いつもの日常と思いきや食料0
第二章始まりました。
日常のシーンからです。
ぐぅ~
目が覚めたら腹の虫が鳴った。どうやら私の体は回復したようだ。
伸びをして、窓を開ける。
きゃーっはっはっ!
途端に聞こえる笑い声、近くの畑からは泣き声なのか怒号なのかよく分からない声が聞こえる。空は暗雲。
雨は降ってないな。
洗濯物が乾いて助かる。
いつもの風景を確認した後に私は着替えて、朝御飯を作るべく歩き出す。
食は生きていく上で基本。
モリモリ食べないと心も体も元気にならない。八方塞がりの壁を壊しに行くんだから、体力はつけねば!
私はいつにも増して気合いを入れてキッチンに向かおうとする。
ん? あれ?
ベッドサイドにお花が一輪飾ってある。オレンジ色の小さな花だ。こんな花、この森に咲いていたんだ。可愛い。
誰かのお見舞いかな? それなら嬉しい。
後で押し花にでもしよう。
目を細めて花に笑いかけ、私は歩き出した。
ダイニングには皆がいた。なぜか、旦那様がキッチンに立っている。そして、テーブルの上の一つの皿に人外が群がっている。文字通り群がっている。
骸骨と巨大猫とコウモリから、バリボリと固いものを砕く音が聞こえる。牙を剥き出しにして何かを貪っている。食べるのに夢中で私には気づいてない。なんだ。このホラーな光景は。
そして、無言でキッチンに立つ魔王。シュールだ。私が寝込んでいる間にどうしてこうなった。
目を点にしてその光景を見ているとチーンとオーブンの音がした。
くんくん。
この甘い匂いは…
「ほら、焼けたぞ…これで最後だからな」
「むほー! 魔王様ありがとうございます! このクッキー最高ですよ!」
「ニャー!」
「最後なのにこれっぽっちなのか! 足りないぞ!」
「仕方ないだろ。材料がない」
なるほど。
クッキーを作っていたのか。
って、クッキー?
旦那様、一回作っただけなのにもう作れるの? 天才か?
私は驚きつつも天才の元に向かう。向こうも気づいたようで近づいてくる。
「おはようございます、旦那様」
「…もう、大丈夫なのか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
ペコリと頭を下げると、頭を撫でられ微笑まれた。
旦那様、元気そうだ。
ご両親のこと気に病んでいるかと思ったけど、大丈夫そうかな。あ、でも、この人は分かりづらいところがあるからな。見た目ほど大丈夫じゃないのかも。心配だ。
ぐぅ~
おいこら、腹の虫。空気読みなさいよ。せっかくの何も今、鳴らなくたっていいじゃないか。
「この音は…腹が減ったのか?」
ご明察です、旦那様。そういえば、初日もこの奇妙な音を鳴らしていましたね、私。
「寝たらお腹がすいちゃって」
「なら、クッキーを作ったが…」
バリボリバリボリバリボリ…バリン!
人外が貪っておる。皿まで粉々だな、あの音。はぁ、しょうがない。旦那様のクッキー食べたかったけど、何か作るか。
「旦那様はごはん、食べましたか?」
「いや。アイツらが騒ぐから作っていた」
「それは、ありがとうございます。じゃあ、何か作りますね」
私はいそいそとキッチンに向かう。戸棚を探って材料を探した。
腹に溜まるものがいいな。パンでも焼こうかな。それとも米からリゾットを作るかな。
バタン。うん、小麦粉がない。
バタン。うん、米もない。なんで??
「あ、ラナ様ー! お元気になられたのですね!」
「うん。あ、スケル。ここにあった米、知らない?」
「いいえ。知りませんよ」
なんだ? ネズミでもいるのか?
いや、ここの場合、ネズミモンスターか? どちらにせよ、迷惑な話だ。
じゃあ、仕込んでいた鶏ハムがあったはずだ。それを切って野菜と食べよう。
バタン。うん、鶏ハムない。
バタン。ついでも野菜もない。
って、おーい!
なんもないじゃん! なんで!?
「どいつだ食料荒らしは!? お前か!」
「えぇ!? 私ではありませんよ!」
「じゃあ、お前か!」
「ミャー!? 違いますよ、花嫁様!」
「じゃあ、お前か?」
「……なんでだ」
残るは一匹。飛び立つコウモリをすかさず網で確保。
「何すんだ、人間!」
「犯人はお前だな。 食料荒らし」
「うるせぇ! 腹減ったんだ! 悪いか!」
「悪いわ! 食い尽くしたら、ご飯作れないんだよ! その体にどんだけ食べ物詰め込んでるのよ!?」
「べぇ~~~~~!」
反省の色が見えんな。寛容な私でも限度があるぞ。
「頭からザブザブ水かけてやろか?」
コウモリは水に弱いと聞いたことがある。モンスターに効くかわらないが、脅しに使ってみる。
「やめろ! 水、キライ!」
「じゃあ、ごめんなさいは?」
「うっ…!」
「ごめんなさいは?」
蛇口に手をかけて脅す。捻ったら、ザブザブ水地獄の始まりだ。
「ご・め・ん・な・さ・いは!」
コモツンは悔しそうに歯軋りするとプイッとそっぽをむいた。しかし、私は引かない。睨み付けていると、コモツンは冷や汗を垂らしはじめて、ボソリと言った。
「ごめんなしゃい…」
勝った!
それにガッツポーズしてコモツンを解放する。
「お腹が減ったら作るから言うこと。私がいなくても食べれるお菓子用意しといてあげるから、食材食い尽くさないでね」
「お菓子? 甘いの?」
「甘い甘い。だから、わかった?」
コモツンはうーんと悩んだ後、ケッと捨て台詞を吐く。
「ふん。それで手を打ってやるよ、人間!」
まったく。可愛いげがない。
でもまぁ、お菓子用意してやるか。このままだとヤツは畑まで食い出す。そしたら我が家の食卓は崩壊だ。
ぐう~
朝から三度目の腹の虫。さすがに腹が減った。
「旦那様、すみません。食材がないので、買いに行ってきます。ごはんはその後でもいいですか?」
「あぁ…構わないが」
ちょっと残念そうな旦那様。
一緒に買い物にいけたら、外でお食事とかできるのに。まぁ、でも、魔王が食べ歩きとかしてたら町はパニックだ。残念。
「花嫁様が行くなら魔王様も一緒に付いていったらどうですか?」
はい?
「お二人でデートでもしてきてください」
にこっと笑ったミャーミャの言葉に固まる。デートって…魔王と? 二人で?
「いや、魔王なんだし、外歩いちゃダメなんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。森の外を出たら魔王様の姿は人間の姿になりますから」
はいぃぃぃ?
なんですか、そのスーパーな仕様。
「そうなんですか? 旦那様」
「…知らない」
知らないってあなた…
でもまぁ、森の外に鏡があるわけではないよね。身だしなみのチェックは森の外にではしないか。玄関じゃあるまいし。
あれ? でも、旦那様が仕事で森の外に出ていた時、同じ姿じゃなかった?
疑問を感じていると、大事なことを思い出す。
――そうだ。私の目はモンスターしか見えないんだった…
じゃあ、じゃあ、旦那様の人間姿は見れないのか? くぅ~! こんなチャンスないのに!
見たい。見たい。旦那様の人間姿!
なんか無性に見たい!
何か見る方法は…
あ、鏡。そうだ。鏡だ!
鏡を見れば人間になるじゃん!
写真でもいーな。
「行きましょう! 買い物! それで、写真を撮りましょう!」
「は?」
なんか楽しくなってきた!
わーい! 旦那様の人間姿ー!
私は浮かれきっていた。
旦那様の手を取り、早く早くと促す。
後ろではミャーミャが嬉しそうに笑って手を振っていた。
◇◇◇
スケルに送ってもらうため、三人で並んで森を歩く。なんか三人で歩くなんて新鮮だ。
「お二人でデートなんて、羨ましいですね。私も若い美女と港町を歩きたいものです」
「うーん、スケルは無理なんじゃない?」
「なんですか? 今は骨ですけど、これでも若いときはムキムキで精悍な顔つきだったんですよ? 自己評価ですけど」
自己評価かい。
「スケルは森の外に出てもその姿のまんまなんでしょ? ガイコツが歩いていたら逮捕されるよ? 動いてなくても死体だよ」
確かスケルが来たとき、ガイコツですか?と尋ねたことがある。スケルは骨しかありませんと答えていたし、スケルはそのままなんだろう。
「ガーン!」
「残念だったね」
「なんでですか! 魔王様! 自分だけいい男になるんですか!? そんなのズルいですよ!」
「俺に言うな。森を出たら人間になるなんて知らなかったのだからな」
ガックリとうなだれるスケルによしよしと背中を撫でてやる。
「若い美女は無理だけど、若い羊の肉でも買ってくるよ。美味しいんだよ、柔らかくて」
「美味しい…」
じゅるりとヨダレを垂らすスケル。
食い意地張ってるし、これで元気出してくれるといいんだけど。
「約束ですよ」
「約束します。だから、ヨダレは拭いてね」
そう言うと、ガイコツの口元のヨダレがひゅっと消える。ほんと、どうなってるんだ、この体。
ぐぅ~
本日、四度目の腹の音。
もはやBGMだな。
腹から限界の音をかき鳴らしながら、私と旦那様は初デートへと向かって行った。