外からの接触
世界のすべてを聞いた日から私の日常はまた元に戻っていた。旦那様は変わらずデレッデレ状態で私の神経はすり減っている。
手加減してくださいよとお願いをしているのだけど、旦那様は子供のように笑うだけで、ちっともこちらの意向を汲んでくれない。ふむ。そのうち、ストライキでも起こすか。嫁の話を聞いてー! デレビームの威力を下げてー!と。まぁ、半分は冗談だ。
そんな状態だが、いずれ子作りという確固たる目標もあるため、旦那様との距離はぐぐぐっと詰めなければならない。いつまでも恥じらっていては、できるものもできない。それは理解しているので、最近は夜に旦那様の部屋でお話しするのを日課にしている。なんてことはないことをしゃべって終わり。よく寝落ちしてしまうけど、私はこの時間が一番、好きになりつつあった。
そして、今宵もお邪魔している。寝落ちするので、パジャマに着替えて準備万端だ。今日のお話のお供はホットココア。旦那様は甘党なので、砂糖はたっぷりめだ。
「そういえば、もうすぐ一ヶ月になりますけど、音沙汰ないですね。あの二人から」
妖精アッシャーさんと悪魔キールさんのことを話題に出す。
みんなと世界をどうしたらいいか話し合ったけど、森の外の人間の意見も聞きたいということで、こちらは待機中。少しもどかしくはあるが、仕方ない。話の規模が個人でどうにかできるレベルではないのだから。
「……そうだな。まぁ、焦ることもないだろ。時間がかかるだろうし」
旦那様は余裕そうにココアを飲む。
「そうなんですけど。ちょっと、もどかしくて……」
ふっと笑われる。私はココアのカップを見つめながら、ふんと鼻で息を吐き出した。
「動けないのは、性に合いません……なんていうか、うがーっとなります。うがっーっと!」
もどかしさを伝えるためにカップを持っていない手をわきわきと動かす。変なしぐさをすると、また笑われた。
「やはり、頭突きがいけなかったのでしょうか」
「は?」
「よくよく考えれば、初対面の人に頭突きなんて失礼すぎますよね。謝ってませんし。……謝りたいけど、こちらからは言えませんし」
もどかしい。ぐぅぅ…謝ることすらできないなど。壁が厚すぎる。
「……謝る必要はないぞ」
「え? 」
旦那様がややムッとした表情で言う。
「あれは俺の為にしてくれたことだ。謝る必要はない。それに……あの男に個人的にわざわざ会わなくてもいいだろう」
なんだか旦那様らしくない言葉だ。それを不思議に思いつつ、ハッキリとした口調で言う。
「でも、悪いことをしたら謝るのが筋というものです」
めっと子供に諭すように言うと、旦那様は一瞬だけ声を詰まらせて、ますますムッとした。そして、甘いココアの匂いがするほど顔を近づけられた。
「……ラナが他の男と会うのが嫌だと言っているんだ」
わかったか?とむくれた表情で言われて、顔がボンっと爆発した。
な、なななっ!
なんですか、そのデレは!?
砂糖過多のココアのせいか!?
はくはくと言葉を出せずに口を動かすだけの私に、旦那様がふっと、息をかける。甘い、甘いココアの匂いが強くなる。
「わかったようだな」
ざまぁみろと言いたげに、不敵な笑みをされ、私はそのまま卒倒しそうになった。
うぐぐっ……旦那様と距離を縮めるのも大変だ。大変すぎる。世の奥様方はこんな死ぬ思いをして子供という宝を手に入れるのね……ダンジョンはファンタジーな世界だけのものだけだと思っていたけど、こんな日常も潜んでいるか。あなどれない。
そんな夜を過ごした翌日、望んでいたコンタクトがきた。
モンスターの引き取りにきた警備兵にアッシャーさんがいたのだ。あと、やたらゴツゴツした岩肌ゴーレムも。妖精アッシャーさんは顔を真っ赤にさせて涙目で、体をふるふるして、可愛らしい姿でサインを送ってきた。
「次の週末に前会ったお茶屋さんに――」
たぶん、時間を言おうとしたと思うのだが、岩肌ゴーレムに取っ捕まってそのまま去ってしまった。妖精の姫が悪いモンスターに拐われるようなシチュエーションだ。妖精アッシャーさんは一度、振り返って不安そうに緑色の瞳を揺らした。なので、りょうかいでーす!と叫べない代わりに、大きく手をわっかにした。合図、伝わってればいいな……
「来ましたね、コンタクト」
どこかホッとした気持ちでいると、旦那様がさっさとニンジンらしきモンスターを青い光にする。
「そうだな……」
旦那様はしばらくその場に居て、馬車が走り去るのを見ていた。
「アッシャーさん、大丈夫でしょうか」
旦那様がこっちを見る。
「なんか……物凄い勢いで、かっさわれていたので、大丈夫かな、と」
向こうの事情はよく分からないが、今まで逃げ去るだった警備兵が話しかけてくるなんて異例ではないだろうか。
「……覚悟してきたんだろう。俺たちにできるのは、その覚悟に向き合うことだ」
真摯な眼差しに私は黙った。
覚悟。
それがなければ話すこともままならない。
やっぱりこの世界はヘンテコで優しくないと改めて思う。
みんな一緒で、世界はひとつづきなのに、森の外と中で線が引かれてしまっている。
その線が消えればいい。
いつか。
「頑張りましょう! 旦那様!」
なんかすごく気合いが入って旦那様の両手を取った。興奮した顔で鼻息荒く言うと、旦那様は目を丸くする。
「世界がヘンテコなら変えればいいんですよね! だって、私たちが住んでいる場所なんですから!」
そう言うと、旦那様はとても嬉しそうに笑った。
「あぁ、そうだな」
◇◇◇
屋敷に戻るとさっそくミャーミャとスケルに報告した。
「おや。やっとですか」
「まぁ……随分と早いですね」
両極端な意見にキョトンとしていると、旦那様が口を開く。
「週末に会いに行く。それによって今後が変わるな」
「今後とは?」
スケルの疑問にソファーに座って顎に手をあてた。
「向こうに聞く覚悟があるとしても、受け入れるかは別問題だ。もし、受け入れられなかったから、別の方法をまた考えてなければならない」
「それもそうですね。でも、実際、どうするんです。魔王様の着地点って何ですか?」
スケルに聞かれて旦那様が私を見つめた。
「ラナ」
「はいっ」
「お前の望む世界はなんだ?」
唐突に聞かれて驚いた。
私が望む世界?
……私の望みは。
いつかスケルに言ったことを思い出す。
「――この世界から魔王を消したいです」
ピンと空気が張りつめる。だから、きちんと意味が通じるように言った。
だって、これはイコール旦那様の死を意味するから。その先にあるものが通じるように、言葉を続ける。
「私は旦那様を魔王のままにしたくない。子供もそうです。だから、魔王がいない世界にしたいです」
これが私の望む世界だ。
言い終わると、途端に心臓がバクバク言い出す。
だって、こういう形でみんなに言ったことなかったから。
心臓が飛び出てきそうだ。
「そうだな……」
ピンと張っていた空気が緩む。旦那様が微笑んでくれたから。スケルを見ると、ふっと笑っている。ミャーミャは目を潤ませて微笑んでいた。
……よかった。
みんな、受け入れてくれたんだ。
「俺も同意見だ。そのために、世界の仕組みを変えたい」
旦那様が今度は腕を組んで話し出した。
「現状の仕組みは魔王が人間をモンスターにするために侵略しているというものだ。その構図を崩したい。魔王の侵略がないというものにな」
「じゃあ、やはり人間がモンスターであることを周知するのですか?」
「いや、それは一部の人間が言っていればいい。広める気はない。リスクが大きいからな」
「俺はこの世界を混乱に陥れたいわけじゃない」
旦那様の眼差しはどこまでも真っ直ぐだった。
「うーん……それは難しくありませんか? モンスターに変わってしまうのは避けられないのですし」
「そうだな。簡単ではないだろう。だが、国王がこちら側に付けば話は変わるかもしれん」
え? 王様?
あのハエ王様??
「国王から周知させるということですか? 前に言ったモンスターは奇病だってことを」
「そうだ。今の俺の案だがな」
そう旦那様が言うと、ミャーミャが口を開く。
「王を動かしたいのなら、私の力を使えばよろしいのでは?」
すっとミャーミャの瞳が暗くなる。
「王家をコントロールするなど造作もないことです。魔王様の花嫁のお触れを出させたのも私です。私の力を使えば――」
「ミャーミャ」
言葉を遮った。私が。ミャーミャの目がまた悪い感情に飲まれようとしていたから。
ミャーミャは驚いて私を見る。私は笑って手を取った。
「それはもしかしたら、一番の近道かもしれないけど、今は我慢して。お願い」
「ラナ様……」
私の言葉に旦那様も立ち上がって、ミャーミャに近づく。
「そうだ。力を使う必要はない」
そう言うとミャーミャが悲しそうに目を伏せた。何も言わなくてもわかる。ミャーミャは私たちの幸せの為に何かしたいだけだ。
旦那様はふっと笑って、私が繋いだミャーミャの手の上に自分の手をのせた。
「ミャーミャ。俺はな、見せつけてやりたいんだ。”彼女”とやらに」
弾かれたようにミャーミャが顔を上げる。
「お前の作ったキャラクターはお前がどんなに不幸にしようと、自力でなんとかして、バカみたいに笑って幸せになっているぞ――とな」
それは、いつか私が言ったことだ。
それをこんな形でミャーミャに伝えるなんて……なんだよ、格好いいじゃないか。
じーんとしていると、雰囲気をぶち壊す拍手がなる。
「魔王様、格好いい! すごい決まってますよー!」
ちょっ……スケル……その言葉は格好よさが半減だ。案の定、旦那様はものすごく嫌そうにスケルを睨んだ。
「ちゃかすな」
「ちゃかしてなんかいませんよ。心底、そう思っただけです」
カタカタと骨を揺らしてスケルは笑う。
「それに、魔王がいなければ、勇者もいりませんからね」
晴れやかな声で、スケルはそう言った。
「国王を動かすのはいいとして。その二人は国王と面識あるんですか?」
「いや、わからん」
王様と繋がりか……キールさんは有名だけど、アッシャーさんは警備兵だけど、偉い人っぽくはないし……
「じゃあ、国王につながるまでえらい時間がかかりそうじゃないですか」
「そうだな。だから、簡単にはいかないと言ったんだ。だが、キールは有名な作家だ。ヤツが乗り気なら創作で、何か発信できるかもしれない」
「アッシャーは警備兵で偉くはなさそうだが、警備兵に味方がいるならそれは、メリットが多い。警備兵はモンスターに一番、関わりが深いからな。森にくるきっかけもある。コンタクトを取りやすい。まぁ、彼の精神が折れなければだけどな」
「うわー。さすが、魔王様。人間を利用してやるぜってやつですね」
スケルがぐっと親指を立てると、旦那様がため息をつく。
「俺はいいように利用するつもりはない。共犯者はいらない。欲しいのは協力者だ」
「なら、見返りが必要ですね」
「そうだな。それは、彼らが欲しい真実とやらになればいいな」
「じゃあ、協力してくれなければ、無駄骨じゃないですか」
旦那様がふっと笑う。
「無駄骨になるかはまだわからん。それに、彼らは覚悟を決めた。それに報いるくらいの情報をくれてやってもいいだろう」
うーんとスケルが考え込む。
「なら、私をその場に連れて行ってくれませんか?」
へ? ミャーミャ?
周りの驚きを無視してミャーミャはにこやかに笑う。
「キールさんとは知り合いですし。私がいた方が話に真実味が出ると思います。それに……」
「魔王よりも世界に詳しい者がいた方が彼らの好奇心を満たせるでしょ?」
ミャーミャは、ふふっと笑う。
ポカンとする我々。
あの、えっと……
え?
ええっ?
私が動揺している間に、ミャーミャが行くことが決まってしまった。
◇◇◇
そして、アッシャーさん達に会う当日になった。時間指定がなかったが、「外食を兼ねてランチタイムに行っては?」というミャーミャの一言で、そういうことにした。来ていなくてもご飯を食べてまったりしてようということだ。
これから世界の話をするのに、緊張感がない雰囲気だ。でも、それでもいいのかも。喧嘩しに行くわけではないし。ガチガチに緊張して、ピリピリしたらこの前みたいに不穏すぎる空気になる。
ただでさえ、魔王と悪魔と妖精と巨大猫が同じテーブルに付くわけだ。魔力の低いスライムの私には、やっべー、やっべーと冷や汗ものだ。
スケルは「楽しそうですね~。私も行きたいです」なんて言っていたけど、喋るガイコツを町中に出現させるわけにいかないので、また待機してもらった。
ミャーミャは森の外に出ると妖艶な女の人になるらしい。体型はボボン、キュッ、ボーン!だ。うらやましすぎる。たゆたゆの胸に目を輝かせるのは男ばかりではないのだ。
いいなーと言うと、「平たい胸でいいぞ?」と、旦那様に妙なフォローをされた。もちろん、そういうことではないと突っ込んだ。
お店に着いて、アッシャーさんの名前を言うと部屋に案内された。ドアを開いてびっくり。なんかもう一人いる。
えっと、誰でしょう?
豚頭のオークは。
ポカンとしていると、キールさんが立ち上がって、ミャーミャを見る。かなり驚いた様子だ。
「……なぜ、あなたがここに……」
ミャーミャはにこやかに微笑み頭を下げる。
「どうもお久しぶりですね。キール先生」
そして、顔を上げたミャーミャはすっと目を細めた。ブラック全開の顔になっている。
「私の名前はミャーミャ。この世界で初めて作られたモンスターでございます」
「さぁ、どうぞ席におすわりになって。世界の意思である私があなた方の疑問になんでも答えますよ」
微笑んだミャーミャに、誰もが言葉を失った。




