家族 sideミャーミャ
私は独りだった。
正確に言うと、彼女がいたから人数としては二人だったが、彼女と私の関係は支配者と奴隷。とても家族などというあたたかい関係ではなかった。
魔王様を育てて家族ごっこを楽しんでいた時期もあった。しかし、私のやっていることは家畜の飼育と変わらない。
愛情をかけて餌となる魔王を育てる。
彼女の腹を満たすため、彼女が嗤うため。全ては彼女のために――
魔王様と私の関係もまた、奴隷と支配者に似たようなものだった。
勇者を迎え、悲劇が起こる。
花嫁を迎え、悲劇が起こる。
それをどこか演劇を観ているかのように眺め、また繰り返すために役者を舞台を整える。観客席には私しかいない。
私はずっと独りだ。
家族などというどこか窮屈で愛しいものを欲したことはなかった。その概念すらなかった。でも、今の魔王様のご両親の時、私は家族の一員のように扱われた。
しかし、家族は私を置いていった。
魔王様を亡くして絶望するラ◼️様に何度も訴えた。置いていかれたくなくて、必死に生きるように訴えた。
「ラ◼️様、お気を確かに! お子さまは生きてらっしゃいます! ほら、魔王様にそっくりですよ!」
「ごめんなさい、ミャーミャ……その子を見るのが私は辛いの。ごめんなさい。こんな母親でごめんなさい……」
泣いて謝るラ◼️様に何も言えなかった。
曇天の空の下。
独りと独りが遺される。
家族ではない。
こんな関係、家族とは言えない。
私は役者に演技を教え、舞台を整えるだけ。それだけの存在だ。
舞台がより悲劇に満ちるように、スポットライトを当て、必要なら違う演技も教える。
でも……私は役者にはなれない。
舞台には上がれない。
世界の外側で眺めるだけ。独り。たった独りで。
誰かと手を繋ぎたかった。
誰かに抱きしめられたかった。
誰かに名前を呼ばれたかった。
誰かに気づいてもらいたかった。
私はここにいると。
◇◇◇
「家族が欲しかったの?」
ラナ様の声にこくりと頷くと、彼女は難しそうな顔をする。
「旦那様とミャーミャは家族ではなかったの?」
ごく当たり前にご両親に愛されたラナ様には私たちの関係は特殊すぎて理解できないのだろう。でも、それを責めるつもりはない。
「そうですね……ただ一緒に暮らしていただけで、家族と呼べるかは……」
「そうだったのか?」
作業を終わらせた魔王様が私に向かって話しかけてきた。どことなく拗ねている。こんな表情をする魔王様は久しぶりだ。
「俺はミャーミャのこと、ただの同居人とは思ってなかったがな」
ふいっと逸らされた視線に傷つけてしまったと思った。
「ごめんなさい。ただ、私が意気地なしだったんです。魔王様のこと、本当は……」
「いい。それ以上、言うな。分かってる」
そう言うと魔王様はまたキッチンに戻られていった。優しい人に育ってくれたものだ。死ぬことを喜んでいた彼とは大違い。そして、彼を……息子を変えてくれたのは、他でもないラナ様だ。
「ラナ様」
「なに?」
「前にラナ様はおっしゃいましたよね? “私が花嫁でよかったか”と」
「あ、うん。言ったね」
あの時の答えと今の答えは変わらない。でも、意味が全然、違う。
あの時は、私が欲するハッピーエンドの役者として、ラナ様が最適だと思っていた。
でも、今は違う。
ラナ様が家族と言ってくれて、魔王様を、私を受け入れてくれた。ごく自然に。そんな花嫁様はラ◼️様以来だ。だから、本当に嬉しい。ラナ様が花嫁でよかったと心から思える。
だからこそ――
「ラナ様が花嫁様でよかったと心から思っています」
そう言うとラナ様は少し恥ずかしそうに笑う。私は心の中で謝った。
ごめんさい、ラナ様。
あなた様が愛しいから、私はあなたの望む未来に賛成できないんです。
ラ◼️様の二の舞にあなたをさせたくないから。
「だから、私はあえて言わせて頂きます。子供を作るのはおやめください」
そう言ったときのラナ様の顔にズキンと心が痛んだ。でも、構わず言う。
「先代の魔王様と花嫁様は愛し合われておりました。愛が深いと喪失感も大きいのです。先代は魔王様を遺されて逝かれてしまいました。ラナ様には、先代の二の舞になってほしくないのです」
真剣に言うと、ラナ様も同じように真っ直ぐな眼差しで返してくれる。瞳は強い意思があった。
「ありがとう、ミャーミャ。私を思ってくれて」
ラナ様が微笑まれる、それに分かってもらえたと思った。
「でもね。私の気持ちは変わってないの。私はこの世界から魔王を無くしたい」
ラナ様はキッチンで作業する魔王様を見つめた。その眼差しは優しく、少し悲しそうだ。
「本当なら、旦那様が人間になるのが一番なんだけど……それは無理なんだよね?」
魔王様は名付けの呪いにかかっている。それは私には解けない呪いだ。私が力なく首を振ると、ラナ様は覚悟していたのか残念、と口にする。
「それでもね、旦那様を遺せない。これは私のワガママなの」
そう呟くラナ様に切ない思いが込み上げた。そんなことをワガママというなんて、なんて不自由なことをさせているんだろう。本当に申し訳なくなる。
「でもね、ミャーミャの言うことももっともだと思う。だから、私が間違えそうだったら、こうやって反対して」
「だって、家族だもの」
ラナ様は笑っていた。ごく当たり前のように家族と言ってくれる。
それがどんなに嬉しいことか。
どんなに私が救われているか。
ラナ様にどう伝えればいいんだろう。
“――救ってくださるから”
ラナ様に花嫁でよかった?と初めて聞かれた時、私はそう願った。その時は、我を見失って分からなかったが、今なら分かる。
私はずっと誰かに見つけてほしかった。
悲劇しか作れないこの手が嫌いだった。
幸せな結末を作れないのなら、この世界で一番いらない存在だとさえ思っていた。
でも、そんな私の手をとってくれる。
それがどれだけ救われるか。
涙が出そうになる。
そんな私に気づいてラナ様がまた「どうしたの?」と声をかけてくれる。
ごく当たり前のことがこんなにも愛しい。
「クッキー焼けたぞ」
魔王様がテーブルに焼きたてのクッキーを置いていく。それに歓声が上がった。
「旦那様……これは」
星型やハート型をしている可愛らしいクッキーを手に取り、ラナ様が震える。
「お見事です!」
「いいから、食べろ」
どこか照れた顔の魔王様に笑みが零れる。すると、魔王様が一つのクッキーを私に差し出した。
それは子猫の形をしたクッキーだ。
「やる」
素っ気ない言い方だが、一つの愛らしいクッキーに魔王様の気持ちが込められていて、胸がいっぱいになる。
「魔王様、ありがとうございます」
そっと受け取ると、魔王様が少し微笑まれた。
「おやおや、猫のクッキーですか? 可愛らしいですね。共食いみたいで」
「こら、スケル。共食いなんて酷いでしょ? これはミャーミャ自身でしょ? ね、旦那様」
「まぁ……そんなところだ」
「えぇ~。それじゃあ、ますます共食いみたいじゃないですか」
「共食い共食い言わないの。せっかく、旦那様が作ったのに。あの旦那様がだよ? よく見ると怖い顔をした旦那様が、こんな可愛いにゃんこのクッキー作ったんだよ?」
「……もう黙って食べろ」
目の前に広がる家族の言い合いにふふっと笑いながら、口を開く。
ぽいっとクッキーを口に放り込んだ。
「あ! ミャーミャ!? 一口で食べちゃうの!? 味わおうよ!」
ラナ様が焦ったように言ったが、ごくりと喉を鳴らす。
「ふふっ。おいしゅうございました」
そう言うと、あーあとラナ様が言う。それに微笑んで次のクッキーに手を伸ばす。
「美味しいので全部、頂いちゃいましょうか?」
「あ、ズルい!」
そう言うと直ぐ様、クッキー争奪戦の始まりだ。
甘いさくさくのクッキーを頬張りながら思う。
願わくば、この穏やかな家族の時間が続けばいい。
それは無理なことだけど。
全員がこのままでいられるわけはない。
ラナ様には寿命があるし、スケルも同じだ。
そして、魔王様もきっと……
みんな、私を置いていってしまう。
私はまた独りになるだろう。
それはすごく淋しい。
でも、だからこそ、愛しいのかもしれない。
家族と呼ばれることが。
家族と過ごす時間が。
涙が出そうになるのを誤魔化すために、私は急いでクッキーを頬張った。




