンドイッチをパクついていた。このザワークラウト美味しい。レシピを教えてほしい……
そんなことを考えていると、お茶を飲んでいたティーカップを置いたグランさんが意外にも口を開いた。
「モンスターが人に化けているという話は分かった。それを受け入れる。しかし、魔王。お前はそれを国民に公表したいのか」
「いや、それは考えてない」
同じようにティーカップを置いた旦那様が、グランさんを見据えて言う。
「俺は無用な混乱は避けたい。ただ、そうなるとモンスターになるということが説明がつかなくなる。それで、モンスターというのは突然変異の奇病だという風にルールを変えたい」
旦那様がそう言うと今度はキールさんが口を開く。
「それはなかなか難しいね……」
キールさんは顎に手をあてて、意見を述べる。
「今までは魔王がいるから、モンスターになるということが成り立っていた。魔王はいわば必要悪だった。真実を隠すためのね。それが、いなくなるということは、新たな悪が必要だろう」
キールさんはすっと目を細めて笑う。
「魔王の存在を隠して、ルールを曲げることができる人物。うってつけなキャストは、この国の王だ」




