ある警備兵と、ある小説家の渇望 ※流血表現あり
ある警備兵長の告白で出てきた警備兵アッシャーの話です。後半に少しだけアッシャーの叔父視点の話があります。流血表現がありますのでご注意ください。
僕の名前はアッシャー。警備兵をやっている。僕が警備兵を目指したのは叔父さんが書いている冒険物語が影響している。
叔父さんが書く物語は悪の大魔王を何の力も持たない少年が冒険をして成長して倒すストーリーだ。この物語を読んだ僕はすっかり魅了されてしまって、いつか悪を倒し、平和を守る人になりたいと思っていた。
だから、なんの疑いもなく警備兵になった。この国の人を魔王から守るんだってそう思っていた。
それなのに―――
「おい、アッシャー! 早くしろ! モンスターが逃げちまうだろ!」
目の前に泣き喚くモンスターを見て、僕は呆然としていた。
モンスターは小柄だ。子供と同じくらいの体型をしている。羽があり、色は黒々しく、お腹はぽっこりと出ていた。目は充血しており、口からは牙が見える。長い舌を出し、唾液を滴らせながらモンスターは泣き叫んでいた。
耳を塞ぎたくなるような金切り声。
でも僕は、その声が悲痛なものに感じてしまった。
「何してんだよ! どけ!」
同じ警備兵のルクス先輩が俺を押し退け、剣を振り、モンスターの羽の片方を切り落とす。固そうな羽はあっけなく切られた。
イギァアアアァァァアア!
この世のモノとは思えない叫び声をモンスターはあげ、血が飛び散った。切り落とされた羽は砂となる。ルクス先輩は返り血を浴びたにも構わずもう片方の羽を切り落とした。叫ぶモンスターの頭を取り押さえ、僕に向かって叫ぶ。
「何やってんだ! 縛り上げろ!」
その声に我に返り、僕は持っていた縄で暴れるモンスターを縛り上げる。麻布で顔を隠し、その声を漏らさないようにする。
麻布を被せた時、一瞬だけモンスターと目があった。そのモノは絶望の眼で僕を見ていた。
取り押さえたモンスターは警備兵舎に戻ったら牢に入れる。
「おらっ。ここで大人しくしてろ」
ルクス先輩が乱暴にモンスターを蹴り飛ばして中に入れる。モンスターはケガをしているのか妙に大人しかった。
「不気味なヤツだぜ」
ルクス先輩が吐き捨てるように言って歩き出す。僕は弱々しく動くモンスターを見て、なんともいえない気分になっていた。重い鉛玉でも飲み込んだような気分だ。
「おい、アッシャー。何してんだ。行くぞ」
「あ…はい」
ルクス先輩に続いて歩き出す。
「何、ボーッとしてんだよ。お前、そんなんだとまた他のヤツらにナメられるぞ」
「そうなんですけど…なんか可哀想で」
「はぁ?」
そう言うとルクス先輩が呆れたような目を向ける。
「おいおい、相手はモンスターはだぞ? 可哀想なことがあるか。相手は敵だ。俺たちの敵!」
「分かってますけど…」
「はぁ…お前は頭いいんだから、もっとシャッキリしろよ。今回だって、あのモンスターの居場所を真っ先に突き止めたじゃねぇか」
ルクス先輩が言ったことは当たってる。僕はあのモンスターを最初に見つけた。羽の生えたモンスターが出たとの通報を聞いて警備兵たちが出ていった時は、モンスターの姿はなかった。発見者の話では、モンスターは家のドアを開いて出ていったと言う。羽がついたモンスターということもあり、捜索は屋根や高台などが重点的に行われた。
僕はそれを聞いて違和感を覚えた。逃げたかったら、窓からその羽で飛べばいい。あとはドアから出ていったのも気になった。妙に人間臭い行動だ。
人間のような行動をするなら、こんな昼間に行動はしない。夜になるまで身を潜めるだろう。そう遠くには行ってないような気がして、周辺を探していたら見つかったというわけだ。
「たまたまですよ」
「謙遜するな。もっと、自信を持てよ。俺の剣とお前の頭があれば、モンスターなんて簡単に捕縛できるんだからよ」
肩を組んでくるルクス先輩に苦笑いする。ルクス先輩は口は悪いが剣の腕は確かだ。それに僕のこともかってくれている。
警備兵は若手の養育としてマンツーマンの体制をとっている。モンスターに対して二人なんて心もとないと最初は思ったが、その理由が今日、分かった。
モンスターは弱い。
あっけなく捕まえられる。
潜伏場所さえ突き止められれば、二人でも充分だ。個体差によってはもっと大勢が必要だろうが、今日のように小さいモンスターなら二人で充分だろう。
「モンスターって見た目より弱々しいんですね」
正直な感想を言うと、ルクス先輩が首を傾げる。
「まぁ、強くはないな。大抵のヤツはその姿を見ただけでビビッちまうからな。実力が発揮できないヤツが多いんだよ。ヤツらの生態は解明されていないしな。触ったとたんに毒吐かれて死ぬんじゃないかっていう噂まであるしな」
「なぜ、モンスターの解明がされていないんでしょう? これだけ大騒ぎになっているなら、解明されてもよいのに」
そう言うとルクス先輩は僕に顔を近づけて内緒話でもするように小声で話し出した。
「今の国王が魔王と取引してるって話だぜ」
「え?…じゃあ、わざと野放しってことですか?」
僕もルクス先輩に合わせて小声で話す。
「そうだ。今の国王は”えらいこっちゃ、えらいこっちゃ”とか言って国政もなんもしないんだとさ。そんな腰抜けな王様じゃ、魔王の言いなりになっていてもおかしくないだろ。現に、魔王が花嫁を寄越せって言った時も、大金はたいて探してたしな」
魔王の花嫁のお触れが出て、花嫁が嫁いで言ったのは記憶に新しい。なんでも田舎に住む変わった娘だったらしい。お金のために厄介払いしたのでは?という噂を聞いたことがある。
「ったく、俺らの税金を無駄に使うなっていうんだよな」
「それを言うなら、僕たちのお給料も税金からですよ」
そう言うとルクス先輩にデコピンをされた。
「ばーか。俺らは役に立ってんだろ? モンスターも捕縛してるしな」
デコピンされた箇所をさすりながら、僕は黙った。
警備兵は国営のものだ。民間ではなく国の持ち物。だから、国家試験を通り実技試験をパスした者でなければ、なることはできない。難解な試験があるため、警備兵になるのはごく僅かだ。その分、給料はいいし、安定はしている。
「あ、そうだ。グラン警備兵長が俺らを呼んでいるんだった。行くぞ」
「その前に着替えたらどうですか?」
「あ?」
そう言うと、ルクス先輩は自分の服装を見つめる。血で汚れた服は茶色く染まっている。
「ばーか、早く言えよ」
またデコピンをされた。理不尽だ。
その後、着替えたルクス先輩と共にグラン警備兵長の元に向かおうとしたのだが。
「おい! またモンスターが出たぞ!」
「はぁ? またかよ。行くぞ、アッシャー!」
「は、はい!」
結局、その日は合計三体のモンスターが出て、グラン警備兵長の元に行ったのは日付が変わりそうな時分だった。
「今日はご苦労だったな四人とも」
もう着替えるのも億劫でルクス先輩も僕もボロボロの格好で兵長の前にいる。正直、疲れて眠い。
僕たちの他に二名の兵士が呼び出されていた。確か王宮の周辺警備をしている人たちだ。僕たちとは違ってキッチリとした格好をしていた。
「明日、森にモンスターを運ぶ。お前たちに引き渡しを任せたい。以上だ」
森に運ぶ?
疑問に思ったが、そんなことを言えるはずもなく、グラン警備兵長の話は端的に終わった。
警備兵長の部屋を出た後、僕はルクス先輩に森のことを聞こうとした。しかし、その前に他の警備兵にルクス先輩が話しかける。
「泥だらけになってご苦労様だなぁ、ルクス」
ニヤニヤと笑いながら話しかけてきたのは確かワインド先輩だ。
「うっせぇよ」
「まぁ、お前はそんな風に泥だらけになって這いずり回っている方がお似合いだけどな」
一触即発な雰囲気にルクス先輩の額に青筋が立つ。
「久しぶりにヤるか、ワインド。王宮の犬になってその腕がなまってないか試してやるよ」
「泣かされたいなら、いつでもかかってこいよ。更に小汚なくしてやるから」
「ちょっ、やめてください! ルクス先輩!」
「そうですよぉ! ワインド先輩も抑えてください!」
後輩二人組で血の気の多い先輩たちの間に割って入る。結局、二人の言い合いが続き、警備兵長に一喝されてその場はおさまった。
翌日、僕は眠い目をこすり、支度を終えたルクス先輩と共に護送用の馬車がある場所へと向かって行った。
「あのルクス先輩? これから行く場所って…魔王の森ですか?」
「ん? あぁ、お前は初めてだな。そうだな。魔王の森だ。そこに捕獲したモンスターを引き渡すんだよ。管理者と呼ばれるヤツにな」
「なんで、そんなことするんですかね?」
「さぁね」
「さぁねって…気にならないんですか?」
「面倒だとは思うけどな。それがルールなんだ。しょうがねぇだろ」
ルール…理由もわからないルールなんて変だなと思う。なぜ、皆疑問に思わないのだろう。
憧れていた警備兵だったが、その仕事内容は疑問に思うことばかりだった。森の管理者に会ってますますその疑問は深まった。
暗い瞳でモンスターを見つめた銀髪の人間の彼は、なんというか生気のない人だった。幽霊みたいな雰囲気な人だ。ただ、静かにそこに在るだけの人。先輩たちは気持ち悪がったり怯えたりしたけど、僕は直感的に思った。
彼は敵ではないと。
その後、グラン警備兵長に呼び出された僕は警備兵長の思いを知ることになる。
驚きだった。
警備兵長もあの彼を敵ではないと思っていたからだ。
僕と同じ思いを抱きながら、警備兵長はそれを思っても仕方ないような言い方をした。彼が詮索されることを望んでいないと言っていた。確かにそれはそうかもしれない。
だけど、僕は純粋に知りたいと思った。
そして、敵ではないなら、邪険にするのも変だなと思ったんだ。
だから警備兵長に言った。彼にただ「ありがとう」と伝えたいと。
モンスターを囲ってくれているのは確かだし、それを外に出さないとも聞いた。僕たちにとっては、モンスターがいなくなるのは、感謝すべきことなのではないだろうか? お礼の一つも言ってもいいと思った。
だけど、警備兵長はハッキリと言った。
僕の考えは異端で誰も歓迎しないと。
それをしたければ、誰にも負けないくらいの実力をつけろと。
警備兵長の言うことももっともだと思う。
警備兵が魔王の手下に感謝してるなんて知られたら警備兵自体の信用に関わる。
それに、僕も孤立するだろう。
ルクス先輩は魔王は絶対悪と言って聞かないから、こんなことを言ったら何時間説教されるか分かったもんじゃない。それは時間の無駄だし、避けたい。
でも、この疑問や興味を抑えることなんて僕には無理だった。
どうしようか…と考え込むうちに休日になり、僕の足は自然と冒険物語を書く叔父さんの所へ向かっていた。
◇◇◇
叔父さんの家は僕が寝泊まりしている宿舎から徒歩30分とわりと近い場所にあった。僕はこの叔父さんの家が好きだった。古びた洋館で玄関先から本棚が並ぶ本だらけの家。本は整然と並んでいなくて積み上がったりしている。まるで迷路のような家だ。現実世界とは切り離されたような家に子供の頃からわくわくした。
「おじさーん。キールおじさーん。僕です。アッシャーです」
ドアのチャイムを鳴らしてもちっとも返事がないので、僕は声を出して呼んでみた。留守かな?と一瞬だけ思ったけど、そういえば呼び出しに応じてくれたことなど一度もない。
僕は裏庭に回ってみた。裏庭の日当たりのよい部屋の一角に叔父さんの書斎がある。もしも執筆中なら、その場所にいるはずだ。僕が窓から中を覗くと叔父さんがいた。コンコンと窓ガラスを叩くと叔父さんがやっと気づいてくれた。
「やぁ、アッシャー。どうしたんだい?」
「こんにちは、叔父さん。遊びに来ました」
「ははっ。君も物好きだね。まぁ、いい。入りなさい」
「ここ、玄関ではないですよ?」
「ん? スリッパならあるよ。えーっと、どこ行ったかな? あ、これだ。はい、どうぞ」
玄関ではないけど…と思いつつ、ニコニコと笑っている叔父さんに流されて僕は靴を脱いで中に入った。
中に入ると叔父さんの執筆した本が並んでいた。古典文学の一つだった勇者の話を子供向けファンタジー小説にした『勇者クラウスの冒険』だ。僕が影響された本。全10巻ほど出ている冒険物語は男の子だったら知らない人はいないというほどの人気作だ。
勇者がモンスターを倒して仲間を増やして、強くなっていく物語だ。勇者は何も持たない若者だ。それが毎回、死にそうになりながら、ギリギリの戦いをして、やがて魔王を倒す。魔王に怯えるこの国では憧れを抱かずにはいられない爽快な物語。懐かしくて思わず手に取る。
「今日はどうしたんだい? 憧れの警備兵になれた感想でも聞かせてくれるのかな?」
そう言われて僕は俯く。暗い顔をしていたのがバレたのか、叔父さんが椅子に座るように促してくれた。
「警備兵の仕事は思ったものじゃなかったのかな?」
素直に頷いた。そして僕は弱いモンスターのことを話した。
「見た目は叔父さんの書いた物語より不気味で、でも、ものすごく弱かった」
「弱い?」
「簡単に捕まえられた。拍子抜けするほど」
「ははっ。それは君の腕がいいからじゃないかい?」
「僕の腕は大したことないよ。一緒にいるルクス先輩は実力はあるけど」
「じゃあ、その先輩のおかげじゃないのかい?」
うーん…と、僕は首を傾げる。
「ルスク先輩は確かにすごいけど…なんか脆いんだよね。鉄みたいに固そうな羽も簡単に切り落とせるんだよね。それに…」
羽のついたモンスターの絶望した顔を思い出す。
「とても哀しそうな顔をしていた」
「モンスターがかい?」
「うん。絶望していた」
「それは捕まると分かったら、モンスターだって絶望するんじゃかいかな?」
「モンスターにも感情があるってこと?」
「そうだね。アッシャーの話を聞いているとそう思うよ」
叔父さんに言われて、今度はルスク先輩の言葉を思い出す。
「モンスターはこんなに騒がれているのに、生態については解明されていないんだって。それを先輩は…」
少し声を潜めた。
「国王が阻止してるからだって」
途方もない話だと思っているが、先輩の話は一理あった。
「大胆なことを言うね。でも、そうだな…それなら解明されてない理由がつくね」
叔父さんに肯定されて、僕は少し興奮ぎみに話し出した。
「でも! なら、なんで隠すと思う?」
叔父さんは声色を変えずに、あくまで穏やかに言う。
「それは分からないけど、こうも考えるよ。弱いから解明する必要がない」
弱いから?
「アッシャーの話ではモンスターは弱くて捕まえやすい。わざわざ解明する必要がないんだろう」
叔父さんはにこりと笑って続ける。
「モンスターが弱いのは、私たちの立場からしたら、とても助かる話だ。恐ろしいモンスターは早く捕まってほしいからね。身の安全のために」
身の安全。
おかしな話だ。
魔王は僕たちを襲おうとしているのに、身の安全は確保するなんて。
本気で襲おうというなら強いモンスターにすればよいのに。叔父さんの書いた冒険物語のように。
「魔王って何がしたいんだろう?」
「ん?」
「人をモンスターに変えても、弱かったら魔王にとってあんまりメリットがないよね」
ふぅと息を吐くと、叔父さんはまた笑って言った。
「うーん…まぁ、恐怖のイメージを植え付けることはできるだろうね。魔王なんて私たちは見ることはできないから、ある意味、架空の人物っぽい。でも、モンスターがいれば魔王の存在は見えなくても実在するものだと思える」
確かに。魔王なんて身近な存在じゃない。だけど、モンスターがいるからその存在を感じられる。なぜ、そこまでして魔王の存在を主張する? 得をするのは誰だ?
考えればよく分からなくなっていく。
考えれば考えるほど、世間と現実とのギャップを感じてしまう。
「この国はなんかおかしいね、叔父さん」
そう言うと、叔父さんは目を輝かせる。考え込んでいた僕はその瞳の輝きをいつもの穏やかな笑顔と同じだと思ってしまった。
◇◇◇
叔父さんの家を出ても気持ちは晴れなかった。ますます分からないことが増えただけのような気がする。
空を仰ぐと空が曇っていた。
風も強くなってきている。
嵐が来そうだ。
それを見つめながら僕は胸に抱いた思いに似たようなものだなと感じていた。
疑問をそのままにできない。
僕は胸に宿る渇望を感じながら歩き出した。
――――――――――――
アッシャーが帰って行った後、私は古い友人に電話をかける。
短いコールで出たのは無骨な声だった。
「こんにちは、グラン」
『なんだお前か、キール』
うんざり気味の声に少し笑いながら話を続ける。
「ははっ。そんな邪険にしなくても。甥っ子がお世話になっているから挨拶をと思ってね」
『お前がそんな律儀な人間なものか。なんの用だ』
「いや、私の甥っ子が私たち側にきたことを一応、知らせておこうと思ってね。察しのよい君ならもう知ってるかな?」
そう言うとグランは黙ってしまった。
恐らく肯定と見てよいだろう。
『お前…アッシャーを焚き付けて何かさせる気か?』
「それは心外だな。可愛い甥っ子を危険な目に合わせるわけないだろう。でも…」
遠くで雷鳴が聞こえた。
「彼は私に似ているところがあるからね。隠されたものを暴きたがるだろうね」
ふふっと笑うと、受話器越しに盛大なため息をつかれた。
『アッシャーが知りたいと思うなら止めない。だが、有能な部下を無くすわけにはいかない。アッシャーの動きには目を光らせているからな』
強く念を押された。相変わらず情に脆い。それが良いところでもあるけど。
「ところで、Mは何か言っていた? また会ったんでしょ?」
そう言うとグランは黙ってしまう。いつもなら、特に何も、変わらずが返事なのに沈黙とは…これは何か言っていたのだろう。
『詳しくは話せない。忠誠を誓った相手だからな』
「そう…君の忠誠心には頭が下がるよ」
空が光る。そして、うなり声のような音が辺りに響いた。やがて涙のような雨が降り出す。
「でも…君はとことん嘘がつけないね、グラン。声色でわかるよ。君は私が喜ぶことを聞いたんだよね?」
そう言うと詰まるような声。
きっと、彼はこの国の真実のはしっこを聞いたんだろう。ぜひとも聞きたいが、グランは口が固いから、ダメかな?
ふふっと笑うと、グランの声が低くなる。
『キール…お前が知りたいと思うことは否定しない。だがな、真実を暴いても良い結果を生むとは限らないぞ』
グランの声はどことなく優しかった。私への心配が含まれているのだろう。
「忠告痛み入るよ」
『…はぁ』
また深いため息をつかれた。
『話は終わりか? なら、切るぞ』
「はいはい。警備兵長殿は忙しいですからね」
受話器を置き、どす黒くなった空を仰ぐ。
「でも、グラン。真実は暴かれるために存在していると私は思うんだ」
誰にも聞かれない言葉は、雷鳴と共に消えていった。
この国はどこかおかしい。
それは歴史を紐解けばわかる。
学校で習うような事実だけが並べられた文献しか残っていない。最古の文学とされているのが私が書き直した「勇者の話」だ。作者不明。物語だけがポンと用意されたような奇妙な話だ。
その話も元はモンスターは弱い存在だった。簡単に殺される。魔王も同様に。だが、勇者が特別な力があるわけではない。
彼らが弱すぎるのだ。
あたかも現実の魔王が同じように殺せるような錯覚に陥る。
ファンタジーの世界といえばそれまでだが、そんな簡単に物事が運んではつまらないと思った。人には身の丈に合った強さがあり、それを逸脱した話はリアリティーに欠ける。
だから、モンスターを強くして魔王を強くした。書いていくうちに、そっちの形が本来の正しい姿に思えてきた。
さらにおかしなことに魔王の存在を知らない人はいないのに、どんな人物か研究は進んでいない。
花嫁の制度もそうだ。
習わしというなら文献の一つでも残ってよさそうなものだが、まるっきりない。
誰かが意図的に無くしたような異常さがあった。
だから、私はその意図的に無くした理由が知りたい。
決して巧妙とは言えない隠され方だ。
まるで暴かれたがっているような。
それだったら、ぜひとも暴いてみたい。
胸に宿る渇望を感じながら、私は目を伏せた。




