【side魔王】未来は暗くとも、今を忘れずに
ラナと写真を撮りに行った。ラナの話では写真だと俺の人間姿が見れるそうだ。丁寧に撮られた写真をベンチに座って飽きもせず、ずっと眺めている。
「旦那様って髪色は変わらないんですね。というか、肌色と爪と頭の角以外わりとそのままですね」
写真の中の俺はラナに言われた通り銀髪に人間らしい肌色をしていた。仏頂面なのは変わらない。正直、自分の人間の姿を見ても大した感想はない。見ても一瞬で終わりだ。だが、ラナは目を輝かせて食い入るように見ている。
「そんな見て、何が楽しいんだ?」
「何言ってるんですか? 楽しいに決まってるじゃないですか!」
へへっと笑ったラナに妙な気分になる。ラナもこの姿より、人間の姿がいいということだろうか。醜い姿ではなく、キレイな人間の姿が好ましいのだろうか。
そう考えると、なぜか胸が傷んだ。
でも、次のラナの言葉で痛みは不思議なほど消えていく。
「同じ人間だなーって実感できます」
同じ人間?
「人間の姿の方がキレイだからではないのか?」
「え? 違いますよ」
「…モンスターの姿では醜いだろう」
「いや、全然」
キッパリと告げれられ驚いた。俺の動揺も構わずラナは話を続ける。
「そりゃあ、全身に目がついていたり、ぬとぬとべとべとしてたら、ドン引きですけど、幸いにも旦那様は人に近い形をしてます。肖像画を見てもこりゃいけるなと思いましたし」
「あれを見てもか?」
王に渡したあの肖像画は俺の特徴を醜くしたものだ。精神的に強い花嫁がくるように。精神的に図太い花嫁はきたが…まさかいけると思ってるとは。
人はキレイな姿を好むものではないのか?
「お前の美的感覚は…人間らしくないな」
そう言うと睨まれた。
「私が何年この目と付き合ってきたと思ってるのですか? 22年ですよ。大中小、形状も様々なモンスターを見てきました。旦那様くらいで怖がってたら、外なんて出歩けませんよ」
ラナの話に驚いた。その精神力に。俺もモンスターしかいなかったから、それを怖いと思うことはなかったが、ラナは違う。人間であるのに、周りがモンスターに見えていたのは、さぞ恐怖だっただろうに。なぜ、そこまで強くいられるのか。
「怖いなら、なぜ外に出ようと思った。外に出なければ、怖い思いもしないだろう」
「引きこもってましたよ? 12歳ぐらいまでは」
そう言われて黙ってしまった。ラナは少し頬を膨らませながら話を続ける。
「私だって多感な時期ぐらいあったんですよ、これでも。子供の頃は外が怖くて仕方なかったし、人となんて話せませんでした」
ラナは遠い昔を思い出しているのか、まっすぐ前を向いた。
「幸い両親が優しくて、ずっと家に居ればいいって言ってくれたんですけどね。やっぱり外に出られないのって精神的に病むんですよ。寂しくて悔しくて絶望して、食べることばっかしてました。結果どうなったと思います?」
「…どうなった?」
「ブクブク太りました」
ラナは振り返るのもおぞましいのか、手をワナワナさせて過去を話し出す。
「120キロオーバー。肉しかありません。ボン!ボン!ボン!な体型って動きづらいんですよね。それで、ある日、ご飯食べようと思ったら、スプーンを落としちゃって」
「拾おうとしたら、椅子ごと転げ落ちて、床にダイブ。我が家は古いので床がへっこむという大惨事です」
笑うところなのか?とも思えるような話だがラナが真剣なので黙っておく。
「鼻血出しながら色々、考えちゃって。鏡を見たらそこにはモンスターしかいなくて、ヤバいと思ってダイエット決行したんです」
「食事を減らしたのか?」
「はい。それに外に出ました」
ラナが晴天を仰いだ。
「その時はどうにかしなきゃって!思いだけだったので、外に出る恐怖とか忘れちゃってたんですよね。でも、久しぶりに出た外はこんな風に晴れてて、すごく気持ちよくって」
「だから、外に出て行きたいと思ったんですよ」
ラナがこっちを向いて微笑んだ。太陽の下でひっそりと笑う彼女はキレイだった。眩しいくらいに。
不意にラナに触れたくなった。この衝動は、きっと…
「だから、旦那様も外に出ましょうね! 太陽と風を感じましょう!」
伸ばした手は空を切り、込み上げるのは笑い。少しいい雰囲気だったような気がするが、それをぶち壊す暑苦しい発言。我が妻は男女の艶っぽい雰囲気とは本当に縁がないらしい。それが実に彼女らしい。
くっくっくっと笑っていると、変な顔をされた。ひとしきり笑い終わると、俺も同じように蒼天を仰ぐ。
ラナに言われるまでは、ただ眩しく煩わしかったものが違ったもののように見える。
「外にか…それも悪くないな」
夢を見る。外で出て、ラナと一緒にいる夢だ。二人で手を繋いで。眩しいくらいの幸運に包まれた夢だ。
「このまま、どこか遠くにでも行くか?」
不意に溢れた言葉にラナは大きく目を見開いた。それに笑う。
「え? それって森を出るってことですか?」
「あぁ」
「え? でも…それじゃあ…」
ラナがグッと言葉を飲み込んだ。彼女が言いたいことは分かってた。
魔王という役目を放棄するのかと――
「前に話したと思うが、俺の存在は意味がないんだ。役目なんて大層なものはない。ただ、森に居ればいい。それだけだ。魂の還元は自動で森がするだろう。世界の秩序は俺が居なくてもできるんだ」
魔王なんて名前だけだ。俺にはなんの力もない。
「だから、俺は居なくなってもいい存在なんだ。本当は」
胸に込み上げる虚しさを無視した。
「それなら、ラナと一緒にどこかで暮らすのも悪くない」
―――ラナが死ぬまで
その言葉は飲み込んだ。それを言ったら全力で否定すると思ったからだ。
俺の心は決まっている。ラナとは子供を作らない。だが、海で話した時、ラナの心も決まっているような気がした。
ラナはきっと、子供を作ろうと言うだろう。
『一人じゃありませんよ。子供がいます』
そう言った彼女の眼差しは覚悟を決めているような気がしたからだ。それが分かったからこそ、敢えてその話は触れないようにする。そして、彼女が喜ぶ提案をする。
いや、彼女が喜ぶというのは違うな。
俺がそう望んでいるのだから。
話終えると、ラナは真正面から俺を見据えた。
「旦那様、一度しか聞きませんよ」
ラナの声が頭に響く。
「旦那様は捨てられるんですか? 全てを」
全てを?
捨てるも何も俺は最初から何も持ってやしない。存在意義も何もかも。俺はただそこに在るだけで……
「ただ、息をして、生きているだけだ。俺は捨てるものなんて…」
ない…はず…
………。
思い浮かんだのは、過去の情景。
走り去る警備兵の背中。
それを見てやるせなかった過去の自分。
捨てきれなかった外への憧れ。
いつも側にいて頭を撫でてくれたミャーミャの大きな肉球。
無理やり従者にされたのに、いつの間にか恨み言一つ言わずに側にいたスケル。
そして、魔王と呼ばれ続けた俺自身。
全てを捨ててラナと二人で行けるのか?
拳を握りしめる。
しばらくすると、その手をラナが優しく繋いでくれた。
「私、思うんですけど。旦那様は意義とか意味とかを考えすぎてるような気がします」
「ただ、息をして、生きている。それでいいじゃないですか」
ラナは朗らかな声で続ける。
「まぁ、旦那様は特殊な生い立ちなので、考えるなって方が無理かもしれませんが…なぜ、あなたは存在しているのかって言われたら、私ならこう答えます」
「生まれてきたから」
「存在理由なんて考えたこともありませんが、案外そんなシンプルな答えでいいと思うんですよね」
生まれてきたから。
それだけで…
ラナの言葉はすとんと俺の中に落ちてきた。呆然としている俺に対してラナの声はどこまでも明るかった。
「正直、旦那様と外で暮らすなんてものすっごい魅力的な話です。でも、今、それをしたらただの逃亡です」
「私は旦那様と逃亡したいわけじゃないんです。どちらかと言うと、お出掛けとか、旅行とかしたいです。あ、できれば両親にも会わせたいかも!」
ハツラツとした声で言ったラナだったが、すぐ神妙な顔でブツブツ言い出す。
「でも、旦那様を連れていったらお母さんなんかパニックで卒倒するかも…それはマズイ。やはり近くで会う方向かな…」
また生真面目に破天荒なことを考えている。いや、ラナの言っていることが普通なのかもしれない。
魔王とか、役割とか、世界がどうとか関係なく、ラナはごくごく普通の人間のような扱いを俺にする。
それが妙にくすぐったい。
生きているから、俺は存在している。
確かに分かりやすくていいかもしれない。
「ラナ」
「…はい?」
「お前でよかった」
「何がですか?」
「ラナが俺の妻でよかったと言った」
素直に笑って言うと、ラナは数秒固まった後に顔が真っ赤になった。珍しく、照れているようだ。手に汗までかいている。
「いきなりデレるなんて卑怯ですよ!」
正直に言った言葉を卑怯呼ばわりされて少々ムッとしたが、珍しい照れ顔が見れたのでよしとする。
「買い物があったんじゃないのか?」
「そ、そうですね! たっぷり買わないと!」
まだ赤いラナをこっそり笑って俺達はまた歩き出した。
魔王とか、役割とか、寿命とか、世界がとか、俺達を取り巻く環境は決していいものではない。
だが、環境がどうであれ、俺達は生きてここにいる。
生きて二人でいる。手を繋いで。
この先、どんな暗い未来がこようとも、今、この瞬間に感じた幸福を俺は決して忘れはしないだろう。
魔王が吹っ切れてくれてた所で第二章はおしまいです。
次回から第三章に入ります。
本編に余聞で出てきたキャラが出てきたり、このままの世界でいいの?的な話になってきます。




