警備兵、魔王に出会う
僕の印象では森の管理者は幽霊みたいに生気がない人だった。だけど、いざ目の前にすると、そんなことはなく……不審そうに僕を見ているところといい、変な言い方だが、生きているカンジがすごくした。
って、冷静に分析しているけど、僕は興奮しすぎて自分を見失っていた。叔父さんがいなかったら、またラナさんに嫌われて会話なんてできなかった。情けない……
叔父さんのおかげで、どうにか二人とお茶をしながら話をできるようになった。
テーブルについて、改めて二人を見る。ラナさんは無表情でやっぱり怒っているように見えた。一方、マークンという名前の森の管理者もやはり表情が変わらない。
だけど、ラナさんに向ける眼差しだけは、すごく優しかった。なんていうか……大事にしているってよく分かった。
不思議だ……どうして、そんな表情をするんだろう。ラナさんが魔王の花嫁だから? 部下としての敬愛だろうか?
と、思っていたら、どうやらマークンさんはラナさんのことが好きらしい。
「聡いな、キール。確かに俺はラナを慕っている」
その発言にびっくりしすぎて、声がでなかった。だって、魔王の花嫁を森の管理者が横恋慕? 森の中で壮絶な三角関係が繰り広げられているのだろうか。かーさんがはまっていた、ドロドロの恋愛小説みたいに……
叔父さん主導で話はできた。途中、ラナさんが激怒して、叔父さんに頭突きしていたけど、僕が想像していたよりは話ができた……と思う。
マークンさんは、今は情報を開示できないと言った。それは、僕らの覚悟が足りてないからだって。僕らが知りたがっている真実は、絶望を伴うものだから。
それを聞いて、やっぱりこの人は敵じゃないって確信した。だって、僕らの敵だったらわざわざ、こちらの身を案じない。彼らはきっと、敵じゃない。
って、少しばかり、興奮していたけど、マークンさんの最後の言葉で僕は完全にノックダウンした。
「お前たちの勇気に免じて一つだけ教えてやる。俺が魔王だ」
………………え?
今、なんて……?
「じゃあな、人間。楽しかったぞ」
ポカンとしている間に二人は行ってしまった。
――バタン
ドアが閉まっても僕は驚きすぎて口を閉じられずにいた。同じく驚いている叔父さんと目が合う。
「…………え?」
「えええええええええええ!?」
僕はありったけの声で叫んだ。
「魔王!? え? 森の管理者じゃなくて、魔王本人!? なんっ、え? えええ!?」
「……アッシャー、落ち着きなさい」
「落ち着いてられないよ!」
だって、魔王本人と話せたんだ!
森の管理者は魔王本人で!
本人で……
本人で?
なんで、魔王が森の管理者なんてやっているんだ??
しかも、彼は情報を開示するとまで言ってくれている。なんでだ?
落ち着いて椅子に座った僕に叔父さんはお茶を頼もうかと追加注文をしてくれた。
沸騰する頭を冷やしたくて冷たいジュースを注文した。それをストローでゆっくり飲みながら、叔父さんと二人から聞いた話を整理した。
「彼から聞き出せた情報によると、森の管理者は魔王本人だということ。そして、彼には真実を開示してもいいってことかな?」
「そうだね……あ、あと。魔王はラナさんを大切にしていると思う。優しい目をしていたから」
「ふむ。じゃあ、魔王と花嫁の関係は良好だろうということだね」
「うん。不思議だけど……」
考えてみればみるほど不思議だ。魔王に嫁ぐなんて、嫌だろう。なのに、あの二人は”普通”だ。
魔王がラナさんを大切にしているのは見れば分かるし、ラナさんだって、魔王が不利になったらすごく怒っていた。
――二人は信頼しあっている。当たり前のように。
あぁ、頭がパニックでおかしくなりそうだ。
「僕……こんがらがってきた」
「どうしてだい?」
「だって、今までそれが当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃなくて……彼らは、彼らは……」
「――僕らと変わらないから……」
二人の顔が脳裏に焼き付く。
夫婦で、買い物に来て。
夕食を考えたりして、家に帰る。
二人で手を繋いで。
思いやりながら。
それのどこが僕らと違うのだろう……
ラナさんが不幸じゃないと言った時に叔父さんが魔王は普通の人みたいだって言っていたけど、まさか本当にそうだなんて……
目の前の答えに愕然とする。
それは、まだ僕がどこかで世界のルールに縛られていたから。そう思った方が楽だから。
「そうだね。彼らはきっと私たちとそう変わらないのだろうね」
キール叔父さんがお茶を飲みながら、ゆっくり話し出す。
「だけど、魔王と一部のモンスターは特別だと思った方がいいんじゃないかな」
「特別……?」
「アッシャーは、モンスターを見たことがあるよね? 彼らは魔王みたいに喋ったかい?」
はっとした。
確かに、僕の知っているモンスターは喋らない。魔王みたいにコミュニケーションがとれない。
「話さない……じゃあ、モンスターには二種類いるってこと?」
「そうみたいだね。魔王と一部のモンスター……ラナさんが家族と言っているモンスターは人間みたいに喋るんじゃないかな」
「えっと……ガイコツと、猫と、コウモリだっけ?」
「そうそう。魔王を含めたその4体のモンスターは喋るし、人間らしい行動をするんだろう」
叔父さんは一度、言葉を切ってまた話し出す。
「彼らがコミュニケーションを取れるのであれば、魔王の花嫁という立場も悪くないかもしれないね。思った以上によくされているのかもしれない」
「魔王はお触れとは違った見た目だしね」
叔父さんには、僕は思い出す。
そうだ。魔王のお触れが出た時に新聞で魔王に姿を見た。銀髪に角が生え、爪は長く、肌色は青いモンスターの姿。
実際に見た彼は銀髪の特徴は同じだけど、他は違う。もっと人間らしい容貌だ。
「姿形を偽っていたってことだよね? でも、なんで……花嫁になる人に親切にするつもりなら、最初から本当の見た目を伝えた方が、怖くはないのに……」
考えれば考えるほど、辻褄が合わない。
僕らの常識と、彼らの本質は対極にあるような気がする。
まるでメビウスの輪のように、どこからかねじ曲がって歪んでいる。
考え込む僕に叔父さんはお茶を飲み干し、口元に弧を描いた。
「その理由は、魔王が言っている絶望を伴う真実ってやつなんだろうね」
絶望を伴う真実……
黙ってしまった僕に叔父さんは優しい声を出す。
「別に無理に知る必要ないと思うよ」
「え……?」
「真実は優しくはないからね」
叔父さんは諭すように僕に語る。
「知る必要のないものだから、今まで隠されてきたわけだろうし。魔王も教えるとは言ったが、それを強要しているわけではない」
「今日は色んなことを一気に知ったわけだから、色々、混乱するのも無理はないよ。よく食べて、たくさん寝て、その上で考えてみればいい」
ね?と念押しされて僕はそれ以上、何も言えなかった。
外を出ると雨が降っていた。
叔父さんは傘を貸してくれると言ったが、なんとなく濡れたくて断った。
雨に濡れながら、僕はやはり二人のことを思っていた。
――雨に降られてないかな。大丈夫かな……と。
◇◇◇
ずぶ濡れになりながら、宿舎に戻ったら、ルクス先輩がいた。出会い頭にいきなりデコピンをされる。
「っ……なにするんですか!?」
「なにするんですかじゃねぇだろう! どこ行ってやがった! 訓練の時間は過ぎてんだぞ!!」
やばっ……つい話し込んで休憩時間をとっくに過ぎていた。ルクス先輩はカンカンだ。何を言っても火に油を注ぐだけのような気がしたので、とりあえず謝っておく。
「すみませんでした……」
素直に謝ると、乱暴にタオルを投げられた。
「ったく、サボるなら、ちゃんと言えよな。いいか?」
不器用な優しさに笑ってしまい、僕はありがとうございますと言った。
その夜、僕はなかなか寝付けずにいた。今日の出来事が、ぐるぐる頭を回っている。考えなんてちっともまとまらない。
二段ベッドになっている上を見上げながら、ため息をついて、体を起こした。
「眠れないのか?」
不意に上からルクス先輩の声がした。それにビクッとなる。起きていたんだ、先輩……
二段ベッドの下から上を覗いてみると、先輩がこっちを見ていた。不機嫌そうだけど、心配している顔。それに口元だけ笑みを作る。
「ちょっと、考え事をしてて……」
「なんだよ」
ルクス先輩は、ひじを立てて頭を支えてこっちを見ていた。その眼差しの強さから、誤魔化しきれないと感じた。だけど、こんなあやふやなものを先輩に言うわけにもいかない。だから、言葉を濁した。
「大丈夫です。ありがとうございます」
そう言ったけど、先輩は納得できないのか、まだ睨むようにこっちを見ている。
「お前……最近、変だぞ」
「え?」
「ボーッとしてるっつーか、上の空だ。何かあったんじゃないのか?」
そんなにボーッとしていただろうか……考え事をしていたから、そんな風に見えていたのかもな。やばい、しっかりしないと。変に思われている。
「ちょっと、びっくりするようなことがあって……」
「あぁ? びっくりするようなこと? なんだよ?」
「えっと……」
僕は詳細を伏せて、本質だけを話した。
「ある人に隠し事をされていて。それを僕が暴こうとしちゃって、でも、その人に知らなくていいと止められたんです」
「隠し事? なんだよ?」
「それはちょっと……言えません」
はぁ? みたいな顔をされた。それに苦笑いしかできない。しょうがない。まさか魔王のことを言うわけにはいかないから。
「まぁ、いいけどよ。それで? 隠し事をされてムカついたって話しか?」
「ムカついたというか……なんか、色々、ショックで」
「ふーん……」
興味もなさそうに先輩はそう言うと顔を引っ込めた。
「ショックつーことは、その相手ってのは、大事な人なのか?」
大事な人……なんだか違和感がある。
そういえば僕は真実を知りたいってだけで魔王やラナさんとどうなりたいのか考えたこともなかった。
しばらく考えて、ひとつの答えが出た。
「……大事な人というか。友人になれたらいいなと思ってます」
話をして彼らを知りたい。今のようにギスギスした感じじゃなく、もっと自然に。そう。例えば、お茶を飲めるような関係に。僕は彼らとなってみたい。それは彼らにとって迷惑なことかもしれないけど。
「友人か……隠し事されているってことは、向こうは友人とは思ってないってことか?」
「えぇ……どちらかというと嫌われています」
苦笑いをすると、上からため息を吐く音が聞こえた。
「嫌われてても友人になりたいのか?」
「えぇ……できれば」
「じゃあ、一線を飛び越えるしかないだろう」
「一線……ですか?」
「相手がなんか事情があって線を引いてるっていうなら、それを飛び越えるしかないだろ。向こうは嫌がるかもしれないが、相手の懐に入らなきゃ、話もできないだろ?」
相手の懐に……確かに。
僕は彼らともっと話をしたい。
理解したい。
そして、助けが必要なら手を貸したい。
そういう関係になりたい。
助けが必要かはわからないけど……
少なくとも今の状況は彼らに不利だし、僕にできることがあれば、何かできればと思う。
……うまく言えないけど、そう思う。
「そうですね……先輩」
心のモヤモヤが少し晴れた気がした。
◇◇◇
次の休みに叔父さん家に行った。
僕の覚悟は決まったから。
叔父さんはいつものように、にこやかに出迎えてくれた。僕は自分の意思を伝えた。
「叔父さん。僕は、彼らと話をしたい。そして、できれば友人になりたい。そのために彼らを理解したい」
一線を越えた先に痛みがあっても、僕は飛び越えてみたいと思う。
ハッキリした口調で言うと、叔父さんは一瞬、とても嬉しそうに笑った。
「本当にいいのかい? 絶望を伴うと彼らは言っていたよ?」
「……それでも、決めたから」
だから揺るがない。止まらない。
叔父さんは深く息を吐き出すと、立ち上がって、電話のある場所に向かった。
「じゃあ、協力してもらえそうな人を呼ぼうか」
協力? 誰だろう……
思い当たらなくて首を傾げていると、叔父さんは楽しげに電話をかけた。
何回かのコールの後に相手は出たらしい。
「あぁ、グランかい?」
え?
グランってまさか……
グラン警備兵長のこと?




