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異能の目を持つので魔王に嫁ぎました  作者: りすこ
第二章 魔王の変化
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■未来は哀しくても、今は笑って

 食べ終わった私達は買い出しに出掛けた。のほほんとしてしまったが、私達のミッションは食料0という危機的状況を打破すること。


 あ、そうだ。ついでに鍋も新しくしたい。今の鍋だとスープの売れ行きがよすぎてすぐ空になってしまう。ドでかい鍋が欲しい。切実に。


「旦那様、食料の買い出しの前に鍋を見に行ってもいいですか?」

「あぁ、構わない」

「ありがとうございます」


 私達は料理道具がありそうな大きな店に入っていった。



 うわー。すごい! 料理道具がこんなに!


 鍋だけで何種類あるんだろうという豊富さ。フライパンも鉄やアルミやら、素材は勿論、大きさ、形も様々なものがある。


 ヤバい、この店。1日中いられる!


「すごいですね、旦那様! これだけ深い鍋だったら、旦那様も思う存分、食べられますよ」


 アルミ製の鍋は見た目に反してずっと軽い。熱の通りもいい。焦げ付きやすさとお手入れの大変さはあるが、この大きさは魅力的だ。


「旦那様、これ欲しいんですけど…買ってもいいですか?」


 手を組んで渾身のおねだりポーズ。普段こんなことしないから、旦那様もギャップにメロメロになって買ってくれるはずだ。ふっふっふっ。


「買いたければ買え」


 やったー! おねだり成功!

 ニヤニヤしていると、また旦那様に笑われた。



 旦那様の許しも出たのでさっそく鍋を買おう。お会計の人も魚頭。どんだけ魚頭なんだこの町は。でも、魚ならまだいい方か。見慣れているし。頭以外は人間だから人の形はしてるし。これがぬとぬと系だと速攻で帰りたくなる。まだこの町の人が魚でよかったよ。


「はい。まいどあり」


 お会計をして鍋を受け取ろうとすると、旦那様にひょいっと鍋をさらわれる。持ってくれるようだ。ありがたい。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと、微笑まれ、手を繋がれた。



 荷物を持ってくれるなんて、なんて楽なんだろう。正直、一人での買い物は大変だ。なにしろ我が家にいるのは食欲モンスターばかり。食材の量が半端ない。袋3つは当たり前。前が見えなくなるくらいだ。それが旦那様がいるだけで、荷物が一つ減っている。軽い。羽が生えたようだ。


「旦那様が来てくれて本当に助かりました」

「そうか?」

「そうですよ。荷物を持ってくれる人がいるなんて、楽すぎます。毎回、一緒に来て欲しいくらいです」

「なら、毎回、一緒に来ようか?」


 え…?

 嘘。本当に?

 それなら、すっごい嬉しいんだけど。


「と、言いたいとこだろうが、無理だろうな」


 上がった期待がその一言で急降下。


「なんでですか?」


 ちょっとムッとしながら尋ねると、旦那様は口元の笑みを消した。


 ちょうど、馬車の行き交いが激しい大通りに入る。雑踏に紛れ、旦那様の声が小さく耳に届いた。


「俺は見た目が変わらない。ずっとだ。それは外から見たら異質だ」


 目の前を馬車が通り過ぎる。馬の蹄の音を聞きながら、その言葉の意味を考えていた。


 見た目が変わらない…

 と、いうことは、旦那様はずっとムキムキ筋肉の若者だということ??


 羨ましい。

 え? 羨ましいよね? なんのお手入れもしなくても、若者ボディなんだから。自堕落な生活し放題だ。


 と、いうのは半分冗談で…

 なるほど…確かに見た目が変わらないというのは、異様だ。親しい人を作れば変わらない見た目を変に思うだろう。


 数年はいいかもれない。お前は変わらないなー、なんて笑い話にできる範囲だ。でも、十年、二十年経ったら? さすがに笑えないな。


 ふぅ…やっかいだ。


「外に親しい人を作れないですね」


 そう淡々と言うと、旦那様はこっちを見た。サングラスをかけているから表情は分からないけど、きっと哀しい目をしている。


「そうだな。外に居場所は作れない」

「森しかないということですか?」

「…あの場所でしか、結局、生きていけない」


 森しか生きていけないか…


 うん。実に腹立たしい。

 せっかく、旦那様がこうして外に出れることが分かったのに、結局は森に拘束されるのか。


「ラナ、お前もそうかもしれないぞ」


 は? 私も?


「お前も見た目が変わらないかもしれない」


 はぃぃぃ? なんで? 私は魔王ではありませんよ。


「まだ仮定だが…子供を作るという一点に異様な執着を俺は感じている。だから、俺の見た目も変わらないのだろう」


 執着…? 誰が?


「だから、子供を作るまではお前も変わらないかもしれない」


 わーお。これは、喜ぶべきことではないな。


 はぁ…やっかいな。

 そうなると、何年もあの豚頭のお肉やさんに通いつめるのは無理かもな。せっかくいい店を見つけたと思ったのに。


「つまり、森にひきこもるしか私達のとる方法はないということですか」


 旦那様は黙ってしまった。と、いうことは正解なのだろう。


 うーん。腹立つ事実だ。


 何か方法はないだろうか。

 だって、せっかく外に出れるんだし。普通の人みたいに。買い物したり、外でごはん食べたりできるのに。


 海だって、見れるのに。


 このままだと森にひきこもり生活まっしぐら。自堕落し放題だ。うん、腐りそうだな精神が。


 やっぱ、外に出たいよな。精神安定上。


 何かないかな。

 いい方法…


 うーん、と考え込んでいると、旦那様が口を開いた。



「ラナ、大事な話がある。俺たちについて」


 唐突な言葉に思わず足を止めた。声色から察するにあまり良くないことのような気がする。


「なら、場所を移しましょう。人がいない静かな場所」


 どこがいいかな。

 そうだ。せっかくなら。


「海を見て話しましょう。せっかく見れるんですし」


 そう言うと、旦那様の口元がほんの少し微笑んだ。



 ◇◇◇


 砂浜を歩く。幸いなことに人はいなかった。岩場で釣りをしている人ぐらい。

 こちらの話し声は聞こえないだろう。


「旦那様、話の前にサングラスとってもらっていいですか? 顔を見ながら聞きたいです」


 そう言うと、旦那様は素直にサングラスを外してくれた。太陽が眩しいのか、目が細まる。ちょっと可哀想だけど、仕方ない。口元だけ見ていたら、伝わるものも伝わらない。


 この人は特に感情をあまり口にしないから。よーく表情を見ておかないと、間違えてしまう。


「いつでもどうぞ」


 そう言うと、旦那様は少し考えた後、海を見つめて話し出した。



「ミャーミャと話をした。お前が熱を出している時に。そこで、俺が死ぬ条件を聞いた」


「最初っから言っていた通りだ。子供を作れば、俺は消滅する。逆に子供を作らなければ、俺は生きていける」


 旦那様の目が切なく揺れる。


「子供を作らなければ、お前がずっと言ってた長生きができる」


 旦那様は微笑んでいた。声色は優しかったけど、吐かれた言葉は残酷だった。



「だから、俺はお前とは子供を作らない。このまま、二人でいたい」



 ずっと願っていた旦那様の長生き。

 それが叶うというのに、ちっとも嬉しくはなかった。


 だって、それは…


「私はたぶんですけど、死にますよね」


 指輪とは言いがたい、左手の赤いものを見つめる。旦那様の魔力が注がれた100年分の命がある指輪。この魔力がなくなったら、きっと、私は死ぬ。ぎゅっと、左手を握りしめた。


「そうだな。お前は死ねる」

「じゃあ、私が死んだら、旦那様は一人です」


 顔を上げる、まっすぐ旦那様を見つめた。


「旦那様を一人ぼっちにしてしまいます」


 旦那様の顔が悲痛に歪む。視線を逸らされた。


「これが最善策だ。子供ができれば、俺はお前を一人にする。あの森で」


「一人じゃありませんよ。子供がいます」


 それに、はっとしたような顔をされた。

 旦那様に近づいて、その手を握った。

 手は海風に晒されて冷たかった。


 きっと、この人は私を優先してくれたのだろう。私が生きている時間を二人で安らかに過ごすために。


 だけど、その後はどうなる?

 あの森で旦那様は一人残ってどうなる?


 またひきこもって、悠久の時を過ごすのだろうか。魔王として、淡々と役目をこなすのだろうか。それは、置いていく身としてはちと辛い。それに…



「ゆっくり考えましょう。二人で。簡単に結論を出さないで。幸いなことに考える時間はたっぷりあるのですから」



 ね?と微笑むと、旦那様が微笑んで、顔を近づける。こつんと、おでことおでこがぶつかった。


「そうだな…二人で考えよう」

「そうですよ。夫婦なのですから」


 おでこをくっつけながら、目を伏せた。


「旦那様、今日、私はとっても楽しかったです。旦那様と一緒にお出かけできて。とってもとっても楽しかったです」


 そんなことを言いながらも私は本当は泣きたかった。泣いて喚いて、先の未来を悲観したかった。なんでだよ、バカヤローと叫びたかった。


 でも、それをしても意味ない。

 ただ、暗い感情に飲み込まれるだけだ。

 今の幸せが霞む。それは嫌だった。


 だから、私は笑う。

 どんな状況だって笑ってみせる。


「旦那様と楽しいことをこれからいっぱいしたいです。ちゃんと幸せになって、こんな状況に追いやってくれた世界とやらに見せつけてやらねば」


 息巻いて言うと、肩を震わせて笑われた。おでこが離れる。それは久しぶりに見る旦那様の心からの笑いだった。それに笑って、あ、と声を出す。


 そうだ、忘れていた。


「あ、そうだ! 写真を撮りましょう! 私、写真だったら、旦那様の人間姿見れます! だから、写真撮りましょう!」


 バカみたいにはしゃいで手を引いた。


「俺の人間姿など見ても楽しくないぞ」

「私が楽しいんです。なので、付き合ってくださいね」


 しょうがないなという風に息を吐かれ、手を繋ぎ直した。


「あ、それとラムの肉も買わないと。スケルと約束しましたし。いいお肉屋さんがあるんですよ。いつも買うんですけどね―――」


 笑えるように途切れることなく話をする。旦那様は黙って聞いていた。時折、相槌をしながら、微笑んでくれた。



 いつかこの手が離れる時がくる。

 それを私達は自分たちの手で選ばなくてはいけない。


 それはとても哀しいことだ。

 とても。とても。


 だからこそ、今の幸せに目を向けたい。

 現実逃避だろうと言われるかもしれないが、私はこの人と最後まで笑っていたい。


 バカみたいに笑って幸せになりたいのだ。


 お互いに”いいパートナーだったね”って笑ってお別れしたい。


 だから、その時がくるまではまだこのままで。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸せなデートでしたけど、いつか来る終わりを予感させる、切ない回でした。 ( ;꒳; )
[良い点] 誰しもいつか死に別れる。でも、そのいつかが来るまで、前を向いて楽しく生きたいですよね。
[気になる点]  きっと、この人は私を優先してくれたのだろう。私が生きている時間を二人の安かにするために。 「二人の安か」とはどんな意味でしょうか。 [一言] 黒幕が現在どうしているのか気になります…
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