人外と暮らすのは難しい
両親は猫に見えた。
その大きなもふもふの手で撫でられるのがなんとも心地よかった。
ふわりと頭を撫でられる感触がして両親を思い出す。
気持ちいい…
お布団はふかふかだし、このままもうちょっと寝ていたい。
そう思うのに意識は急浮上した。
ぼやけた視界が鮮明になっていく。
青と白。最初に見えた色に首を傾げていると視界いっぱいに猫がいた。
猫である。
たぶん、化け猫?
目が額にもあって3つだし、色は青いトラ模様。なによりデカイ。
ふと、先ほど魔王様と呼ばれた青ものを思い出す。まさか、この人…いや、猫が魔王!?
ガバッと起きてまじまじと見つめた。
くりっとした瞳はキュートで可愛らしい。両親と同じような巨大な猫。
なんて幸運!
魔王が猫だなんて…私はついてる!
「私、花嫁として誠心誠意、あなたのことを愛します!」
大きな肉球をつかみながら告白すると青い猫は3つの眼をぱちくりさせた。
「あの…花嫁様…私は花嫁様のお世話をさせていただくミャーミャと言います。ご気分はどうですか?」
お世話…?
魔王ではないの?
がくっときた。ベッドにうずくまり丸くなる。猫だと思ったのに…それならこの生活もハッピーライフになること間違いないと思ったのに…はぁ…無念。
「あの、花嫁様…?」
ミャーミャに声をかけられ、私は顔を上げた。落ち込んでも仕方ない。むしろこんな可愛い子が世話をしてくれるなんて感謝しないと。
「ごめんなさい。興奮しすぎたわ」
「そうですか…あの、花嫁様。ご気分はどうですか?」
気分…そういえば、ここに着いたときにぐらぐらして気持ち悪くなったっけ。でも、今はしない。なんで?
「気分は大丈夫」
今なら畑を耕すのもガツガツできる。
「それはよかったです。指輪の効果が出てきているのですね。よかったです」
ほわんと笑ったミャーミャにつられて笑ってしまう。可愛い。
「魔王様にお伝えしますね」
そう言うとミャーミャは電話する。ここにも電話ってあるんだなとぼんやり見ていると。受話器を置いたとたんに、バタンとドアが開いた。早い。
「目覚めたのか…」
現れた青い筋肉質なボディに銀髪の短い髪。目はギョロっとというより、ギロっとしている。切れ長な目は見るものを縮こまらせるすごみがあった。
だけど…悪くない? むしろ格好いい部類に入るのではないだろうか?
男を見てもトキメキなんて皆無だった私の物差しではかっても悪くはない。
ボディもぬとぬとしていないし、舌も長すぎないし目もついてない。うん。いいんじゃないですか、旦那様。
「なんだ、じっと見て…。おい、ミャーミャ。本当に回復したのか?」
「え? えぇ…ほら、花嫁様はきっと、魔王様の姿に見惚れているんですよ。よかったですね。めかしこんだ甲斐がありましたね」
「こら、よせ。俺は別にめかしこんでなんか…」
あらまぁ。魔王様って、わざわざめかしこんでくれたんだ。一応、歓迎されてるのかな?
「ほら、一言も話さないではないか。まだ回復してないんじゃないか? 大丈夫なのか、本当に」
じっと青い綺麗な顔が近づく。ちょっと距離が近すぎます。じっとお互いを見つめ合う。ちょっといい雰囲気になりかけたところで、それをぶち壊す音が腹から鳴った。
ぐぅ~ きゅ~ ぐるるるっ
うわっ。腹の虫が。恥ずかしい。
お腹を抱えた私に魔王は?マークを頭に並べてミャーミャを見る。
「人間の言葉とは不思議な音がするのだな」
「魔王様。たぶん、それは花嫁様の腹の音です」
わぁ! バレた! ますます恥ずかしい。
「そうか…腹から奇妙な鳴き声を出すのだな、人間は」
「そうですね。花嫁様はお腹が減っているようなのでお食事にいたしましょう」
ありがたい! 顔を輝かせた私にミャーミャはふふっと笑い、魔王は首をかしげた。
◇◇◇
食事なんてどんなものだろう。
王宮よりもここは立派だからもしかしたら豪勢なものが出るかも。ちょっとというかすごく期待してしまった。
だが、現実は甘くない。
ギャー! ギャー! ギャー!
目の前に差し出された皿の上のものが泣き叫んでいる。なんだこれ? 形からしてニンジン? 顔はないけど、全力で食べられるのを嫌がっている。うーん、これは…
「花嫁様、食べないのですか? 今朝採れたばかりのニンジンですよ」
ミャーミャがニンジンと呼ばれたものをバリバリ食べている。もちろん、ニンジンは泣き叫んでいる。なかなかスプラッターな光景だ。
「食欲がないならこちらのスープはどうですか?」
そう言って差し出されたのは、紫色のスープだ。毒とかヤバいものが入ってそうな色をしている。
「美味しいですよ。紫芋をすりつぶしたものですから、健康にも美容にもいいですよ」
カタカタと笑ったスケルに言われる。いや、骨のあなたに美容をすすめられても…微妙だ。
でも、何か食べないと不健康になる。
意を決して、一口飲む。
ぶほーっ!
「なんだ、いきなり!?」
魔王様が慌ててる。
ごめんなさい。私もご飯は粗末にはしたくないんです。でもこれは、不味すぎる…!
なんなの! このめちゃくちゃまずい味は!とてもじゃないが、食べられない!
「すみません…まず…口に合わなくて」
「なに? 口に合わない? おい、スケル。どういうことだ。人間が食べられるものを用意するように言っただろ」
「おかしいですね…古い記憶を探ってみたんですが。野菜っぽいものなら大丈夫かと思ったんですけど。ダメですね。なんせ、だいぶ昔のことですから」
スケルがとぼけたようにゴクゴクとスープを飲む。骨なのに。スケスケのはずなのにどこに消えてるんだろ。ボーッと見ていると、魔王様が声を出す。
「おい。人間の食べ物はよくわからん。食事は自分で作れ」
命令口調だったけど、ありがたかった。料理は一通り教わっているから問題ない。
「わかりました。キッチンをお借りしてもいいですか?」
そう言うと魔王様とミャーミャが顔を見合わせる。
「キッチンとはなんだ?」
そこからか!
早くも私は人間の世界が恋しくなった。
◇◇◇
「えーっとですね。キッチンというのは、こんな水が出る蛇口があって、食材を洗うシンクというものがありまして…」
持参したペンと紙ですらすらと絵を書いていく。それを食い入るように三人?は見つめている。
「あぁ、あそこか。キッチンというのだな。それならある。ついてこい」
魔王様に連れられてキッチンに向かう。
そこにはなんとも素敵な広々としたキッチンがあった。埃だらけ、錆びだらけだけど。
「使われてないんですか?」
「俺達は人間のように食事をする習慣がない。食べてもそのままで食べるぐらいだ」
なるほど。
モンスターと人間では生活習慣がだいぶ違うのだろう。でも、キッチンがあれば、なんとかなる。
「掃除をすれば使えそうですね。よし、掃除をします」
「掃除?」
私はうでまくりをしてさっそくとりかかった。古く錆び付いた備え付けの扉を開くと食器が出てくる。どれも埃をかぶっていたが、綺麗なものだ。それを丁寧に取り出した。
次に蛇口を捻ってみる。しかし、水が出てこない。おかしい。水道管が錆び付いているのかな? それとも水を出せないように閉じられているのかな?
「すみません。水がでないので、外の水道管を見てきます。場所は…分からないですよね。いいです。見つけてきますから」
テキパキと動く私を魔王様たちはポカンと見つめていた。
どうにか水を出せた。幸い弁が閉じられていただけだった。赤茶色の水が出たがしばらくすると綺麗な水が出てきた。一口飲んでみたけど、問題なかった。
しかし、問題は山積みだ。
まず、調味料がない。
ニンジンを茹でてみたが、味気ないのだ。食べられなくはないが。
だから、今度の私のミッションは調味料を探すこと。私は燃えていた。美味しい料理を作るために。
◇◇◇
調味料になりそうなものを探すべく城の周りを散策する。相変わらずお天気は最悪で今にも雷が落ちてきそうだ。
ぎゃーはっはっはっ!
相変わらず木はやかましい。その中を一人で入っていくと黒い木の実を見つけた。胡椒の実みたい。食べられるかな? と思って手を伸ばす。
「やめておけ」
その手を青い手が掴む。振り返ると魔王がいた。美形が目の前に。普通ならトキメキポイントなんだろうけど、腹が減ってそれどころではない。
「やめておけとは、どういうことですか?」
「その実は魔力が強すぎる。食べれば具合が悪くなるぞ」
食べられないのか、残念。
というか、なぜここに魔王が?
「もしかして、ずっと後を付けてました?」
かなり森の奥に入ったから追いかけてこなければ無理だ。
「そんなわけないだろ。たかが、人間ごときで」
口が悪いが明らかに動揺している。
振り返ればこの人は親切にしてくれていた。目覚めたら速攻で来てくれたし、食事だって私のために用意してくれたし、いい人なんだろう。
「来てくれてありがとうございます」
「来たわけではない…」
「はいはい。でも、困りました。調味料がないと美味しい料理が作れません」
「なんだ。そんなことか。ニンジンは茹でれば食べられたのだろう? それでよいではないか」
呆れながら言われたことにキッと睨み付ける。
「魔王様。料理をなめていますか?」
「は?」
ずいっと一歩、前に詰め寄る。
「いいですか? 人間は美味しいものを食べるのに貪欲なんです。毎日、茹でたものしか食べられないなんて味気なさすぎます! 生きる屍となります! そんな無気力なものが花嫁でいいんですか? 美味しいものを食べたらそれだけ健康になれて、丈夫な子供が産めます! これは花嫁となった以上、必要なことなんです!」
かつてないくらい力説すると、さすがの魔王も言葉に詰まったらしい。
「わかった。わかったから落ち着け。それで料理をするために何が欲しいんだ」
「調味料です」
キリッと姿勢を正して言う。
「塩、胡椒、砂糖、コンソメ。辛味も欲しいのでクミンとか。ハーブ類もいいですね。肉や魚の臭みを消すだけでなく独特の匂いがあるので食欲をそそります。見た目も綺麗になりますし。良いことづくしです」
「そうか。料理というのは面倒なものだな」
「面倒でも手間隙かけた分、応えてくれるものです」
魔王は大きくため息をついて、「わかった」と言った。
「ここにあるものでは足りないということだな。なら、人間の世界へ買いに行け」
え? そんなのありなんだ!
パアッと輝いた心のままにお礼を言う。
「ありがとうございます! 良いもの買ってきますね!」
とびきりの笑顔…だと思う顔で言ったが、なんとも複雑な顔をされてしまった。
今度はいつ行けるか分からないから、買い込もう。あ、お肉も買っておこう。ハムにすれば日持ちするし。干し肉にすればスープのいいダシとなる。肉だ。肉。
私はスケルがひく馬車に乗り込んだ。ミャーミャは今生の別れのような顔をしているし、魔王も複雑な顔をしている。
なんだ? 食い意地が張っているのがいけないことだろうか。
よく分からなかったが、ひとまず買い出しに向かった。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい。あの」
馬車から降りた私をスケルが引き止める。神妙そうな顔に見えた。骨だけど。
「花嫁様のお帰りを待ってます。ずっと。骨ですし、朽ちませんからずっと待っていられますよ」
あぁ、確かに死なないよね、骨だもん。
「たっぷり買ってくるから少し遅くなるかも。じゃあ、行ってきます」
手を振って足取り軽く買い出しに出掛けた。