私の混乱。旦那様の異変。にやつく従者
ただ今、ピンチです。
何がピンチかって先ほど恋を自覚し、その相手が目の前にいるという展開だからだ。しかも、告白せよというミッション付き。
告白って…
あなたの事が好きですっていうの?
…そんなこっぱずかしいこと、恋愛初心者マークの私には無理だ! 保留、保留。保留させてください!
「どうした? いつも変な顔してるが、今日は特に変だぞ」
「急に自覚症状が出て、脳内パニック中です。お気になさらずに」
そう言うとますます変な顔をされた。
「旦那様は何をしてるのですか?」
「あぁ、これから仕事だ」
仕事? 確か森の外に出て警備兵がモンスターを持ってくるというアレか。
「付いていってもいいですか?」
「なんでだ…」
「ただの好奇心です」
「…気分のいいものではないぞ」
「え? そうなんですか?」
そう言うと旦那様は、はぁと息を吐き出した。
「お前も一度、見ただろう。警備兵が逃げ帰る姿を」
あぁ、給料泥棒と勘違いしたやつだ。
「アイツらは俺を異質なモノとして見る。お前が姿を見せれば、同じように見られる。怯えられるんだぞ」
なるほど。それはあまり気分の良いものではない。というか、辛い。理不尽に怯えられるのは。こっちには怯えられる理由などないのに。
「じゃあ、余計に行かなければ」
そう言うと、旦那様がキョトンとした。
「辛い目に合うのでしたら分け合わないと。ほら、二人で居れば辛さ半分ですよ。きっと」
笑うと、ふっと優しい目をされた。
「タフなやつ」
「あ、それ褒めてますよね? やったー」
「いつも褒めているだろ?」
はい? 旦那様がいつ褒めました? 記憶にございませんよ。
「いつ、褒めました?」
「お前の作った料理は完食してるだろ」
分かりづらっ!
「それは褒めてるとは言いませんよ。褒めるっていうのは、ありがとうとか、偉いねーとか、分かりやすい賛辞です」
そう言うと旦那様は少し考えて歩みを止めた。なんだろう?と、同じにように歩みを止めると微笑まれた。
「ラナ。付いてきてくれて、ありがとう」
ぐはっ。なんですか!その極甘フェイス! こ、これが好きというやつか…! 恐ろしい破壊力。まずい、褒められたら死ぬ。
「ど、どうも。あ、やっぱ褒めなくていいです。死にたくないので」
「…おかしなやつだな。褒めろと言ったり、褒めるなといったり」
少し笑われて私達はまた歩き出した。
◇◇◇
森の外に出るとまだ警備兵は見当たらなかった。まだ来てないのか? ふと空を見上げると気持ちいいくらいの晴天。それを見るだけでも付いてきて良かったと思えるほどだ。
「そういえば、警備兵が来るのってなんで分かるんですか?」
「あぁ、電話がくる」
電話。意外と事務的な。
「じゃあ、会話とかもするんですね」
「いや、一方的に明日、モンスターを運ぶとだけくる」
え? 会話なし。なんだそれ。ただの伝言じゃないか。ここに来る警備兵とも会話しているようにも見えなかったし、会話ゼロか。
「挨拶とかしないですか? ご苦労様ですとか」
そう言うと、お前、頭大丈夫か?みたいな目で見られた。
「向こうは俺を嫌ってる。挨拶なんかできるか」
まぁ、そうか。怖い相手にこんにちはとか言われても裏があるのではと思ってしまうか。難しい。
せっかくモンスターを捕まえて来てくれるわけだし、ありがとうぐらい言ってもいい気がする。ダメだろうか。
そんな事を考えていると、遠くから馬車がやって来た。近くに止まると、警備兵がモンスターを連れてやってくる。
私の目にはモンスターがモンスターを連れてくるようにしか見えないのだが、警備兵は服装が決まっているので、どっちがどっちだか分かる。
ちなみに、警備兵たちは四人。右から全身木の棒、全身ゴツゴツ岩、全身カチカチ岩。そして、妖精。
え? 妖精??
思わず目を疑った。こんなゴツい感じの人たちの中にキラキラと輝く黄緑色の四枚の羽を持つ人がいた。髪色も瞳の色も同じく黄緑色。透き通るような白い肌のまごうことなき妖精。武骨な警備服がものすごく似合わない。
思わずじっと見いってしまった。
警備兵は後退りしながら退散していく。私の視線に気づいたのか妖精さんが一度、振り返った。お礼をかねて頭を下げる。すると驚いたような顔をして去っていった。
妖精なんて初めて見た。女の人なのだろうか。
ボケーっと走り去る馬車を見つめていると、隣で青い光りを感じた。旦那様がモンスターを魂に還していた。綺麗な青い光の玉が森へ入っていく。それが消えると旦那様がこっちを向いた。
「帰るか」
手を差し出される。それを握って私たちは森の中に入った。
◇◇◇
「…やはり、いい気分ではなかったか?」
ボケーっとしてしまっていた私に旦那様が話しかける。
「あ、いえ。妖精がいたのでビックリしちゃって」
「妖精?」
「警備兵の中の、左端にいた人が妖精に見えたんですよ。妖精なんて初めて見ました」
しみじみと言うとと旦那様がくっくっくっと、笑い出した。なんだ? 旦那様も妖精見たかったのかな。
「お前は本当に変なやつだな」
呆れられたように言われたが、その瞳は穏やかだ。
「仕事が終わったから、外に出るか?」
んん? 今、なんとおっしゃった??
「外に出るって…」
「外でご飯を食べるのもいいだろう。天気が良いからな」
普通に考えたらデートのお誘いなんだろうけど、私は思いっきり変な顔をしてしまったと思う。
だって相手はひきこもり体質が染み付いた魔王だ。外になんて出たがらない人がお外でご飯! ありえない…
「旦那様、熱でも出てるんじゃないですか?」
本気で心配すると、やや呆れた顔をされた。でも、それも一瞬で、優しい眼差しに変わる。繋いだ手を引かれて、そこに口づけをされた。
「俺を呆れるほど幸せにしてくれるんだろ?」
そういうのことか! なるほど、お外でご飯。幸せ満点だ。その挑戦、受け取った!
「望むところです! ご飯作って、ピクニックしましょう!」
そう意気込むとまた笑われた。
特大のおむすびを作って、おかずを作って旦那様と森の外でご飯を食べる。天気はいいし、お弁当は美味しい。
でも、なんだか旦那様の様子がおかしい。眼差しがグッと甘いような気がする。誉められた時の極甘ではないので、何とか耐えられるが、やはり甘い。おまけに……
ついてるぞと、頬のお米を取っ手くれたり……
あーんとか、食べさせてくれたり……
あまつさえ、膝枕をさせてとねだったり……
色々、おかしい。ツンデレのデレ状態がずっと続いているような感じだ。メーターが振り切ってバグっている。ツンはどこへいった? 褒めるときもおかしかったし、デート後に消滅してしまったのか? それか、やはり熱があるのか…
何度か旦那様の額に手を当ててみたが、異常は見られない。なら、やはりデート後にツンは消滅したのか?
……ということは、デレデレ状態?
非常にまずい。毎日、毎回、顔を合わせる度にこんなラブビームに晒され続けるというのか。どうしよう……
実感はないが、私は旦那様が好きなようだし、この状況は喜ぶべきことなのに恥ずかしさが先だってしまう。ムズムズして、居心地が悪い。その居心地の悪さを振りきりたくて、わー!と無性に叫びたくなる。でも、旦那様と出会う度に叫ぶという奇行を繰り返すわけにはいかない。どうしよう……
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
考えた末、私は買い物に行くことにした。
家にいると悶々としてしまうし、物理的に距離を置いた方がいい。きっと、私は混乱してるのだ。一人になれば心も落ち着く。
旦那様は付いてきたがったが、丁重にお断りした。「あなたから離れたいからです」なんてストレートに言えるわけもなく、「買い忘れがあったので」というもっともらしい理由で一人で出掛けた。出掛けるとき、捨て犬のような眼差しをされ、ついほだされそうになったが、振り切って馬車がある場所に向かった。
「告白したんですか?」
馬車に乗る前、スケルが飄々とそんなことを聞いてきたが、私は首を振るだけで精一杯だった。
「さっさとしちゃえばよいものを」
「だって……」
「あなたが好きです。死んでくださいって」
「そんな殺人予告みたいな告白できない」
「そうでしょうか?」
スケルは真っ黒な何もない空洞の瞳をこちらに向けて言った。
「どんなに綺麗な言葉を並べても、ラナ様のしたいことは結局、それです」
真っ直ぐな言葉は胸に突き刺さった。
「本当にそれをしたいのならば、魔王様と仲良くされるのはお薦めできませんね。情が移って身動きとれなくなります。魔王様とラブラブハッピーになって、さぁ、死んでなんてできないでしょう?」
正論すぎる。
「ラナ様が本気で魔王様との子供を望むなら、すぐ行動を移すべきですよ」
ぐうの音も出ない。スケルの言っていることは合っている。私の望みは矛盾だらけだ。
旦那様とごく普通に幸せになりたい。なるべく長く。穏やかに日々を過ごしたい。楽しいこともいっぱいして。
一方で、旦那様を独占したいとも考えている。
それは相手の幸せを願ってのことじゃない。私が死んだ後に遺されるのは可哀想。それもあるが、それよりも旦那様が私の死んだ後に幸せになるかと思うと無性に我慢できない。
私は相手の幸せを純粋な気持ちで願えないのだ。
目を逸らしていた事実を突きつけられて頭を抱えたくなった。
「本当にその通り……私って最悪だ。矛盾してる。旦那様に幸せになりましょうねって言ってるのに」
そう言うと、スケルは固い骨の手で私の頭を撫でてくれた。
「まぁ、矛盾って……ある意味とても人間らしいですけどね」
「そうかな……」
「そうですとも。恋してるって証拠です。自分だけが感じられる痛みですよ」
そう言われて、ふっと少し笑ってしまった。
「まぁ、私としてはラナ様がヤキモキしている姿を見るのは楽しいので、できればこのままでいてほしいですけどね」
カラカラと笑ったスケルを睨む。
「人の恋を酒のつまみみたいにしないで」
「いいえ、大いにさせて頂きます。その為にも仕込みはしてありますしね」
仕込み?
「何したの?」
「いやぁ、魔王様に女性がときめく恋愛小説を10冊ほど読めばと、助言しました」
は?
「デートがうまくいったのか聞いたんですけどね。なんか寂しそうな顔をしてたんで……ほら、魔王様ってデートのエスコートが下手くそそうなので、乙女心を知るなら恋愛小説が一番ですよって言ったんですよ」
…………。
無言になるしかない助言だ。じゃあ何か。旦那様がおかしかったのはスケルのせいか!
「どうりで旦那様の様子が変だと……」
「あぁ、やっぱり変でした? あの方、わりとクソ真面目ですからね。恋愛小説読んだんじゃないですか?」
スケルはガイコツの歯をカタカタ鳴らしながら、大笑いする。こちらは笑い事ではない。
魔王が恋愛小説を熟読。椅子に座った彼は無表情でページをめくる……
うん。想像するのはやめておこう。
イメージが崩壊する。
「あまり、旦那様で遊ばないでよ」
そう言うとスケルは、従者らしく丁寧にお辞儀をする。
「おかげで楽しい骨生を送らせて頂いております」
それにため息をついた。こりゃ、何を言っても無駄だな。もう、放っておこう。それに、旦那様には後で無理しないでいいですよと言っておこう。デレ状態を解除しないと、私の身が危険だ。
すっかり話し込んでしまったが、買い物に行こう。皆して状況をややこしくするから、頭を冷やしたい。
笑うスケルに声をかけて、馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
魚頭の町をあてもなく歩く。すれ違う魚頭の人々。サーモン頭、タラ頭、カレイ頭、エビ頭……ん? エビ? 珍しい。
こんなに魚ばかり見ていたら魚介のパエリアでも食べたくなる。今夜はそれにしよう。
さて、夕食のメニューが決まったところで、状況をまとめよう。
今、分かっていることで選べる道は3つ。
1つ目は、旦那様と子供を作らずのんびり過ごす。しかし、旦那様が死ねないという条件がある。
2つ目は、旦那様と子供を作る。しかし、これは旦那様が死ぬという条件付き。子供を魔王にするかという問題もある。魔王をこの国から消したらどうなるかも不明。
3つ目は、旦那様と子供を作ったのち、名付けというもので、旦那様を復活させるというもの。これは可能性があるという話でできる保証はなし。子供を魔王にするか問題も残ってる。
「はぁ……」
めでたしめでたし、ハッピーエンドとはいく道はないな……
旦那様が魔王なんてやめて、普通の人間になって暮らせればいいんだけどな。魔王なんて役目を背負っているから、ややこしいわけで。
そう考えて、はたと立ち止まる。
そっか。私はこの国から魔王を消したいんだ……
子供のこともそうだし、旦那様自身にもそのしがらみから解放したい。
魔王をなくす……か。
スケルは皆、ハッピーになるとは言ってたんだけど、実際はどうだろう? 魔王がいなくなって本当にハッピーなのか?
この国の人々は。
私の大切な人々は。
幸福な道に進める??
――――ダメだ。わからん。
この国の者だけど、そもそもモンスターとか魔王への感じかたがまるで違う。もっと、一般的な人の感想が欲しいな。
誰かいないか? 誰もいないな……
友達なんて皆無だし、外の繋がりなんて私にはなかった……とほほ。
いっそのこと街頭アンケートでもしたいくらいだ。魔王は消えたらハッピーですか?って。しないけど。怪しい団体みたいで逮捕されそう。
「ふぅ…」
ふと気がつくと本屋の前にいた。何気なく目を向けると『勇者クラウスの冒険』が店頭に並んでいた。有名な本だ。私も読んだことがある。勇者が魔王を倒すストーリー。私はその本を手にとった。
勇者も魔王もいるんだけどな。
私が知っている二人は、この物語とは立ち位置が全く違う。
また1つ息を吐いて、本を置いた。
「あの…」
不意に誰かに話しかけられる。
え? 誰よ。私は友人0人ですよ?
話しかける魚頭の人なんていたか?
あぁ、いつも立ち食いしてる屋台の人か?
そう思って振り返ってびっくりした。
そこには、なんとも気まずそうな妖精がいたからだ。




