外と中の交差
ただ今、魔王と妖精と悪魔に囲まれている。魔力がほぼない私はこの場合、最弱と噂のスライムだろうか。スライムがこんな高位魔物を相手にしたら、やっべー…私、一撃で死ぬわ。とか、そんな事を思うのだろうか。
そんな妄想劇が頭の中で再生される。
思いっきり横道にそれているが、勘弁してほしい。私はただ今、パニック中なのだ。
「も、もももももももも……!」
ついでに妖精アッシャーさんもパニック中だ。旦那様を指差して「も」しか言ってない。さっきから、ずっと。
そろそろ「も」しか言わない奇行を止めないと魚頭がまた集まってきそうだ。
「こんにちは、アッシャーさん」
挨拶すると妖精アッシャーさんの口が止まる。会いたがってたし、妖精アッシャーさんを旦那様に紹介しよう。「旦那様…」と呼びかけてようとして、急いで口を閉じた。
危なかった……旦那様と呼びかけたら、魔王だとバレてしまう。でも、えーっと……なんて、呼びかけようか……あ、そうだ。あだ名にしよう。
「まーくん。こちら、アッシャーさんです。前にお話した警備兵の」
そう言うと超絶、微妙な顔をされた。あだ名に対しての文句だろう。即席なんです。察してくださいよ、まーくん。
まーくんは、一つ息を吐き出すと、挙動不審な妖精アッシャーさんを見て挨拶する。
「ラナに聞いている。どうも、まーくんだ」
「しゃ……しゃべった!?」
まーくんを見て、慌てふためく妖精アッシャーさんの代わりに隣にいた悪魔が微笑んで挨拶してくる。
「ラナさんと、マークンさんですね。初めまして、キールと申します。アッシャーの叔父です」
悪魔なのに随分、柔らかい声の人だ。それにしてもキール? どこかで聞いたことがある名前だ。
「キール……勇者クラウスの冒険の作者か……?」
「えぇ、よくご存じで。お恥ずかしながら私が書きました」
あぁ、なるほど。だから、覚えがあったのか。さすが本の虫、ならぬ本の魔王。でも、あれって魔王が倒される物語だよね? よく、まーくんは、見れたな。魔王なのに。
「ほら、アッシャー。いつまでも変な動きをしているとお二人に失礼だよ」
「っ……すみません! つい、ビックリして……」
ペコペコと謝る妖精に、促す悪魔。なんだかヘンテコだ。いや、二人とも人間の見た目をしてるのはわかっているのだけど、どうも……ねぇ?
「お二人とも買い物ですか?」
「あ、はい」
「時間があるようなら、どこかでお茶でもしませんか? いい店、知っているんですよ」
この人もニコニコしているが、俺の話を聞け!タイプか。ちらっと、まーくんを見る。
「何を話すかによるな。大声で話せないようなら、店に入っても意味がない」
「そこはご安心を。あの店は防音部屋なんて便利なものがあるんですよ。もちろん、外部からの音は一切漏れません」
「……初めて会った人間の言葉を信用するとでも?」
まーくんが魔王睨みをする。怖い。
「そこは信じて頂くしかないですね」
キールさんが悪魔の笑みを作る。こちらも怖い。
「……ラナ、どうする? 話したくなければそれでもいい」
そう言うが、まーくん。きっと、あなたは話をしたがっている。だって、瞳がウズウズしてるから。私は一つため息をついて、「いいですよ」と言った。
「ありがとうございます、信用していただいて」
「勘違いするな。信用したわけではない。だが……」
まーくんが悪魔キールさんに告げる。
「お前があの物語の作者ならば、少しは話を聞いてもいいと思ったまでだ」
そう言うと悪魔キールさんは目を丸くする。まーくんは、魔王らしくにやっと笑う。
「あの物語、俺は嫌いじゃない」
え? そうなの?
ポカンとする全員に対して、まーくんは私の手を繋ぐ。
「案内しろ。時間が惜しい」
その言葉を合図に私たちは歩きだした。
◇◇◇
まだまだパニックは続いている。しつこいが魔王と妖精と悪魔に囲まれて防音室でお茶を飲んでいるのだ。目の前はヘンテコなファンタジー劇場が開幕中だ。
いや、分かっているんですよ。人間が集まって午後のティータイムを楽しんでいるだけだと。鏡があれば多少はマシなんだろうけど、残念ながらない。なので、この異様な光景を見続けるしかない。
「それで、話とは?」
ミルクティを飲みながら魔王が口火を切る。
「あなたの事が知りたいのですよ。森の管理者さん」
悪魔がにこりと笑って言う。魔王が森の管理者と呼ばれているのを知ってるんだ。
「できればお二人の関係も」
悪魔が笑みを深める。ぞわっとするような笑みだ。
「お二人は恋人同士のように見えます。でも、ラナさんは確か魔王の花嫁ですよね? なのに、恋人同士に見えるのはなぜでしょう?」
その言葉に妖精さんを少し睨む。しゃべりやがったな、コイツ……
すると、妖精さんはすまなそうにペコペコと頭を何度も下げる。
「聡いな、キール」
そう言うと、魔王が私の肩を抱く。抱く? んんん?
「確かに俺はラナを慕っている」
はい???
いや、あの、え? ええええ!?
なぜ、この状況で言う!?
「おやおや。それは横恋慕という意味ですか?」
くすくす笑う悪魔。にやり顔の魔王。フリーズ中の妖精。無表情の私。帰りたくなってきた……
「どうとでも」
「でも、魔王の花嫁に横恋慕なんて殺されてしまわないのですか?」
そう言うと、フンッと魔王が口をへの字にする。
「森の中ではお前の想像に及ばない出来事があるということだ」
「それはそれは。ぜひとも、聞きたいです。想像に及ばないので」
そう言うと、魔王は紅茶を一口すすった。そして、ギロリと悪魔を睨んだ。
「知ったところでどうする気だ。面白おかしく物語にでもする気か?」
そう言うと悪魔は、表情を崩さず言う。
「それは素敵な案ですね。でも、書くかどうかはまだ未定です。話を聞いてませんので」
ふぅと、魔王がため息をつく。つきたくなる気持ちも分かる。悪魔は、ああいえば、こういう、論破してやるぜ!という意志がチラチラ見えて癇にさわる。何を考えてるんだ? この人……
「話すつもりはない。そっちの意図がわからない限りは」
「お前は情報の発信力がある男だ。勇者クラウスの冒険の作者となれば、物語の信憑性はともかく、発表すれば、国民に少なからず影響を与えるだろう。お前はそれが分かっている。そうだな?」
「おやおや。私も有名になりましたね。そこまで持ち上げてもらえるとは……でもそうですね」
悪魔は笑みを深めた。ゾワゾワする。目がこの人、ちっとも笑ってない。
「あなたがこれ以上、何もしゃべらなくても、充分なネタはご提供して頂きました」
「今まで得体の知れなかった森の管理者が町を自由に歩いている。それも魔王の花嫁と一緒に。これだけでも、世間は度肝を抜くでしょうね」
クスクス笑う悪魔を睨む。
ブチン。うん。今の言葉、頭にきたわ。彼は楽しんでいる。悪意に満ちた笑みをしている。私の大切な人を陥れようとしている。許すまじ。
私はすくっと立ち上がり、悪魔の前に立つ。
「どうしましたか?」
「失礼」と短く言い、私は悪魔の頭を掴んだ。そして、思いっきり頭を振りかぶった。
――ゴン!
いたたっ……悪魔の頭、硬てぇ……
ジンジンする額を押さえて、身悶える悪魔を冷たく目下ろす。
「先ほどから聞いていましたが、ずいぶんとなめくさったことを言いますね」
頭を押さえていた悪魔がこちらを見る。目が少し怒っているように見えたが、気にしない。
「人の事を嗅ぎまわって笑うのがそんなに楽しいですか? 人を陥れることを言うのは愉快ですか? 私は非常に不快です」
「有名な作家さんかは存じ上げませんが、あなたが作り上げるキャラクターになるつもりはありません。失礼させて頂きます」
唖然としている旦那様の元に向く。
「お話をする必要はないです。人を思いやる気持ちを持てない人間にこちらの素性を話す義理もありません。帰りましょう」
そう促した時だった。
「ま、待ってください!」
今まで黙っていた妖精が立ち上がって、テーブルに頭が付くんじゃないかというくらい頭を下げる。
「すみませんでした!! 叔父さんにあなた方のことを言ったのは僕です。不快な思いをさせたのも僕の責任です!」
妖精が顔を上げる。
「悪意があって、ラナさん達に近づいたわけでは決してありません! 叔父さんの言い方は確かに不快でした。でも!……僕たちはただ、知りたいだけなんです。あなたたちのことを」
妖精の顔が歪む。
「あなたたちは、僕たちが思い描いた人物とはかけ離れています。僕たちの常識ではあなたたちは、恐ろしく、不気味な存在です。なのに、あなたたちはそんなんじゃない。ごく普通の人たちです」
「おかしいです……普通の人を嫌うなんて。おかしいから……僕は……」
言葉に詰まった妖精アッシャーさんに悪魔が声をかけて、こちらに向けて頭を下げる。
「不快にさせてすみませんでした。アッシャーの言うとおり、私たちはただ知りたいだけです。魔王という存在やこの国が隠していることを」
悪魔キールさんが神妙な顔で話し出す。彼が持つ疑問の数々を。この国の歴史はおかしく、魔王や花嫁やモンスターに関する記述が残っていないこと。その隠され方が雑なのに誰も疑問に思わないこと。
「まるで国中が集団洗脳にあっかのような薄気味悪さがあります」
集団洗脳……ミャーミャが言っていた情報操作のことだろうか。
「私たちは真実が知りたい。例えそれが途方のない話でも……この国に生きる者として、隠されたものを知りたい」
キールさんの瞳は笑ってなかった。ただ真摯に話してくれた。彼の姿勢にもしかしたら報いるべきかもしれない。でも……私たちが知っていることは……
ちらっと旦那様を見る。旦那様は笑わず真剣にキールさんの話を受け止めていた。
私の視線に気づいたようで、ふっと微笑む。それは、どこか嬉しそうで切なかった。
「お前の言うとおり、俺らは世界の真実の一端を知っている。だが……」
旦那様がキールさんとアッシャーさんを見据える。
「それを開示するつもりはない。今は」
妖精さんがその言葉に前のめりになる。
「僕らのことが信じられないということですか?」
「焦るな、アッシャー。今はと言ったはずだ」
そう言うと、アッシャーさんが黙る。
「俺たちも世界の全てを知っているわけではない。真実とやらもな」
旦那様はもう冷めきったであろうミルクティを飲み干す。
「だが、一つだけ忠告しておく」
旦那様がカップをソーサーに置く。カチャリと金属音が鳴った。
「お前たちが知りたがる真実の一端は絶望を伴うものだ。それを知ったら、今ある安定が覆るだろう」
「考えろ。自分の立場や家族や友人のことを。その者たちの安定を脅かすかもしれないことを」
鋭い眼差しにアッシャーさんは生唾を飲み込み、キールさんは静かに目を閉じた。
「全てを乗り越えて、それでも渇望するならば、俺は知りうる全てをお前たちに与える」
そう言うと旦那様は立ち上がった。私と手を繋ぐ。その瞳はやはり切なそうだった。歩き出す私たちを二人は引き止めなかった。
「そうだ」
部屋のドアを開く前に一度、振り返った。
「お前たちの勇気に免じて一つだけ教えてやる」
旦那様が口元に弧を描く。
「俺が魔王だ」
その一言にその場にいた全員が声を詰まらせた。
「じゃあな、人間。楽しかったぞ」
◇◇◇
律儀に全員分のお会計を済ませて歩き出した。外はいつの間にか灰色になっていて、今にも雨が降ってきそうだ。
「言っちゃってよかったんですか?」
色々モヤモヤして、つい旦那様に聞いてしまった。
旦那様はいつも見せる優しい穏やかな瞳のままだ。
「どのことだ?」
「色々です。旦那様の正体とか……」
私はまだあの人たちを信じたわけではない。面白おかしく書かれるかもしれない。それは我慢できない。
「アイツらがしたいようにさせればいい」
「でも、それじゃあ……」
「どんな行動をするかは分からないが、まだ動かないだろう」
そう言う旦那様の顔はどことなく楽しげだった。
「真実を知りたがっている奴があの程度の情報で満足するはずないからな。もっと知りたいと思うはずだ。混乱しているとは思うが、そのうちアクションを起こすだろう」
「随分と余裕なんですね……私はハラハラしっぱなしでしたよ」
ふぅと息を吐き出すと、くくっと笑われる。
「それを言うのは俺だ。お前が頭突きした時は焦った」
え? 頭突き? あぁ、そういえばしましたね。捨て台詞にビックリしすぎて忘れてましたけど。
「頭にきたんですよ。だって、失礼な人たちでしたし」
思い出すだけでむかっ腹が立つ。
「お前の頭突きはなかなか利くからな。けど……怒ってくれて、なかなか爽快だった。ありがとう」
感謝されて、なんか妙にくすぐったかった。それを誤魔化すように口を開く。
「それはどうも……でも、やっぱり不安です。あの人たちが、旦那様を面白おかしく書いたらと思うと」
そう言うと、またふっと笑われる。
「俺の存在をどう捉えるかはアイツら次第だが、まぁ、無下には扱わないだろう」
「でも、旦那様がどんな人かって知られたら。それこそ国中に知られたら……」
知られたら?
それを言いかけて、はたと気づく。
気づいたことが信じられなくて、訝しげに旦那様を見る。
「もしかして、旦那様。自分のことを教えたがってますか?」
そう言うと旦那様は魔王らしく笑った。
「なんでですか? 外に出たがらなくて、外の人とも交流をしたがらないかと思ってました」
警備兵とも話したがらなかったはずだし、自分の見た目が変わらないからって外に居場所がないとも言っていた。森の中でひっそりと生きることをよしとしていたはずなのに……心境の変化でもあったのか?
「外の奴らがアクションを起こしてきたから、乗ったまでだ。それに、外の連中と繋がりを持てば、利点もあるからな」
利点……?
あるか? こちらの都合がよいこと。
「ラナ」
旦那様が名前を呼ぶ。
その瞳は切なく揺れていた。
繋がれていた手が離れる。
「お前は、いつか俺を殺すつもりだろ?」
そう告白をされた時、ポタリと雨が降ってきた。




