未踏の地図を手にするために
視点が複数人います。
■■■side キール
魔王に出会った後、アッシャーと別れた私は一人、今日の出来事をメモしていた。ペンが進む。私は興奮していた。
アッシャーを介してとはいえ、魔王と花嫁に実際に会えたのは実に幸運だった。しかも彼らは真実を教えてくれるという。渇望していたものが手に入る。興奮せざるをえない。
アッシャーがいたため、即座の彼らへのアプローチはやめたが、彼がいなかったら、私はその場で教えてほしいと答えただろう。
絶望を伴うと言っていたが、構わない。
私は独り身だし、守る家族はいない。
ただ、アッシャーは別だ。彼を不用意に巻き込むのは気が引けた。
だが……例え、アッシャーが挫けても私は一人で彼らに接触するつもりではいた。
接触への土台作りとして共犯者が欲しかった。途中、私に何があってもいいように。私が知った情報を共有する相手。できれば真実へ近づく意志がある者がいい。まぁ、思いつくのは一人だけだ。その相手は大変、迷惑がるだろうけど。
私は電話を手にとって旧友にかけた。
何コールかの後に、不機嫌そうな低い声がした。
『……なんだ』
「やぁ、グラン。元気かい?」
『元気だ。それで、今度はなんの用だ』
大きなため息を吐かれて、私はご機嫌で本題を切り出した。
「魔王に会ったよ」
息を飲む音が聞こえる。それから、ゆっくりと息を吐き出す音も。
『――どうやって、会った』
「アッシャーが偶然、魔王の花嫁に会ってね。そして、花嫁と魔王が一緒にいるところにまた偶然、会ったんだよ」
深いため息が電話越しに聞こえる。
『……信じられない話だな』
「そうだね。アッシャーから、報告はなかったのかい? もう、そっちに戻っていると思うけど」
『……いや、ない』
「そう……」
グランが私の古い友人であることは伏せてある。アッシャーは警備兵としての仕事よりも私情を優先したということだろう。彼はこっち側に来たのかな? いや、そうと決めつけるのは早計か。
「魔王は真実を開示すると言っていたよ。ただし、それは絶望を伴うものだとも言っていた」
『っ……その、話は本当か』
「あぁ。グラン、君なら私の考えていること、分かるよね?」
また、ため息。
『……真実を聞きに行くつもりか』
にこりと微笑む。
「ご明察」
『……真実を知ったら、お前はどうするつもりだ』
止められるかと思ったのに、意外な答えだ。
「さぁ……自分でも分からない。ただ、真実は暴かれるものだと思っているものだと思うよ」
『――俺が止めてもか』
声色が変わる。友人としての声じゃない。
『もしお前が真実とやらを公表するつもりなら、俺はお前を拘束してでも止めるぞ』
「……警備兵長としての判断で」
『そうだ。お前のやろうとすることは、国の平和を揺るがす。見過ごすわけないだろ』
「そうだね。君ならそう言うと思ったよ。だから、グラン」
「一緒に真実を聞きに行こう」
息を飲む音がした。
『……最初から俺を巻き込むつもりで話したな』
「あぁ、そうだよ。それに、君も知りたがっていただろ? ――この国の真実を」
電話越しに聞こえていた音がなくなる。しばらくして、また深いため息の音がした。
『……誰も彼も。俺を共犯者にしやがって』
珍しく口調が崩れた。苛立っている声だ。私の他にもグランを共犯者にした人物がいるということだろう。それは、彼が忠誠心を誓っている人かな?
「それじゃあ、私の共犯者になってくれるってことでいいかな」
『……勘違いするな。お前の暴走を止めるのが役目だ』
「はいはい。分かっているよ」
肩を竦めると、今までで一番、大きなため息をつかれた。
『それで……いつ聞きに行く気だ』
「アッシャーが答えを出したら」
『アッシャーが?』
「彼には本当に聞きたいか、聞く覚悟はあるのか宿題を出しているところだよ。可愛い甥っ子だからね。むやみに巻き込もうとは思ってない」
『どうだかな……結局、アッシャーを巻き込んでいるじゃないか。うまく言いくるめたんだろう』
心外だな。だけど、彼に疑問を抱くようにそれとなく誘導したのは認める。彼は好奇心の固まりだ。しかも根は優しい。魔王が悪ではないと知ったら、彼なら放っとけないだろう。
青臭いほどの正義感を振りかざして、彼ならこっち側にくるだろう。
本当に愚かで、可愛い甥っ子だよ。
「言いくるめてはないよ。選択権は彼に委ねている。決めるのは、アッシャー自身だよ」
■■■ sideアッシャー
僕は叔父さんの電話を呆然と聞いていた。その間にも叔父さんは淡々と電話をして、受話器を置いた。
「グラン。こっちに来るって」
にこりと笑う叔父さんに言葉を失ってヨロヨロと近くのソファーに座った。
「……叔父さんとグラン兵長って知り合いだったの?」
「そうだよ。学生時代の腐れ縁だ」
「そうなんだ……でも、なぜグラン兵長を呼んだの?」
そう尋ねると叔父さんはゾッとするほどにこやかに笑った。
「彼が君と同じだからだよ」
◇◇◇
しばらくするとグラン兵長が来た。私服姿の見るのは初めてだから、変な感じがする。グラン兵長は僕を見ると、大きく息を吐き出した。それに居たたまれなくなる。だって、僕は警備兵として、魔王のことは何一つ報告していないのだから、正直、気まずい……
グラン兵長も僕に対して思うことはあると思ったけど、意外にも何も言われなかった。
「魔王から真実を聞くという話は分かった。俺もそれに同席する。ただ、一つだけ言っておく。俺はお前たちの監視役だ。俺はあくまで国の平和を第一優先する。いいな」
グラン兵長の厳しい声に僕は背筋を伸ばし、叔父さんは「それで構わない」と言った。
「それで? 真実を聞くためにどうやって魔王とコンタクトを取るつもりだ」
「そうだね……この前は偶然、会えたけどあれ以来、町に行っても彼らには会えていない」
「え? 叔父さん、一人で行ったの?」
聞いていない話に驚いていると、叔父さんは微笑むだけだった。
「買い物に行っていると言っていたからまたあの町には来ると思うんだけどね……」
会える方法……何かあるだろうか。
「買い物に行くなら、決まった場所に行くだろう。目立つような行動は控えるだろうしな」
「そうだね。似顔絵でも書いて聞き込みでもしようか」
「……俺に絵の才能はないぞ」
「私もないよ。アッシャーは?」
「え?」
急に会話をふられて、反応が遅れた。
首を振る。僕、絵はさっぱりだ。
「じゃあ、名前を言ってみて聞き込みする?」
「名乗っているか分からないだろう。容姿で特徴を言う方がいい」
「銀髪の男に、茶色い髪の女の子って話すの? 銀髪の男は目立つけど、茶色い髪の女の子はそこいらにいるからね……」
叔父さんたちが話している中、僕はポンと手をうった。あるじゃないか、確実に彼らに会える方法が。
「僕に考えがあります。モンスター頼みになっちゃいますけど」
目を丸くする二人に作戦を話した。
そして、それから一週間経った後、チャンスがやって来た。
護送用の馬車に乗りながら、僕は変に緊張していた。上手くいくか、彼らのリアクションが気になって仕方ない。それに、他の警備兵の反応も気になる。
ルクス先輩は怒るだろうな……
殴られるのは覚悟しておこう。
いつもの場所に馬車は止まってモンスターを放つ。今日は一体だ。ニンジンみたいな形だが、足が生えている。しかも近づくと超音波のような絶叫をするので最初は捕縛に苦労した。口に布をあてて、森へ放つ。手がないのが幸いして、絶叫は半減された。
ニンジンモンスターの後に付いていく。ルクス先輩も付いて行こうとしたが、余裕の笑顔でそれを阻止した。
「一体なので、僕一人で大丈夫ですよ」
これでルクス先輩を離せればと思ったが、思いっきり拒否されてしまった。
「バカか。お前の教育係は俺だ。危険な場所に後輩だけを行かせられっかよ」
先輩らしい言葉。どうにか離そうとしたが、仕方ない。隙を見つけて話すしかないか。
森の先には二人がいた。何も言わずにこっちを見ている。
「ちっ……また二人いるのか。アッシャー、気を抜くなよ」
「はい……」
ニンジンモンスターがある程度、森に近づいた所で止まる。そして、すぐさまルクス先輩が走る足音が聞こえた。僕はその場に留まったままだった。
――僕は線を越える。相手の懐へ飛び込むんだ。
興奮なのか、緊張なのか、それとも未知への恐怖なのか。よく分からない感情がぐるぐるしていた。情けないほど僕の体は震えていたし、喉もカラカラだ。顔は熱くて真っ赤だろう。それでも、なんとか口を開いた。覚悟はできたから。
「次の週末に前会ったお茶屋さんに――」
「アッシャー!!」
時間まで言えずに先輩が僕を呼ぶ。腕を捕まれ無理やり走らされた。僕は一度だけ振り返った。
二人とも笑っていた。オッケーと手で合図を作ってくれている。それに伝わったことが分かって僕は頭を下げた。
――ダン!
「何やってんだ、てめぇは!!」
馬車に無理やり突っ込まれたと思ったら、胸ぐらを掴まれた。
「あんな化け物の前に立ったままなんて、死にてぇのか!」
ルクス先輩の言葉はもっともだったんだけど、異様に興奮していた僕は冷静さを欠いていた。カチンときて、胸ぐらを掴まれた手首を両手で掴み、力を込めて離そうとした。ギリギリと力と力の攻防になる。
「化け物なんかじゃありません!」
「はぁ!? 頭、腐ったか!」
お互い力比べして一歩も引かない。
「僕はっ……まともですよ!」
「どこがまともだ! お前、また化け物が可哀想とかバカなこと考えているんじゃねぇだろうな!」
ぐりっと喉元が締まり、息が詰まる。
バカかもしれないけど。
僕はそれを愚かだとは思わない。
「っ……どこが、変なんですかっ……彼らはっ!」
頭に血が昇って余計なことを言いそうになる。しかし、割り込まれた手で声は遮断された。額にゴツい手が触れ、思いっきり後ろに叩きつけられた。反動で首が締まる。だが、それも一瞬ですぐ苦しさから解放された。どうやらルクス先輩の手が離れたようだ。
――ダン!
「っ……」
「いって……」
引き離された僕らはそのまま馬車の背もたれに頭を強く打ち付けた。
「――やめろ」
低い声でグラン兵長が言う。
「っ……でも、こいつの行動はルールを無視した行動です! 俺の監督不行きです。キッチリ締めさせてください!」
ルクス先輩の進言にグラン兵長は、僕をギロリと睨んだ。
「ルクスの言うことも最もだ。アッシャー、お前は警備兵の輪を乱した。二日間の懲罰房行きにする。己を省みるんだな」
冷たい一言に、僕はうつむいた。そして短く「はい」とだけ答えた。笑っている顔がルクス先輩にバレないように。
■■■ sideルクス
アッシャーが懲罰房に入った。その決定自体に不満はないが、釈然としない。ムカつく……くそっ。
大体、なんでアイツは化け物に話しかけたんだ。アイツらは言葉なんか通じないぞ。くそっ……なんなんだよ。全く。
苛ついたまま、食堂で飯を食っていた俺にワインドの奴がニタニタ笑いながら近づいてきた。
「よぉ、ルクス。いや、馬鹿な後輩を持った不運な人と言うべきか?」
「あぁ?」
こいつの口の悪さは昔からだが、いちいち突っかかる言い方をしやがる。特に今は余計にむしゃくしゃする。くそっ。
「うるせぇよ。放っとけ」
「つれないな。どうせ、後輩君のせいで誰もお前に近づかないだろ? モンスターに近づいたなんて、酔狂すぎる。全く馬鹿だ。その話題で今は持ちきりだぞ。どうだ? 時の人になった気分は」
「……喧嘩、売ってんのか?」
席から立ち上がり、ワインドの前に立つ。ワインドは一歩も引かずに、不敵な笑みを浮かべていた。
「喧嘩なんて売ってないさ。お前の指導力不足を罵ってんだよ」
「っ……てめぇ」
片手で胸ぐらを掴むが、ワインドは抵抗しない。代わりに鋭い眼差しで射ぬかれてた。
「そうやって力で押さえつけて相手の言葉を遮断する。それじゃあ、誰もお前を信用しない」
「なんだとっ!」
ワインドが胸ぐらを掴んだ手首を掴み、引き離される。そのままコイツは乱れた首元を整えた。
「一度、しっかり考えるんだな。暴力しかないその頭で」
そう言うと、さっさとワインドは行ってしまった。
「くそっ……なんだっていうんだ!」
テーブルをおもいっきり叩きつけると、水の入ったコップが派手に倒れて、中の水があふれた。虚しい水の円をそこいらへんのフキンで拭いて、俺は食堂を後にした。
◇◇◇
懲罰房は兵舎の地下にある。小さな鉄格子の窓しかなく灯りはない。夜になると黒しかなくなり、自分の境界線が曖昧になる。それに恐怖し、一日にでもダメになるやつがいる。アッシャーがそんな弱いやつだとは思わないが、やや心配だった。
くそっ。なんで、俺が心配なんてしなきゃいけないんだよ。大体、アイツが一人で勝手に……俺になんの相談もなく変なことをしたんじゃないか。
アッシャーのいない二日間は、ムカついてよく眠れなかった。
そして、二日間後の夜、ケロッとした顔でアッシャーは帰ってきた。
「ご迷惑をおかけしました」
目が合って最初に謝られて、色々言いたかった文句がすっかり引っ込んでしまった。代わりに舌打ちをする。
「迷惑かけたと思うなら、理由を話せ」
「すみません。それは言えません」
思わず手が出そうになった。だが、ワインドの言葉を思い出し、ぐっと堪えた。
「どうしてもか?」
「はい」
どこまで澄んだ目が静かに答えを言う。それに舌打ちをする。
「ハッキリ言っておく。化け物と接触しようなんて異常だ。誰もお前の味方にならないぞ。俺もだ」
「お前の仕事はなんだ? 化け物を捕まえるのが仕事だろう。馴れ合うなんて考えるな。アイツらは敵だぞ」
異端の道を行くなと言いたかった。そんなの俺たちの存在価値を揺るがす道だ。引き返せと言いたかった。
……言っても意味はないと分かってても。
「本当にそうですね」
アッシャーはふっと笑う。力のないいつもコイツがしているどこか弱気な笑みだ。
「……でも、決めたんで」
その言葉に強い意志を感じた。何を言っても無駄だとその顔は語っていた。
「お前はどうしようもない大馬鹿野郎だ」
吐き捨てるように言うと、アッシャーはへらっと笑う。
「えぇ、馬鹿なんです。僕は」
その言葉にため息をつく。
「……どうしても理由を言えないのか?」
呟くような声で言うと、アッシャーは清々しい程の笑顔になる。
「すみません。今は……でも」
「いつか、ルクス先輩に言える日がくればいいと思ってます。それが、僕の目標です」
晴れやかな言葉にまたため息をつく。そして、アッシャーに近づいておもっきりデコピンをした。
「いたっ」
今はこれで許してやる。
「それなら、さっさと片付けて俺に言えよ」
そう言うと、アッシャーは額を擦りながら「はい」と笑った。
■■■ sideアッシャー
森の管理者へ接触したという事実に、周囲は冷えた目をした。でも、彼らにコンタクトを取れた。僕は満足していた。
そして、週末に僕は出掛けた。彼らとお茶をしたあの場所へ。叔父さんとグラン兵長はそれぞれ時間帯をずらして来る予定だ。時間を彼らに言わなかったので、朝から出向いた。
一人、テーブルについて、ジュースを飲む。やがて、叔父さんとグラン兵長が来た。
そして、彼らも。
未踏の地図を持って、僕の前に彼らは来てくれた。
余聞・森の外の章はこれでおしまいです。次回から、また本編のライトな感じに戻ります。




