猫と骨 ―行く末を見守る者と見守れない者
ミャーミャ視点のスケルとの会話です。
前半は狂気に満ちた時。時系列は「従者に言われて恋を自覚する」で、スケルはラナから世界の一端を聞いた後です。
後半は狂気が抜けた後です。
時系列は「世界を変わるために」の魔王とラナが会話しているときです。残酷描写がありませんが、シリアスな話です。
「ご機嫌よう、ミャーミャさん。少し、いいですか?」
そう声をかけられたのは、洗濯物を干している時だった。デジャブを感じる。あの時は高揚したが、今は何の感情も沸かない。相手を一瞥すると、帯刀していた。もう何年もその姿を見ていない。今さらそんなものを持ち出して、何の用だと言うのだろうか。
つまらない会話など早く終わらせてしまおう。さっさと終わらせて、また魔王様と花嫁様の動向を見なければ。
「何のようです?」
手を止めずに話すと、相手はさして気にしてないのか、軽い口調で話し出す。
「宣戦布告をしておこうと思いまして」
その言葉に手が止まる。無表情で見つめると同じく考えが分からない相手の顔が見えた。
「宣戦布告など物騒ですね。勇者にでも戻ったんですか?」
「そうですね。勇者に戻ってもいいと思ってますよ。今は」
皮肉が通じないことに、少々、苛立つ。無言で見つめると、相手は腰の剣に手をかける。
「ラナ様にあなたが黒幕だと聞きました。なので、ご挨拶をと思いまして」
「それはそれはご丁寧に。もう結構なので、帰っていいですよ」
「そうもいきません」
相手が剣を抜く。
「ラナ様と私は黒幕を見つけたら頭突きをすると約束を交わしました。でも……」
喉元に光る刃物が突きつけられた。
「頭突きなんかより、首を落とした方が手っ取り早いと思いませんか?」
冗談ではないと黒い目が語っている。だが、この男は私を殺せない。それができない理由がある。だから、宣戦布告と言ったのだ。
「ご冗談を、勇者様。あなたが私を殺せるはずありませんわ」
「そうでしょうか?」
喉元の剣にややに力を込められる。
「私は魔王は殺せませんが、あなたは別ですよね? このまま首を落とすことは可能なはずです」
黒い瞳は怒りが宿っていた。
「試してみます?」
静かに尋ねられた時、風が吹き、洗濯物がはためいた。
「私を殺しても花嫁様が悲しむだけですよ?」
私も同じ黒い瞳を向ける。こんな人間ごときに殺されるわけにはいかない。私にはとっておきの演劇を見ている最中だ。魔王様と花嫁様の幸せな舞台。感動の舞台は最後まで見届けて拍手を送らなければ。
あなたはもう用済み。この舞台に上がる必要も観客席にいる必要もない。ゴミはさっさと、掃除して捨ててしまおうかしら?
「そうでしょうね……ラナ様はなぜかあなたに激甘です。赦してしまっている。だが、私は違いますよ」
勇者は剣を引き、鞘に納める。
「今後、お二人に不穏なことをすれば、私は迷わずあなたの首を落とします」
「だから、これは宣戦布告です」
何もできずに死んでいくだけの勇者が生意気な。私はゆるりと口元に弧を描き、恍惚の笑みを浮かべる。
「不穏なことなど……私は誰よりもお二人の幸せを願っているのですから」
だから、邪魔なのはあなたの方なのよ。
「二人の幸せをですか? 矛盾してますね」
勇者も同じように嘲笑う。
「――自分の幸せのために、でしょ?」
その言葉にカッとなった。
「あなたは私欲のためにラナ様の目を変えたんでしょう? 何があなたを駆り立てているのか分かりませんが、それを二人の幸せの為だなんてお綺麗な言葉で包んでも、ちゃんちゃら可笑しいです」
怒りが込み上げる。余裕な顔で私の中を踏み込んでくる。
「減らず口を……貴様に何が分かるという」
「何もわかりませんよ」
黒い瞳は一歩もひけをとらずに私を見据える。
「あなたは何も語りませんからね。後生大事に何かを抱えて、一人で居ようとする。見ていて腹が立つんですよ。まぁ、魔王様も最初はそうだったので、似た者親子ということですかね」
「でも、あなたの息子は前を見ようとしていますよ? あなたもいい加減、歩き出したらどうですか?」
散々な物言いに口を開きたくなかった。これ以上、雑音に惑わされたくない。
「ご忠告どうも、勇者様。あなた様に言われなくとも、私は幸せなのでお気になさらずに」
笑顔で言ったつもりだった。なのに、目の前の男は哀れむような表情をする。
「可哀想な人だ……」
その声に何かを言おうとしたが、その前に男は歩き出してしまった。
苛立ちが募って、つい洗濯物に爪を立ててしまった。ビリっと破ける服を静かに見届けて、息を吐き出す。
「ふふっ。私ったら、いけないわ。あんな雑音を気にするなど。さぁ、終わらせちゃいましょう」
この時、私は気づかなかった。
勇者によって切られたことを。
切られたのは狂気の心。
だから、あんな風にいとも簡単にラナ様たちに本心を打ち明けることができたのだろう。
本人にそのつもりはないかもしれない。
今もしれっと隣に居て、私が洗濯物を干している所を見ているのだから。でも、今日は様子がおかしい。いつもズケズケ言う彼が、言いづらそうに口ごもっている。
「どうしたんですか?」
なるべく優しい声で話しかけると、彼はバツが悪そうに話し出した。
「お詫びをしようと思いましてね……」
そう言うと彼は騎士のように地面に膝をつき、頭を垂れた。それに驚いて手を止める。
「前に宣戦布告なんてしましたが、取り消させてください。申し訳ありませんでした」
「どうして、そんなこと……」
いつも余裕な態度を崩さない彼からは想像できないほど、しおらしい態度だ。
「ミャーミャさんの話を聞かず、苛立ちのあまり剣を向けました。もっと話を聞けばよかったです」
真摯な態度にくすりと笑って、同じ目線になるように屈む。
「顔を上げてください。あなたは悪いことはしてませんから」
そう言うと彼は顔を上げて、視線を逸らす。
「……あなたはずっと戦ってた。早く気づくべきでした」
優しい人だと思う。巻き込んだのはこちらなのに、ラナ様といい、この人といい、なんでそんなに優しくしてくれるのだろう。
「私は間違えてばかりでした。あなたを巻き込んでいいように使いました。だから、私の方こそごめんなさい」
そう言うと、彼はやっと少しだけ微笑んでくれた。
洗濯物が途中だったので、手を動かす。灰色の空に似つかわしくない白いシーツがはためいた。彼は立ち去ることはせず、じっとそれを見つめていた。
「ミャーミャさん」
いつもの声色。それに少しだけ安堵して、振り返らずに「なんですか?」と返す。
「私っていつ死ぬんですかね?」
手に取ったハンガーが落ちる。動揺したのがバレバレだ。何気なくそれを拾い上げて、付いてしまった土を払う。服を丁寧にかけ、物干し竿にかけた。
「どうして、それを?」
振り返った彼を見ると、いつもの余裕の態度だった。
「私って魔王様に名付けされて従者になったんですよね? なら、寿命があるはずですよね。いつかなー?と思いまして」
死期を話しているというのにまるでお茶でも飲みながら話をしているみたいだ。
なんと言おうか一瞬だけ迷った。しかし、取り繕ったり、嘘をつくのはもうやめておこう。だから、知っていることを告げる。
「正確にはわかりません。従者で寿命をまっとうした人はいませんから」
「すると、今までの従者は自害したのですか?」
「えぇ……」
「なるほど……いやぁね。花嫁の指輪の寿命が100年だって言ってたんで、もしかしたら、私もそうかなと思いましてね」
「だとしたら、もう2年もないなって思ったんです」
彼の推察する寿命は当たっているかもしれない。それよりもあと2年という正確な年月に驚いた。
「正確な月日ですね……」
「あぁ、私、ここに来てから日記を付けてましてね。だからですよ」
意外でしょ?と子供のようにおどける彼に少しだけ微笑む。
「そうでしたか……寿命はそれが正しいかもしれません」
「なるほど」
軽い口調で言った彼は、うーんと腕組みをした。
「ラナ様と魔王様のお子さまをこの手に抱いてみたかったのですが、叶わないかもしれませんね」
淡々と。だけど、寂しそうに言う彼に心に冷たい風が吹く。
「そうですね。残念ですけど……」
そう言うと、彼はうーんと背伸びをして私に向かって言った。
「じゃあ、その役目はミャーミャさんに譲りますよ。私だと骨過ぎて赤ちゃんが泣いちゃうかもしれませんから」
「ふふっ……ありがとうございます」
微笑むと、彼は少しだけ困ったように笑った。
「一人になろうとするなと、あなたに言ったのに、結局、一人にさせますね」
その言葉は優しく染み渡った。
「いいのよ。私は行く末を見守る者だから」
悲しくはあるが、今は心は穏やかでもある。なびくシーツのように、ゆるやかに悠久の時を生きる者。それが私だ。
「泣きたくなったらいつでもどうぞ。固いですけど」
手を大袈裟に広げる彼にくすっと笑った。
「では、遠慮なくそうしましょう」
そう言って、私は洗濯物をまた干し出した。彼はまたそれを黙って見つめていた。
曇天の空の下。また白いシーツがふわりと舞った。
第三章の各キャラたちの動きです。
・ラナとスケルの会話
・ラナと魔王、警備兵を見る。
・ラナと魔王。デレデレランチ。
・(馬車に乗る前)ラナとスケルの会話
・ラナ、町で妖精に遭遇
・ラナ、パエリア作り
・ラナと魔王。妖精について会話。
・魔王とスケルのケンカ
別の日
・ミャーミャとスケルの会話
数日後
・魔王とラナ、妖精と悪魔に遭遇
・四人でお茶。
・魔王とラナ、雨の中の告白
・世界の全てを聞く。
・魔王とラナの初キッス
・同時時刻、ミャーミャとスケルの会話
・夜、魔王とスケルの乾杯
という時系列になります。
スケルが裏で色々、動いていた章でした。




