魔王に嫁ぐ日
この国には魔王がいた。
可愛いとかカッコいい人型のファンタジーなものではなくガチで怖いやつである。
肌は青く爪は人を切り裂かんばかりに伸びている。目はギョロリと出ていて、トナカイのような角が頭から出ていた。
夜みたら確実にヤバいタイプのものである。
そんな魔王がいるこの国では魔王の花嫁を差し出すのが習わしだった。
数百年に一度訪れるといわれる繁殖期に人間の乙女を花嫁として差し出すのだ。そのお達しは魔王からくる。それゆえ、普段はのほほんと生活していたこの国の王様は腰を抜かした。
「え、えらいこっちゃ! 今すぐ花嫁候補を探せ!」
というわけで、国中に魔王の花嫁候補になるべくお触れが出された。だが、なにゆえにそのような怖い相手に可愛い娘を嫁がせねばならんのだ…というのが正直な話である。
花嫁探しは難航した。
私が住む田舎までお触れがきたのだから、都会では皆無だったんだろう。
村長からのお話を聞いて村人たちは全員、渋い顔をした。私を除いては。
私はそれを聞いた時に決意した。
魔王だかなんだかよく分からないけど、報償金2000万はおいしすぎる。私は家に帰ると早速、支度を始めた。
◇◇◇
「えぇ!? 魔王の花嫁になるって!?」
両親はそれはそれは驚いた。
「ラナちゃん、そんな! 魔王の所に行くなんて殺されてしまうわ!」
「大丈夫よ。仮にも花嫁なんでしょ? 魔王は繁殖期に子作りをするらしいし、子供が産まれるまでは大丈夫でしょ」
飄々と荷造りをする私にお母さんはわっと泣き出す。ごめん、そんなに泣かないで、とは思いつつも私の顔は表情筋が死んでいるのでうまく顔に出せない。
「ラナ…目のことを気にしているんなら、いいんだよ。ずっと家にいればいいんだから」
お父さんが優しく頭を撫でてくれる。それにチクリと心が痛んだ。
そう、私の目は異質だ。
人が皆、モンスターに見えてしまうのだ。
ちなみに両親は巨大な猫に見える。もふもふしてて抱きつくと心地よい。
生まれた時からこの目を持っていたので私は最初、猫として生まれてきたのだと勘違いしていた。
しかし、不思議なことに鏡に写るものや写真などは人に映った。なので、私は混乱し、自暴自棄になり、やがて悟りを開いた。
嘆いていても腹は膨れない。
どうにかしてこの目と折り合いをつけなければ。
こうして、異能の目を持ちつつ生活が始まったわけだが、これがなかなかやっかいなものだった。
人がモンスターに見える形状は様々で、巨大すぎる竜だったり、地面にうようよするアメーバーだったり、大きさもまちまちだ。
だから、まず視線が合わない。
どこに顔があるのか不明のため、見上げたり見下ろしたりしなければならないのだ。
常に全身鏡を持ち歩き、「話すときは鏡の前で」とか言ったら確実に変な子だと思われる。
視線が合わないというのは話す相手に不快を与えるようで、人間関係は苦労を重ねた。
それに合わせて私は常にモンスターが周りにうようよいるような状態のため、驚くことが多かった。
巨大な口をばっくり開いて牙を剥き出しにしてヨダレをたらして「おはよう、ラナちゃん」とか言われても怖いだけである。
幼い頃は見る人見る人が怖くてたまらなかった。だから、ひきこもる。そしてブクブク太った。
鏡に映った自分がモンスターになってしまったことに驚愕し、いかんと思い、ダイエットを決行。そして、ちょっとやそっとじゃ驚かないように鍛錬した。
そのおかげで、表情筋が死んでしまったが。
愛想もなく目が合わない女を誰が見初めようか。だから、22歳という行き遅れのまま家の畑仕事を手伝っていた。
うちは貧乏だ。
一人娘は変人。狭い村の中では随分、肩身の狭い思いをしている。
苦労をかける娘なのに両親はたっぷりの愛情を注いでくれた。
目のことも打ち明けて、最初は驚いたが受け入れてくれた。
私は両親が大好きだ。
恩返しできるならしたいとずっと思っていた。
だから、これはチャンスなのだ。
「聞いてお父さん。私はずっとこの目が嫌いだったわ。でもね、この目のおかげで魔王が怖くないの。嫁入りなんて諦めていたけど、こんな私でも花嫁になれるんだもの。もしかしたら、孫を抱かせてあげられるかもしれない」
その孫は人の形をしているか不明だが。
「だからね。行かせて。お願い」
孫というワードが効いたのか、両親は折れてくれた。泣く泣く私に別れを告げ旅立たせてくれた。
◇◇◇
私は王宮へ向かった。花嫁になる承認を得るためだ。
王様は小さかった。例えるならハエ。ブンブン飛び回るあやつが王様の服をきて偉そうにしているから、とても滑稽だった。
「ほ、本当にいいのかい? 相手は魔王だぞ。こんなに怖いのだよ?」
王様はブンブン飛びそうなくらい羽をばたつかせて話す。
「はい。大丈夫です」
淡々と言うが王様は本当に信じられないものを見るような目で見つめた。
いや、魔王はそんな怖くない。
むしろ怖いのは魔王の写真をもっている従者だ。
なんですかその目の数。全身が目でいっぱいだ。形も人のものじゃないし。ぬとぬとしてキモチ悪い。長い舌まで目がついているし。
「王様。この娘は魔王の姿を見ても動じません。おそらく大丈夫かと」
目が一斉にこっちを見る。こっち見んな、怖いから。
「そ、そうか。本当に大丈夫かい?」
「はい」
あなたの従者に比べたら魔王は人の形をしているし、たかが青くて角が生えているくらいでしょ。怖くはない。むしろ従者が怖いから早くここから立ち去りたい。
「では、明日。花嫁の衣装を着せて盛大に送り出そう。せめてもの礼儀として」
王様の言葉に頷き、私はその晩、王宮に泊まらせてもらうことになった。
王宮のごはんは美味しかった。ベッドもふかふかで最高だった。これが魑魅魍魎の世界じゃなきゃ心から楽しめただろうな。
魔王に嫁いだら、やっぱり心休まることはないのかなー。
ま、慣れだ。
いつか慣れるはず。
そうやって今までやってきたんだもの。
魔王ぐらい慣れてみせる。
私は一人、決意してその晩はぐっすり眠った。
◇◇◇
翌日、純白の花嫁衣装に着替えた私は心なしか浮かれていた。こんな素敵なドレスを着られるなんて、生きててよかった。
お母さんとお父さんにも見せたかったな。
そう思った私は写真を撮って両親に送るように頼んでみた。浮かれている私に戸惑った侍女(ツルツル卵)は私の願いを叶えてくれた。
花嫁衣装を着て無表情でピースサインをする。その出来映えに満足して、私は魔王のお城へ向かった。
お城へは魔王城からくる馬車で行く。馬車を操るのはガイコツだった。全身ガイコツが礼装を着ている。その姿に私以外はひぃっと声を上げて恐れおののいていた。私は例によって怖がらずにガイコツを見つめる。
「花嫁様をお迎えに参りました。従者のスケルです」
「初めまして。ラナです。お迎えありがとうございます。これから宜しくお願いします」
スケルと名乗ったガイコツをじっと見る。どこからどう見ても骨しかない。
これがそのままの姿だろうか。
モンスターなんて初めて見たから分からない。
「あの、あなたはガイコツですか?」
「はい。まぁ、ガイコツですね。全身骨しかありませんよ」
「そうですか。ありがとうございます」
なるほど。私の目はモンスターはそのままモンスターに見えるらしい。
考え込む私にスケルはガイコツの黒い空洞の目をやや細めた。
「これは面白い花嫁様だ。魔王様がお待ちかねです。さぁ、行きましょう」
そう言われて馬車に促される。走り出した馬車に揺られながら、窓の外を見つめる。遠くに去る故郷。
さようなら、お父さん。お母さん。
少しだけ感傷に浸った。
◇◇◇
魔王城はおどろおどろしかった。雲さえなかった晴天だったはずなのに、空は灰色だし今にも雷が落ちてきそうだ。近くにうっそうとした枯れ木があり、人の顔がついている。きゃーっはっはっ!とか何が楽しいのかはしゃいでいるので、うるさいったらない。
「なんか随分と騒がしいとこですね」
馬車を降りた後に尋ねると、スケルはカタカタと骨を揺らしながら答えてくれた。
「久しぶりの人間ですからね。特にやかましいかもしれません」
人間なんてここにめったにこないだろうし、珍しいのだろうか?
そう思っていると一匹のコウモリ…にしてはデカイがコウモリらしきものが近づいてくる。
「ぎゃあああああ!」
顔面すれすれで牙をむき出しにされて吠えられる。
なんだ、これ? 挨拶か?
無表情で見つめているとコウモリはジタバタと羽をばたつかせた。
「つまんない! 怖がらないなんて、オモシロクないなー!」
その言葉に、あぁ、あれかと察する。
無表情な私を驚かせようと村の子供がよく遊んでくれた。物陰から驚かせたり、穴に落とそうとしたり、木からとびおりてきたりなかなかアクティブな遊びをしていた。
ちっとも驚かない私にいつしか諦めたが。
このコウモリも子供なのだろう。せっかく遊んでくれたのに、申し訳ない。
「ごめんね。私、表情筋が死んでいるからちょっとやそっとじゃ驚かないの」
そう言うと、コウモリはプイッとそっぽを向いた。
「そんなこと言ったって騙されないやい! いつかビックリさせてやるんだからな、人間め!」
あぁ、なるほど。ツンデレか。
コウモリなら、コモツンか? 可愛い。
バタバタと飛び去るコモツンを見送ってやっと魔王城に入った。
長すぎる回廊を歩いていると、体がだんだんと重くなってきた。なんだ、これ…
「花嫁様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではありません」
ヨロヨロと足取りが重くなった私をスケルが支えてくれる。固い。
「もしかして、花嫁様は魔力が無いのですか?」
いや、なんですか魔力って。
私にそんなものは標準装備されていませんよ。
「困りましたね…魔素酔いを起こされてます。魔力の高いものをと通達したのに…」
あぁ、なるほど。
たぶん、魔力のことは考えていたんだと思うんだ。
でもね、私以外いなかったのよ。
だから、ごめん。
遠のく意識の中、骨に抱っこされる。固い。抱かれ心地は悪い。骨はカタカタと音を鳴らして風のように駆けた。
やっぱり、固い。
「魔王様! 花嫁様がいらっしゃいましたよ! そんな所に隠れていないで出てきてください!」
薄れる意識の中でゆらりと青いものが視界のすみに映る。
「…なんだ。死にかけているではないか」
「魔力がないんですよ。早く花嫁の指輪をつけてあげてください」
「…こんなひ弱な者を花嫁に迎えなければならないのか」
盛大なため息をつかれる。
やっぱり、そうだよね。
渋々っていうのが現実。
やったー! 万歳! 人間の花嫁最高!
とかになるわけないよね。
地味に傷つくけど仕方ない。
もともと疎まれるのは慣れているもの。
そう心でため息をついて私は完全に意識を手放した。