魔王と骨―乾杯
魔王視点の話です。
話が三つあり、それぞれ時系列が違います。
第三章の動き
・ラナとスケルの会話
・ラナと魔王、警備兵を見る
・ラナ、町で妖精に遭遇
・ラナ、パエリア作り
・ラナと魔王。妖精について会話。
・魔王とスケルのケンカ←【ここと】
数日後
・魔王とラナ、妖精と悪魔に遭遇
・四人でお茶。
・魔王とラナ、雨の中の告白←【ここと】
・世界の全てを聞く。
・魔王とラナの初キッス
・同時時刻、ミャーミャとスケルの会話
・夜、魔王とスケルの乾杯←【ここです】
よく分からないと思いますが、三つ話があります。
残酷描写はありません。
「魔王様、ちょっといいですか?」
普段、俺の部屋に近づきもしない珍しい客人が来たのは、眠ったラナを送り届けた後だった。
「……なんだ?」
「いえ、たまには夜の語らいでもしようかと思いましてね」
おかしなことを言う。夜の語らいなど今までしたことがない。コイツは基本、俺を嫌っている。そんな可愛いものじゃないな。憎んでいるというのが正解だろう。そう思われるのは仕方ないことだ。俺がコイツに課したことを思えば。
そんなコイツが夜の語らい? おかしな夜だ。だが……まぁ、悪くないかもな。
「座れ」
「はい。遠慮なく」
座るところは1つしかないため、ソファーに二人で座る。並んで座ったら違和感が酷かった。
「酒とかないんですか?」
「ない」
「なんだ。飲みたい気分でしたのに。今度は用意しておいてくださいよ」
次もあるような言い方に変な気分になる。だが、コイツと飲むのも案外、いいかもしれない。
「用意しておく」
そう言うと意外そうな顔をされた。黒い空洞の瞳とぶつかる。暫くお互いに黙った。コイツが何か話があったのは明白だ。俺はゆっくりと言葉を待った。すると、スケルは拍子抜けするほど意外な言葉を吐いた。
「恋愛小説効果はありましたか?」
思わず眉間に皺を寄せる。なんだ、そのことか。以前、ラナとデートした直後に出会い頭に小バカにしたように言われたのだったな。
『デートは楽しめましたか?』
『……まぁな』
『なんですか? そんな暗い顔して。もしかして、初デートでエスコートも何もしなかったんじゃないでしょうね?』
『…………』
『黙んないでくださいよ。はー、やだやだ。女性一人エスコートできない主など』
『……しょうがないだろ。デートなどしたことがない』
『はぁ? したことがないなら、恋愛小説十冊ぐらい読んで研究してくださいよ。本馬鹿なんですから』
『…………』
というやり取りがあった。スケルの言うことも一理あったので、あれから恋愛小説を読み漁った。正直、女性の心理というものはよく分からないが、ラナがこれをやって喜ぶのもよいかと思って、ドキドキするシーンを頭に叩き込んだ。
結果は上々だった。ラナは見せたことない顔をした。赤くなったり、目を泳がせたり、ぎこちなくなってみたり、変な態度がますます変になった。
だが、あからさまに照れる顔を見るのは気分が良かった。意識されているのが、手に取るように分かるからだ。
「まぁまぁ、あった」
思い出しながら笑うと、「うわー」と微妙そうな声を出される。
「ゲスい顔してますよ」
「どんな顔だ」
間髪なく言い返すと、指をさされた。それにムッとする。
「ラブラブなのはいいですけど、あまりモーションかけないでくださいよ。押せ押せでいくから、本心隠されるんですよ」
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味です」
意味深な言葉の羅列に少々、苛立つ。気づけよというサインなのかもしれないが、コイツにしては妙に嫌みったらしい言い方だ。怒っているように感じた。
「端的に言え。お前らしくない」
「じゃあ、言わせて頂きます」
「ラナ様に”魔王を消したらこの世界はどうなる?”と聞かれました」
その言葉に一瞬の息が詰まった。
「意味、わかりますよね?」
「…………」
「子供を作ったら、あなた様は消えるんですよね? ラナ様はわりと本気でそれを実行しようとしていますよ。知っていましたか?」
視線が自然に逸れた。
「聞かされてはないが、勘づいてはいた」
“二人ですよ”と言ったラナの瞳は本気だったから。
「勘づいてたなら、なんでその事を話さないのですか? なぜ、私の所にラナ様が来るのです? お二人の問題でしょうに」
スケルは苛立っているのか、普段はきっちりしまった首もとを緩めた。
「大事なことを話し合わずに、イチャついてる場合じゃありませんよ。馬鹿なんですか? ねぇ、馬鹿なんですか?」
言葉を返せない。確かにスケルの言うことはもっともだったからだ。
「その話は俺の中では反対だ。ラナもきっと折れないだろう」
「だから、問題から目を逸らすというわけですか?」
スケルは畳み掛けるように言う。
「子供の問題は最初からあった話でしょう? 何をちんたらやってんですか? 早く覚悟決めちゃってくださいよ。まさか、死ぬのが怖いとか今さらないですよね?」
「それはない」
互いにヒートアップしてきて語気が強まる。
「余計なお世話だ。俺は子供を作る気はない。ラナだけを遺して逝けるわけないだろ」
「なら、そう言ったらどうですか?」
黒い空洞の瞳はどこまでもまっすぐ俺を見つめた。
「腹くくって言ってください。問題から尻尾巻いて逃げて、甘い汁だけ貰おうなんて無様なだけですよ。それとも懐柔して、思い通りにしようなんて魂胆ですか?」
思わずカッとなってスケルの胸ぐらに掴みかかる。
「余計な口出しをするな……これは俺とラナの問題だ」
スケルは動じずに、俺を掴んだ。
「お二人の問題なら、話し合えっていうんですよ!」
両手で掴まれて、体が空を舞う。
「っ!?」
気がつけば頭を床に押さえつけられ、背中に乗られていた。立ち上がろうとするが、拘束されて身動きが取れない。くそっ……
「無様ですね……魔王と呼ばれるあなたが床に這いつくばって」
「っ……」
「私はあなた様を殺せませんが、組倒すことなんて他愛のないことです。根暗で格好つけの魔王様とは、覚悟も鍛え方も違うんですよ」
ぐっと押さえつけられた手が強まった。
「離せ……」
「…………」
「離せ!」
スケルは答えない。本心を晒すまで離さないつもりか。ちっ……最悪だ。いや、最悪なのは俺の考えか……
「あぁ、そうだよ。お前の言うとおりだ。俺は恐れている。ラナと言い合いになることを」
俺たちに残された道に二人で生き残る道は一つしかない。しかし、それもまた確実なものではない。
「問題に直面したら、二人で未来を嘆くしかない。ラナの顔を曇らせることになる。それなら、目を逸らした方がいい」
「仮初めでもなんでもいい。アイツが笑うなら、俺はっ……」
やっていることが無茶苦茶だと自分でも分かっている。矛盾しているとも。いや、それは言い訳だな。アイツのためじゃない。全部、自分のためだ。
「違う……俺はただ、目の前の幸せを失いたくないだけだ……」
情けないほど弱い本音が出た。本当は分かっている。その幸せも期限つきだ。なら、その時間の限り、ラナと過ごしていたいだけだ。何気ないことが今、この上なく幸せなのだから。
「ほんと、大馬鹿野郎なんですから……」
心底呆れた声と共に、拘束が解かれる。体を起こすと、黒い目は思いの外、優しかった。
「まぁ、気持ちは分からなくはないですけどね」
さっきまでの苛立ちを消していつもの軽口を叩き出す。
「惚れた女を悲しませたくないというのは男の本音でしょう。それに、根暗ぼっちのあなたにいい嫁が来たんです。離したくないのも無理はありません」
根暗ぼっちはその通りだが、言われるとムカつく。
「ラナ様。悩んでましたよ。魔王様を幸せにしたいのに、死も望んでいる。矛盾していると」
黒い瞳は俺の前に立って、肩を竦めて言う。
「あの方は、何も持たない人間です。ですが、あなた様を理解して、どうにかしようと必死になってます。引っ張られるだけではなく、たまには甲斐性を見せたらどうですか?」
ぐうの音も出ない。確かに俺はラナに引っ張られてばかりだ。ラナはいつも俺を導き、叱咤しているのにな……情けない。
「黙っているということは肯定してるってことですか?」
「そうだな……」
「はぁ……全く。格好つけるなら、貫き通してくださいよ。中途半端にしないで」
骨の手を伸ばされた。掴めということだろうか。手を差し出すと、強引に立たされた。
「ありがとうな」
「……礼など言わないでください。背筋がぞわぞわします。皮膚はないですけど」
それに笑って、いつも感じていた本心を吐き出した。
「お前には敵わないな。いつも……」
殺すほど憎かったはずなのに、コイツは俺を赦した。憎しみを越えて、俺と向き合っている。そして、今は俺を叱咤しにきている。ラナと同じだ。煌々と目を輝かせ、曇ることがない。
どうしてお前らは耐え難い苦しみを前にしても、前を向いてられるのだろうな……
「何、言ってるんですか」
目の前の男はそう言って笑った。
「私はあなたを倒しに来た勇者ですよ? あなたに勝って当たり前です」
平然と言ってのける態度にまた笑った。
「じゃあ、この辺で失礼します」
勇者は従者に戻って、お辞儀をする。
「あ、次はお酒、用意しておいてくださいね」
そして、スケルは扉を閉めた。
一人残された俺は奴の言葉を反芻していた。
「格好つけるなら貫けか」
一度目を閉じ、開くと世界が違って見えた。
――――――
雨が降っていた。
水を跳ねる足音がする。
人が去り、雨の中、二人だけだ。
まるで俺の願望そのものだ。
閉じた雨の世界は。
“いつか俺を殺すつもりだろう?”
そう問いかけたラナの顔は絶望に満ちていた。それに胸が痛い。やはり悲しませている。そんな顔をさせたいわけではないのに。俺は馬鹿だな。
ぎゅっとスカートを掴んで耐えるように一人で立っているラナの支えになりたくて、近づいて頭を抱き寄せた。熱い頭が俺の冷えた体に当たった。
「っ……ごめんなさい、旦那様。私は、あなたの全部が欲しいんです……」
鼻をすすり、涙声の告白は酷く甘美に聞こえた。ラナにとっては最悪な告白だったかもしれないが、俺にとっては最高の告白だった。
ラナは俺を夫だと言うが、それは家族愛に近い感覚で、恋愛ではないような気がしていたからだ。俺はとっくにお前を見てるっていうのにな……だから、不謹慎だとは思うが、嬉しかった。
その喜びを伝えようかと思ったが、アイツの言葉が過った。
“――格好つけるなら、貫き通してくださいよ”
こんな時に思い出さなくてもいいだろうと思うが、仕方ない。馬鹿みたいに嬉しいという本音は隠して、ラナを安心させる言葉を紡ぐ。
「まだ諦めたわけではない。可能性がゼロじゃない限り、俺は前を向く。最期の一秒まで、前を向く」
「お前も同じだろ?――ラナ」
我ながらベタな言葉だと思うが、これが今の精一杯の格好つけた言葉だった。だが、ラナは表情を明るくさせた。涙で目を真っ赤にさせながら、俺の好きな笑顔になる。
「もちろん。私は最後まで諦めません」
曇っていた表情に煌々と明かりが灯る。俺は格好つけられたらしい。
ラナと手を繋なぎ引っ張った。
今度は俺がラナを引っ張れるように願いを込めて。
――――――
世界の全てを聞いた夜、アイツはまた突然、訪問してきた。
ーコンコンコン
「……普通、ドアを開く前に叩かないか?」
開かれたドアをわざわざノックする無作法な態度にやや呆れる。
「これは失礼しました。魔王様」
真意があまり読めない男は従者らしく丁寧にお辞儀した。それに、ため息を吐き出し、チェストにしまってあったものを取り出す。
「飲むか?」
それを見た男は一瞬だけ驚いたような顔をして、近づいてきた。
「ええ、ぜひ」
白ワインをグラスに注いでいく。グラスを渡すと、黄色味がかかった透明な液体をしげしげと見つめだした。
「なんで白ワインなんですか?」
「俺の好みだ」
「魔王だったら、赤ワインじゃないですか? 血の色だー! ははははっ! とか高笑いして」
「……お前、馬鹿にしてるだろ」
「ええ、馬鹿にしてます」
飄々と言ってワインを口にするコイツに脱力しながら、俺もワインを口にした。
「ちゃんと、話はできましたか?」
「あぁ……」
グラスを見つめながら言うと、隣の男は嬉しそうな声を出す。
「それは良かったです。で。ちゃんと、格好つけてきましたか?」
「あぁ……」
自分の行いを採点されているような気分になり居心地が悪くなる。
「へぇ~……どんな風に格好つけてきたんです?」
「お前には教えない」
絶対、馬鹿にするだろ?と言いたかったが、それを言うとねちねち言われそうなので黙っておく。そして、ワインをまた口にした。
「別にいいですけどね。ラナ様に聞くので」
「っ……」
思わずむせる。隣を見ると楽しげな黒い瞳があった。
コイツ……わざと、今のタイミングで言ったな。
「ラナ様と私は同盟を結んでいる協力者です。魔王様が思っているよりもずっと仲良しなんです」
わざと苛立たせるような言い方だ。それを分かってつい反論してしまうのは俺の度量が狭いせいだろう。
「俺が一番、仲良しだ」
「へぇ~、どんな風にですか?」
「今日だって、キ……」
ポロっと出たことに慌てて口を閉じる。隣、見たくないな……
「へぇ~…愛のキッスでもしたんですか?」
……俺は馬鹿だ。
「へぇ~、魔王様がね。へぇ~」
「……何が言いたい」
「いえね。やる時はやるんだと、見直しました。てっきり、ムッツリかと」
「もう、黙れ」
盛大にため息を吐くと、隣の男は嬉しそうにグラスを掲げた。
「初キッスに乾杯!」
「……やめろ」
「あ、脱童貞の時も祝杯あげますからね」
「もうお前とは酒を飲まん」
うんざりしながら言うと、隣の男は嬉しそうにグラスのワインを飲み干した。
次はミャーミャとスケルの話です。
更新は明後日になります。




