警備兵、魔王の花嫁に出会う
アッシャーサイドの話が三話続きます。
今日は驚きの連続だった。
今日はモンスターを森の管理者へ送り届ける日なのに、夜明け前に叩き起こされ、三日前から捜索していたモンスターの捕縛に駆り出された。バッタ型のモンスターで、高く跳ね上がるため、捕まえるのに苦労をした。なんとか追い込み作戦で捕縛成功したけど、へとへとだ。森へ行く馬車の中でうたた寝してしまいそうになる。
「ぐぉ~!」
まぁ、ルクス先輩は本気で寝てるけど。
「ふぁっ……」
あくびを噛み殺して外を見た。森へ行く道は徐々に人気がなくなっていく。家もなくなってしばらくすると、空模様も変わっていく。どんなに晴れていても不気味な曇天が森の空には立ち込めている。見るからに不穏な風景にピリッとしてしまう。
森から少し離れた定位置に馬車は止まった。
「ルクス先輩、ルクス先輩っ! 起きてください! 着きましたよ!」
「んがっ……んん? 着いたのかぁ~?」
緊張感も何もない声に苦笑いをしてしまう。ボリボリと頭を掻いているルクス先輩を置いて、先に馬車を降りる。護送用の馬車に向かい、後ろの扉を開くと、バッタ型のモンスターの赤い目がギョロリと僕を見る。
「森に着いたよ……」
通じるとは思わなかったが、そう声をかけると、バッタ型モンスターはぴょんと荷台から降りる。その背後から、ずるり、ずるりとドブ色アメーバー状のモンスターが粘着質な音を立てて、荷台から零れ落ちた。
二体のモンスターは妙に大人しく森に向かう。逃げていた姿が嘘のようだ。そんな奇妙な光景はこのモンスターに限ったことではない。前回、森に送り届けた4体のモンスターもそうだった。
まるで、戻るべき場所に帰っていくみたいだ。
元々、人間であるはずの彼らは、なんで森に向かうことに抵抗がないのだろう……
彼らに続いて歩くと、隣にルクス先輩がきた。一緒に乗っていた二人もいる。ルクス先輩は、さっきまでのだらしない顔をしていなくピリッと引き締まった表情に戻っていた。それに自然と僕も緊張感が高まる。
引き渡し場所まで付いて、驚いた。
え? 誰かいる??
森の管理者の隣に女の人がいたのだ。茶色の髪色に茶色の目を持つ人は無表情にじっとこちらを見ていた。
……モンスター? それにしては、なんか森の管理者と雰囲気が違う……
彼女は彼と違って、なんて言うか……生きている人みたいだった。
驚いている間に引き渡しが終わってしまう。気になって一度だけ振り返った。彼女と目が合う。彼女は驚いたような顔をして、ペコリと頭を下げた。その行動に驚いてしまった。僕は逃げるようにその場を去ってしまった。
馬車に戻ると妙に心臓が早いことに気づいた。
あの人は誰なんだろう……なんで、あそこにいるんだろう……
疑問を感じていると全く同じ事をルクス先輩が叫ぶように言った。
「おい、あれは誰だ!?」
「女の人みたいでしたね……」
「んなこと、見りゃ分かる! 今まで居なかっただろう! 新手のモンスターか?」
酷く動揺して、声を荒げるルクス先輩に他の警備兵も黙る。
「兵長。森の管理者以外に、手先なんかいるんですか?」
グラン兵長は難しい顔をしていた。そして、ゆっくりと首を振る。
「いや……俺も初めて見た」
グラン兵長も知らないモンスター。一体誰なんだろう……
もう一度、彼女のことを思い出す。普通の女の人のようだった。しかも、彼女は挨拶のようにお辞儀をした。それが不自然さを際立たせている。だって、魔王の手下なら、敵なはずなのに、なぜそんなことを……
不思議で疑問は尽きなくて、僕はすっかり脳が覚醒してしまった。
そして、彼女は何者なのかばかり考えるようになった。
夜明け前にモンスターの捕縛をしたため、午後は休憩時間になった。ルクス先輩は寝ると言っていたけど、僕は興奮して寝るどころではなかった。
仕方ないので、町をぶらつくことにする。休憩場所として立ち寄った所は港町で、森から一番近い場所にある。僕はフラフラとあてもなくなく、町を歩いていた。
考えるのは今日会った彼女のことだ。
モンスターだろうと思うけど、それならなんで急に外に出て来たのだろう。
次の森の管理者になる人とか……? 彼もモンスターだろうから、寿命はあるだろう。モンスターが森に返す前に死んでしまったという事例もあるし、寿命はあるだろう。管理者交代のため二人で出てきたのも分かる気がする。
そこでふと気づく。
モンスターは脆く弱い。あっさり死ぬのになぜ彼はずっと生きているのだろう。グラン兵長の話だと、彼は少なくとも30年以上生きているという話だ……
森にいるから?
なぜ? 森にモンスターの生命を長くする何かでもあるのだろうか?
「はぁ……」
あれこれ考えても、疑問が増えるばかりだ。本人に聞くのが一番だろうけど、話しかけるなんて今はできないし……参った。
気がつくと、本屋の前にいた。店頭をちらっと見ると、叔父さんの本が並んでいた。
戻ったら、また叔父さんに話を聞いてもらおうかな。ぼんやり本を眺めていると、誰かが僕の視界に入る。
――――え?
あの人って……まさか……
覚えがある服に顔。
森の管理者と一緒にいた人だ。
え? え? え? え? ええ!?
なんでっ……!? ここにいるんだ!?
森から出ないんじゃないのか!?
僕は固まって唖然と彼女を見た。買い物カゴを下げてどう見ても買い物をしていますという雰囲気だが、色々、あり得ない。だって、魔王の手先が買い物なんてするのか? 普通に今日のご飯は何にしようかなんてしないだろう!?
――まさか。新しいモンスターを生むための調査とかか……?
魔王が直接、手を出さなくても管理者が動けばモンスターを作ることは可能なのかもしれない。
まずい……
誰かがモンスターにされるかもしれない!
本来ならルクス先輩に報告すべきなのだろうが、パニックになった僕は彼女に声をかけてしまった。
「あの……っ」
振り返る彼女は僕を見ても無表情だった。じっとこちらを見つめている。僕は冷や汗がとまらなかった。
声かけたけど、どうするんだよ!?
心臓バクバクの僕はそのまま黙ってしまった。
「何か用ですか?」
声を出されてひぇっ!?と思ったが、僕はそのままなんとか、彼女しようとしている行動を掴もうと、言葉を出す。
「あの……えっと……」
しかし、なんて言えばいいんだ……モンスターにするのは止めてくださいとかお願いするのも変だ。そもそも彼女がここにいる理由も分からないし……
混乱した僕は怪しい誘い文句を口にした。
「いきなりですみません。ここでは話しづらいので、よければあっちに……」
町中で魔王の話をするのも変だと思った結果だったが、路地裏を指差すのはかなりまずかった。
はぁ? なんだこいつ? という顔をされてしまった。それもそうだ。初対面の人物に路地裏に誘われたら女性なら誰でも警戒するよな……何にしてんだ、僕は……
案の定、彼女は僕を警戒してさっさと去ろうとする。それを怪しい動きと名乗ることで会話を繋ぎ、彼女の名前を聞き出すことには成功した。まだ去ろうとする彼女に地面に手を付きそうにになりながら、懇願する。
「少しだけでもお話させてください。この通りですから」
あぁ、情けない。
本当に僕ってやつは……もう少しスマートなやり方があったら誰か教えてほしい……
自分で自分が情けなくなりながら、ラナさんと名乗った彼女はいいですよと言ってくれた。
◇◇◇
公園で話す機会を作ったのはいいが、なんて切り出すべきか僕は悩んでいた。ちらりと彼女を見るが、ごく普通の女性のように見えた。表情は乏しいので、何を考えているのか掴めない。いや、今は僕を警戒しているだけか。
弱ったな……どうしよう……
聞きたいことは山ほどあるはずなのに、いざこうして本人を前にするとなんて話していいのか分からない。はぁ、情けない。
「それで、お話ってなんですか?」
茶色の真っ直ぐな瞳が問いかける。それを見つめていると、とてもこれから悪いことをするような人に見えなかった。
だから、純粋な疑問だけを投げかけることにした。
「ラナさんの隣にいた森の管理者のことを知りたくて。あと、ラナさんが何者かも知りたいです」
するとラナさんは明らかに嫌そうな顔をした。直球すぎたか……と不安になる。幾度かの交渉の後に、彼女は折れて答えてくれた。僕の想像を遥かに超える答えを。
「私は魔王の花嫁になった者です」
……………え?
僕は驚きすぎて、ベンチから転げ落ちそうになった。
「ま、まお、うぇ!? はなっ!」
魔王の花嫁だって!?
そんなまさか……
魔王の花嫁は知っているが、お金の為に嫁がされたという話だ。その話を聞く限り、彼女の結婚は幸せなものではなかっただろう。なのに、平然とこんなところにいるなんて……
さらに聞くと、彼女は買い物に来ているという。僕はますます混乱した。だって、普通に暮らしている。そんなのおかしい。あり得ないって思う。それを口にすると、彼女は怒りだしてしまった。
「家族ですよ! 私の家族! 魔王とガイコツと猫とコウモリです!」
そう怒鳴る彼女はごく普通の人だった。家族を馬鹿にされて怒る普通の人。その家族にものすごく違和感があるが。
僕の認識と彼女の認識で大きくずれている。たぶんだが、僕の方が間違っているような気がする。
怒って立ち去ろうとするラナさんに声をかける。
「あの……ラナさんは不幸ではないんですか?」
そう尋ねた彼女はやっぱり怒っていた。ごく普通に。当たり前のように。
「家族のために買い物に来て、夕食、何にしようかなって考えている女が不幸に見えますか?」
それに何も言えなくなって、彼女を呆然と見送った。
彼女の姿が見えなくなった後、僕はベンチに脱力した。
「ははっ……」
驚きすぎて笑いが出てしまう。でも、この笑いはなんだろう。
――そうだ。高揚感だ。僕の直感は正しかったという。喜びだ。
彼らは悪い人じゃない。
僕はそれが分かって一人、バカみたいに笑ってしまった。
本当なら彼らのことをルクス先輩に報告すべきなのだろう。だけど、僕はしなかった。言ったところで、一蹴されるだけだ。寝不足で夢でも見たんだろうって。
だけど、僕はこの驚きとワクワク感を一人だけで抱えられなかった。だから、空いた時間に叔父さんの所へ行った。
◇◇◇
「叔父さん! キール叔父さん居る!?」
またドアが開かなかったから、窓をドンドン叩いてしまった。はやる気持ちを抑えきれない。運良く叔父さんはいた。苦笑いをしながら窓を開けてくれる。
「どうしたんだい、アッシャー? そんなに慌てて」
呑気な口調で叔父さんは言ったが、僕はそれどころじゃかった。窓を乗り越えて、興奮してラナさんのことを話し出す。
「僕、魔王の花嫁に会った!」
そういうと、叔父さんは驚いた顔をした後、窓を閉めた。きっちり鍵までかけた後に僕に向き合う。その顔はいつものようにニコニコしていた。
「それは本当かい?」
「本当だよ! 偶然だけど町で会ったんだ!」
「へぇ……どこの町で?」
「魔王の森に近い港町だよ。買い物しているって言っていた」
「……買い物ねぇ」
叔父さんの顔から笑顔が消え、考え込むしぐさをする。
「どうしよう、叔父さん。話しちゃったよ……すごいよ。ラナさんは普通の人だった!」
興奮しすぎて順序だてて言えなくなっている僕に、叔父さんは「落ち着いて」と笑う。
「えっと。魔王の花嫁はラナさんという名前なのかな?」
「そうだよ」
「それで、彼女の顔はいつ知ったのかな? 魔王の花嫁の顔なんて新聞には出てなかっただろう」
「モンスターの引き渡しに行った時に、彼女が森の管理者と一緒に出てきたんだよ。それで分かった。見たその日のうちに出会えたからすぐ分かったよ」
「なるほどね……」
考え込む叔父さんに僕は続けて言う。
「ラナさんは普通の人だった。不自然なくらい」
「不自然なくらい?」
「だって、家族のために夕食を何にするか考えてるって言ってたんだ。かーさんみたいに」
叔父さんは「家族…」と呟くと僕に聞いてくる。
「ラナさんが家族と言ったのは、魔王のことかい?」
「そうだよ。あと、えーっと……魔王と、ガイコツと猫とコウモリって言っていたかな?」
「それだけかい?」
「え? あ、うん……たぶん」
そう言うと叔父さんはまた考え込む。
「彼女が言っている”家族”がモンスターだとするなら、数が少なすぎるね……アッシャーが前に森に連れて行ったモンスターの中にはガイコツや猫やコウモリはいたかい?」
そういえば……と思い出す。以前、連れて行ったモンスターの中に彼女の家族と同じモノはいない。
なぜだ……?
「森の中にはモンスターがいないってこと?」
「どうだろうね……そもそも森に入ったモンスターがどうなってしまったのかは知らないんだよね?」
「そう……だね。うん、知らない……」
なぜ気づかなかったのだろう。考えればおかしなことだ。警備兵の歴史は長い。幾度もモンスターは送られている。もし、モンスターがそのまま森でいるなら、今頃、モンスターだらけになっているはずだ。
「モンスターがいなくなっているってこと……かな?」
「どうだろうね。そう決めつけるのは早い気がするよ」
叔父さんはニコニコとした笑顔の瞳をすっと細める。
「しかし……実に興味深い話だね。魔王に嫁いだ花嫁は辛い境遇に置かれていると思っていたよ。なんせ、相手は人から恐れられている魔王の花嫁になったのだから……」
「そうだね……僕もそう思った」
「予想以上に厚待遇なのか……あるいは洗脳されているのかな?」
洗脳……どうだろう……
「そんな風には見えなかったけど……」
「どうだろうね。相手は魔王だ。そのぐらいできそうな気がするよ」
「でも、それなら、わざわざ外に出す必要がないんじゃないかな? だって、ラナさんを見ると、不幸せに見えない。彼女も自分でそう言っていたし……不幸せじゃないってアピールするのは、魔王にとってメリットがあるとは思えない」
魔王が人を陥れるようとしてるのなら、わざわざそんなことはしない。もし、僕が魔王なら彼女を外に出さない。花嫁は二度と森から出てきませんでした……という結末の方がずっと恐ろしく感じるからだ。まぁ、これは叔父さんの話の受け売りもあるけど。
「確かに花嫁が元気で買い物しているなんて知ったら、魔王はわりと普通の人だと思うだろうね」
ははっと笑う叔父さんに強く頷く。
「魔王の花嫁か……会ってみたいね。ぜひ」
不意に言われたことに目を丸くする。
「また会えるとは限らないよ?」
「彼女は買い物に来ているんだろう? なら、またその町に来るんじゃないかな?」
そう言うと、叔父さんはにこっと笑った。
「私もその町に行ってみようかな。会えるチャンスがありそうだ」
その提案に驚く。叔父さんがいればもっと話を聞けるかもしれない。でも……
「話をしてもらえるかな……僕、ラナさんをすごく怒らせてしまったんだよね……」
「おやおや」
また笑われて落ち込む。
「じゃあ、尚更、私も一緒に会いたいな。まぁ……本当に会えたらいいけどね」
また会えるのかな……
会ってみたい。
この前のことを謝って話を聞いてみたい。
でも、そんな偶然、またあるのだろうか。
と、思っていたのだけど、偶然ばったり会ってしまった。
僕は固まった。
驚きすぎて、声が震える。
「も、ももももももっ!」
だって、彼女と森の管理者が目の前にいたから。




