失礼な妖精に遭遇
目の前に妖精。魚頭ではない。妖精だ。
なぜ、こんな所に妖精が?
ってか、この服って警備兵の服だな。
あぁ、警備兵の妖精か!
警備服が似合わない妖精さんだ!
見覚えがある顔に思わずポンと手を叩きたくなった。
声はかけられたものの、妖精さんは言葉に詰まっているようで、私を見て気まずそうにしている。なので、私から話しかけてみる。
「なにかご用ですか?」
そう言うと、妖精さんはビクついて顔を真っ赤にさせる。可愛らしい。
「あの……えっと……」
……妖精さん、見た目によらず、声が低い。この低さ、男の人だろうか?
「いきなりですみません。ここでは話しづらいので、よければあっちに……」
妖精さんが指差すのは人気のない路地裏。怪しい…こやつ、妖精さんの皮を被った変質者か? それならば、お断りさせて頂く。
「そんな場所で、お話することはありませんので、失礼します」
一礼してさっさと歩き出す。すると、慌てて妖精さんが私の前に立った。見た目により素早い動きだ。
「すみません! あの……」
妖精さんは意を決したように私にキラキラな黄緑色の瞳を近づけて、小声で言った。
「魔王の森にいた方ですよね?」
魔王の森? あぁ、やっぱさっきのことを言ってるのか。
「そうですけど」
そう言うと妖精さんは黄緑色の瞳をこれでもかってほど開いた。なんだ??
「あの…僕は警備兵のアッシャーと言います。先ほど顔を見て、それで……えっと、その……お話をしたくて……」
妖精さん、もといアッシャーと名乗った警備兵は、しどろもどろに話した。なんか私に会えて混乱しているというか、ウズウズしているというか、様子が変だ。
それに聞きたいことってなんだ?
旦那様の話では警備兵は魔王を嫌っているという話だし、会話もないドライな関係だ。そんな彼が聞きたいこと……魔王に関することか? でも何を……
考えれば考えるほど妙だ。ここは何も会話せずに早々に立ち去った方がいいだろう。
「ご丁寧にどうも。私はラナと言います。では、さようなら」
「っ!…… ま、待ってください!」
また素早い動き。さすが警備兵といった所だ。逃げられない。
「なんですか? あなたと私は知り合いでもなんでもないので、お話をする必要ないと思うのですが」
そう言うと妖精アッシャーさんは困ったような顔をする。
「言ってることはもっともだと思います。突然、話がしたいなんて怪しいですよね。
……でも、僕は怪しい者ではありません。どうか、少しだけでもお話させてください。この通りですから」
ギョッとするほど頭を下げられた。なんだなんだと魚頭の人々が集まってくる。注目を浴びるのは得意じゃない。それが魚目なら余計だ。
「分かりましたから、顔を上げてください」
そう言うと妖精アッシャーさんはその容姿に似合う可愛らしい笑顔になった。
◇◇◇
会話は聞こえないが、人はちらほらいる海の見える公園に行く。警戒心を解いたわけではないので、変なことをしたらすぐ叫べるようにここを選んだ。ベンチに座って改めて尋ねた。
「それで、お話ってなんですか?」
そう言うと、妖精アッシャーさんはしばらく考え込んだ後、意外なことを口にした。
「ラナさんの隣にいた森の管理者のことを知りたくて」
森の管理者? 誰のことだ? 尋ねると妖精アッシャーさんは、親切に教えてくれた。どうやら旦那様のことらしい。森の外に出た旦那様は人間の姿になっているので、それを森の管理者と呼んでいるらしい。なるほど、魔王自身であることは知らないのか。
それは伏せておこう。まだこの人が何を知りたがっているかも不明だし。
「あと、ラナさんが何者かも知りたいです」
様子を伺いながらも、アッシャーさんの表情は好奇心に満ちていた。悪いことを考えているわけではなく、純粋に知りたがっているようにも見える。それを見て、ますます妙に感じた。
「それを知って、どうする気ですか?」
「え……?」
「私の認識では警備兵の皆様は、森の管理者を怖がっているものだと思ってます。それなのに知りたいとは。なんか裏がありそうなので、やはり失礼しま……」
「ま、待ってください!」
妖精アッシャーさんは立ち上がった私に、慌てて自分も立つ。やはり素早い。
「そうですよね。急に知りたいとか言われても怪しいだけですよね……」
人の話を聞く気はあるし、こちらの心情も汲み取ってくれる。だけど、妖精アッシャーさんの中で何か譲れないものがあるのか、立ち去るのを許してくれない。どうしたものか……
自分のことだけ名乗っておくか?
魔王の花嫁ですって。魔王の名前を出したらビビって去ってくれるかも。警備兵のビビり方からして、魔王の名前はインパクトあるだろう。うん。そうだな。そうしよう。
「私のことならいいですよ」
「え……?」
「他の人のことはその人の許可なく喋れませんので、私のことならお答えできる範囲でしゃべります」
そう言うと妖精アッシャーさんは黄緑色の綺麗な瞳を丸くした。
「いいんですか……?」
いや、しつこく知りたがっていたじゃん。
引き下がる気なかったじゃん。
と、ツッコミたかったが、グッと我慢して頷いた。
ベンチに座り直す。何度目の仕切り直しだ?と思いつつ、自分のことを端的に教えた。
「名前は……さっき言いましたよね。私は魔王の花嫁となった者です」
そう言うと妖精アッシャーさんはポカンと口を開けたままフリーズする。よしよし、効いてる。さすが魔王様だ。めちゃくちゃ、驚いてくれてますよ。さぁ、腰を抜かして逃げ出すのだ、妖精よ!
「え?」
「え??」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
妖精アッシャーさん。私が望んだのは絶叫ではなく逃げる選択です。
「ま、まお、うぇ!? はなっ!」
あ、バグった。この隙にお暇しようかな。でも、こんなバグった人を放置するのも気が引けるな。他の人に迷惑だし。
「それ、本当ですか!?」
わお。逃げるどころか食いつかれた。作戦、失敗。まずいな……
「本当ですけど……」
そんな喜ぶことか? ただでさえキラキラなおめめが、マックス状態でキラキラしている。なんだ、この人??
「なんで、森の外にいるんですか!?」
「買い物ですけど」
「……買い物って……そんな普通なこと……まさか」
いちいち驚く妖精アッシャーさんになんだかムカムカしてきた。買い物したらダメなのか? 普通のことしちゃダメなのか? 魔王の花嫁はひきこもってろってか? 冗談じゃない!
「あなたは知らないでしょうけどね……うちの家族は胃袋モンスターばかりなんですよ。 買い物しに出掛けなきゃ、食材を食い荒らすは、皿まで食うわ大変なんですよ」
「か、ぞく…?」
ポカンと言われた言葉にまたブチっとキレる。
「家族ですよ! 私の家族! 魔王とガイコツと猫とコウモリです!」
ふんと鼻息荒く言うと、今度こそ妖精アッシャーさんは黙った。よくわからないが勘に触る人だ。もう放っておこう。時間の無駄だ。
そう思って今度こそ去ろうと立ち上がる。そして、やはり立ち塞がれる。
なんだコノヤロー! いい加減にしろ! 頭部物理攻撃かますぞ!
「あの……ラナさんは不幸ではないんですか?」
妖精アッシャーさんが信じられないものを見るように声を出す。それに盛大にため息をついた。
「家族のために買い物に来て、夕食、何にしようかなって考えている女が不幸に見えますか?」
そう言うと、今度こそ妖精アッシャーさんは黙ったので、失礼させてもらった。
◇◇◇
家に着いても私はイライラしていた。
妖精の言葉を思い出して腹を立てていた。
落ち着きたかったのに苛立ちが募って、余計、ぐちゃぐちゃだ。
キッチンに行くと、わんこ化した旦那様がラブビームを出してきたが、はね除けた。表情筋をピクリとも動かさず事務的に「戻りました」とだけ言う。
旦那様はさすがにおかしいと気付き、ラブビームをやめて、いつものように話しかけてきた。
「何かあったのか?」
「別に……なんでもありません」
自分でも消化できない苛立ちを旦那様にぶつけるわけにはいかない。私は黙って魚介のパエリアの準備をする。
くふっ……くふふふっ………
ほくそ笑むパプリカを躊躇なく輪切りにしていく。
ヒャーハッハッハッ!
爆笑玉ねぎも問答無用で皮を剥いていく。
ふぇっ……ふぇぇぇん………
子供のように泣くニンニクの粒をむしりとって薄皮を剥く。
機械的に手と体を動かす。無心になりたくて手を止めなかった。
材料を切り、炒め終わったら、グツグツと煮立たせていく。湯気が出たら火を弱火にして蓋をした。
「ふぅ……」
一息ついて顔を上げると、旦那様がすぐそばにいた。反射的に身を引く。
「なっ……いつの間にいたんですか!?」
「ずっといたが?」
「……気配を消さないでください。びっくりしたじゃないですか」
「お前が集中していたんだろ」
しれっと言われてまたムッとしてしまう。今日はおかしい。あんまりイライラなんてしないのに。怒りメーターがバグってる。
「何を怒ってるんだ?」
「……八つ当たりになりそうなのでやめます」
そう言うと、ふぅと息を吐かれた。
「八つ当たりでもなんでもしろ。夫婦なんだからな」
ポンポンと頭を撫でられて、ちょっとキタ。こんな時は思いっきり優しいんだから……でも、ちょっと落ち着いてきたかも……
「ご飯食べたら、話します。パエリアは火加減と止めるタイミングが重要です。米の芯を残さないと非常に残念になるので」
そう言うと「わかった」と、優しく微笑まれた。
火を止め、蒸らして、パエリア完成~。いい匂いだわ。ちょっと味見しようかな?
「はい、旦那様」
スプーンでパエリアをすくって、フーフーして、張り付いている旦那様に差し出す。
「できました。味見してください。あ、熱いので気をつけて――」
言い終わらないうちに手首を掴まれて、スプーンは旦那様の口の中へ。熱くないのかな? と、不安になるが、よほどお腹が空いてたんだろう。横で張り付きっぱなしだったし。パエリアを飲み込んだ旦那様は笑って言う。
「うまい」
その一言に、少しだけ笑うことができた。
「にんげーん!」
――ガシッ
飛行物体が視界の隅に入ったので、もう片方の手で捕縛。捕縛対象はコモツンだ。もはや網など不要。ヤツの捕縛は熟練された手の動きで充分だ。
「放せ! 放せ!」
「まだ熱いから冷めたらね。コモツンは猫舌でしょ?」
コウモリだけど。
「私は熱々がいいですわ」
猫だけど猫舌ではないミャーミャも顔を出す。
「私はなんでもオッケーですよ!」
大量のヨダレを滴らせるスケルも顔を出す。そのガイコツの中を今度、覗いてみたいわ。ともかく、家族が全員揃った。
「ご飯にするよ。ほら、席に付いて。コモツンも。フーフーしてあげるから」
「フーフーなんていらないやい!」
「口やけどするよ? 痛いよ?」
「……っ へんっ! どうしてもって言うならやってもいいぞ」
「はいはい」
パエリアをお皿によそって手を合わせる。コモツン分をフーフーしてあげて、差し出した所で、はたと気づく。サラダでも用意すればよかった。いつもならしてるのに、そう思って立ち上がる。
野菜を洗って切って、ドレッシングをかけるだけの簡単サラダ。作り終えて席に持っていく。
「ごめん。サラダ忘れてた」
テーブルにサラダボールを置いていく。まぁ、敢えて言う必要もないと思うが、パエリアは空だ。コモツンが一人はふはふいいながら食べているぐらいで、他の皆は食べ終わっている。
私の分、よけておいてよかったなと思いつつ、もう何も言うまい。味わって食べろよとは思うが、しょうがない。
私がサラダのレタスを食べ終わる頃には皆、サラダは食べ終わっている。それが彼らのスピード。私は瞬時に消えるサラダを見つめつつ、のんびり食事をした。
◇◇◇
「部屋で話を聞くか?」
食べ終わり、片付けも終わった後、旦那様がそう言ってきた。そうだった。イライラ話をするんだった。
「怒りは収まりましたので、大丈夫ですよ」
そう言ったが、旦那様は食い下がる。
「なら、なんでもいい。話をしよう」
積極的デレモードは継続中だ。ここは通常モードに戻ってもらわなければ。
「分かりました。あ、お茶を淹れます。今夜は冷えるのでジンジャーティーにしましょう。ポカポカしますよ」
「任せる。俺の部屋で待ってる」
そう言われて旦那様は去っていった。
……そういえば、旦那様の部屋って行ったことないかも。どんな部屋なんだろ。スケルは武器庫だったし、魔王の部屋だから怪しげな雰囲気なんだろうか。
真っ暗で大理石の王座とかあって、赤い絨毯とか敷かれていて、王座の近くに水晶玉があって、高笑いしがら世界を見る……わけないか。ないない。あの旦那様だもんね。
でも、ちょっと興味あるな。
私は手早くお茶を用意して、旦那様の部屋へと向かった。
コンコンコン
部屋をノックすると、すぐに扉が開かれた。優しい表情の旦那様が迎え入れてくれる。なんか、妙に恥ずかしい。
「お邪魔しまーす……」
こそこそと中に入った。
旦那様の部屋は一言で例えるなら書庫だった。
「うわー……すごい本の量」
壁一面、本棚。しかも天井まである。旦那様って読書家だったんだな。
「本は暇潰しだ。座れ」
男の人が三人、余裕で座れそうな大きいソファーに促されて、サイドチェストにティーカップを置いた。座ったが、居心地が悪くてキョロキョロしてしまう。そして、あることに気づいた。ベッドがない。ついでに、棺もない。
「ベッドないんですね」
ティーカップを渡しながら尋ねると、ジンジャーティーを一口すすって、旦那様がこっちを向く。
「あぁ、このソファーで横になってるな」
スケルといい、旦那様といい、ベッドで寝るという習慣がないのか?
「このソファー、大きいですもんね」
ふかふかしているし、横になったら気持ち良さそうだ。試しに座った体勢で体だけを横に倒す。あら、気持ちいい。
「何してんだ?」
「ソファーの弾力を楽しんでます」
そう言うと、旦那様に手を引かれた。ぽすんと、旦那様の膝の上に頭を置く体勢になる。これは……膝枕というやつでは?
「こっちに倒れろ」
「それだと、旦那様がいつジンジャーティーを落とすか不安です」
「そんな間抜けなことはしない。お前が変なことをしたり、言わなければな」
さりげなく酷いことを言われた。でも、あったかい。眠くなりそう。
「寝ちゃいそうです」
「寝ればいい」
「膝、しびれますよ?」
「お前の重さくらい大したことない」
甘い言葉が身に染みていく。デレモード解除したいのに、甘やかされたいと思ってしまう。弱ってるのかな、私……
「今日、妖精に会ったんです」
「妖精?」
「警備兵の中で妖精がいるって言ったじゃないですか? その人に話しかけられました」
息を飲む音がした。旦那様の声が低くなる。
「何かされたのか……?」
「いえ、何も」
「?」
「旦那様と私のことを聞きたがってました」
「話したのか?」
「私のことだけですけど、話しました。魔王の花嫁ですって」
そう言うと旦那様が深いため息をつく。
「言うことなどなかっただろ」
この声はちょっと怒ってる? ちらっと見ると、心配そうな表情をしていた。
「お前まで化け物扱いされる」
あぁ、そういうことか。優しい人だな、やっぱり。
「旦那様が化け物扱いされるなら、嫁もそうなりませんと」
そう言うと、フッと笑われた。
「でも、たぶんですけど……あの人、旦那様のことを裏がなく知りたがってました。貶めるためじゃなく、何て言うか……ただ、知りたいってカンジでしたよ?」
そう言うと、旦那様はジンジャーティーを一口飲んだ後、渋い顔をした。
「だが、警備兵だろ? アイツらが俺に興味あるわけない」
「私もそう思うんですけどね」
妖精アッシャーさんのウズウズとした表情を思い出す。彼は一体、何を知りたかったんだろう?
「……ラナ」
「っ…はぃ」
「今度、買い物に行くときは俺も付いていく」
「はぃ?」
意外な言葉にすっとんきょんな声が出た。
「また会うかもしれないだろ? 妻を守るのは夫の役目だと思うが」
目を細められ、額の髪をはらわれた。
「そりゃ、心強いですけど……失礼な人ですよ?」
「やっぱり、何か言われたのか?」
「大したことないんですけど……何でここにいるんですかとか言わたので、買い物ですって言ったら驚かれたので、あったまきちゃって。しかも、不幸じゃないのですか? とか失礼なことを聞くんですよ? まったく」
またムカムカしてきて、一気に捲し立てる。
「どこが不幸だというんですかね? 決めつけないでほしいです」
そう言うと、旦那様の顔がちょっと切なくなる。
「不幸じゃないのか?」
「はぁ?」
火に油を注ぐような発言に、ヒートアップする。
「不幸な女がパエリアなんて作りますか? 今、ここにいますか? 膝枕されて寝そうーとか言いますか?」
そう言うと、旦那様は目を丸くした後、くくっと笑いだした。
笑いを取りにいったわけではないのですけど……私、怒ってますよ?
「はぁ…本当にお前は変だな」
優しい顔でそんな事を言われたが、私はちっとも腑に落ちなかった。
「ともかく、今度、買い物に行くときは付いていく」
「外の人間がこちらにアクションを仕掛けるなど、異例だからな。どんなヤツなのか、少し興味がある」
本気ですか? と言いそうになったが、グッと堪えた。
だって、そう言う旦那様の顔はどこかワクワクしているように見えたから。
とは言ったものの、そう簡単には会えないと思うのだ。
街角で妖精とバッタリなんて。小説のようなことそうそう出くわすとは思えない。
思えなかったのだが……
あくる日、出会ってしまった。
街角でバッタリと。
こちらは魔王付き。
そちらは、悪魔付きで。
目を丸くする妖精アッシャーさん。
同じく目を丸くする私。
あのー……
その悪魔、誰ですか?




